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[ 助六 ]
2014/12/4(木) 午前 10:15
98年にマゼールとバイエルン放送がシャトレに来演し、2晩コンサートをやってくれました。1晩目はマラ9、翌晩はオール・シュトラウスで、私はマゼールもバイエルン放送響も大好きですし、願ってもないプログラムで楽しみにして出かけましたが、両晩とも意外にマゼール節は不発の上深みもなく、ちょっと失望ものでした。
それでシュトラウスの晩は前半がツァラトゥストラ、後半はティルとばらの騎士組曲でした。
コンサートで最初からいきなりツァラトゥストラには面喰いましたが、まあマゼールらしいケレンとも言えるし、前半で大曲を構えて聞き、後半は愉快物をくつろいで楽しむというのも悪くありませんでした。
確かにツァラトゥストラの直後にティルでは瞑想の後のダジャレみたいでギャフンですが、コンサートでは休憩が入って気分が変わりますから、違和感なかったです。
[R.シュトラウス生誕150年]シノーポリのツァラトゥストラ/死と変容
R.シュトラウス
[ 助六 ]
2014/12/4(木) 午前 10:11
音楽を聴くという行為はアーティストの意図を尊重して、それをミサの如く集団で享受するという形から、聞き手が自分が好きなものを好きなように按配して自由に私的空間で聞くという個別拡散型の行為に移行していくような。
こうした事情とその是非は、ヴィデオ化が早かった映画視聴について早くから指摘されていたし、今ではIT化が進む社会のあらゆる局面で認められることでしょう。
一方でIT化の進行に伴って、個別的行為だった音楽聴取に関してネット・フォーラムやブログといった経験共有の場ができたり、劇場での実演への欲求が高まったりというぶり返し現象も存在するわけですが。
ところで86年東京のシノーポリのマノン・レスコーは本当に素晴らしかったです。私は彼は後は87年にロンドンでトスカ、フィルハーモニアとのブル5、93年にバイロイトでオランダ人を聞けただけで、確かに一言で括れないタイプでしたが、マノン・レスコーは文句ない素晴らしさでした。
[R.シュトラウス生誕150年]シノーポリのツァラトゥストラ/死と変容
R.シュトラウス
[ 助六 ]
2014/12/4(木) 午前 9:46
聞く側の自由意思で何でも自由な順序で部分的にでも聞けるようになったことには、良い面も悪い面もあるでしょうが、いずれにせよそうした聴取条件の変化は否応なく音楽のパーセプションの質と演奏・上演スタイルにも影響を与えていくと思います。かつて録音の登場と進歩に伴って演奏の技術的精度への要求が高まっていったのと同じように。
演奏会では依然、与えられたものを与えられた順序で1回だけ通して聞くという聴取形態は墨守されているけれど(ただ「フォル・ジュルネ」なんかはその意味では新時代のコンサート形式ですね)、日本では大半の音楽経験は劇場でなく録音を通じて行われているでしょうし、欧州でだって豊富な劇場経験を持てるのは主要都市に住み、ある程度の金銭的・時間的余裕があって、チケット入手などのコツに通じた人だけですから、パーセンテージでは極めて限られた聴衆ということになります。
そしてオペラでも最初からヴィデオ視聴を意識して構想される演出が増えているし、演奏会だって最初から録音・録画を念頭に入れた企画が増えていくかもしれません。
[R.シュトラウス生誕150年]シノーポリのツァラトゥストラ/死と変容
R.シュトラウス
[ 助六 ]
2014/12/4(木) 午前 9:44
遅いコメントで失礼します。11月は周辺雑事に忙殺されたもので。
そうですね。LP時代は拾い聞きが難しく1枚通して聞くことが多かったから、プログラム構成は大きな意味を持ってましたね。昔のLPはほんと、ジャケット含め完結した小宇宙だった。
CDになって拾い聞きや再読・熟読・精読が可能になって、そうした意味合いは希薄化したし、ネット単売・つまみ聞き時代の今は、指揮者やプロデューサーによるプログラム構成は溶解しつつありますね。
コンサートでは今でも指揮者や組織者の意思がプログラム構成を決めているけれども、意欲的プログラミングが通る余地が大きいはずの欧州放送オケの定期でも、集客上やはり1曲は有名曲を入れざるを得ず、膝を叩くようなプログラムは僅かというのが現実だと思います。
あまりに懲りすぎたプログラムも、私のような擦れてしまった聴衆には組織者のヴィジョンを押し付けられる気がして、ありがた迷惑に感じられたり白けてしまったりということも起こりますし。
[ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]
2014/11/16(日) 午後 7:13
[ さきぼう ]
2014/11/15(土) 午後 0:07
[ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]
2014/11/12(水) 午後 6:24
[R.シュトラウス生誕150年]シノーポリのツァラトゥストラ/死と変容
R.シュトラウス
[ たか改め「みんなのまーちゃん」 ]
2014/11/11(火) 午後 7:02
[R.シュトラウス生誕150年]シノーポリのツァラトゥストラ/死と変容
R.シュトラウス
最近は、その昔にレコード屋さんに飾られていたLPを見るだけで我慢していたものが廉価なBOXになって次々と発売されるものですから、昔の恨みを晴らすほうが忙しくて…(汗)
そういう編集物CDは、収録時間に合わせているので、聞く側も1枚としてではなく、収録されている一つ一つの曲を聞いてしまうことになっています。
確かに昔の初発のLPでは、それなりに組合せを考えた録音であったように思います。
もっとも、その頃は「ツァラトゥストラ」1曲で終わっていたかもしれません。
シノーポリは、結局ウィーン国立歌劇場との「マノン・レスコー」だけしか直接に聞くことはできませんでした。
マーラー全集などでも、かなり個性的な音楽を聞かせてくれておりましたが、未聴の「ツァラトゥストラ」は、やはりその延長線であるようですね。
たった1回しか、それもオペラではありましたが、強烈な個性を感じさせられて、私の中では強い印象を残している指揮者です。
ところでプレヴィンのR.シュトラウスは、もう少しまとまったBOXにならないかなと思っていたら、あっという間に来日記念盤も売り切れてしまったみたいです(涙)




