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大変ご無沙汰しております。毎日数十人もの方にアクセスして頂いているのに全然更新できないで済みません。楽しみに待っていて下さった方々にお詫び申し上げます。新しい活路を見出すのがなかなか難しい世の中ですが、自分自身を見失わないためにもブログは続けていきたいと思っています。
・マーラー:交響曲第3番ニ短調
ヴァルトラウト・マイアー(メゾ・ソプラノ)
イートン・カレッジ少年合唱団
ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団&合唱団
クラウス・テンシュテット(指揮)
録音:1986年10月5日、ロンドン、ロイヤル・フェスティヴァル・ホール(ライブ)
・インタビュー「テンシュテット、マーラーについて語る」
収録:1987年BBCスタジオ
マーラーイヤーも残すところあと少しとなった今になって超大物が登場した。テンシュテットとロンドンフィルのマーラーはEMIのスタジオ全集以外に、3番、4番、9番以外の6曲は晩年のライブ録音がリリースされていると以前書いたが、86年の3番のライブも残っていたのだ。85年の癌による休養から再起した86年の演奏で、HMVのサイトによると同じフェスティヴァル・ホールで、4日前には『英雄の生涯』を、3日後と5日後には『千人の交響曲』を指揮しており、直後には渡米してマーラーやブルックナーをとりあげたそうだ。この時期の体調は比較的良かったようだ。
私は二長調で書かれたこの曲の終楽章アダージョが大好きだ。強い意志の中に、大地の歌や9番などの後期作品にも共通する人生への悟り、あるいは達観(もしかしたら、あきらめ?)が表現された落ち着きのある音楽だ。1番の若々しさ、2番や5番、6番の激しさ、4番の爽やかさと比較して、マーラーの後年の人生観が表現された最初の作品がこの3番のアダージョなのではないかと思う。バイオリンソロの扱いなどもちょっと9番と似ていないだろうか。
1895年の作曲当時、マーラーの14歳年下の弟がピストル自殺するという事件があり、マーラーは大きな精神的ショックを受けたそうだ。2番までの自己との葛藤をテーマにした自伝的作風から自然賛美的な作風に変化が見られるのはそのためだという指摘もある。私もこの曲を聞くと「全ては神の思し召し」などと考えてしまう。私はまだ人生を達観するような年齢ではないはずなのだが(笑)。
東ドイツから亡命し異文化の中で、病に侵されながらも生きることに向かい合ったテンシュテットにこの3番はぴったりの作品だと思う。このライブの7年前、1979年に録音されたEMIのスタジオ録音も決して悪くはない。この演奏も第三楽章が少し速く、終楽章が少し遅くなっているが、基本的な解釈自体は大きくは変わっていない。しかしこの演奏、特に後半3楽章の入魂の表現は空前絶後と言っていいのではないだろうか。音だけ立派で魂の入っていない最近の演奏とは次元が違うのだ。テンシュテットを知らない世代の方にこそぜひ聞いてほしい演奏だ。
(1979)33:16/10:41/18:47/9:54/4:17/20:47
(1986)32:15/10:15/17:07/9:36/4:05/22:40
マーラーはこのニ長調という少しはにかんだような調性を、その後9番の第一楽章でも使用し、さらに9番の第四楽章では変ニ長調、10番の第一楽章では嬰へ長調とますます微妙な調性を好んで使用するようになる。テンシュテットの晩年の9番の演奏が残っていたらそれもぜひ聞いてみたいものだ。88年にフィラデルフィア管に客演した演奏が以前海賊盤で出ていたことがあるらしい。下記サイトに紹介されているが粗末なエアチェック音源のようで残念ながら音質はかなり悪いようだ。テンポは1979年のスタジオ録音よりも少しだけ速くなっているのが興味深い。
http://www.kna-club.com/archives/tennstedt/tennstedt022.html
このCDには1987年のテンシュテットへのインタビューも収録されているのでその内容は後日追記しようと思う。
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