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・エルガー:ヴァイオリン協奏曲ロ短調 op.61
 ギドン・クレーメル
 ベルギー国立管弦楽団
 ルネ・デュフォッセ(指揮)
16:28/10:04/13:26
 録音時期:1967年5月25日
http://www.youtube.com/watch?v=AB6Koy81_6A&feature=results_video&playnext=1&list=PLED2FB7853EE6123F

 これは珍しい録音が復刻された。クレーメルが自伝「クレーメル青春譜 二つの世界のあいだで」で「3位(ブロンズ賞)しか取れなかった」と触れていたエルガーの協奏曲だ。

 クレーメルは戦後間もない1947年に旧ソヴィエト領のラトヴィア(バルト三国の一つで、ハイフェッツの祖国であるリトアニアの隣国)に生まれ、10代でモスクワに渡りモスクワ音楽院でオイストラフに師事した。そしてメニューインが16歳で録音したこの曲のレコードを17歳の時に聞いて深く感動し、20歳の時に初めて参加した国際コンクール、エリーザベト王妃国際音楽コンクールの最終選考では、オイストラフ、シゲティ、グリュミオーと並んで「尊敬する」メニューインが審査員を努めており「大切な存在となっていた」この曲を「当然のことながら」選んだというのだ(コーガンが1951年の同コンクールで優勝した16年後のことである)。

 ちなみにこの曲は初演者のクライスラーがなぜか録音しなかったため、録音は1960年代ぐらいまでとても少なかった。メジャーレーベルで一般的に入手可能だったのはサモンズの1929年の世界初録音(?)とメニューインの1932年の録音と1949年のハイフェッツ盤(いずれもSP録音)、それに1955年のカンポーリ盤ぐらいだと思われる。若きクレーメルが古いメニューイン盤の復刻を聞いたというのも興味深い。ハイフェッツの米国盤は当時ソヴィエトで手に入らなかったのだろうか? 日本でも1975年時点で国内盤が1点も存在しない。

 クレーメルの自伝にある「エルガーの協奏曲には、私の気持ちを代弁する無垢な音があり、私自身のなかにある何かを共鳴させる音だった」という記述は、ややもすると前衛的で鋭角的な印象を与えやすいクレーメルの印象を改めさせるものだろう。「自分が感動して共感できる音楽を演奏するのは当然の選択だった」とも述べているが、「客観的に見ると、この決定は不幸だった」とある通りクレーメルは3位に終わった。参加者にオケとの練習時間は十分与えられなかったそうだ。

 エルガーのヴァイオリン協奏曲は難しい割に聞き映えがしにくい渋い曲だ。オケとの掛け合いがシンフォニックな曲でもあるので指揮者との意思疎通も重要になる。しかも英語圏以外ではあまり演奏されない曲だそうで、ベルギーのオケと指揮者はこの曲をよく知らなかった可能性も高い。コンクール向きとはとても思えない。そもそもヴァイオリンという楽器はニ調が一番良く響くので(ヴァイオリンは解放弦が二調だから)、ヴァイオリニストのために曲を作るのであればニ長調かニ短調にするのはベートーヴェン以来の作曲の常識だが、この曲はそういう曲ではないのだ。

 私でも知っているそんなことはクレーメルの師であり審査委員でもあるオイストラフも分かっていたはずなので、ここでエルガーを弾きたいというのは(恐らくオイストラフの助言に反した)クレーメルの強い意志だったのだろう。ここでのクレーメルの演奏は技術的には全く危なげない完成されたものであるにも関わらず、伴奏指揮者と何とか呼吸を合わせるのに四苦八苦している感じで大変窮屈に聞こえる。オケと合わさっている部分の緩急がうまくついていないため、第一楽章などは非常にモタモタした感じに聞こえるのだ。クレーメルはハイフェッツ盤のようなキビキビした演奏をイメージしていたものと思われる。

 このため、このエルガーは残念ながら非常に優れた演奏とは言えないが、クレーメルの自伝を読んでこの曲への熱い思いと、若き日の奮闘を耳で確認したい方に限定してお勧めしたい。現在入手可能なクレーメルの最も初期の記録としても貴重だ。録音は年代の割に良好なステレオだ。(追記:音は悪いがユーチューブでも見つけたのでリンクを追記しておいた)

 このCDには1位になったヒルシュホーンのパガニーニ(協奏曲第一番)も収められていて、こちらは第一楽章の後で拍手が出るほどの喝采を浴びている(追記:昔はこの曲を第一楽章だけで演奏する編曲も多かったそうなので曲が終わったと観客が単に勘違いをした可能性もあるが)。こういうオケとソロの役割が初めからはっきりしている作品の方がコンクール向きなのだ。ちなみにパガニーニの1番は原曲は変ホ長調で、現在通常弾かれているニ長調版はヴァイオリンが派手に響くように編曲されたバージョンだそうだ!

 この時「選曲負け」で3位に沈んだクレーメルが1969年のパガニーニ国際コンクールと1970年のチャイコフスキー国際コンクールで優勝したのは当然だろう。ここで弾いたのはパガニーニとチャイコフスキーとシベリウスの協奏曲なのだから(いずれもニ長調かニ短調だ)。しかしその後もエルガーはクレーメルのレパートリーには入っているようなので、ぜひ息の合う指揮者と万全のオケでこの曲を録音してほしいものだ。自伝には1978年にコンドラシンとロンドンで演奏したことに触れている。クレーメルとコンドラシンの共演の機会は多くはなかったそうだが、クレーメルはコンドラシンを「非常に西側的な特性を共有していた」とほぼ4ページに渡って回顧している。

(追記)
 この演奏におけるクレーメルのテンポは全曲が41分程度というこの曲としては速いものでメニューインとはかなり異なる。メニューインを含めて通常は48分程度かかる演奏が多い。クレーメルのここでの演奏は第三楽章の練習番号79からカットがあり練習番号93に飛んでいるが(こういうクレーメルらしくないカットは課題曲の演奏時間に制限があったためかもしれない。このことがクレーメルを余計に神経質にさせた可能性もあるだろう)、それを考慮してもメニューイン盤よりかなり速く、むしろクレーメルが自伝で言及していないハイフェッツ盤に近い点が興味深い。
(メニューインの1932年の録音、指揮はエルガーの自作自演)
http://ml.naxos.jp/album/8.110902

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