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大地の歌がマイブームで止まらない。きっとマーラーの音楽ははまるとやめられない音楽なのだろう。私もはまりやすい性格なのだろうが(笑)。
・マーラー:交響曲『大地の歌』(シェーンベルクとリーンの編曲による室内楽版)
ドリス・ゾッフェル(Ms)
ヴォルフガング・ミュラー・ロレンツ(T)
MDR交響楽団(ライプツィヒ放送交響楽団)
ファビオ・ルイジ(指揮)
(1999年)
この室内楽版大地の歌は、OEKの2005年の日本公演同様に弦楽5部を各1台ではなく合奏に増強して演奏している。これは「室内楽」というよりは「室内オケ」と言うべきだろう。この編成による演奏を早く聞きたくて、このディスクはネットで買えば1600円なのだが店頭で2100円で買ってきてしまった。室内楽版のヘレヴェッヘとブロホビッツの演奏があまりに素晴らしかっただけに、ルイジ、ゾッフェル、ミュラー・ロレンツという有名どころが揃ったこの演奏をわくわくして聞いたのだが、結果は....悪くはないがヘレヴェッヘ盤には及ばなかった。
まず、このCDは2005年に発売されたのだが録音は1999年と結構古いのだ。ライブではないが恐らく放送用のスタジオ録音を後からCD化したのだろう。そのせいか演奏編成に関する情報はジャケットに一切触れられていないので弦5部を何人で演奏しているのか分からないが(弦が各1台の室内楽とはだいぶ響きが異なるのでジャケットに明記するべきだと思う)、音を聞いた感じでは結構多そうだ。恐らく弦楽器だけで20人近くいるのではないだろうか。
おまけにライプツィヒのパウル・ゲルハルト教会での録音が残響過多で、この編曲で特徴的に扱われているピアノの音が遠くに霞んでしまっている。全体として弦楽器やホルンなど通常のフルオケ版でも良く聞こえてくる音だけが強調されて、ピアノ版と良いとこどりをした感じは大きく後退している。悪い演奏ではないのだが、わざわざ室内楽版で演奏する意図が感じにくく、この解釈で演奏するのであれば普通にフルオケで演奏すれば良いのではないだろうか。ミュラー・ロレンツの重たい声による熱唱もフルオケ版向きで、ブロホビッツが室内楽版ならではの叙情的な名唱を聞かせたのとは大きく趣味が異なる。
マーラーやシェーンベルクの編曲ものとしては、マーラー編曲のバッハの管弦楽組曲、ベートーベンの弦楽四重奏曲第11番、シューベルトの死と乙女、シェーンベルク編曲のブラームスのピアノ四重奏曲などが有名だが、これらはいずれも編成を大きくする、悪く言えば後期ロマン派風の肥大化した響きにアレンジする点に特徴があった。私はそれが苦手だったのであまりこの手の編曲ものを聴いていなかったのだが、この大地の歌の室内楽版は、編成を絞る、つまり音をそぎ落として音楽の本質だけを残す方向のアレンジがされている点で大きく異なるのだ。私は弦5部を合奏にして「室内オケ」で演奏するのではなく楽譜通り各1台の「室内楽」の方が良いと思った。このシェーンベルク編曲版の特徴については下記HPの情報も参照されたい。
http://decafish.blog.so-net.ne.jp/2011-02-11-1
なお、ルイジは今年コンセルトヘボウでフルオケ版を指揮しており、その映像をユーチューブで見ることができる。やはりこの人にはフルオケ版の方が合っているような気がする。オケはチェロが右のストコフスキー型配置だ。ヨッフムの来日時にはヴィオラが右のフルトヴェングラー型だったが、ヤンソンスの第九やマーラーの復活もストコフスキー型になっておりコンセルトヘボウはこの配置が標準のようだ。
http://www.youtube.com/results?search_query=mahler+luisi+erde&aq=f
Anna Larsson, alto
Robert Dean Smith, tenor
Royal Concertgebouw Orchestra
Fabio Luisi
Gewandhaus Leipzig 22 May 2011, 11 am
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