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ヘルマン・ウーデ(Bs:オランダ人)
ルートヴィヒ・ヴェーバー(Bs:ダーラント)
アストリッド・ヴァルナイ(S:ゼンタ)
ルドルフ・ルスティヒ(T:エリック)
エリーザベト・シェルテル(Ms:マリー)
ヨーゼフ・トラクセル(T:舵取り)
バイロイト祝祭合唱団
合唱指揮:ヴィルヘルム・ピッツ
バイロイト祝祭管弦楽団
ヨーゼフ・カイルベルト(指揮)
録音:1955年7月、8月 バイロイト祝祭劇場[ステレオ]
ヴォルフガング・ワーグナーが亡くなった。バイロイト音楽祭の総監督はすでに退いていたが、インタビューなどでは元気な様子だったのでちょっとびっくりだ。1951年に戦後のバイロイト音楽祭が再開されてからもうすぐ60年になろうとしている。
実は先日、カラヤンの演奏史で興味深いコンサートを見つけたので紹介しようと思っていたところだ。カラヤンは1950年5月28日に当時の手兵のウィーン響を率いてバイロイトでローエングリンの前奏曲とグラール語り、それにブルックナーの8番のコンサートを開いているが、このコンサートはバイロイト音楽祭を再開することを目的とした基金の資金集めが目的だったそうだ。
ワーグナー兄弟に貸しを作っておいてバイロイトの指揮者に加わろうというカラヤンの意図は見え見えで実際そうなった。カラヤンはこの時期ウィーンフィルの指揮台やザルツブルグ音楽祭から締め出されていたので何としてもバイロイトの指揮台に立ちたかったのだろう。
しかしバイロイト音楽祭も結局は2年出ただけで終わったので1953年〜1954年にかけてのカラヤンの主な活動の場はロンドンのフィルハーモニア管とスカラ座、それにウィーン響だった。コンサートは精力的に行っているもののオペラはスカラ座とローマで何度か振っているだけだ。その中で歴史的な公演と言えるのはカラスとのルチアぐらいだろうか。だが1953年の1月〜2月にかけて自身15年ぶりのローエングリンをスカラ座で上演し、シュバルツコプフのエルザ、メードルのオルトルート、ヴィントガッセンのローエングリン、エーデルマンのハインリヒというキャスティングを組んでいるのは注目される。ひょっとしたらカラヤンは1953年夏のバイロイトでローエングリンを振る予定だったのかもしれない。
この間にレコードではヘンゼルとグレーテルやナクソス島のアリアドネ、コジ・ファン・トゥッテなどカラヤンとしては珍しいレパートリーを録音しているのも面白い(しかしカラヤンはこれらの曲目を結局レパートリーにはしなかったので、カラヤンからすればEMIのレコードカタログのすき間を埋める仕事を請け負ったに過ぎないのかもしれない)。1954年にはN響を振りに日本に来て14回も演奏したカラヤンが、わずか数年後にベルリンとウィーンを手中に収めるとは自身も予想していなかった起死回生の一打だったのではないだろうか?
話がヴォルフガングから逸れてしまったが、このCDはカラヤンが帝王に収まる前の1955年にヴォルフガングが演出した戦後バイロイト初のオランダ人の上演だ。1953年のローエングリンに続いてヴォルフガングの2作目の演出になる。もともとカイルベルト1人で6回指揮する予定だったが、クナッパーツブッシュが特に希望して3回ずつカイルベルトと分けることになったと伝えられる。クナがバイロイトでオランダ人を振ったのはこの時だけだ。
ヴィーラントがオランダ人やタンホイザーに独自に編集・構成した楽譜を用いて音楽に介入する姿勢を見せたのに対して、ヴォルフガングのオランダ人は慣用版(救済のモチーフあり、バラードはト短調、1幕構成)を採用し音楽には介入しないという姿勢を示しているのが興味深い。
最近の細身のゼンタしか聞いていない方はヴァルナイの肉太なゼンタにちょっと驚くかもしれないが大変立派なゼンタだと思う。クナと聞き比べてはいないがカイルベルトの指揮は指輪同様にややサクサクしたものだが悪くはないと思う。クナの遅い演奏も面白いらしいが音がよくないそうで私はまだ聞いていない。カイルベルトの指輪同様にデッカが収録したこの演奏はLP時代にステレオで出ていたのでなぜCDがモノラルなのか不思議に思っていたが、テスタメントがようやくステレオ盤を出してくれた。
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