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(2014年9月にクラシカジャパンが映像、音声ともにデジタル処理で大幅に改善した素晴らしいニューリマスター版を放送したので末尾に追記した)
今年は馬年です。飛躍の年です。人間万事塞翁が馬(じんかんばんじさいおうがうま:幸福や不幸は予想のしようがないこと)とも言います。良い年になるよう辛かったことも肥やしにして精一杯頑張ります。
・R.シュトラウス:楽劇『ばらの騎士』Op.59
元帥夫人:エリザーベト・シュワルツコップ(S)
オクタヴィアン:セーナ・ユリナッチ(S)
ゾフィー:アンネリーゼ・ローテンベルガー(S)
オックス男爵:オットー・エーデルマン(Bs)
ファーニナル:エーリッヒ・クンツ(Br)
歌手:ジュゼッペ・ザンピエーリ(T)
マリアンネ:ユーディト・ヘルヴィヒ(S)
ヴァルツァッキ:レナート・エルコラーニ(T)
アンニーナ:ヒルデ・レッセル=マイダン(A)
警部:アロイス・ペルネルストルファー(Bs)
侯爵家の家令:エーリヒ・マイクート(T)
ファーニナル家の家令:ジークフリート・ルドルフ・フレーゼ(T)
公証人:ヨーゼフ・クナップ(Br)
料理屋の主人:フリッツ・シュパールバウアー(T)
調理師:ハンス・クレス(T)
帽子売り:メアリー・リチャーズ(S)
動物売り:クルト・エクヴィルツ(T)
楽師たち: ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団員
ウィーン国立歌劇場バレエ団
ウィーン国立歌劇場合唱団
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮:ヘルベルト・フォン・カラヤン
収録:1960年8月、ザルツブルク祝祭大劇場
演出:ルドルフ・ハルトマン
装置:テオ・オットー
http://www.youtube.com/watch?v=HAw4iDDWby8
今年はR.シュトラウス生誕150年でありカラヤン没後25年でもある。カラヤンとシュヴァルツコップの映画「ばらの騎士」が本来はデラ=カーザを主役に制作された舞台だったのは大変ショックではあるが、しかしその事実が日本で広く知られるようになったのは映画が公開されて何十年も経ってからであり、この映画が飛び抜けて素晴らしい出来映えであることには何の変わりもない。
舞台裏でのバタバタを感じさせない完璧な仕上がりはどのように実現したのかと思っていたが、どうやら「映画はシュヴァルツコップで」というのはカラヤンサイドでは半年以上前に決まっていたようなのだ。シュヴァルツコップが元帥夫人をウィーンで初めて歌ったのはこの年の1月で(指揮はワルベルク)、しかもその公演の主役4人はこの映画と全く一緒なのだ。これは映画の撮影に向けた予行演習だったと考えて間違いないだろう。この年シュヴァルツコップがザルツブルグで元帥夫人を歌ったのは8月6日の1回だが、このキャストでの映画化は事前に周到に計画されていたようだ。
M.F.さんに教えて頂いたウィーンの出演記録によると、シュヴァルツコップがウィーンで歌った20回の元帥夫人は1960年1月から1965年2月の5年間に集中している(シュヴァルツコップがザルツブルグで元帥夫人を歌っていた期間とほぼ一致する)。
http://db-staatsoper.die-antwort.eu/search/person/2628
これはデラ=カーザがウィーンで歌った43回もの元帥夫人が1955年12月から1973年10月の実に18年に渡るのとは大変対照的だ。「ウィーンの元帥夫人」としてはデラ=カーザの方がシュヴァルツコップより4年も先輩であり回数も多いのだ。
http://db-staatsoper.die-antwort.eu/search/person/641
しかしザルツブルグの予行演習らしきデラ=カーザの公演日は残念ながら見あたらない。デラ=カーザとエーデルマン、ユリナッチの3人が出演した公演が5回あるが、この3人の組み合わせは1957年5月4日にすでに実現しているので(指揮はベーム)、1960年のザルツブルグでの公演とは関係ないと思われる。
http://db-staatsoper.die-antwort.eu/search/person/1357+736+641/work/160
さらに意外なことにカラヤンがウィーンでばらの騎士を指揮したのは1962年6月の1回のみだ。しかしカラヤンは1964年までウィーンの総監督だったので、1960年のザルツブルグ音楽祭の開幕に合わせてシュヴァルツコップを元帥夫人としてウィーンに登場させたのはカラヤンだと考えて間違いない。カラヤンはシュヴァルツコップとエーデルマン、ユリナッチによるばらの騎士を1952年にスカラ座でも上演しているが、この3人が揃ってウィーンの舞台に立ったのは6回のばらの騎士だけで、そのうちの3回が1960年の前半に集中している。「ウィーンの名歌手によるばらの騎士」を映画化するにはこの3人でウィーンの舞台に立つ必要があったのだ。
http://db-staatsoper.die-antwort.eu/search/person/736+1357+2628/work/160
ただ「映画はシュヴァルツコップで」という話が事前にデラ=カーザ側に伝わってしまうとデラ=カーザがザルツブルグ音楽祭の祝祭大劇場こけら落とし公演自体をキャンセルしてしまう可能性もあったため、カラヤンサイドから言い出せないまま映画の撮影が始まってしまったのだろう。デラ=カーザが自分のための舞台なのだから映画も自分が主役と思っていたのは当然で、大変に気の毒な結果になってしまった。
ウィーンの6月3日の公演(指揮はホルライザー)ではゾフィーがギューデンに替わっているので、この時点で映画のゾフィーをローテンベルガーにするかギューデンにするか判断した可能性もある。ザルツブルグ音楽祭の開幕公演はギューデンが歌ったが、歌に加えて演技力や他の3人とのビジュアル的なバランスも考えて映画ではローテンベルガーが起用されたのだろう。
助六さんの情報によると1959年頃シュヴァルツコップはこのばらの騎士を巡ってカラヤンとの間にも意志の疎通がうまくいっていなかった(シュヴァルツコップが「元帥夫人に歌わせなかったらザルツブルグ音楽祭の他の公演を全部キャンセルする」と脅したのに対して、カラヤンは「そんなことをしたらウィーンとミラノから閉め出す」と応報したらしい)ようだが、いくつもの思惑のすれ違いを乗り越えて、このような名演が映画として残された奇跡に感謝したい。
NHKがカラヤン生誕100年の2008年に横長ワイドスクリーンのハイビジョン版を初めて放送したがフィルムの経年劣化による画像のノイズはそのままで、音声はモノラルだった。この演奏は現在ブルーレイ(輸入盤)でも入手可能だがこれもモノラルだそうだ。音声に関しては映像フィルムとは別に残されていたマルチサウンドトラックから新たにステレオリミックスして映像に同期させたDVD盤(現在は廃盤)の方が良かった(このステレオ版の件については2008年3月に別の記事を書いたのでそちらを参照されたい)。
http://blogs.yahoo.co.jp/takatakao123/17561986.html
(追記)
2014年9月にクラシカジャパンが放送したハイビジョン版はDVD盤同様にステレオリミックス音声を映像に同期させている。しかも映像、音声ともにデジタル処理により大幅に改善している。フィルムの経年劣化による画面上のノイズはきれいに取り除かれ、NHKの放送やDVD盤よりもはるかにクリアな映像と音声でこの名演を楽しめる。音声は特に高音が劇的にクリアになったのでソプラノ3人の対比がより明確に聞き取れるようになった。この映画を最高の状態で見ることができて、ヤマハホールで見たときの感動が蘇って涙が出そうだ。ぜひこの素晴らしいバージョンによる国内盤ブルーレイ化を希望したい。
http://www.classica-jp.com/program/detail.php?classica_id=CITV1401。
なおこの映画の音声に関しては1960年8月6日のザルツブルグ公演のライブ録音とする資料もあるようだが、私はそれには否定的だ。映画のフィルムが丁度入れ替わるカット割りのシーンで演奏がいったん途切れており、明らかに後から映像を合わせることを前提に演奏されているからだ。恐らくライブ上演とは別に映画のサントラ用に収録されたもので、今回リミックスされたマルチトラック音声はその際に残されていた物だろう。
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