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トスカ:カバリエ
カヴァラドッシ:ディ・ステファノ
スカルピア:Nicolae Herlea
オケと指揮者は不詳
1975年11月22日 横浜
http://www.youtube.com/watch?v=RedRcrb3pvg
http://www.youtube.com/results?search_type=&search_query=tosca+1975+yokohama&aq=f

ディ・ステファノと言えば何といってもまずカヴァラドッシだろう。カラスとのモノラル録音もカラヤンとの再録音もスタンダードとして長く親しまれてきたものだ。1975年のこの公演は今回ユーチューブで始めてみた。確か大手の音楽事務所でなくカラスのファンによる招聘として企画された公演だったと記憶している。以前も紹介したマリア・ディ・ステファノによる「わが敵マリア・カラス」によると、招聘したのは「ナカジマ」氏という個人の方だったようだ。

チケット代は非常に高かったそうで、お目当てのカラスがドタキャンしてしまったためナカジマ氏は財政上の問題を抱えることになったそうだが、日本でカラスのトスカを個人で実現しようという発想と経済力はすごいと思う。ナカジマ氏とはどのような人だったのだろうか? ひょっとして私が大学の頃良くお会いした仙台のナカジマさんだろうか? もしこのブログをご覧になっていたらご連絡を頂きたい。

70年代のカバリエはカラスの後継者として挙げられていた。自分のフィガロの予定をキャンセルしてまで日本へトスカを歌いにきたとは初めて知ったが、「カラスの後継者は自分」という自負があればこそだろう。「わが敵マリア・カラス」によると、カラスはカバリエを意識して(テバルディなどと同様に)手厳しく批判したこと、74年9月にカバリエの希望でディ・ステファノがカバリエとの二重唱をレコードに吹き込むことになりバルセロナへディ・ステファノが行くことにカラスが大変嫉妬したこと、それにも関わらずディ・ステファノがカバリエと録音する曲の練習にカラスが付き合ったことが触れられていて興味深い。

ディ・ステファノはこの公演に非常に乗り気でコスチュームをニコラ・ベノワに発注して新調したそうだ。ユーチューブで見た限りではこの時のディ・ステファノの歌は私が想像していたよりもはるかに上等だ。74年10月の日本・韓国ツアーも含めてこの時期はディ・ステファノがカラスと不倫していた時期に当たる。カラスともう一花咲かせたいという気持ちが強かったのだろう。

74年のカラスとの日本公演はLD時代に日本限定で商品化された。DVD化はされていないと思うがユーチューブでかなり見ることができる。
http://www.youtube.com/results?search_type=&search_query=callas+tokio&aq=f
1973年のロンドンでのリサイタルの映像も見つけた。
http://www.youtube.com/results?search_type=&search_query=callas+london+1973&aq=f

この本によれば、カラスがトスカをキャンセルしたのは75年11月に入った公演直前で、「舞台復帰後この時期ほどカラスの声の調子が良いときはなかったので大変驚いた」とある。「フランス・ディマンシュ」の記事が原因で引退したというのは助六さんの書き込みで始めて知った。

このトスカの日本公演終了後、ディ・ステファノのカラスとの不倫はマリア・ディ・ステファノの知るところとなり、結局77年1月にディ・ステファノはカラスと別れる。孤独なカラスは同年9月に(恐らく自ら)亡くなったが、カラスを哀れむディ・ステファノはその後マリア・ディ・ステファノも遠ざけ、2人も結局は離婚する。

ディ・ステファノはケニアで暴漢に襲われ昨年気の毒ななくなり方をしたが、ケニアで誰とどのような生活をしていたのだろうか。

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73年9月19日収録
ニーノ・ヴェルキ指揮
ヴィオレッタ : レナータ・スコット  
アルフレード : ホセ・カレラス
ジェルモン : セスト・ブルスカンティーニ  
フローラ、アンニーナ : アンナ・ディ・スタジオ
http://www.youtube.com/results?search_type=&search_query=traviata+scotto+1973&aq=f

カレーラスのオペラ舞台の映像はドミンゴやパヴァロッティと比べて少なく、これまで正規商品化されていたのはLD時代から出ていたメトのボエーム(1982)とカルメン(1987)、スカラ座のアンドレア・シェニエ(1985)、カラヤンとのドン・カルロ(1986)、コヴェントガーデンのスティッフェリオ、それに最近初めてDVD化されたウイーンのトゥーランドット(1983)ぐらいだろう。

そこへ今回70年代の日本での映像2つが新たに加わった。特にこの73年の椿姫は現在までに商品化されたカレーラスの最も初期の映像だろう。76年のアドリアナはモノラル音声だったがこのディスクの音声は恐らくFM放送用の音源からステレオ化されている。画質はあまり良くはない。国内でDVD化されている73年のファウスト(同じくスコットが主演)もこの程度の画質だが、同じ年に収録されたカラヤン/BPOのリハーサル映像はもっと鮮明な画像だ。この時代は字幕を入れる工程だけでこんなに劣化してしまうものだったろうか?

カレーラスの歌と演技に後年の余裕がないのは当然だが、いつもながら精一杯のひたむきさを感じさせる歌唱は好感は持てる。スコットはまだリリックだったころの歌だ。私がスコットの歌をレコードで初めて聴いたのは80年頃のムーティとの椿姫やレヴァインとのトスカあたりからなので、ここでのスコットの歌はどうしても線が細い印象を受けてしまう。見た目がやや太めのこの頃のスコットは人懐っこい顔で、どこどなく日本人っぽい雰囲気すら漂っているのが見ていて面白かった。

誰にもお勧めの演奏とは言いにくいが、カレーラスのこの曲の正規盤は他になく、スコットも椿姫の映像はこれだけなのでこれは貴重な記録と言えるだろう。ドミンゴの76年の道化師/カヴァレリアと合わせて今回3点がDVD化されたので、NHKに全曲の映像が残っている公演でまだDVD化されていないのは恐らく61年のプロッティのリゴレットと63年の西部の娘だけだろう。71年のリゴレットもまだDVD化されていないが、これはパバロッティが主役を歌っているため放送後にテープはパバロッティ側(あるいはユニテル側?)に返還されNHKには残っていないそうだ。

他にカレーラスの映像は、先に紹介した79年の東京のトスカ、78年のスカラ座の運命の力、81年のパリの仮面舞踏会、90年のウイーンの道化師、93年のバルセロナのフェドーラもあるはずなのでこれらもぜひDVD化してほしいものだ。

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