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・マーラー:
わたしはたのしく森を歩んだ
わたしはこの世から姿を消した
ラインの伝説
魚に説教するパドヴァの聖アントニウス
・ベルク:
夜
葦の歌
ナイチンゲール
無上の夢
部屋のなかで
愛を讃える
夏の日々
・ブラームス:
サポー風頌歌op.94-4
早すぎた誓いop.95-5
五月の歌op.43-4
セレナーデop.106-1
永遠の愛op.43-1
・プフィッツナー:
漁師の子供たちop.7-1
母なるヴィーナスop.11-4
だから春の空はそんなに青いの?op.2-2
グレーテルop.11-5
・R.シュトラウス:
ぼくの心の王冠のきみop.21-2
夜op.10-3
ひどいあらしの日op.69-5
(以下アンコール)
・プフィッツナー:
わが娘との別れop.10-3
・R.シュトラウス:
ツェツィールエop.27-2
・マーラー:
原光
クリスタ・ルートヴィヒ(メゾソプラノ)
エリック・ウェルバ(ピアノ)
モーツァルテウム大ホール(ザルツブルグ)
(マーラーとブラームスは1963、ベルク、プフィッツナー、シュトラウスとアンコールは1968)
(ザルツブルグ音楽祭におけるライブ、モノラル)
助六さんが面白いコメントを寄せて下さった。フィッシャー=ディースカウは回想録で、バーンスタインのピアノ伴奏について、「伝統的意味での『伴奏』とは何の関係もない。『ピアノに虎を入れる』みたいな感じだ」と言っているそうだ。これは私の印象と全く一致する。これは「伴奏」ではなくて「協奏」、もっと言うと「競奏」だ。昨日紹介したブラームスの歌曲を何も知らない人に聞かせたらブラームスだとは決して思わないだろう(笑)。
しかしF=Dは「歌手はしくじりたくなければ耐えるしかない」と言っている割に、結局1968年11月のスタジオ録音でバーンスタインのピアノ伴奏に付き合っている。助六さんのコメントでは、このマーラーの録音の際バーンスタインはピアノを5台丸く並べさせ、ピアノの調子が気に食わないと楽器を変えて録音したそうだ。本当に目に浮かぶようだ。まるでグールドみたいだ。
このエピソードでも分かるように、ピアノ伴奏をしていても真ん中に座っている主役はどこまでもバーンスタインであり、歌手の方がバーンスタインのピアノに「付き合っている」(もしくは付き合わされている?)のだ。バーンスタインの指揮と同様に、これは歌のオブリガート付きのピアノ曲なのだ。それをルートヴィヒのように楽しんでしまうか、F=Dにように耐えるか、という受け取り方の違いも歌手の個性を反映している。
先日紹介した大地の歌でも書いたとおり、F=Dとバーンスタインの方向性はかなり違う(カルショウの尽力で一つの枠の中にはギリギリ収まっているので目立たないが)。私はF=Dがその後もバーンスタインと共演していることの方が不思議だ。F=Dほどの歌手がバーンスタインの伴奏に「耐えて」まで付き合わされる必要は全然ないからだ。間に誰か仲介役でもいたのだろうか。
F-Dはその後1978年にバーンスタインのウィーンでのフィデリオの録音にドン・フェルナンドで参加している。ドン・フェルナンドはF=Dのそれほど多くないオペラのレパートリーの一つであり、初来日だった1963年のベルリン・ドイツ・オペラでも初日だけ歌っている(指揮はベーム、レオノーレはルートヴィヒ)。ただしDVDになっているウィーンのライブ映像ではハンス・ヘルムという人が歌っている。ドン・フェルナンドの出番はそれほど多くないのでウィーンでもF=Dは初日しか歌わなかったのかもしれない。あるいは単に録音しておきたかっただけなのかもしれない。
助六さんの情報によると、1989年にもマーラーのオーケストラ歌曲で共演の予定があったが風邪でキャンセルになったそうだ。しかし、晩年のバーンスタインは以前にも増してこってりした自己陶酔の激しい演奏をするようになっていただけに、「風邪でキャンセル」というのはあくまで表向きの建前で、実際はバーンスタインとテンポが合わなかったので出るのを止めたのでははないだろうか? これは私の勝手な推測ではあるが、1966年の大地の歌や1968年11月の歌曲の録音ですら結構ギリギリのところで合わせているのに、キャリア後期のF=Dと晩年のバーンスタインで合うようにはとても思えない。1968年4月のウィーン芸術週間のキャンセルも恐らくは同じような事情だったのではないかと思う。
一方、ルートヴィヒは自伝で、F=Dがバーンスタイン以外にもバレンボイム、リヒテル、ポリーニといった伴奏専業でないピアニストに伴奏させていることに対して、「大パーソナリティからは新たな面白い提案を受けられるけれど、自分としては慣れた伴奏者を好む」と述べているそうだ。
さらに「ムーアは見事に伴奏してくれたけど、(…)やはりイギリス人で堅かった。その点ヴェルバはヴィーン人で楽節にぴたりと合ったルバートをかけた。ゲージは素晴らしいけど、時々私が歌ってることとは無関係のことを弾いてる感じがした。(…)スペンサーはイギリス人だけどヴィーンで勉強し長く生活し、ヴェルバとパーソンズの弟子だったと思う」と書いているそうで、ルートヴィヒの意中の伴奏者はウェルバだったようだ。
さて、前置きが長くなったが、このディスクは1963年と1968年にルートヴィヒがそのウェルバとザルツブルグ音楽祭で開催したリサイタルを収めたものだ。Mahler、Brahms、Pfitzner、Straussといった十八番に加えてBergの歌曲を歌っているのが少々珍しいのではないだろうか。「ヴォツェック」のマリーは歌っているようなので予想できることではあるが、DGやEMIには録音していなかったのではないだろうか。少なくとも私は初めて聴いた。モノラルだが音質は大変良好で、いずれの曲もまだ声に若々しさを残していた60年代のルートヴィヒの安定した歌で楽しめる
ただし、ジャケット解説に歌詞も訳も何も載っていないのは困る。日本語訳が期待できないのは仕方ないとしても、私はドイツ語がまるでできないので原詩と英訳ぐらいは載せておいてもらわないと、「言葉」でなく「音」としてしか聞くことができなくなってしまう。オペラの場合は対訳が1部あれば使いまわすことができる。オペラの対訳を本で売っているケースも多く、「オペラ対訳プロジェクト」のようにネットで手に入る場合もある。国内盤のDVDなら字幕が出るので何回か見ていればストーリーはあらかた覚えてしまう。しかしピアノ歌曲の対訳を一つ一つ入手するのはかなり難しい。このあたりが日本人がクラシックの歌曲を理解する上での障害になっていると思う。PDFでいいから入れておいてほしい。
ルートヴィヒとウェルバは1984年にR.シュトラウスとヴォルフを歌ったコンサートのライブもあるようなのでこれも聞いてみたくなった。
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