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今年はマーラー没後100年であると同時にクーベリック没後15年にもあたる。
マーラー: 交響曲 第1番 ニ長調「巨人」
ラファエル・クーベリック(指揮)、バイエルン放送交響楽団
1980年 ミュンヘン・ヘルクレスザール
19世紀までのオーケストラは第1バイオリンを左手前に、第2バイオリンを右手前に置くのが普通であり、この配置は「両翼配置」あるい「対向配置」と呼ばれるが、チェロを左に、コントラバスを中央奥に、ビオラを右に配置する点にも特徴がある。メロディを受け持つ第1バイオリンと、音楽の土台を作るチェロは音域が異なるので同じ左側に置いても人間の耳は十分聞き分けられる。内声に当たる第2バイオリンとビオラは客席に背を向けて右側に置きオケの内部の響きを充実させるという考え方だ。
現代のオケのほとんどはチェロとコントラバスを右に置いているが、戦前まではこれらのチェロは左にいるのが当然で、クラシック音楽はこの配置で演奏するものだったのだ。トスカニーニ、ワルター、クナッパーツブッシュ、クレンペラー、モントゥーなど、フルトヴェングラーとストコフスキー以外の戦前世代の指揮者はほぼ全てこの配置を採用している。カンテルリは師のトスカニーニ同様にチェロが左の19世紀型配置を採用していたことが映像で確認できた。
この19世紀型配置はバイオリンが左右に分かれていることに加えて、第1バイオリンとチェロが同じ左側にいるため指揮者には高度な技量が求められる。指揮者の側からすると第1バイオリンのメロディと低弦のリズムが左右に分かれていた方がはるかに振りやすい。DGのマーラー全集でのみ19世紀配置を採用したシノーポリは「この配置は自分には大変難しい」と率直に述べており、実際の演奏会ではフルトヴェングラー型(左から第1バイオリン、第2バイオリン、チェロ、ビオラ、コントラバス)を採用していた。
セルやミュンシュ、ベーム、ヨッフム、アンチェル、そしてカラヤンといった中間世代の指揮者もどういう訳か揃ってフルトヴェングラー型を支持した(ヴァントとクリュイタンスはストコフスキー型だが)。戦後世代になると、チェリビダッケやショルティ、バーンスタイン、テンシュテット、ベルティーニなどストコフスキー型(左から第1バイオリン、第2バイオリン、ビオラ、チェロ、右奥にコントラバス)を採用する指揮者が多くなる。ストコフスキー型はアメリカ、イギリス、フランスで普及したほか、実はドイツでも戦後に設立された放送局のオケの多く(ケルン、シュトゥッツガルト、フランクフルト、北ドイツ(ハンブルク))が採用している。
ストコフスキー型も大雑把に言って高音を左に、低音を右にして指揮者が振りやすくしたという点ではフルトヴェングラー型と変わらない。違いはビオラが右手前にいるかチェロが右手前にいるかだけだ。やはり低音が右の方が振りやすいのだろうか? 結局、欧米の一流オケは、チェコフィルなど東欧のオケすらも含めてほとんど全てがフルトヴェングラー型かストコフスキー型のいずれかを採用するようになった。チェロを左に、コントラバスを中央奥に置くという戦前までのクラシック音楽の伝統は戦争を境に廃れてしまったのだ。
右に低弦を置くフルトヴェングラー型やストコフスキー型が戦後圧倒的に普及した理由として1950年代末〜60年年代はじめのステレオ初期のレコード、あるいは60年代半ばに始まった初期のFMステレオ放送は左右の音の分離が悪く、高音と低音を左右に振り分けた方がステレオ効果を出しやすかったという事情があったと考えられる。
ムラヴィンスキーも有名な1960年のチャイコフスキーの録音ではDGの要請によりチェロを右に変更したそうだ。クレンペラーが1955年〜57年にEMIに録音したブラームスやベートーベン、モーツァルトは間違いなく19世紀型の両翼配置だが(写真にもチェロが左に写っている)、1960年以降は録音の時だけチェロとコントラバスを右に変更してしまったようだ。クナッパーツブッシュがVPOを振ったトリスタンの前奏曲と愛の死(イゾルデはニルソン)も、1959年のデッカの録音ではチェロが右で第2バイオリンが左のフルトヴェングラー型に変更されており前奏曲の有名な掛け合いは左右に分かれないが、1962年の演奏会では19世紀型の両翼配置になっている(映像が残っている)、。
DGもEMIもデッカも揃って同様の措置をとっているということは、「オケの高音は左、低音は右」というのが当時ステレオレコードの常識と受け止められていたと考えて間違いないだろう。当時のレコードの技術的な制約とはいえ残念だ。
そんな中で戦前の伝統を20世紀末まで頑なに守り通したのがクーベリック、ムラヴィンスキー、それにイギリスの巨匠ボールトだ。クーベリックの両翼配置については大分前に書いたパルジファルでも紹介した。マーラーにおいても第1番第3楽章のコントラバスのソロが左奥から聞こえるのは、フルトヴェングラー型やストコフスキー型に慣れた耳に大変新鮮に聞こえるだろう。マーラーが求めた響きは本来はこうだったのだ。
この1番の映像はテレビ放送用の収録のようで観客はいない。クーベリックの音楽同様に小細工のない映像で、本拠地ヘラクレスザールの音響も良く音質もまずまずだ。全盛期のクーベリックの格調高くかつ熱気にあふれた演奏を楽しむことができる。1967年のDG盤と比較すると第一楽章のテンポが速くなってより躍動的になり、逆に第四楽章は遅くなってどっしりした。全体的にDG盤よりも1954年のウィーンフィルとの演奏に近いテンポに戻った感じだ。Auditeから出ている1979年の演奏とは当然ながら演奏時間が近い。
ウィーンフィル(1954) 12:46/7:11/10:39/18:59
バイエルン放送響(1967)14:30/7:04/10:36/17:38
バイエルン放送響(1979)13:12/7:03/11:37/19:18
バイエルン放送響(1980)13:40/7:09/11:21/19:09
それにしてもドリームライフというレーベルはクーベリックやベームの映像のDVD化に熱心で感心だ。若い人にはカラヤンやバーンスタインのナルシスティックな映像よりもこういう映像をもっと見てほしい。
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