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早いもので今年もあと2週間と少しになりました。震災以降バタバタ落ち着かないうちに年を越してしまいそうな雰囲気ですが、皆様はいかがお過ごしでしょうか。
・マーラー作曲 交響曲第一番「巨人」
クラウス・テンシュテット指揮シカゴ響
(1990ライブ)
http://www.youtube.com/results?search_query=tennstedt+mahler+1+chicago
今日取り上げるこの映像はLD時代から有名なもので、テンシュテットが晩年にシカゴ響に客演した際のものだ。テンシュテットの西側デビュー盤だったLPOとの77年の録音と比べて表現が濃厚でテンポが遅くなっているのが特徴だ。この演奏を絶賛する声は多いし、私もこれはこれで素晴らしい演奏だと思うが、マーラーの若書きにしては表現が粘りすぎているようにも思う。知情意のバランスが取れているのは77年の録音の方だと私は思う。
LPO(1977) 15:58/7:51/10:47/19:17
CSO(1990L)18:13/8:26/11:34/22:41
しかしこの映像は2つの点で映像ならではの楽しみを与えてくれるので必見だ。一つは第四楽章フィナーレで楽譜の指定通りにホルンを起立させていることだ。マーラーは第四楽章の練習番号56の1小節前(656小節目)に長い注釈を書き込んでいる。下記の情報から引用させてもらうとその意味はこのようなものだ。
「ここから(決して4小節前ではなく)終わりまで、すべての音を消してしまうほどの賛美歌風のコラールが充分な音量に達するまで、ホルンは音を強めることが望ましい。ホルン奏者達は、最大の音量が得られるように、残らず立ち上がる。場合によっては、トランペット1本とトロンボーン1本を加えてもよい。」
http://www.asahi-net.or.jp/~wg6m-mykw/Files/Guide_Mahler_Sym1.pdf
フルスコアは例によってIMSLPを参照。上記注釈は162ページにある。
http://petrucci.mus.auth.gr/imglnks/usimg/d/dd/IMSLP17070-Mahler-Symph1fs.pdf
ここでホルンを起立させる習慣は西側のオケでは80年代頃までに廃れてしまっていたようだ。アバドはBPOの音楽監督に就任した直後のリハーサル(1989)で、ここで起立したホルンを「マーラーの時代ではないのだからそんな大げさなことはしなくて良い」というような主旨のことを言って座らせてしまった。クーベリック(1980)やハイティンク(1994)の映像でもホルンの起立は残念ながらよく確認できなかったので、これは実際に確認できる唯一の映像だったと思う。もしかしたらテンシュテットが育った東独ではこの習慣は廃れずに保存されていたのかもしれない。
アバド/BPOの交響曲第一番(1989)
http://www.youtube.com/watch?v=QX3FjKWZ_yc
http://www.youtube.com/watch?v=hlVDMXySwjM
それではホルンを起立させれば本当に音量が上がるのかというと、(私はホルンを吹かないので正確には分からないが)多分音響学的にはそれはほとんど期待できないと思う。それにも関わらず私がマーラーのこの指定を重要視するのは、起立することで視覚的な緊張感が高まるからだ。人間の耳はマイクなどよりもはるかに感度が良いので、ホルンに意識を集中すればその音をより聞き分けるようになる。つまり相対的にホルンの音量が上がったように聞こえるのだ。下記ユーチューブの12分9秒でその素晴らしい効果を確認して頂きたい。
http://www.youtube.com/watch?v=74INH0XQ6_k
指揮者でもあったマーラーはそのことを計算づくでホルンを起立させたのだと私は思う。2000年前後から欧米のオケで楽譜の指定通りにホルンを起立させる習慣が復活し、最近は日本のオケでも見られるようになったのは恐らくこのテンシュテットの映像が有名になったせいだろう。アバドも2009年のルツェルンではホルンを起立させているので少々びっくりした。
アバド/ルツェルンの交響曲第一番(2009)
http://www.youtube.com/watch?v=J35AmzchpGc
ちなみにアバドはマーラーの9番でも80年代のVPOの時は両翼配置だったのに、90年代のBPOや今年のルツェルンではビオラが右のフルトヴェングラー型に戻してしまった。BPO時代以降のアバドはどうもその場その場の場当たり式のような気がしてならない。9番はマーラーの交響曲の中でも両翼の効果が最も発揮される曲だと思うのだが。
アバド/ルツェルンの交響曲第九番(2011)
http://www.youtube.com/watch?v=tbxpX5aImLw
エッシェンバッハの最近の演奏でもホルンを起立させているが、4小節前の652小節で立ってしまっている。マーラーは「決して4小節前ではなく」という指定をわざわざ書き込んでいるし、視覚的効果としても656小節目の方が好ましいと私は思う。652小節では予定調和的になってしまって「驚き」が半減してしまうのだ。ぜひ見比べてみて頂きたい。
エッシェンバッハの交響曲第一番
http://www.youtube.com/watch?v=_8dLKR3yOVY&feature=related
話が逸れたが、このテンシュテットのDVDのもう一つの見どころは、この曲で良くソロを吹く第一トランペットにピストン式ではあるものの古風な旧式の楽器を持たせ、柔らかい音色を出させていることだ。この時代のシカゴ響の金管というと、まるで吹奏楽のような強奏で曲の雰囲気を損なうことも多かった。例えばこの数年後に朝比奈隆が客演したブルックナーの5番や、前に紹介したジュリーニのブルックナーの9番などがそうだ。この時代のシカゴ響がこのような旧式の楽器を使用した例は私が知る限りこの時の演奏しかないので、これは恐らくテンシュテットの指示だったのではないかと推測される。旧式のトランペットは下記ユーチューブの4分34秒などで確認できる。
http://www.youtube.com/watch?v=By25pQ12MCI
この2つの見どころをはっきりと目撃できるこの映像は、マーラーの作品に対するテンシュテットの深い愛情を確認させてくれる貴重な記録であり、テンシュテットファンのみならずマーラーファン必見だろう。
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