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オーケストラ

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大変遅くなりましたが明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。元旦の朝にテレビをつけたら以前紹介したショルティの復活の映像がクラシカジャパンでかかっていました。これが今年最初に聞いた音楽です。今年こそは日本経済も、東北も、私自身も本当の復活の年になると確信しています。

 昨年は思うように記事が書けませんでした。デル・モナコやルービンシュタイン、グールド、オルフの没後30年、ハイフェッツやヨッフム、デュプレの没後25年、ミルシテイン、ピアソラの没後20年、チェリビダッケやヴァント、ショルティ、ブリテンの生誕100年など記事にしようと思っていたものがたくさんあったのですが、これらはおいおい書いていきたいと思います。

 今年はヴェルディとワーグナーの生誕200年が大きく取り上げられていますが、他にもウォルトン、ボールト、マルケビッチの没後30年、ドラティ、ムラヴィンスキー、シェリング、パリアキン、ポネルの没後25年、ポップ、オジェー、クリストフ、トロヤノス、ラインスドルフ、ニコラーエワ、ホルショフスキーの没後20年、テンシュテット、プライ、ヴァレンティーニ=テラーニ、ストレーレルの没後15年、ボベスコ、エーデルマン、コレッリ、ボニゾッリの没後10年といった記念イヤーにあたります。ラフマニノフの没後70年、プーランクの没後50年でもあります。私の体調はまだ本調子ではありませんが、可能な範囲で書いていきたいと思っています。


1 J.シュトラウスII世: ワルツ『人生を楽しめ』Op.340 (バレエ)
2 J.シュトラウスII世: ポルカ・シュネル『ほんとに素早く』Op.409
3 ヨゼフ・シュトラウス: ポルカ・マズルカ『女心』Op.166 (バレエ)
4 ヨゼフ・シュトラウス: ポルカ『おしゃべりなかわいい口』Op.245
5 ヨゼフ & J.シュトラウスII世: 『ピツィカート・ポルカ』Op.234
6 J.シュトラウスII世: ワルツ『ウィーンの森の物語』Op.325 (バレエ)
7 J.シュトラウスI世: ギャロップ『競馬とウィリアム・テル』Op.29
8 ヨゼフ・シュトラウス: ポルカ『芸術家の挨拶』Op.274
9 J.シュトラウスII世: 『トリッチ・トラッチ・ポルカ』Op.214 (バレエ)
10 J.シュトラウスII世: 『爆発ポルカ』Op.43
11 ヨゼフ・シュトラウス:ポルカ・シュネル『憂いもなく』Op.271
12 J.シュトラウスII世: 『美しく青きドナウ』Op.314 (バレエ)
13 J.シュトラウスI世: 『ラデツキー行進曲』Op.228
[指揮]ヴィリー・ボスコフスキー
[演奏]ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
[出演]ウィーン国立歌劇場バレエ団、ウィーン・フォルクスオ-パー・バレエ団
[収録]1974年1月1日、ムジークフェラインザール(ウィーン)
http://www.youtube.com/watch?v=vfgvqWEFa54


1 喜歌劇「ジプシー男爵」序曲
2 ワルツ「天体の音楽」作品235
3 アンネン・ポルカ 作品117
4 ワルツ「うわごと」作品212
5 喜歌劇「コウモリ」序曲
6 アンネン・ポルカ 作品137
7 ポルカ「観光列車」作品281
8 ピチカート・ポルカ
9 皇帝円舞曲 作品437
10 無窮動 作品257
11 ポルカ「雷鳴と電光」作品324
12 ワルツ「春の声」作品410
13 ポルカ「憂いもなく」作品271
14 ワルツ「美しく青きドナウ」作品314
15 ラデツキー行進曲 作品228
ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団、
キャスリーン・バトル(ソプラノ)(12)
ウィーン国立歌劇場バレエ団
1987年1月1日、ウィーン・ムジークフェラインザール
http://www.youtube.com/watch?v=3svMUPdkzrY
http://www.youtube.com/watch?v=1cA1pXJ8Iuc
(上記ユーチューブの映像はかなり編集されておりオリジナルとは異なる)


 クラシカジャパンが1月に放送したニューイヤーコンサートは1974年と1987年の映像だ。前者は第二部のみ、後者は全曲で、いずれもDVD化されているものだが前者は私は初めて見た。私がニューイヤーコンサートを見始めたのはNHKが衛星生中継(FMは全曲だがテレビは当時は第二部のみ)するようになったマゼール時代(確か1983年)からだが、録画によるテレビ放送は1973年からされていたそうなので、この1974年のコンサート(1955年からニューイヤーを振っているボスコフスキーの20回目の記念コンサート)を当時ご覧になった方もいらっしゃるかもしれない。

 ボスコフスキーの指揮はお世辞にも器用とは言えないが、やはりヴァイオリンの弾き振りはシュトラウスらしくて好ましい。ボスコフスキーは長年ウィーンフィルのコンマスを務めただけに息も合っている。この映像では団員からウィーン菓子で作ったヴァイオリンを送られている。楽団員の仮装やコント、クラッカーなどの派手な鳴り物、この時代のニューイヤーコンサートはお遊びの要素が強かったということも初めて知った。

 そのコンセプトは挿入されるバレエにも共通しており、トリッチ・トラッチ・ポルカの奇抜な衣装(上記ユーチューブの45分頃)などは現在では考えられないものだろう。ちなみにフォルクスオーパーのバレエ団は1987年の映像には参加していない。きっと冗談好きのウィーン子はこの映像を見て古き良き時代を懐かしむのだろう。ボスコフスキーのしゃべりもドイツ語のみで、ニューイヤーコンサートが主にドイツ語圏を対象にしたローカルなお祭りだった時代の貴重な記録だ。音声はモノラルでそれなりだが映像は安定しており、1987年のカラヤンと13年もの開きがあるとは感じられない。ちなみにラデッキー行進曲の手拍子はもともと観客が自発的に始めたもので、指揮者が振り向いて観客を指揮するようになったのはマゼール時代からだそうだ。

 一方のカラヤンはボスコフスキーやマゼールと違ってヴァイオリンの弾き振りはない。マゼール時代に映像が世界に生中継されるようになりニューイヤーコンサートはぐっとインターナショナルでお行儀の良いイベントに変化し団員の仮装などはなくなった。カラヤンのスピーチもドイツ語と英語で行われ、「私たちが望むのは平和、平和、そして平和」と語るのは東欧の崩壊が進み始めていた当時の政治情勢を反映したものだ(上記ユーチューブの1時間7分頃)。

 カラヤンは1986年秋のベルリンフィルの来日公演を病気(確か人からプレゼントされたロバか何かからのウイルス感染だったと記憶している)でキャンセルしてこのニューイヤーコンサートに備えた。私が観た1984年の来日時と比べてカラヤンの指揮はずいぶん動きが小さくな、当時テレビで見たときは老けたなあという印象の方が音楽よりも記憶に残った。しかし改めて冷静に聞くと結構良い演奏だ。カラヤンがベルリンフィルと何度も録音したワルツよりも数段ウィーンっぽい。ゲストのバトルも良い。ゲストソリストが花を添えるというのはとても良いアイディアだったと思うが、翌1988年のアバドはそうしなかった。最近のニューイヤーはマンネリ化しているのでゲストを呼ぶのも良いかと思うが。

 バトルの「春の声」が終わった後で花束贈呈があったためか、カラヤンは次がアンコールの「美しく青きドナウ」だと勘違いしてヴァイオリンを促し、間違いに気がついて「まだ?」と笑っているのもほほえましい。しかも飛ばしそうになった曲がポルカ「憂いもなく」なだけに、ウィーンフィルの団員の笑い声がシチュエーションにピッタリで、ひょっとしてこれは振り間違いではなくカラヤンが冗談でやったのではないかと思うくらい出来過ぎだ。この振り間違いのシーンとカラヤンのスピーチはソニーのDVDではカットされてしまっているので今回の放送で久しぶりに見ることができた。

 カラヤンは年末は本来はベルリンフィルのジルベスター(大晦日)コンサートを指揮しなければいけないのでウィーンのニューイヤーは初めから1度切りのつもりだったと思われる。ニューイヤーコンサートはこの年から毎年指揮者が変わるようになった。カラヤン以降でこの年並に印象に残っているのは2回振ったクライバーぐらいだろう。カラヤンによるニューイヤーコンサートが実現して本当に良かった。

 バトルが歌っているリヒャルト・ジュネの詩による春の声の対訳が梅丘歌曲会館に掲載されているのでこれも引用させていただこう。
http://homepage2.nifty.com/182494/LiederhausUmegaoka/songs/S/Strauss_J2/S825.htm

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 5月21日の金環日食をご覧になられた方も多いだろう。東京はあいにくの曇り空だったため、日食で暗くなったというよりは日食前からもともと暗かった。雲の合間から確かに確認できたが、せっかく用意した専用の遮光板は全く必要なかった(遮光板を使うと何も見えない)。恋人にプロポーズをするようなロマンティックな雰囲気だとは全然思わなかったが、これが結婚指輪に見える人も世の中にはいるようだ。どういう受け止め方をするかは個人の自由ということにしておいて(笑)、とにもかくにも珍しい現象が観測できたことを喜びたい。

・ショスタコーヴィチ:交響曲第10番ホ短調 Op.93
 ヴェルビエ祝祭管弦楽団
 ユーリ・テミルカーノフ(指揮)
 収録時期:2009年7月
 収録場所:ヴェルビエ音楽祭(ライヴ)
http://www.youtube.com/watch?v=bGM52pSteyY
http://www.youtube.com/watch?v=TcZXV3BTHoU

 テミルカーノフは1988年からレニングラード・フィル(現在のサンクトペテルブルク・フィル)を率いているが、50年の長期に渡ってこのオケを指揮した前任のムラヴィンスキーの名前が余りにも大きくて損をしていると思う。それでも90年代はRCAなどに結構な量の録音があったが私はきちんと聞いた記憶がない。

 この映像はDVDも出ているが、クラシカジャパンでかかっていたので私もたまたま見ることができた。ショスタコの交響曲の映像はそれほど多くないのでこれは見逃せない。正規に商品化された10番の映像はこれ以外には最近DVD化されたスヴェトラーノフの古い映像があるぐらいだろう。一番有名な5番だってNHKが出しているスヴェトラーノフ/ソヴィエト国立響の来日公演と佐渡裕/BPOの演奏以外には、ムラヴィンスキー(1973年のソ連の映像と1983年の日本公演の映像がある)とバーンスタインの古い映像があるぐらいでそんなには多くないと思う。

 ヴェルビエはスイスのリゾート地であり1993年に始まったヴェルビエ音楽祭はアルゲリッチやヴァンゲーロフ、キーシン、マイスキーなどが常連だそうだ(これもアルゲリッチのロシアン人脈か?)。ヴェルビエ祝祭管というのは音楽祭に集まった臨時編成のユースオーケストラ(30歳以下)だ。

 大曲かつ難曲なだけに、正直どんなものかなあと思って見始めたのだが、これがすごくいいのには驚いた。シンプルにツボを得て腰が据わっていて、かといって決して事務的ではなく自在で流動的な躍動感がある。テミルカーノフってこんなにいい指揮者だったっけ? お膝元のサンクトペテルブルクではライバルのマリインスキー劇場(キーロフ劇場)管を率いるゲルギエフが、最近はスマートで要領良くなった反面、腰が軽くて少し落ち着きがない演奏をするようになってしまったのと比較すると正反対だ。

 だいたい昔はソ連のオケと言えばムラヴィンスキーのレニングラードフィルか、コンドラシンのモスクワフィルか、スヴェトラーノフのソヴィエト国立響と相場が決まっていたものだ。しかしソヴィエト崩壊後にゲルギエフのマリンスキー劇場がうまく西側のショービジネスやレコード業界の波に乗って一気にメジャーになった(プレトニョフがロシア・ナショナル管を設立したのも同じ時期だ)。実際90年頃のゲルギエフはとても良い演奏をしていたので、私もいい指揮者が出てきたものだなあと思っていた。しかし最近のゲルギエフを見ると、売れすぎて忙しくなりすぎてしまうと指揮者はダメになるものだなとつくづく思う。

(追記:マリインスキー劇場のゲルギエフの前任者は実はテミルカーノフで、ゲルギエフはテミルカーノフ時代に助手としてマリインスキー劇場の指揮者になったそうだ。テミルカーノフが1988年にレニングラードフィルに転出したのに伴ってゲルギエフがマリインスキー劇場の芸術監督になった。)

 逆にテミルカーノフはメジャーレーベルへの録音も絶えて久しいが、チヤホヤされなくなった分、音楽に集中できる充実した時間を過ごせたのではないだろうか。緊張している若いオケに向かっておどけた顔をしてリラックスさせている様子が楽章の間に収められているのは必見だ。こういうことがさりげなくできるのは円熟した巨匠の至芸だろう。ヴェルビエ祝祭管は恐らく実力以上の成果を達成しており、十分に聴き応えのある演奏になっている。きっとこの人は良い年の取り方をしたに違いない。これから前任者並の長期政権で、もう一度サンクトペテルブルク・フィルの黄金期を作り上げるのではないだろうか。

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 現代史と並んで語学の教育も改革する必要があると思う。英語は中学、高校、大学と10年習ったはずだが一向に使い物にならない。大学は中学や高校で習う受験英語の延長ではなく、もっとビジネスに直結するようなディスカッションやプレゼンテーション、あるいはスピーチの仕方を学ばせるべきではないだろうか。かく申す私も今年は英語に取り組みたいと元旦に宣言した以上、隗(かい)よりはじめよ、ということでTOEICテストスコアアップ手帳という本を使って勉強を始めてみることにした。

 この手帳ではTOEICの公式問題集2冊を使った3カ月分のメニューが組まれていて、進捗状況を記入しながら進める形になっている。本当は860点ぐらいは必要だろうが、点数は急にそんなに上がらないので800点を当面の目標にしようと思う。公式問題集は現在4冊目まで出ているのでこの本を2冊分やって半年後には達成したい。


ベルク:ヴァイオリン協奏曲《ある天使の思い出に》
ベルリオーズ:幻想交響曲
ヴァイオリン:平山慎一郎
指揮:木村康人
チェンバー・フィルハーモニック東京
http://tokyochamberphil.org/

 今日は珍しくコンサートの報告をしよう。指揮者の木村康人氏がアーティスティック・ディレクターを務める若いオーケストラ「チェンバー・フィルハーモニック東京」のコンサートを聴いてきた。このオーケストラはモダン楽器を用いながらも作曲当時の時代奏法を取り入れて演奏するいわゆる「ピリオド・アプローチ」で古典派からロマン派、近現代の作品を演奏しており、一部の楽器では実際に古楽器を使用している。この日の幻想交響曲ではオフィクレイドとセルパンを実際にするとのことだったのでこれを楽しみにして聴いてきた。前座に演奏されたラベルの「亡き王女のバヴァーヌ」でもナチュラルホルンを採用していた。ラベルの時代はすでにバルブ・ホルンが一般的だったはずだが、これは楽譜の指定通りだそうだ。

 2006年の設立当時は「チェンバー・フィルハーモニック」という名前の通り室内オケだったようだが、現在のメンバー表には75人の名前が載っており小型のフルオーケストラという感じだ。配置は第二バイオリンを右手前に置く両翼配置だ。幻想は第一バイオリンと第二バイオリンの掛け合いが多い曲なのでこれはうれしい。しかしチェロを左奥に置く古典的な両翼配置ではなく、ビオラが左奥、チェロが右奥の変則型(2チャンネルで言う「ハイブリッド型」)の両翼配置だ。これはおそらく打楽器を左奥に配置したため低音のバランスを考えたのだろう。ハープは2台ずつ左右に配置された。

 演奏は期待通り若々しい勢いのある演奏だった。セルパンは金管だがファゴットを太くしたような素朴な音がする楽器で、意外に大きな音が出るのが印象的だった。大太鼓は1台を水平に置いて2人でたたいており、これも楽譜の指定通りだそうだ。第二楽章ではコルネットを入れないバージョンで演奏していた。ただ会場の紀尾井ホールの1階客席は後方がせりあがらない平土間なので後方の楽器の演奏風景がよく見えなかった。2階で聞けばよかったかな。

 若いオケだけに技術的にはさらに改善の余地はあるが、もっと大きなオケが50年前と同じようなマンネリ化した演奏をしているのを聴くよりはこういう演奏の方が数段面白いし、意味のあることだと思う。これで1500円なら激安だ。強いて言えば、鐘が用意できなかったのかピアノで代用だったのが残念だ。

 せっかくこれだけこだわった演奏をしているのだから、演奏会の前に観客向けのチュートリアルを10分20分ぐらいでやってモダン楽器との音色の違いを説明したら良いのではないだろうか。ナチュラル・ホルンに挑戦するのは大変すばらしいことだが、技術的には危なっかしかったので何も知らない人が聞いたら単に下手なのだと誤解していしまうかもしれない。

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 久しぶりの「ずんだ」シリーズは、コンビニで見つけたモンテールの「米粉のもっちりどら焼き・ずんだ」だ。ずんだの甘すぎないあんこが米粉ベースのもっちりした生地にはさまれていて、なかなかいい感じだ。標準小売価格126円となっているが100円ローソンでも売っている。
http://www.monteur.co.jp/view/23-02660.html

・クロード・ドビュッシー:バレエ『遊戯』
[指揮]ピエール・ブーレーズ
[演奏]ニュー・フィルハーモニア管弦楽団
[収録]1966年BBCスタジオ(ロンドン)
[映像監督]ジョン・ドラモンド

・クロード・ドビュッシー:管弦楽のための『映像』〜「春のロンド」「ジーグ」「イベリア」
[指揮]ピエール・ブーレーズ
[演奏]BBC交響楽団
[収録]1974年8月4日「BBCプロムス」(ロンドン)
[映像監督]ロドニー・グリーンバーグ
http://www.classica-jp.com/program/detail.php?classica_id=CE0928&date=20110809
http://www.naxos.com/catalogue/item.asp?item_code=3085238
http://www.youtube.com/watch?v=y17-pJZ9nEg&feature=player_embedded

 昨日紹介したショルティの「ポートレート」にはショルティ唯一のバイロイト登場となった1983年の様子も写っているが、実はショルティに指輪を振るようヴォルフガング・ワーグナーが要請したのはこの時が初めてではない。バイロイト音楽祭100周年にあたる1976年の指輪は当初ショルティに要請されていたのだ。この時ショルティも振る気はあったのだが、ショルティ出した条件がいくつかあって、一つは演出をイギリスのピーター・ホールにすること、もう一つは自分が振るのはこの年1年限りとすること、もう一つは確か練習回数か何かについての条件(パリ音楽院管客演時の苦い経験のトラウマか?)だったと記憶している。

 この記念イヤーの指輪を結局ショルティが振らなかったため、ブーレーズ指揮・シェロー演出の有名な、バイロイト音楽祭の演奏史上に残る指輪が実現した。フランスコンビによるこの舞台は聴衆同志が殴りあうという大激論の末に大成功を収め、結局1980年まで5年間も演奏されたというのだからバイロイトという舞台は何が起こるのか分からない。

 それから2年の間を置いて1983年にショルティ指揮・ホール演出のイギリスコンビによる指輪が実現した。この時、ショルティは一応1985年までの3年間を振る契約で、デッカはデジタル・ライブ録音による指輪の再録音を計画していた。しかし、ショルティは翌年以降の出演を「ドクターストップ」を理由にキャンセルした。恐らくショルティはこの時も初めから1年しか振るつもりがなかったのではないかと私は予想している。ナチスに翻弄されたショルティにとって、ナチスに利用されたバイロイトへの出演は和解の意味を込めたセレモニー的なものだったのではないだろうか。

 ホールの保守的で「ト書きに忠実」な演出が余り好評でなかったことも影響しているかもしれない。録音や録画が盛んに行われた80年代のバイロイトで、録音も録画もなされなかったのはこのホール演出の指輪だけだと思う。ブーレーズ/シェローの指輪が成功を収めた時点で、実験劇場としてのバイロイトの方向性はすでに決定的となっており、「ト書きに忠実」であることよりは、いわゆる「読み替え」による新しい解釈を求めるようになっていたのだろう。歴史は変わってしまっていたのだ。もし1976年にホール演出の舞台が実現していたら別の評価があったのかもしれない。

 さて、ブーレーズのイギリスにおける1966年の「遊戯」と1974年の「映像」を収めたこの映像は、ブーレーズがマルロー文化相およびフランスの楽壇と決別し、イギリスやアメリカ、およびバイロイトで活躍するようになった時期のものだ。素手で両手を水平に振るような独特の振り方は今と変わらないが、1966年の映像でサングラスをしているのはちょっとびっくりする。

 これは当時顔に帯状疱疹が出来ていて光に過敏になっていたためであって音楽とは関係ないとのことだが、本当にそれだけが理由なのかなと思うくらい似合っている(笑)。アナーキストだったこの頃のブーレーズにぴったりだ。ブーレーズの60年代の映像はこれと、1967年の大阪バイロイトにおける「トリスタンとイゾルデ」があるだけだと思う。

 両曲とも同時期のCBSソニーの録音と同様に余り感情移入せずにサクサクとした蒸留水のような(これはバイロイトの指輪にも使われた比喩だが)演奏で、私のドビュッシーの好みとは少々異なるが、ブイブイ言わせていたこの時期のブーレーズの貴重な映像だと思う。この映像はDVDでも出ている。それには春の祭典も入っているようだがそれだけは新しい映像のようだ。

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 66回目の長崎原爆記念日の今日、長崎は核兵器廃絶に加え、原発に依存しない社会への転換という新たなメッセージを発信し始めた。日本でも反核運動と反原発運動が結び付き始めた訳だ。今日はショルティの2本のドキュメンタリーを通じて平和について考えてみたい。

ポートレート『サー・ゲオルグ・ショルティ〜指揮者の肖像』(1985年制作)
http://www.classica-jp.com/program/detail.php?classica_id=U1075&date=20110806

ショルティの提言〜ワールド・オーケストラ・フォア・ピース(2010年制作)
http://www.classica-jp.com/program/detail.php?classica_id=CU1117

 まず「ポートレート指揮者の肖像」だが、13歳でブタペスト音楽院に入学し、その頃エーリッヒ・クライバーの指揮するベートーベンの5番を聞いて指揮者になる決心をしたそうだ。この番組のインタビューのはるか後、1994年にショルティはウィーンフィルと来日している。これは結局ショルティの最後の来日となったものでNHKがこの時の演奏をDVD化しているが、その公演はウィーン国立歌劇場で同時に来日していたカルロス・クライバーが万が一「ばらの騎士」をキャンセルした場合に備えたバックアップだったという話を聞いたことがある。

 クライバーとショルティはあまり接点が思いつかなかったのでその時はへえーとしか思わなかったが、父クライバーがショルティに影響を与えていたことを知ってなるほどと思った。番組では触れていないが、ショルティがミュンヘンのバイエルン国立歌劇場の指揮者になることを推薦したのは父クライバーとトスカニーニだったという話もあるそうだ。

 ショルティはブタペストの歌劇場で「フィガロの結婚」を振って指揮者としてデビューするが、ユダヤ系ハンガリー人のため、ヒトラーの進攻によりブタペストではこれ以上チャンスがないと判断し、1週間の予定でルツェルンにいるトスカニーニを訪ねた。しかしその間に政情が変化してブタペストに戻れなくなり、(前年に結婚していた最初の奥さんを含めて)家族とはそれが永遠の別れになった。

 米国へのビザも下りなかったため、結局終戦までの1年半をスイスで滞在することになり、その間には詐欺師に金を巻き上げられることもあったという。それでも1942年に30歳というギリギリの年齢で参加したジュネーブ国際コンクールのピアノ部門で優勝して名を上げるところがすごいと思う。この人はスイスという異郷の地で金もなく、スイスでただ一人の知人の家に身を寄せるという大変な逆境をバネにしているのだ。この前向きな姿勢は素晴らしいと思う。

 番組では1983年にある基金のためのチャリティコンサートでショルティがピアノを弾いてスターンと共演している様子が写っている。確かショルティがR.シュトラウスの歌曲のピアノ伴奏をしたディスクも出ていたし、私が持っている展覧会の絵のLDでは自分のピアノで曲を解説している。若いころコンクールで優勝しただけあってピアノは上手だったようだ。

 戦後はシュトゥッツガルトで初めて振った「フィデリオ」(共演はヴィントガッセン)で成功した後、ミュンヘンで「フィデリオ」やヴェルディのレクイエム、ビゼーの「カルメン」を振った。晩年のR.シュトラウスと親交を結んだことにも触れている。シュトラウスからは「ホフマンスタールの台本を朗読する速度で振るように」アドバイスされたという。1949年にシュトラウスが亡くなると葬儀で指揮をしたのはベームでもクラウスでもなくショルティだった。

 その後1959年にはコヴェントガーデンにばらの騎士でデビューした。その成功から音楽監督に就任するよう要請されたが、彼はこの時期オーケストラの指揮者になることを希望していて、この要請を受けるかどうか躊躇したという。受けるようにとアドバイスしたのはブルーノ・ワルターだったそうだ。

 番組ではその後、結局は1度限りに終わった1983年のショルティのバイロイト音楽祭への出演の様子も映しているが、ショルティの人生がナチスに翻弄され、バイロイトもまたナチスに利用されたことを考えるとこれは記念すべき出来事だったに違いない。

 2本目のドキュメンタリーはショルティが提唱した「ワールドオーケストラフォアピース(WOP)」に関するものだ。1992年にショルティの80歳を記念する演奏会がチャールズ皇太子とダイアナ妃の主催によりバッキンガム宮殿で開かれ、ウィーンフィルやロンドン響などショルティが関わった15のオーケストラからライナー・キュッヒルなど多くの名プレイヤーが一同に会して演奏した。

 このとき、謝辞の中でショルティは次のように述べたことが、ワールドオーケストラフォアピース(WOP)の設立につながった。「先ほどからあることをずっと考えています。私たち音楽家はヨーロッパを、そして世界を、ひとつに統一することができるのではないでしょうか。これはなんと素晴らしいことでしょう。こんなことは政治家にだってできません。」

 この考えに賛同する世界40カ国、81人の音楽家が、無償で国連創立50周年にあたる1995年ジュネーブに集った。この時の演奏会はPLOのアラファト議長やイスラエルの首脳も聞きに来たため厳重な警備下で行われたが、終演後は双方とも和やかな様子だったという。WOPはその後も1、2年おきに活動を継続しており、ショルティは2回目の準備をしながらも1997年に急逝したため、その後はゲルギエフが指揮をとっている。ショルティとゲルギエフに接点があったとは知らなかったが、後任をゲルギエフに託すのはショルティの遺志だったそうだ。

 WOPはショルティのマネージャーだったチャールズ・ケイが総監督を務めており、現在はユネスコの音楽親善大使にも任命されている。また、チャールズ皇太子は現在でもパトロンのようだ。公式HPは下記アドレスを参照。
http://www.worldorchestraforpeace.com/jp/orchestra.html

 ショルティは「私はファシズムに共産主義といった激動と戦火の中で育った。そこで平和の尊さを強く教えられた」と語るが、このようなことを繰り返さないことはもちろんのこと、戦火と激動の中でも希望を失わなかったショルティの前向きな生き方に学びたい。

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