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・ヴェルディ:歌劇『トロヴァトーレ』全曲
カルロ・ベルゴンツィ
アントニエッタ・ステッラ
エットーレ・バスティアニーニ
フィオレンツァ・コッソット
イーヴォ・ヴィンコ
フランコ・リッチャルディ、他
ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団
トゥリオ・セラフィン(指揮)
録音時期:1962年7月
音楽雑誌などで報道された通りイタリアの名テノール、カルロ・ベルゴンツィが7月25日に亡くなった。1924年年生まれの享年90歳だった。ジュゼッペ・ディ・ステーファノが1921年生まれ、マリア・カラスが1923年生まれであることを考えると、1990年代まで現役を続けたベルゴンツィはほとんど驚異的と言えよう。
当初バリトンとしてデビューしたが1951年にテノールとして再デビューした。その後の現役生活は長く日本へもNHKイタリアオペラでしばしば来日、90年代に引退ツアーを世界各地で行った後も2001年にも来日してリサイタルを披露した。録音もヴェルディの初期作品なども含めてかなりの量に上るが、その中で指揮者や共演者に人を得た名盤を選りすぐって紹介しようと思う。
まずはセラフィンが指揮したヴェルディの「トロヴァトーレ」だ。この演奏はカラスの「トスカ」やデル・モナコの「オテロ」あるいはニルソンの「トゥーランドット」と同様に60年代から一貫して決定的名盤の地位を譲っていない。ただカラスの「トスカ」やデル・モナコの「オテロ」では主役の強烈な個性が全体のトーンを支配するのに対して、「トロヴァトーレ」では誰か一人が突出するのではなくソリスト全員の力量が求められ、その上で全体のスタイルが整合している必要がある点が異なる。
ベルゴンツィはデル・モナコやコレッリといった癖の強い同業の間にあって、ややもすると地味に見られがちだ。しかし、そのスタイリッシュな歌唱は後の3大テノールのスタイルの先駆けとも言えるのではないだろうか。この「トロヴァトーレ」でも指揮者のスタイルにピッタリはまりながら、聴かせるところは十分聴かせている。
指揮者にセラフィンを得たこともこの作品の場合大きい。全体のスタイルを整合させるには指揮者の力量が重要だが、指揮者が主導するというとカラヤンやショルティのようにオケが主導になってしまう場合が多い。だが指揮者はオケを指揮するだけでなくソリストも指揮しているのだ。指揮者が主導するということは必ずしもオケが主導ことを意味しない。ワーグナーなどの場合はオケをシンフォニックに鳴らすケースも多いが、イタリアオペラの場合は声とオケとのバランスが重要だ。セラフィンはそのツボを心得ていてオケは十分になりつつも前面に出すぎることがない。
バスティアニーニやコッソットなど共演者も充実している。ステッラのレオノーラが難だとする批評も多いが、私はここにカラスのような癖の強い歌手を持ってきたら浮いてしまうのでステッラの節度を持った歌唱は好ましいと思う。繰り返すがこのオペラの場合、誰かの強力な個性で引っ張るのではなく、全体がイタリアオペラのスタイルに整合していることが重要なのだ。
(追記)
音声のみだがこの演奏と同じステッラ、ベルゴンツィ、バスティアニーニのトリオが1960年にmetで演奏したトロヴァトーレをユーチューブで見つけた。アズチェーナはシミオナートだ。
Ettore Bastianini (Il Conte di Luna) -
Antonietta Stella (Leonora) -
Giulietta Simionato (Azucena) -
Carlo Bergonzi (Manrico) -
William Wilderman (Ferrando) -
Helen Vanni (Ines)
Orchestre et choeur Metropolitan Opera House
dirigé par Fausto Cleva
(live 27 fevrier 1960)
https://www.youtube.com/watch?v=KO__KO5jD8Q
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この録音は、オペラLPといえばDECCAという固定観念がある中、DGの、それもイタリア・オペラというので、私の頭の中では異彩を放っていたように思います。
ベルゴンツィは、ドミンゴとは違う意味で器用なテノールではなかったかなという印象を強く持っています。
それは、お書きになったように、この時代のテノールとしては強い個性を持っていなかったというところが大きいのでしょうね。
日本ではNHKのイタリア・オペラ最初期に来日したデル・モナコが強烈な印象を残したものですから、その影に隠れてしまったようなところがありそうです。
このオペラでは、私はどうしてもアズチェーナを中心に見てしまって、それをコッソットが歌っているというのが魅力のポイントかなと思います。
コッソットは、あれだけ名声をほしいままにしたにもかかわらず、あまりに忙しすぎて録音をしている暇がなかったとも言われているだけに貴重なものですね。
ただ、カラヤン盤の映像で、動くコッソットを見てしまいますと、音だけでは物足りなくなってしまうというところもあります。
2014/9/30(火) 午後 1:03
gustavさんこんばんは
器用な歌手をレコード会社が重宝するようになったのは3大テノールが台頭してきた時期からなのでベルゴンツィはある意味器用貧乏で損をした面があるかもしれませんね。
コソットは1935年生まれなので録音時まだ20代ですね。それでこの完成度とは早熟です(笑) カラヤン盤の映像も良い演奏ですが、イタリアっぽいのはこちらだと思います。
2014/9/30(火) 午後 5:59 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]
図書館が持っていたので、私もトロヴァトーレはこのDG盤とカラヤン/カラスのEMI盤の両方で殆ど同時に知ったと思います。指揮とテノール、バリトンは断然DG盤の方が好きでした。
うん、デルモナコはもちろんコレッリも戦前のヴェリズモ歌唱の余波を感じさせるスタイルだったのに対し、ベルゴンツィはヴェリズモと絶縁したスタイリッシュな本来的ヴェルディ歌唱の先鞭でしたね。考えてみると「ヴェリズモ=アクが強く個性的」「端正=小粒」という等式には一理ありますね。3大テノール以降の世代は粒が小さくなったと言われることと考え合わせると、音楽学研究さえ援用して「あるべき様式」を厳しく追及するようになった現代の演奏様式は、大演奏家の豪放な個性的創造を去勢してしまう面があることも忘れないようにした方がよいのかも知れません。
2014/10/3(金) 午前 9:46 [ 助六 ]
イタオペの専門指揮者は天性の伴奏屋のようなイメージがあるけれど、セラフィンの場合は11歳上にトスカニーニがいたわけだから、スカラの楽員から始めトスカニーニの助手を務めた彼は巨匠のヴァーグナー信奉やシンフォニックな指揮を目の当たりにしていたはずで、セラフィンの歌に重心を戻すスタイルはトスカニーニと距離を取る意識的選択であった可能性もあると思います。品と躍動感あるリズムに支えられたの骨太の悠揚たる指揮は大好きです。
セラフィンは53年から60年にかけてスカラのオケを振ったオペラ全曲スタジオ録音をEMIにズラリ12組も制作していて、内10組がカラスを起用した有名録音ですから、ディスク好きには「セラフィン=スカラ」のイメージが強いですが、意外なことに彼は実は戦後は47年5月を最後に以降スカラで実際のオペラ上演を振ったことは一度もありません。
2014/10/3(金) 午前 9:48 [ 助六 ]
セラフィンは34年12月から43年5月までローマ・オペラの芸術監督として専らローマを本拠にしてオペラを振っており、戦中は伊独同盟を背景にローマで有名な42年11月のヴォツェック伊初演や43年3−4月の指環全曲上演を手がけています。戦後スカラで多くオペラを振ったのは芸術監督を務めていた46年12月から47年5月の僅か半年間だけです。
47年以降は62−63年にローマの芸術顧問を務めた以外はヴェネツィア、ジェノヴァ、フィレンツェ、ローマ、トリノ、ナポリ、パレルモ、ヴェローナ・アレーナなどスカラ以外の伊劇場、ブエノスアイレス、リオ、サンパウロなど南米、NY、サンフランシスコ、LA、シカゴなど米劇場への客演に徹しています。
2014/10/3(金) 午前 9:51 [ 助六 ]
彼の戦後の重要公演を見返してみても、47年8月のカラス伊デビューのジョコンダはアレーナ、47年12月のカラス出演トリスタンはフェニーチェ、48年11月のカラス主演ノルマはフィレンツェ、49年1月のカラス出演ヴァルキューレと同月カラス主演清教徒はフェニーチェ、49年2月のカラス出演パルジファルはローマ、ロッシーニ・ルネサンスの先駆けとなった52年4月のアルミーダ、5月のタンクレディ、6月のグリエルモ・テルはフィレンツェ5月祭とスカラは一つもありません。
じゃあその間スカラは誰が振っていたのかと言えば、芸監は53−63年がデ・サバタ、66−68年がガヴァッツェーニ、音楽監督は49−51年がカプアーナ、51−56年がジュリーニ、56年カンテッリ、62−65年がソンツォーニョ、68年にはアバド就任となります。
2014/10/3(金) 午前 9:52 [ 助六 ]
つまりこのトロヴァトーレ録音は実際の上演とは無関係のDG企画で、ご存知のように一連のDGスカラ・ヴェルディ・シリーズの一つでした。60年のガヴァッツェーニ指揮仮面を皮切りに、61年サンティーニ指揮ドンカルロ、62年にセラフィン指揮トロヴァトーレ、63年にクーベリック指揮リゴレットとヴォットー指揮トラヴィアータと5組が制作され、なぜか後期作品は録音されませんでしたね。
トロヴァトーレはリゴレットと共にシリーズの中で最も成功した録音ですね。
ステッラは56年にセラフィンがスカラを振ったトラヴィアータEMI録音にも起用されてますから、セラフィンはカラスに魅了される一方、ステッラみたいなおとなしいタイプの歌手も好きだったんでしょう。私も全然嫌いじゃないし、現代の水準に照らせばむしろ優秀なヴェルディ・ソプラノに入るでしょう。
2014/10/3(金) 午前 10:01 [ 助六 ]
バスティアニーニの男性的な歌唱は渦を巻くようなヴェルディ歌唱様式と相まって大好きだし卓越したヴェルディ歌唱と思いますが、イタリアでは今でもアンチがいるようですね。ゴッビや彼を「がなり歌」と批判していた大御所批評家チェレッティの遺産だと思います。コッソットも私はヴェルディでは好きですが、伊仏では特にベルカントでは批判的意見もありますね。これもチェレッティの影響があるでしょう。もう一方の大御所批評家ミーラは2人とも評価してましたし、我々は自分の感性に忠実であればいいわけですが。チェレッティの言わんとしていることは分かりますが、あんまり様式適合を厳格に言っても、それこそバスティアニーニやコッソットを小粒化してしまいそうで。
その点個人的にはベルゴンツィには粒の小ささは全く感じず、端正な中にも中域も充実した堂々たる歌唱に思えます。
2014/10/3(金) 午前 10:02 [ 助六 ]
そうですね。様式感は必要だけど個性は失ってほしくありません。今の歌手はドイツものもイタリアものも器用にこなすけど様式感がちょっと....かといってものすごく個性的という訳でもないし、誰が歌っているのかよく分からない歌を歌う歌手が増えました。
セラフィンが録音でだけスカラ座を振ったのは、その方がレコードが売れると判断したのかもしれませんね。晩年までかくしゃくとした指揮振りが素晴らしいです。
ゴッピは「がなり歌」と批判される余地があると思いますが、バスティアニーニはどうなんでしょう? 録音で聴く限りがなっているようには感じません。
2014/10/3(金) 午後 6:36 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]