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1. ヨハン・シュトラウスII/喜歌劇「くるまば草」序曲
2. ヨハン・シュトラウスII/喜歌劇「女王のハンカチーフ」よりワルツ「南国のバラ」
3. ヨハン・シュトラウスII/トリッチ・トラッチ・ポルカ
4. ヨハン・シュトラウスII/ワルツ「春の声」
5. ヨハン・シュトラウスII/皇帝円舞曲
6. ヨハン・シュトラウスII/喜歌劇「ジプシー男爵」序曲
7. ヨハン・シュトラウスII/喜歌劇「ジプシー男爵」より「自由気ままに~バリンカイの歌」
8. ヨハン・シュトラウスII/喜歌劇「ジプシー男爵」より「宝石のワルツ」
9. ヨハン・シュトラウスII/喜歌劇「ジプシー男爵」より「誰が私たちを結婚させたの?(うそ鳥の二重唱)」
10. ヨハン・シュトラウスII/喜歌劇「ジプシー男爵」より「入場行進曲」
ヘレン・ドーナス(ソプラノ)
ウエルナー・ホルヴェーグ(テノール)
ラインスドルフ指揮ウィーン交響楽団
1975年ウィーン楽友協会大ホールにおけるライヴ収録
エーリッヒ・ラインスドルフが1993年9月11日にチューリヒで亡くなって今年で20年になる。1912年という年は1908年生まれのカラヤンと1918年生まれのバーンスタインに挟まれた世代ながらざっと挙げただけでも下記のように数多くの名指揮者が生まれている。
イーゴリ・マルケヴィチ (指揮者)1912-1983
エーリヒ・ラインスドルフ(指揮者)1912-1993
セルジュ・チェリビダッケ(指揮者) 1912-1996
ゲオルグ・ショルティ(指揮者) 1912-1997
ギュンター・ヴァント(指揮者) 1912-2002
クルト・ザンデルリング(指揮者) 1912-2011
だが、チェリビダッケ、ショルティ、ヴァント、ザンデルリングが晩年は神のように崇拝されたのと比較してマルケヴィチとラインスドルフはどうだろうか? マルケヴィチはこの6人の中では一番早く亡くなってしまったので仕方ない部分もあるとしても、ラインスドルフはカラヤン、バーンスタイン亡き後も指揮活動を行っているので、手兵のオケや良い来日演奏の機会に恵まれていればもっと巨匠扱いされたような気がする。80年代前半までN響に客演していたのは記憶しているが、最後の来日はいつだったのだろう? サントリーホールの指揮台には立ったことはあるのだろうか。
結局ポストとしてはミュンシュの後を継いで、1962年から1969年までボストン交響楽団の音楽監督を務めたのが最後になったが、HMVサイトによるとラインスドルフとボストン交響楽団は14回の定期公演を行っただけで、緊密な結び付きだったのかどうかは定かでないとのことだ。
このディスクに収められたウィーン交響楽団恒例の「ウィーンの春」コンサートは、フリーになったラインスドルフが1975年に振ったものだ。多分に職人風だがオーストリア出身(後にアメリカに帰化)だけあってシュトラウスのスタイルは外していない。ウィーンフィルのニューイヤーコンサートを振る機会があったらどんな演奏になったか想像したくなる。
ちなみにウィーン交響楽団のウィーンの春コンサートはシュトラウスファミリーの音楽を中心に構成している点ではニューイヤーコンサートと同じだが、毎回歌手をゲストに迎えてオペレッタのナンバーを演奏するのが特徴だ。ニューイヤーコンサートもカラヤンが振った1987年だけバトルをゲストに迎えてワルツ「春の声」を演奏したことがあるが、ゲストの参加がそれきりになってしまったのは残念だ。
なおウィーンの春コンサートは以前は復活祭の時期に開かれていたが最近は新年の1月4日に開催しているようで、ルイージが指揮した2013年の演奏では内容もヴェルディやプッチーニに変わってしまっていて残念だ。これまで通りシュトラウスファミリーのオペレッタの抜粋で良いのに。ニューイヤーコンサートはワルツとポルカしか演奏しないので棲み分けはできていると思う。このDVDは昔懐かしいウィーンの春コンサートの貴重な記録になってしまうのかもしれない。
ラインスドルフのディスコグラフィーサイトを見つけた。
http://daphne.fc2web.com/leinsdorf-dis.html
ナクソス・ミュージック・ライブラリーでは下記のようなラインスドルフの演奏を聴くことができる。
http://ml.naxos.jp/artist/31740
(追記)
「くるまば草」序曲はそんなに演奏機会は多くないと思うが2014年のバレンボイムのニューイヤーコンサートでも演奏される。これは奇遇だ。
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