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中国の新幹線で大惨事が起きた。確かフランスの新幹線も数年前に大事故を起こしていたと記憶している。日本の新幹線が1964年の開業以来大きな事故を1つも起こしていないというのは素晴らしいことだと思う。特に東日本大震災が日中に発生したにも関わらず、全ての車両が安全に緊急停車し1両も脱線しなかったというのは奇跡的なことではないだろうか。日本は技術力にもっともっと自信を持っていいと思う。特に意識した訳ではないが、今日はその1964年に録音されたクレンペラーの大地の歌をとり上げた。
・マーラー:『大地の歌』
メゾ・ソプラノ : エルザ・カヴァルティ
テノール : アントン・デルモータ
ウィーン交響楽団
指揮 : オットー・クレンペラー
録音:1951
(下記サイトよりダウンロード可能)
http://public-domain-archive.com/classic/compositions.php?composer_no=10
クリスタ・ルートヴィヒ(メゾ・ソプラノ)
フリッツ・ヴンダーリヒ(テノール)
フィルハーモニア管弦楽団/ニュー・フィルハーモニア管弦楽団
オットー・クレンペラー(指揮)
録音:1964年2月19日〜22日、ロンドン、キングスウェイ・ホール(ルートヴィヒ)
1964年11月7日〜8日、ロンドン、キングスウェイ・ホール(ヴンダーリッヒ)、
1966年7月6日〜9日、ロンドン、アビーロード・スタジオ(ルートヴィヒ)
(下記サイトに試聴あり)
http://www.hmv.co.jp/product/detail/1274096
前にクレンペラーの第九の記事で書いたとおり、クレンペラーの全盛期は1954年から1958年までの5年間だと私は思っている。だがこの時期のマーラーの正規録音はなぜか1つもない。ライブ録音を含めても4番が3種類(54年2月のケルン放送響、56年2月のベルリン放送響、56年10月のバイエルン放送響)あるだけのようだ。1951年から71年まで実に7種もの録音が確認されている2番でさえ、54年から58年の間の演奏は海賊盤の1つすら出ていない。
大地の歌には51年に米VOXが録音したモノラル盤(同時期の2番と共にLP初録音だった)と、64年と66年にまたがって録音されたEMI盤、それにテープでのみ発売された1948年のブタペスト響とのライブがあるそうだが(これは音楽之友社が去年だしたディスコグラフィーにも載っていない代物だ)、54年から58年の録音はない。マーラーの弟子だったクレンペラーが全盛期にマーラーを録音していないというのは大変残念なことだが、それを嘆いていても仕方ないのでVOX盤(上記リンクでダウンロードできる)とEMI盤を聴き直してみることにした。
EMI盤は元々はプロデューサーのレッグが録音を始めたものだが、レッグはルートヴィヒの楽章が完成する前にフィルハーモニア管を解散してEMIを辞めてしまった。しかし後任のピーター・アンドリーは未完でお蔵入りさせるには惜しい演奏だと思ったのだろう。2年も経った1966年7月になってからニュー・フィルハーモニア管で残りを録音して完成させた。こういうケースは大変珍しいと思う。ルートヴィヒのどの楽章が64年の録音でどの楽章が66年の録音なのかは明らかにされていない。
VOX盤とEMI盤ではテンポがかなり異なる。私が相当前に聞いた時はVOX盤は速すぎでEMI盤は逆に遅いと思った。VOX盤の52分20秒はこの曲の録音史上最速だ。特に終曲が22分47秒というのは余りに速いのでカットでもしていないのか楽譜で確認したくなる。EMI盤は数字だけみると普通のテンポに見えるが、以前バーンスタイン/VPO盤の記事でも書いたとおり、クレンペラーは楽譜にある最低限のテンポ変化しかつけていないのでバーンスタイン盤で刷りこまれた耳には緩急の変化に乏しく、結果的に遅く聞こえたのだ。
ウィーン交響楽団(VOX)6:55/9:00/3:13/6:26/3:59/22:47=52:20
フィルハーモニア(EMI)8:07/9:59/3:38/7:36/4:34/29:13=63:07
今改めて聞き返すと、この2つの演奏が時間上のテンポは大きな違いがあるにも関わらず、クレンペラーの解釈はそんなに変わっていないことに気がついた。いずれも基本的にオケはサクサクした運びであまり大きな表情をつけず歌の邪魔をしないというコンセプト、つまり連作歌曲集としての扱いだと私は思う。もっとオケを派手に鳴らしたり緩急を大きくつけることはどちらのテンポにおいても可能であり、交響曲として聞いた場合はその方がカッコいい。クレンペラーもそれを分かっていたはずだが、敢えてそれをやらなかったのだ。
例えばVOX盤の第四楽章は6分26秒とバーンスタインよりかなり速いように見えるが、バーンスタイン盤が52秒で駆け抜けている練習番号10〜15のアレグロだけに限ると実測で59秒かかっており、逆にテンポの遅い部分でバーンスタインよりも速く振っている。要するに緩急の差が小さいのだ。
もちろん、もし1954年から1958年の間の大地の歌があれば、この2つの演奏の中間のちょうどいいテンポになっただろうという思いはぬぐいきれない。どこかにライブ録音でも残っていたらぜひCD化してほしい。しかしこの2つの演奏も、大地の歌を歌曲として捉えればなかなか良い演奏だと思う。特にEMI盤はソリストが充実している。ヴンダーリヒは66年9月に事故のため急逝してしまった。ヴンダーリヒは60年のカラヤンとの演奏や、64年のカイルベルトやクリップスとの演奏など、60年代にこの曲を頻繁に演奏しただけにこの録音が完成されたことは本当に幸運なことだ。
マーラーの第一人者であるルートヴィヒは正規録音だけでこのクレンペラー盤とバーンスタイン盤(1972年)、カラヤン盤(1973年)の3種類、ライブ録音や海賊盤を含めるとさらに4種類の計7種類もの録音がある。この録音はそれらの中で最初のものだが、私はこの録音が最も良いと思う。70年代以降のルートヴィッヒはちょっと表情が濃くなり過ぎているように私は思う。晩年のシュヴァルツコプフの歌もそうだったが、歌う側があまり表情を付けすぎると聴き手側のイマジネーションを逆に狭めてしまわないだろうか。
60年代までのルートヴィヒは深い声の中にもちょっとソプラノっぽい(実際60年代まではフィデリオなどソプラノの役も歌っていた)明るさというか、色っぽさがあるように思う。ルートヴィヒのメジャーレーベルへの初録音は先日紹介した1955年のベームのコジ・ファン・トゥッテ(デッカ)で、その次の録音は翌年の有名なカラヤンのばらの騎士(EMI)だと思うが、これらの録音でのルートヴィッヒは後年よりもはるかにウィーンっぽい歌い方だ。
ルートヴィヒは1928年のベルリン生まれなので1970年当時でもそれほどの歳ではない。大地の歌のカラヤン盤やバーンスタイン盤で見られるような、ヴィブラートが強くなった表情の濃い歌い方は加齢というよりは故意のもの(シュヴァルツコプフの影響か?)だと思うが、こういういかにもドイツっぽい歌い方は個人的にはちょっと苦手だ。
EMI盤は以前聞いた時はオケのノリがイマイチかなと思ったが、歌曲として落ち着いて歌を聴くためのテンポだと考えれば納得がいく。この録音が未完成に終わらなくて本当に良かったと今は思う。ピーター・アンドリーの英断を讃えたい。このディスクは昨年SACDで発売されたこともあるようだ。
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