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集中的に書いてきたマゼール追悼記事も取りあえずここで一段落しようと思います。気がついたことが何かあればまた書くかもしれませんが。
キャスト:
ドン・ジョヴァンニ:ルッジェーロ・ライモンディ
騎士長:ジョン・マカーディ
ドンナ・アンナ:エッダ・モーザー
ドンナ・エルヴィラ:キリ・テ・カナワ
ドン・オッターリオ:ケネス・リーゲル
レポロ:ジョゼ・ヴァン・ダム
ゼルリーナ:テレサ・ベルガンサ
マゼット:マルコム・キング
黒衣の召使い:エリック・アジャーニ
制作スタッフ:
監督・脚色:ジョセフ・ロージー
協力・脚色:フランツ・サリエリ
企画:ロルフ・リーバーマン
原作・原案:ロルフ・リーバーマン
指揮:ロリン・マゼール
パリ・オペラ座管弦楽団及び合唱団
音楽監修:ジャニース・レイス
美術:アレクサンドル・トロネール
撮影:ジェリー・フィッシャー
製作:ミシェル・セイドゥ
(制作1978年)
https://www.youtube.com/results?search_query=Don+Giovanni%2C+Mozart+-+Losey
先日記事にした1976年の映画「フィガロの結婚」でスザンナを歌っているフレーニが、パリ・オペラ座で73年にプレミエだったストレーレル演出の「フィガロの結婚」でもスザンナを歌っていたことを助六さんとM.F.さんに教えて頂いた。そのパリ・オペラ座の当時の総支配人ロルフ・リーバーマンが映画『パリの灯火は遠く』(75)などで知られるジョセフ・ロージー監督と組んで制作したのがこの映画「ドン・ジョヴァンニ」である。
リーバーマンはパリ・オペラ座の前にハンブルクの歌劇場で支配人を勤めていた時代からオペラの映像化に熱心だった。恐らくテレビ放送を目的にフィルムでスタジオ制作されたオペラ映画が多数残されている。リーバーマンが映画「ドン・ジョヴァンニ」の制作に際し、映画「フィガロの結婚」をどれだけ意識したかは分からないが、日本でも80年頃にはこの作品は映画「フィガロの結婚」とベイルマン監督の映画「魔笛」と並んでオペラ映画の定番として頻繁に上演されていた。映画「フィガロの結婚」と映画「魔笛」が楽しげな映像だったのと比較して、映画「ドン・ジョヴァンニ」の暗さは強い印象を残した。
この映画の特徴はスタジオ内のセットで撮影するのではなく、実際の建物を使って屋外ロケを敢行したことにある。ドンジョバンニは本来はセヴィリアが舞台という設定だが、この映画は敢えてイタリアのヴェネチアを舞台に撮影を行った。一見ありものの建物を使って撮影したように見えるが、実際は撮影用に家を建てたりする凝りようだったそうだ。
屋外ロケでリアリティのあるオペラ映画を撮影したのはこの映画「ドン・ジョヴァンニ」が初めてではない。歌手の吹き替えで俳優が演じたオペラ映画は戦前からあり、戦後も旧ソヴィエトでは1954年の映画「ボリスゴドゥノフ」や1966年の映画「カテリーナ・イズマイロヴァ」などが制作された(後者はヴィシネフスカヤ以外は俳優が演じているが)。リーバーマン自身がハンブルク時代に1970年にテレビ用に制作した「ヴォツェック」で屋外ロケを行っている。しかしこの「ドン・ジョバンニ」は日本を含めて広く封切りされたので、屋外ロケによるリアリティのある映像を広く認知させるのに貢献したと言えるだろう。スタジオ内のセットで撮影する手法を最後まで変えなかったポネルやカラヤンとはオペラ映画に対する考え方が違って面白いところだ。
この作品はマゼールの最初のオペラ映画でもある。マゼールは1971年にベルリン・ドイツ・オペラの音楽監督を辞任しているが70年代のリーバーマン時代のパリ・オペラ座でオペラを振ったのはわずかな機会しかなかったようだ。いずれにしてもマゼールはフランチェスコ・ロージ監督と組んで1984年に映画「カルメン」も制作しており、またクライバーの代役とは言えゼフィレッリ監督の映画「オテロ」も制作している。いずれの作品も日本の映画館でも封切りされたメジャーな作品だ。マゼールは映像には一瞬も登場しないが、マゼールがカラヤンに劣らずオペラの映画化に熱心に取り組んだことが分かる。
この映画にでている歌手の多くはパリ・オペラ座の舞台でも同じ役を歌っているが、指揮のマゼールおよびこのキャスティング自体は映画作成用に集めた独自にもののようだ。マゼールはロージ監督の映画「カルメン」でもライモンディを起用しており、ライモンディには他に映画「トスカ」(2001)にも出演している。演技や容姿(身長は1メートル90だそうだ)を含めて映画向きの歌手だと言える。またライモンディはアバド指揮のスカラ座のカルメンやウィーンのドンジョバンニにも起用されており、アバドとマゼールの両巨匠に愛されたバスだと言える。ライモンディが今年相次いで亡くなったアバドやマゼールをどう評しているのか知りたいところだ。
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リーバーマンがハンブルク時代に制作した数々のオペラ映画はテレビ用のもので、76年出版の回想録でしゃべってますが、この頃からオペラ普及の手段として映像制作を重視してたようです。
私も学生時代、青山のドイツ文化センターの上映会にハンブルク制作の「ヴォツェック」とか「売られた花嫁」とか見に行ったものでした。まだヴィデオ時代以前だったし、入場料も安くて。
「フィガロ」は舞台上演の演出と装置をそのままハンブルクのスタジオに持ち込んで収録撮影したそうですが、テレビ・カメラを通すと舞台装置の偽物さが丸見えになるので、彼は屋外ロケを好むと言っています。成功した例として私も見た「ヴォツェック」(確かに悪くなかった)を挙げてますが、もう一度「フィガロ」を作るのならヴェルサイユの庭で撮りたいし、「エレクトラ」だったらベームに録音させた上でミケーネで撮りたいとのこと。
2014/9/25(木) 午後 0:24 [ 助六 ]
「ドンジョヴァンニ」映画の発案者はリーバーマンと映画プロデューサーのトスカン=デュ=プランティエで、リーバーマンはこの映画もオペラ普及の手段と考えており、その目的は充分に達成されたと言えるでしょうね。日本でもこの映画でオペラに興味持った人は多いようだし、擦れたファンが見ても無限に刺激的ですから。恐らく最初から屋外撮影を考えていたようで、パッラーディオの建築を舞台にするのもリーバーマンの考えだったようです。配役も音楽録音も予めリーバーマンが決め、ロージーにとっては「頼まれ仕事」の形だったわけです。実はリーバーマンはロージーの前に他に何人かの監督にコンタクトしていて、その中にはシェローもいました。シェローは一旦OKした後断ったそうですが、シェロー自身によればパッラーディオ建築を使うのは彼のアイデアだったとか。
2014/9/25(木) 午後 0:25 [ 助六 ]
ただロージーの「ドンジョヴァンニ」は確かに屋外撮影をしているけれど、舞台はセヴィリャからヴェーネトに移してあるし、ヴェネツィア、ムラーノ、ヴィチェンツァや近傍のシーンを自在に組み合わせ、テアトロ・オリンピコの内部で撮影された劇中劇的な部分さえ織り込み、暗い照明も手伝ってロージー独自の夢幻的世界を創造してますから、同じ屋外撮影とはいっても「トスカ」やゼッフィレッリやフランチェスコ・ロージ(彼はジョゼフ・ロージーとは別人)の絵葉書風現地リアリズムとはまるで別格のように思います。
ヴェーネトで撮影することには、ダポンテの出身地だとかジョヴァンニをカサノヴァになぞらえるといった口実と必然性はあるものの、ロージーはパッラーディオの壮麗な建築群やヴェネツィアの運河や周辺の沼地の醸す不思議な雰囲気を使って、彼得意のリアリズムと演劇的幻想が交錯する世界を作り出すことに創造力を掻き立てられたんでしょう。彼自身パッラーディオを使うことには全面的な賛意を示しています。彼の言葉だとパッラーディオもモーツァルトも「数学的」ということで。そして結果は素晴らしい!
2014/9/25(木) 午後 0:26 [ 助六 ]
リーバーマンは76年出版の回想録ではポネルの「フィガロ」映画には触れてませんが、「ジョヴァンニ」制作時に知らなかったはずはないから、ある種の競争心を刺激され、屋外撮影にさらに意欲を駆られたとこはあったかも知れませんね。
マゼール指揮の録音はパリの教会で行われたそうで、当時木村英二氏が見てきてレコ芸にルポを載せておられたのを覚えています。1曲目から通すのではなく歌手のスケジュールに合わせて順序に構わず数ナンバーをまとめてテイクする方式だったそうです。
チェンバロはジャニーヌ・レッスが担当してますが、レチタティーヴォは口パクのプレイバックではなく屋外でダイレクトで撮影・録音したそうで、レッスは屋外で伴奏を付けたそうです。
2014/9/25(木) 午後 0:28 [ 助六 ]
それで、リーバーマン時代の「ジョヴァンニ」舞台上演は75年3月にエファーディング演出、ショルティ指揮でプレミエ。ジョヴァンニ:ソワイエ、騎士長:モル、アンナ:M・プライス、エルヴィーラ:テ・カナワ、オッタ−ヴィオ:バロウズ、レポレッロ:ヴァン・ダム、ツェルリーナ:ベルビエ、マゼット:ヴァン・アラン。
ライモンディは75年9−12月のマッケラス指揮再演と77年2−3月のマーク指揮再演で、モーザーは75年7月のマッケラス指揮再演と75年9−12月のマッケラス指揮再演で、マカーディは75年12月のマッケラス指揮再演、77年2−3月のマーク指揮再演、79年10−11月のヴァルヴィーゾ指揮再演で、M・キングは77年2−3月のマーク指揮再演と79年10−11月のヴァルヴィーゾ指揮再演で登場してます。要するにマゼールは一度も振っていないけれど、映画の主要歌手はベルガンサとリーゲルを除き全員がパリの舞台でも歌ってますね。
2014/9/25(木) 午後 0:29 [ 助六 ]
マゼールは意外なことにリーバーマン時代のパリ・オペラ座ではラヴェッリ演出「ペレアス」を振っただけです。77年3−4月のプレミエで、彼は80年3−4月の再演も振ってます、配役はプレミエがスティルウェルとフォン・シュターデとカラヤンの78年録音と同じコンビに加え、バキエのゴローとソワイエのアルケル。再演はメリザンドがコトルバスとK・アームストロング、ペレアスはヒンニネン、バキエとソワイエは同じ。
マゼールは60年に仏国立放送管を振ってグラモフォンにラヴェルのオペラ2作を録音してたけれど、リーバーマンが79年5−6月にラヴェッリ演出で「子供と魔法」を舞台にかけた時、指揮に起用されたのは小沢でした。
2014/9/25(木) 午後 0:31 [ 助六 ]
私は99年にザルツでマゼール指揮ロンコーニ演出の「ドンジョヴァンニ」を見たことがあります。
ジョヴァンニはホロストフスキー、レポレッロがハヴラタ、アンナがマッティラ、エルヴィーラがフリットリ、オッタ−ヴィオがB・フォード、ツェルリーナがバーヨ、騎士長がロイドといった面々でした。
通常カットされるレチタティーヴォをかなり復活させた長い上演でした。マゼールの指揮は特に地獄落ちの場面はマゼール節も臆面なく爆発し、彼らしく発見も思いつきも、荘重も軽妙も、洗練もひねりも、ドラマもシンフォニーも散りばめられた私には楽しめた演奏でした。
歌手陣は残念ながら誰も印象に残っていないんですが。
2014/9/25(木) 午後 0:32 [ 助六 ]
助六さん詳細な情報をありがとうございます。オペラ座の出演記録を調べて頂いて済みません。お手数をおかけしました。記事に追記しようと思います。
リーバーマンの「ヴォツェック」確かに野外シーンありますね。この作品余り得意でないのでちゃんと見ていませんでした。いろいろ見返していたらソヴィエト映画の「カテリーナ・イズマイロヴァ」も野外ロケをしていることを思い出しました。結構昔からあったのですね。
ロージー監督とロージ監督が別人だというのも気がつきませんでした。ご指摘ありがとうございます。記事の方を修整したいと思います。
2014/9/25(木) 午後 9:11 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]