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12月までに移行します。コメントも手作業でコピーする予定です。

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・チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番変ロ短調 op.23
 監督:エイケ・ファルク
 製作:1967年

・ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番ハ短調op.18
 映像監督:ヘルベルト・フォン・カラヤン
 制作:1973年9月(ライブ)

 アレクシス・ワイセンベルク(ピアノ)
 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
 ヘルベルト・フォン・カラヤン(指揮)
https://www.youtube.com/results?search_query=karajan+weissenberg


 いずれもLD時代から有名な映像だ。ラフマニノフは以前記事に書いたこともあるが、今回ハイビジョン化された(画面サイズは4対3のまま)デジタルリマスター版をクラシカジャパンで見て、従来と印象が随分変わった点もあるので改めて記事にすることにした。

 カラヤンのコンサート映像には、1.客席に聴衆を入れずに撮影し自由な映像表現を追求した作品と、客席に聴衆を入れたコンサートライブ風の作品の2通りがある。さらに厳密に言うと、コンサートライブ風の映像には、2.事前に収録された演奏音源に合わせて指揮者とオケが演技している作品と、3.音声とカラヤンの映像は基本的にライブで収録して後から収録した楽器のアップ映像を挿入した作品がある。1と2は実質はスタジオ録音なので聴衆ノイズや演奏ミスはないが、3は基本的にライブなので演奏ミスや楽章間で聴衆が咳をする音もそのまま収録されている。マイクが映像に映り込んでいることもある。

 このチャイコフスキーの映像は1の聴衆を入れずに自由な映像表現を追求した作品であり、ラフマニノフの映像は3の基本的な部分はライブで収録した映像と音声に、ピアノなどのアップ映像を後から撮影して挿入したものだ。いずれも今回のデジタルリマスターによりフィルムの経年劣化による画面ノイズはきれいに取り除かれ、キレのある映像に蘇った。

 チャイコフスキーの方はファルク監督によるもので、ピアノがコンサートホールの中を移動する驚きの映像だ。この作品は一般には初期の実験的作品として芸術性は低く扱われることが多かったが、今回のリマスター版を見て実はなかなか面白い映像だと考えを改めるに至った。音楽を可視化する一つのアプローチとして参考になる部分はある。ピアノを上から撮った映像などはラフマニノフの方の撮影や、カラヤン以外の映像作品にも影響を与えているのではないだろうか。演奏もワイセンベルクのピアノはいくつもあるカラヤンの同曲の演奏の中で最もオケと同質化した演奏でやはり一聴に値する。

 一方ラフマニノフの方はカラヤン自身が撮影した映像で3の基本的にライブで収録された映像だ。今回音質も一新されてピアノの音がきれいになっため、意外に粗い演奏だということもはっきり聞こえるようになった。特に第三楽章フィナーレ459小節から465小節は全然でたらめになっていることに初めて気がついた。ワイセンベルクは先の466小節と勘違いしたようだ。LDのモコとした音ではオケの音に隠れて余り目立たなかった部分だ。
(下記IMSLPの111ページを参照)
http://petrucci.mus.auth.gr/imglnks/usimg/8/85/IMSLP03631-Rachmaninov-Op18fs.pdf

 カラヤンはピアノのすぐそばで聴いているのでこのミスタッチに気がついていないはずがないのだが、これでOKを出してしまうカラヤンも不思議だ。ここだけ撮りなおして差し替えることは難しくなかったと思うのだが。

 いずれの作品も画質が素晴らしいのは特筆ものだ。同時期のベームやバーンスタインの映像が暗くてボケ気味なのと比較すると雲泥の差だ。カラヤンは映像の専門家であるファルク監督やクルーゾー監督から映画撮影のノウハウを吸収したのではないだろうか。正直なところカラヤンが80年代にビデオで収録した映像よりも70年代にフィルムで収録した映像の方が高画質だ。映っているカラヤンが若いことに気がつかなければこちらの方が新しい映像だと思うだろう。

 なお余談になるが、撮影時にカラヤンが普段より高い指揮台を使って自分の姿がよく見えるようにしていたことが上記の写真で分かって面白い。

 (追記)
 カラヤンは1959年の来日公演の映像でも高い指揮台を使っており、日本でのカメラテストの結果高い指揮台を使うことにしたようだ。

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マーラー:
1. 交響曲第1番ニ長調『巨人』
2. 交響曲第2番ハ短調『復活』
3. 交響曲第3番ニ短調
4. 交響曲第4番ト長調
5. 交響曲第5番嬰ハ短調
6. 交響曲第6番イ短調『悲劇的』

 サリー・マシューズ(ソプラノ:2)
 ミシェル・デ・ヤング(メゾ・ソプラノ:2)
 サラ・コノリー(メゾ・ソプラノ:3)
 サラ・フォックス(ソプラノ:4)
 BBC交響合唱団(2)
 フィルハーモニア・ヴォイセズ(3)
 ティフィン少年合唱団(3)
 フィルハーモニア管弦楽団
 ロリン・マゼール(指揮)

 録音時期:2011年4月、5月
 録音場所:ロンドン、ロイヤル・フェスティヴァル・ホール
http://ml.naxos.jp/album/SIGCD360
http://ml.naxos.jp/album/SIGCD361

 これは2011年のロンドンでのチクルスをシグナムというレーベルがライブ録音したものだ。1〜3番は去年の11月に、4〜6番は今年の5月に発売されたばかりであり、7〜9番の録音が完成していれば近い将来発売されるだろう。やや近めの音像はマーラーには適しており、ウィーンでの全集が少しぼけた感じのする録音になっているのよりも音質は好ましい。ロイヤル・フェスティヴァル・ホールは巨大な会場だが客席ノイズは少ない。ただ音量の強弱が少しつきすぎているようで、弱音を良く聞こうとするとフォルテ(特にティンパニ)でびっくりする。

 itune storeのダウンロード販売になるがマゼールはウィーンでの全集に続いて2000年代にもニューヨークフィルと二度目の全集をライブで録音している。マゼールに限らず、ハイティンク、インバル、亡くなったアバドやベルティーニなどのマーラー指揮者は全集完成後も繰り返しマーラーを録音する傾向がある。しかし2度目の全集を完成させるのはなかなか難しいようで、バーンスタインですらDGの2度目の全集は厳密に言えば未完成だ(8番は放送録音の借り物。バーンスタインには他に映像による全集がある)。マゼールが全集を2度も完成したこと、さらにもしこのロンドンでのチクルスも完成しているなら3度目になることは驚くべきだ。

 さてこの演奏はネットでのレビューを見ると3番が特に好評のようだ。だが私は違う印象を持っていて、1番、5番、6番あたりの(マーラーとしては)比較的交響曲としての形が整っている作品の方がマゼール節が楽しめると思う。2番、3番あたりの交響曲は元々の形がいびつだ。それをマゼール節でさらに崩してしまうと、マゼール臭が強くなりすぎてちょっとえげつない、あるいは無理にこねくり回している感じがして私は興ざめしてしまう。

 マゼールは常に醒めた視点から自己主張するので、同じようにデフォルメしたマーラーであってもマーラーの音楽に激しく献身的にのめり込んでいくテンシュテットの演奏とは聞こえ方はかなり違う。

 具体的に指摘すると、2番の第五楽章の練習番号11(162小節)では練習番号6(78小節)の音型がフォルテで戻ってくる。その直前の161小節には77小節と異なりリタルダンドの指定が書いてある。ここは大抵の指揮者が多かれ少なかれ減速するのだが、マゼールとテンシュテットはかなり大胆に減速する。
(下記IMSLPの148ページを参照)
http://imslp.eu/linkhandler.php?path=/imglnks/euimg/e/ec/IMSLP211806-PMLP49406-Symphony_No.2_-_Resurrection.pdf

 ここでのテンシュテットは手に汗握る入魂の演奏だ。以前紹介した北ドイツ放送響とのライブではシンバルがリタルダンドで拍子を数え間違えてフライングをしているが、それにも関わらず緊張感は少しも衰えない。しかしマゼールの醒めた演奏だと同じように減速していても、「楽譜にリタルダンドって書いてあります」とでも言いたげで少々わざとらしく聞こえてしまうのだ。ネットでは評判の良い3番の演奏は第一楽章で38分もかけているが私にはイマイチに聞こえる。

 テンシュテットやクライバーが音楽に対する自己犠牲を厭わないのに対して、マゼールにとってマーラーの音楽はあくまで自己表現の手段の一つであり、音楽に対する価値観が根本的に違う。この点でマゼールはカラヤンやバーンスタインといったマゼールより一回り上の世代の指揮者と共通する感覚を持っていた。これはマゼールが10代からプロのオーケストラを指揮して早い段階で指揮者になったことと無関係ではないだろう。

 カラヤン臭とかバーンスタイン臭と同様にマゼール臭という言葉はあるが、クライバー臭とかテンシュテット臭という言葉は存在しない。自己主張が強いことは決して悪いことではない。聞き手の好き嫌いが強くなるだけのことだ。

 マーラーの作品がいずれもマゼールの特徴を反映する格好の材料であることは間違いないが、こういった自己主張が効果的なのはやはり1番、5番、6番のように交響曲としての体裁がある程度整っている作品だと思う。これらの作品では聞く側がすでに「この指揮者はどう聴かせどころを作るのだろう」という意識で聴いているので、大胆に自己主張しても大げさには聞こえない。なお1番の第三楽章のコントラバスは従来通りのソロ、6番の中間楽章は従来通りのスケルツォ→アンダンテの順でぶれていないところがいい。5番のアダージェットもVPOとの旧盤同様に11分かけた演奏でアバドのように高速化はしていない。

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チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番変ロ短調op.23

イーヴォ・ポゴレリチ(P)
クラウディオ・アバド指揮 ロンドン交響楽団
録音 85.6

 協奏曲の録音を好む指揮者は多いが、カラヤンやバーンスタインのように自分のテンポで演奏しないソリストは認めない指揮者優先タイプもあれば、80年代ぐらいまでのデュトワのようにいかにも伴奏していますという感じのソリスト優先の指揮者もいる。アバドはソリストの個性を生かしながら自分も言うべきことは言うバランス感覚に優れていた指揮者だったと思う。アルゲリッチやポリーニのような(当時の)新進気鋭から、ゼルキンやブレンデル、あるいはベルマンといったベテランまで数多くのソリストと共演し成功を収めているのはそのためだろう。

 このディスクはデビュー当時からくせ者として知られたポゴレリチとの共演で、録音ではショパンのピアノ協奏曲第二番に続いて2作目だ。当初DGは前年にカラヤン/ウィーンフィルとポゴレリチの共演でこの曲をライブ録音する計画だったが、ポゴレリチとカラヤンのテンポが合わずに決裂した。

 そのことは当時日本にも伝えられていただけに、ポゴレリチがどのようなチャイコフスキーを弾くのか大いに注目された。カラヤンが何人かのソリストと録音したこの曲に劣らずアバドとのこの演奏もスローテンポだ。しかしポゴレリチはソロの弾く部分はもっと大胆なルバートを駆使したアゴーギグを聴かせる。カラヤンとテンポが合わなかったのはオケが鳴っている部分ではなくピアノソロの部分だったのではないかというのが私の推測だ。

 カラヤンが協奏曲の伴奏をしている映像をよく見ると、ソロの部分も小さく棒を振ってテンポをコントロールしていることが分かる。ソリストがそれをどれだけ見ているかは別としてもソロの部分を含めて曲全体のテンポを決めているのはカラヤンなのだ。恐らくポゴレリチはソロの部分は自分のテンポで自由に弾かせて欲しいと思ったのだろう。

 ここでのアバドは当時の手兵ロンドン響を指揮して、ポゴレリチの個性的なソロにピタリと合わせつつも充実した伴奏を聴かせる。アバドが合わせ上手だったことを示すアルバムだと言えよう。

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モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲全集

・ヴァイオリン協奏曲第1番変ロ長調 K.207
・ヴァイオリン協奏曲第2番ニ長調 K.211
・ヴァイオリン協奏曲第3番ト長調 K.216
・ヴァイオリン協奏曲第4番ニ長調 K.218
・ヴァイオリン協奏曲第5番イ長調 K.219 『トルコ風』
・協奏交響曲 変ホ長調 K.364(320d)

 ジュリアーノ・カルミニョーラ(Vn)
 ダニューシャ・ヴァスキエヴィチ(Va)
 モーツァルト管弦楽団
 クラウディオ・アバド(指揮)
 録音時期:2007年11月

 モーツァルト管弦楽団は2004年にアバドが創設し音楽監督も務めたオーケストラだ。団名はかつてボローニャを訪れたモーツァルトが、音楽家マルティーニ神父に教えを請うた来歴に由来するという。コンサート・マスターのジュリアーノ・カルミニョーラ以外は10代から20代の若手30数名で構成される小規模な室内オーケストラだ。

 古楽器アンサンブルではないようだが、ピッチは430と低く演奏法にも時代奏法を取り入れている。モーツァルトの交響曲、協奏曲、オペラはアバドにとって生涯特別なレパートリーだったが、これは晩年のアバドのモーツァルトがいわゆる「ピリオド(時代考証)アプローチ」に転向したことを示す貴重な資料だ。アバドはこのオケとモーツァルトの主要な交響曲も再録音しており、ピリスやアルゲリッチとはピアノ協奏曲も録音している。

 アバドはシューベルトでも自筆譜に基づく新校訂版を使用して室内オケ(ヨーロッパ室内管)を振った交響曲全集を完成させている。アバドはこのようにモーツァルトやシューベルトにおいて時代考証アプローチを採用した一方で、ベートーヴェンの交響曲やモーツァルトのレクィエムにおいてはモダン楽器によるフル編成の演奏スタイルを生涯変えなかった。その違いがどこから生じたのかアバド自身の言葉を聞きたかったところだ。その場その場で都合の良いスタイルを採用するところが晩年のアバドらしい部分でもあるのだが。

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 追悼記事ってなぜか一所懸命書いてしまいます。豊かな音楽を与えてくれたことに対する自分なりの感謝の気持ちだと思っています。


アントン・ブルックナー:交響曲全集

・交響曲第0番ニ短調 WAB.100[ノーヴァク版][47:51]
 I. Allegro [18:15]
 II. Andante [11:27]
 III. Scherzo: Presto - Trio: Langsamer [07:45]
 IV. Finale: Moderato [10:24]

・交響曲第1番ハ短調 WAB.101[リンツ稿/ノーヴァク版][53:17]
 I. Allegro [15:08]
 II. Adagio [12:35]
 III. Scherzo: Lebhaft. Schnell [08:03]
 IV. Finale: Bewegt, feurig [17:31]

・交響曲第2番ハ短調 WAB.102[1877年稿/ノーヴァク版][68:39]
 I. Moderato [21:41]
 II. Andante: Feierlich, etwas bewegt [17:28]
 III. Scherzo: Mäßig schnell [07:24]
 IV. Finale: Ziemlich schnell [22:06]

・交響曲第3番ニ短調 WAB.103[1889年稿/ノーヴァク版][57:39]
 I. Mäßig bewegt [22:25]
 II. Adagio, bewegt, quasi Andante [15:05]
 III. Scherzo: Ziemlich schnell [06:54]
 IV. Finale: Allegro [13:15]

・交響曲第4番変ホ長調 WAB.104『ロマンティック』[第2稿/ノーヴァク版][72:43]
 I. Bewegt, nicht zu schnell [21:18]
 II. Andante, quasi allegretto [16:02]
 III. Scherzo: Bewegt. Trio: Nicht zu schnell [11:49]
 IV. Finale: Bewegt, doch nicht zu schnell [23:34]

・交響曲第5番変ロ長調 WAB.105[ノーヴァク版][79:06]
 I. Adagio. Allegro [23:00]
 II. Adagio [14:56]
 III. Scherzo: Schnell [14:25]
 IV. Finale: Adagio. Allegro [26:45]

・交響曲第6番イ長調 WAB.106[ノーヴァク版][60:37]
 I. Maestoso [16:28]
 II. Adagio: Sehr feierlich [17:54]
 III. Scherzo: Ruhig bewegt, etwas gemessen [09:36]
 IV. Bewegt, doch nicht zu schnell [16:39]

・交響曲第7番ホ長調 WAB.107[ノーヴァク版][65:54]
 I. Allegro moderato [20:38]
 II. Adagio: Sehr feierlich und sehr langsam [22:26]
 III. Scherzo: Sehr schnell [10:09]
 IV. Finale: Bewegt, doch nicht zu schnell [12:41]

・交響曲第8番ハ短調 WAB.108[ノーヴァク版][85:02]
 I. Allegro moderato [18:07]
 II. Scherzo: Bewegt, lebhaft [15:16]
 III. Adagio: Feierlich langsam, doch nicht schleppend [28:09]
 IV. Finale: Feierlich, nicht schnell [23:32]

・交響曲第9番ニ短調 WAB.109[ノーヴァク版][69:51]
 I. Feierlich, misterioso [31:05]
 II. Scherzo: Bewegt, lebhaft [10:48]
 III. Adagio: Sehr langsam, feierlich [27:58]

 バイエルン放送交響楽団
 ロリン・マゼール(指揮)
 録音時期:1999年1〜3月
 録音場所:ミュンヘン、フィルハーモニー
http://ml.naxos.jp/album/900711


 現在ではむしろマーラー指揮者の印象が強いマゼールだが、録音で評判になったのは1974年のブルックナーの5番の方が先だったと思う。この全集が2010年に発売されるまでブルックナーの録音は少なかったがマゼールにとって重要な作曲家だったのだ。最後の来日となったミュンヘンフィルとの昨年4月の公演でも3番が演奏された。

 それにしてもこのブルックナーは凄い(笑)。普通の指揮者がやらない禁じ手を大胆に使ってデフォルメしたブルックナーだ。主題が登場するところ思い切ってルバートしたかと思えば、思いも寄らないところでアッチェランドして加速する。7番以降の後期の3曲、中でも9番のデフォルメはすさまじく、第一楽章の主題が登場する際の壮大さというか、おどろおどろしさというか、その大げさなことといったら空前絶後の表現だと言えるだろう。この全集はナクソスミュージックライブラリー(NML)でも聴けるので、9番の出だしだけでも試聴して欲しい。

 これが感動的かどうかというとちょっと疑問ではあるが、とにもかくにもこんなにデフォルメしたブルックナーは恐らくクナッパーツブッシュ以来だと思われる。マゼールはこのオケが60年代以来ヨッフムやクーベリックによって正統的と思われるブルックナー演奏を繰り広げ、ミュンヘンの聴衆もこれらの曲を良く知っていることを百も承知で、というよりそれだからこそ自分ならではのブルックナーの世界を再創造しているのだ。

 これをどう受け取るかは聞き手の耳にかかっている。「癖が強すぎてちょっと」という方がいても全然不思議ではないだろう。ブルックナーのスタンダードな演奏としては全くお勧めできないが、私はこれまでにないブルックナーの世界を見せてくれたという点で貴重な演奏だと思う。

 NMLでは下記のようなマゼールの演奏が聴ける。
http://ml.naxos.jp/artist/31353

 NMLはそこからピックアップした「追悼ロリン・マゼール」というプレイリストを公開している。
http://ml.naxos.jp/playlist/naxos/393650


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