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パバロッティが9月6日に亡くなったのは皆さんもご存じの通りだ。パバロッティがスカラ座に最後に出演したのは1992年のドン・カルロで、この時も確か1985年のアイーダ以来の久しぶりの出演だったと記憶している(と思ったら1987年に仮面舞踏会にもう一度出ているそうなので訂正。いずれにしても1980年代以降のスカラ座でのオペラ出演はかなり少ない)。
一方メットには2004年(トスカ)までほぼ継続的に出演しており、どちらかというとイタリアよりもメットのヒーローという印象が強かった後年のパバロッティだ。日本へのオペラ公演での来日も、イタリア歌劇団のリゴレットで71年に初来日した時を除けば全て(75年のボエーム、93年の愛の妙薬、97年のトスカの3回)メットの公演だった。
このDVDもメットでの1981年3月の公演を収めたもの。愛の妙薬は同じくメットでの1991年の映像もあるが、米国での追悼番組で放送されたのはこの映像だったそうだ。まだラダメス(アイーダ)やオテロなどの重たい役に取り組む前の伸びやかな声が聞ける。演出の楽しさなども含めた総合点では新盤に軍配が上がるが、パバロッティの声という点では旧盤だろう。ユーチューブでも見てみたが81年の方の映像は見つからなかった。
パバロッティの声は底抜けに明るい。声の個性が強烈だということは逆に言えば、はまる役は限られてくるということだ。これは例えばデル・モナコなどでも同じことでデル・モナコの剛直な声が本当にはまる役はオテロやカニオ(道化師)のように一直線に破滅する役に限られる。
パバロッティの明るい声は、ネモリーノ(愛の妙薬)やロドルフォ(ボエーム)のように素朴で純真なキャラクターにこそピッタリだ。天真爛漫なマントヴァ(リゴレット)も良いがこちらにはクラウスという強力なライバルもいる。しかしネモリーノとロドルフォはまずパバロッティが最高と言って良いだろう(日本での追悼放送はフレー二とのボエームだった)。ワインを愛の妙薬と信じて「ランラ・ランラ・ラン・ラン・ラーラ」と陽気に歌っている姿はパバロッティ以外には考えられない。
パバロッティは80年代以降ラダメス、カニオ(道化師)、オテロ、ドン・カルロといった重たい役を手がけるようになった。声楽家は誰でも年をとれば声が重たくなるという見方は正しくないと私は思う。クラウスのようにスタイルとレパートリーをほとんど変えずに、死ぬまで何十年も第一線で活躍した歌手もいるからだ。パバロッティがなぜ重たい役をレパートリーに加えたがったのか私は理由を知らないが、ベルカント物とリリックな役に特化していてほしかったと私は思う。
例えば近年グルベローバが比較的珍しいベルカント作品の上演に熱心に取り組んでいるが、ああいう方向性は考えられなかっただろうか? 渋い作品でもパバロッティが歌えば十分集客できると思うのだが? 連隊の娘のハイC9連発を日本でもやってほしかった。
という風に後年のパバロッティはちょっと厳しい目で見てしまうが、これもパバロッティが偉大な歌手であればのこと。パバロッティのラダメスやカニオだってその辺の歌手と比較すれば格段に素晴らしい。特にカニオは改めて見直してみると、暗い作品の中で浮いてしまう明るい声の違和感が逆に悲劇性を強めていて一聴に値すると思う。
http://www.youtube.com/results?search_query=pavarotti+Pagliacci+++&search=Search
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私もラダメスやオテロを見たいとは思いません。パヴァロッティが歌うネモリーノ(愛の妙薬)とロドルフォ(ボエーム)は素晴らしいですね。声の輝きと純真さが役にぴったりです。
2007/12/5(水) 午前 6:17
私は幸いにしてネモリーノを聞くことができました。75年の来日は聞いていない私にとって生パバロッティを聞けるチャンスはこれっきりかもしれないと思って必死でチケットを取りました。(実際はトスカでもう一度来たのですが)
2007/12/6(木) 午後 11:55 [ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]
それは素晴らしい体験でしたね。最も声に威力と輝きがあった時期ではないでしょうか。「トスカ」も聴かれたのですか!
2007/12/7(金) 午前 0:24