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マーラー:
1. 交響曲第1番ニ長調『巨人』
2. 交響曲第2番ハ短調『復活』
3. 交響曲第3番ニ短調
4. 交響曲第4番ト長調
5. 交響曲第5番嬰ハ短調
6. 交響曲第6番イ短調『悲劇的』

 サリー・マシューズ(ソプラノ:2)
 ミシェル・デ・ヤング(メゾ・ソプラノ:2)
 サラ・コノリー(メゾ・ソプラノ:3)
 サラ・フォックス(ソプラノ:4)
 BBC交響合唱団(2)
 フィルハーモニア・ヴォイセズ(3)
 ティフィン少年合唱団(3)
 フィルハーモニア管弦楽団
 ロリン・マゼール(指揮)

 録音時期:2011年4月、5月
 録音場所:ロンドン、ロイヤル・フェスティヴァル・ホール
http://ml.naxos.jp/album/SIGCD360
http://ml.naxos.jp/album/SIGCD361

 これは2011年のロンドンでのチクルスをシグナムというレーベルがライブ録音したものだ。1〜3番は去年の11月に、4〜6番は今年の5月に発売されたばかりであり、7〜9番の録音が完成していれば近い将来発売されるだろう。やや近めの音像はマーラーには適しており、ウィーンでの全集が少しぼけた感じのする録音になっているのよりも音質は好ましい。ロイヤル・フェスティヴァル・ホールは巨大な会場だが客席ノイズは少ない。ただ音量の強弱が少しつきすぎているようで、弱音を良く聞こうとするとフォルテ(特にティンパニ)でびっくりする。

 itune storeのダウンロード販売になるがマゼールはウィーンでの全集に続いて2000年代にもニューヨークフィルと二度目の全集をライブで録音している。マゼールに限らず、ハイティンク、インバル、亡くなったアバドやベルティーニなどのマーラー指揮者は全集完成後も繰り返しマーラーを録音する傾向がある。しかし2度目の全集を完成させるのはなかなか難しいようで、バーンスタインですらDGの2度目の全集は厳密に言えば未完成だ(8番は放送録音の借り物。バーンスタインには他に映像による全集がある)。マゼールが全集を2度も完成したこと、さらにもしこのロンドンでのチクルスも完成しているなら3度目になることは驚くべきだ。

 さてこの演奏はネットでのレビューを見ると3番が特に好評のようだ。だが私は違う印象を持っていて、1番、5番、6番あたりの(マーラーとしては)比較的交響曲としての形が整っている作品の方がマゼール節が楽しめると思う。2番、3番あたりの交響曲は元々の形がいびつだ。それをマゼール節でさらに崩してしまうと、マゼール臭が強くなりすぎてちょっとえげつない、あるいは無理にこねくり回している感じがして私は興ざめしてしまう。

 マゼールは常に醒めた視点から自己主張するので、同じようにデフォルメしたマーラーであってもマーラーの音楽に激しく献身的にのめり込んでいくテンシュテットの演奏とは聞こえ方はかなり違う。

 具体的に指摘すると、2番の第五楽章の練習番号11(162小節)では練習番号6(78小節)の音型がフォルテで戻ってくる。その直前の161小節には77小節と異なりリタルダンドの指定が書いてある。ここは大抵の指揮者が多かれ少なかれ減速するのだが、マゼールとテンシュテットはかなり大胆に減速する。
(下記IMSLPの148ページを参照)
http://imslp.eu/linkhandler.php?path=/imglnks/euimg/e/ec/IMSLP211806-PMLP49406-Symphony_No.2_-_Resurrection.pdf

 ここでのテンシュテットは手に汗握る入魂の演奏だ。以前紹介した北ドイツ放送響とのライブではシンバルがリタルダンドで拍子を数え間違えてフライングをしているが、それにも関わらず緊張感は少しも衰えない。しかしマゼールの醒めた演奏だと同じように減速していても、「楽譜にリタルダンドって書いてあります」とでも言いたげで少々わざとらしく聞こえてしまうのだ。ネットでは評判の良い3番の演奏は第一楽章で38分もかけているが私にはイマイチに聞こえる。

 テンシュテットやクライバーが音楽に対する自己犠牲を厭わないのに対して、マゼールにとってマーラーの音楽はあくまで自己表現の手段の一つであり、音楽に対する価値観が根本的に違う。この点でマゼールはカラヤンやバーンスタインといったマゼールより一回り上の世代の指揮者と共通する感覚を持っていた。これはマゼールが10代からプロのオーケストラを指揮して早い段階で指揮者になったことと無関係ではないだろう。

 カラヤン臭とかバーンスタイン臭と同様にマゼール臭という言葉はあるが、クライバー臭とかテンシュテット臭という言葉は存在しない。自己主張が強いことは決して悪いことではない。聞き手の好き嫌いが強くなるだけのことだ。

 マーラーの作品がいずれもマゼールの特徴を反映する格好の材料であることは間違いないが、こういった自己主張が効果的なのはやはり1番、5番、6番のように交響曲としての体裁がある程度整っている作品だと思う。これらの作品では聞く側がすでに「この指揮者はどう聴かせどころを作るのだろう」という意識で聴いているので、大胆に自己主張しても大げさには聞こえない。なお1番の第三楽章のコントラバスは従来通りのソロ、6番の中間楽章は従来通りのスケルツォ→アンダンテの順でぶれていないところがいい。5番のアダージェットもVPOとの旧盤同様に11分かけた演奏でアバドのように高速化はしていない。

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