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オーケストラ

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少し涼しくなったと思ったらまだまだ暑いですね。オリンピックもまだまだ続いていますが、先週はテレビで終戦記念日に武道館で開かれる戦没者追悼集会を見ました。私は戦争を知らない世代なので、これまでこの手の話題は近寄り難かったのですがそれではいけないと最近思うようになりました。NHKの中継はわずか15分ほどで終わってしまいましたがもっともっと色々な人のメッセージを流してほしかったと思います。

こうしている間も世界では武力衝突が続いています。明日8月21日はソヴィエト軍によるチェコスロヴァキアへの武力介入(いわゆる「プラハの春」事件から丁度40年を迎えますが、広尾のチェコ大使館内にあるチェコセンター東京では「1968年8月21日早朝 プラハ侵入 - 写真家オルドジヒ・シュカーハが目撃したプラハの夏の、あの刹那。」と題する写真展が29日まで開かれているそうです。私も何とか時間を見つけて見に行きたいと思います。
http://www.czechcentres.cz/tokyo/novinky.asp?ID=8603

ショスタコービッチ作曲交響曲第5番他(1987)
チャイコフスキー作曲交響曲第5番他(1997)
スヴェトラーノフ指揮ソヴィエト国立交響楽団(ロシア国立交響楽団)

ロシア軍によるグルジア侵攻と聞いて私が真っ先に思い出したのは1979年12月のソヴィエト軍によるアフガニスタン侵攻だ。時のカーター米大統領は「人権外交」という対話路線をとっていたが、ブレジネフがカーターとの約束を破って軍隊を進駐させたことでカーターは「弱腰外交」という批判を特に米国内で受けた。

日本を含めた西側諸国は翌1980年のモスクワオリンピックをボイコットした。アフガニスタンに米軍が派遣されれば第2のベトナム戦争勃発かと緊張が高まった。カーターはそういう判断はしなかったが、この年の大統領選挙ではタカ派のレーガンに敗れた(オリンピックの年は大統領選挙の年でもある)。カーターが後年この時のブレジネフの裏切りを「痛かった」と述べているのを読んだことがある。

私は70年代以降の歴代大統領で最も人格者なのはカーターだと思う。カーター政権はわずか1期で終わったが、その後ソヴィエトは膨大な軍事支出を支えきれず崩壊した。牧師でもあるカーターの平和外交路線は10年遅れで実を結ぶこととなった。

こういう東西緊張をリアルに知る私は長いことソヴィエトの音楽家には関心を持てないでいた。ある友人が「ぜひ聴いてほしい」と、スヴェトラーノフのコンサートのチケットを用意してくれたのはソヴィエト崩壊からかなり経った1995年5月21日のことだった。曲が得意のチェコフスキーの5番に加えて、リャードフの魔法の湖、スクリャービンの法悦の詩という魅力的なプログラムだったことも聞く気になった理由の一つだ。

スヴェトラーノフは68年から数年おきに来日していたので名前は知っていたが、豪快だが大雑把な「爆演」というイメージだった。しかしサントリーホールのP席でじっくり見たスヴェトラーノフは予想と違ってとてもデリケートな音楽家だった。

確かに部分部分でかなり濃厚な表現も見られたが大げさという感じはしなかった。舞台に近い席だったし確かに音量はかなり出ていたと思うが、金管が向こうを向いているせいもあってかうるさいという感じはなく、ローカルな響きがかえって新鮮だった。

下記のファンサイトによるとスヴェトラーノフは80年代後半以降特に頻繁に日本を訪問している。このDVDに収められた1987年と1997年の演奏は丁度その時期のものだ。私は昔のスヴェトラーノフを知らないので、彼がいつからこういう演奏をするようになったのか分からない。

エフゲニー・スヴェトラーノフのページ
http://www.svetlanov.net/
来日公演記録
http://homepage3.nifty.com/svetlanov/concert.htm

ソヴィエト国立交響楽団だった80年代はチェロが右のいわゆるストコフスキー型(あるいはアメリカ型)の配置だったということもこのビデオで初めて知った。ムラヴィンスキーが終生両翼配置だったのとは違ってスヴェトラーノフは後から両翼配置に変更したのだ。この変更がスヴェトラーノフの希望によるものだったのかは分からないが、恐らくこの時期はソヴィエト時代と異なり自分がやりたい音楽を実現できる環境が整ったのだろうということは想像に難くない。

手兵との来日は結局この1997年が最後になってしまった。晩年のスヴェトラーノフの音楽が日本の愛好家に受け入れられ、しかも私もその一人に加われたことをとても嬉しく思っている。

私が見た1995年の演奏はこのDVDよりももっとすごかったし(特にリャードフとスクリャービンは壮絶だった)、1997年の収録なのに何でハイビジョン収録ではないのかとか、2枚組みだったらチャイコのヴァイオリン協奏曲も含めてコンサート全曲が収録できたはずとかいろいろあるがとにもかくにもNHKがこれを商品化してくれたことに感謝しよう。

スヴェトラーノフやゲルギエフの活躍でようやくソヴィエトの暗い記憶が薄まってきたばかりなのに、また東西冷戦に逆戻りするようなことがないように祈りたい。

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大変ご無沙汰です。オリンピックも北島選手の活躍で盛り上がってきましたね。大きな重圧をプラスのバネに変える精神力の強さは大いに見習いたいものです。ですが、(誰も望まなかったことですが)民族紛争を抱えた中での開催となってしまったことは大変残念です。

スメタナ作曲「我が祖国」
アンチェル指揮チェコフィル
(1968)
クーベリック指揮チェコフィル
(1990)

本日取り上げるのは2種類の「我が祖国」の映像だ。いずれもチェコフィルの演奏だが、一つはアンチェルが1968年に指揮したもの、もう一つはクーベリックが1990年に指揮したものだ。

アンチェルはカラヤンと同年の1908年にチェコに生まれた名指揮者である。1959年10月にカラヤン/VPOと同時期に来日しカラヤン以上に素晴らしい演奏を聞かせたと言われる。またこの年の9月に大きな被害をもたらした伊勢湾台風の被災地にチェコフィルと共に義援金を送ったという美談が伝えられている。

この我が祖国の映像は「高い城」のみが以前から知られていた(しばらく前に衛星放送でも流れた)が、このDVDで初めて全曲を見ることができるようになった。この演奏の直後の8月、ソヴィエト軍のプラハ侵攻(いわゆる「プラハの春事件」)が起こり、海外で演奏旅行中だったアンチェルはそのままカナダに留まり1973年に病死する。つまりこの映像は予期せずもアンチェル/チェコフィルの黄金時代の最後の記録となったものである。

ユダヤ系のアンチェルはアウシュビッツから辛くも生還した(そこで妻子を亡くしている)という過去を持つ。音楽を過度に政治と結びつけて聞くのは良くないことだと分かっているし、彼は穏やかな性格だったようで政治的発言らしいものは残っていないようだ。しかしそうであるがこそ彼の演奏からは平和へのメッセージが聞こえてくるように思う。「プラハの春」事件から丁度40年を迎える今年、この映像がDVD化されたのは決して偶然ではないと思う。

一方クーベリックもチェコ生まれの名指揮者だ。1914年生まれなので世代的にはカラヤンやアンチェルとそれほど変わらない。クーベリックは1942年からチェコフィルの主席指揮者を務めたが1948年の共産政権樹立に反対し西側に亡命、61年以降はバイエルン放送交響楽団の主席としてミュンヘンで活躍した。

クーベリックは闘士だったようで、プラハの春事件に抗議して東欧での活動をキャンセルするように他の音楽家に呼びかけたらしい。EMIはバルビローリの指揮でマイスタージンガーの録音を予定していたが、バルビローリはクーベリックの呼びかけに応じてドレスデンでの録音をキャンセルした。結局この時期にEMIに復帰したばかりだったカラヤンが代わりにこの録音を振ることとなった。

ドレスデンのオケはカラヤンのお気に入りとなりカラヤンはその後このオケをザルツブルグに何度か呼んでいる。アンチェルとクーベリックとカラヤンの3人に個人的にどのような接触があったか私は知らないが、プラハの春事件を通じて間接的には関係があったのだ。

クーベリックはその後80年代半ばにいったんは引退を表明したが、チェコの民主化に呼応してチェコフィルの指揮台に復帰し「我が祖国」や「新世界」を指揮した。クーベリックもアンチェルも運命に翻弄された演奏家と言えるだろうが、片や英雄として凱旋し、片や異郷で客死するというのは余りに対照的だ。

80年のモスクワオリンピックを西側諸国がボイコットし、84年のロサンジェルスオリンピックがずいぶんと商売がかったイベントになったあたりからオリンピックは政治や商売の道具に変わってきてしまったように思う。いっそのことずっとアテネに戻して国連主催のイベントにして収益は全額国連に寄付するというのはどうだろう?

賑やかなオリンピック中継が聞こえても、私の頭の中ではずっと我が祖国がかかっている。いつの日か全ての人の心に平和が訪れますように。


(追記)
アンチェルのファンサイトを見つけた。最近できたようだ。まだ作りかけのページも散見されるが頑張ってほしい
http://www.karel-ancerl.jp/
チェコフィルの来日公演の曲目はこちらに掲載されている
http://www003.upp.so-net.ne.jp/orch/page039.html
http://www.geocities.jp/czechphilhamonic/

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ピアノ:デビット・オーエン・ノリス
デビット・ロイド・ジョーンズ指揮BBCコンサート管
DUTTON CDLX7148


山野楽器でエルガーのバイオリン協奏曲の楽譜がオイレンブルクのポケット版で出ているのを見つけた。ラス1だった。あってよかった。第一楽章はアレグロ(1拍=100)、第二楽章はアンダンテ(1拍=52)、第三楽章はアレグロ・モルト(1拍=138)でいずれも結構速めのテンポが指定してある。きまじめな人らしくメトロノーム指定が入っているのは予想していた通りだ。

ハイフェッツ盤(指揮はサージェント)は判を押したようにほとんど指定通りのテンポだ。楽譜を見ると、特にこの曲の第一楽章と第三楽章のソロは超人的に難しいということも改めて分かる。このテンポで演奏するのはかなり大変なはずだが、楽譜の指定を守ることに対するソリストと指揮者の執念を感じさせる演奏だ。

他の演奏との時間差が余りにも大きいのでひょっとしたらハイフェッツはどこかカットしているのかもと思って目を皿にして楽譜を追ったが1小節も削除はなかった。ということは最近の遅い演奏の方が楽譜と違うことをやっているということだ。どことなく日本的な懐かしさを感じさせる第二楽章もこのくらいのすっきりしたテンポの方が冴え冴えとした哀愁が感じられて好ましいと私は思う。

第一楽章でソロが出てくるまでの長い序奏は第一バイオリンと第二バイオリンが両翼配置を前提に書かれていることも良く分かった。ハイフェッツはモノラルだし、パールマンはアメリカ型のシカゴ響なので気がつかなかった。楽譜を見ると本当にいろいろなものが見えてくる。

さて本日メインで取り上げるのはエルガーのもう一つの協奏曲だ。シベリウスとエルガーは遅れてきたロマン派という点でも、バイオリンの名手でバイオリン協奏曲の名曲を残したという点でも共通すると書いたが、晩年になって作品をあまり発表しなくなってしまった点でも共通している。

決して創作意欲を無くしてしまったわけではなく、シベリウスは第八交響曲を少なくとも1度は完成させたし(そして自らの手で破棄した)、エルガーも交響曲第三番とピアノ協奏曲、それに歌劇の作曲に取りかかっていた。しかしこれらの作品が結局発表されなかったのは彼らが晩年に自己批判が強くなっていたためのようだ。著名な作曲家として成功してしまった故に次の作品を発表するのが難しくなってしまったのだ。

シベリウスが何度目かに書き始めた第八交響曲の草稿は遺言通りに遺族の手によって破棄されたが、エルガーの場合はかなり多くの草稿とSP録音が残されたという点は大きく違った。このピアノ協奏曲はロバート・ウオーカーの補筆により完成されたもので全曲で36分という大作だ。

この曲の草稿が新たに発見され、この作品を復元するまでを追ったBBCのドキュメンタリーが先日テレビで放送され、私はこの曲の存在を初めて知った。音楽ドキュメンタリーというと普通は曲は断片的にしか収録されていないケースが多いが、この番組は最後に全曲の演奏が納められていた点でも感心した。そういえば先日とりあげたデュ・プレのエルガーのチェロコンチェルトも1981年のドキュメンタリーの最後に1967年の全曲演奏を収録するという形をとっていた。これがイギリス流なのだろうか? 

ウオーカー補筆によるピアノ協奏曲は、完成度としてチェロ協奏曲やバイオリン協奏曲に及ばないのは当然としても、全然取るに足らない曲ではないと思う。少なくともエルガー特有のまったりした情感は出ているのではないだろうか。マーラーの第十交響曲のように多くの人が補筆完成に取り組んだりするようになれば面白いのだが。草稿をぜひ公開してほしいものだ。

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メンデルスゾーン:ピアノ協奏曲第一番
シューマン:交響曲第三番「ライン」
ピアノ:Jasminca Stancul
ホルスト・シュタイン指揮ウイーン響
(1997年10月)
T-rax TRA054

タワーレコードで珍しいディスクを激安で見つけた。このレーベルはほとんどが他社音源のライセンス販売だが、このディスクは独自の音源らしい。日本でもおなじみだったこの指揮者の1997年の録音だ。

シュタインは90年代末に体調を崩して以来、指揮活動からは遠ざかっているらしい。同時期にコッホに録音したブラームスの全集と並んで現時点では最も新しいディスクということになるだろうか。メンデルスゾーンのピアノコンチェルトとシューマンのラインという渋い曲目がいかにもこの人らしいではないか。

サヴァリッシュ、スイトナー、シュタインは70年代〜80年代にN響がドイツ物を中心にプログラムを組んでいた頃の功労者だが、前二者と比べてもシュタインはさらに派手さがない。だがシュタインも大変な実力者だったと思う。

シュタインが振るとどんな音楽も音が厚くなるなどとも言われたが、薄味の音楽が多くなった昨今、あの厚い音は懐かしい。当時のN響がもう少し上手ければ、あるいはサントリーホールのような専用ホールが出来るのがもう10年早ければ、我々はシュタインの音楽をもっともっと楽しむことができただろうに。

私はバンベルク響とのコンサートをサントリーホールで聞くことができたが、前半のアルゲリッチとのシューマンが期待通りなのはもちろんのこと、後半のブルックナーは期待を上回る大変な熱演だった。

メジャーレーベルへの録音が少なく、まとまったものとしてはRCAに録音したものが数点ある程度なのが残念だ。もちろんバイロイトのマイスタージンガーやパルシファル、あるいはハンブルクの魔笛といった優れたDVDはあるのだが、シュタインは画像には全く出てこない。

このディスクは録音のせいかオケのせいか少し大人しめの音に聞こえるが、ひょっとしたら晩年の心境を反映しているのかもしれない。



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オーマンディ指揮フィラデルフィア管
1976年10月録音
(BMG BVCC8845〜46)

オーマンディは評価が難しい指揮者だ。シベリウスなどに素晴らしく良い演奏がある反面、通俗名曲では手際は良いがそれ以上ではない演奏も多いのだ。それに、この人がベートーベンの交響曲やチャイコフスキーのバレエ音楽などでバイオリンの旋律をオクターブ上げるアレンジを多用するのには苦笑いもしていた。

この演奏は録音は1976年だが私の記憶が間違っていなければ1980年になって初めて国内でレコードが発売された。当時FMで放送されたのを偶然聞いて私は度肝を抜かれた。実はこの人は通俗名曲ではなくこういう渋い曲で本領を発揮する人なのだ。長らくCD化を待っていたが1995年に7〜9番の2枚組セットで発売された。その後2001年に分売で再発売された。

まずテンポがいい。7番は通常は37分ぐらいで演奏されることが多いが、オーマンディは約40分(11:07/10:58/8:17/9:55)かけている。しかし全体に付点音符のリズムをはっきりさせて音のエッヂを立たたせているので遅いという気は全くしない。

第一楽章20小節から21小節のバイオリンのアクセントや、25小節のチェロとコントラバスのフォルツァンド(fz:強いアクセント)も、このくらいゴリっとやってくれると気持ちいい。54小節で初めてトゥッティで揃うところではティンパニが実に上手い。

トゥッティまで53小節もかかっているのだ。言いたいことが上手く言えないようなこのもどかしさ、切なさを表現するにはこのくらい固めの表現が合っている。多分にブラームスっぽいかもしれないが、もともとこの曲はドヴォルザークの曲の中では最もドイツっぽい曲なのだ。

ただドヴォルザークは楽譜にメトロノーム指定を入れる点がブラームスと大きく異なる。全音のポケット版(なぜか表記はないがオイレンブルク版のリプリントで中身は同じ)によるとテンポ指定は以下の通り。

第一楽章 アレグロ・マエストーソ8分の6(1拍半=66)
第二楽章 ポコ・アダージョ4分の4(1拍=56
第三楽章 ヴィヴァーチェ4分の6(3拍=80)
第四楽章 アレグロ 4分の4(2拍=100)

オーマンディの演奏は前半の2つの楽章は指定とそれほど変わらないが、後半は指定よりやや遅いようだ。時間軸では遅いテンポでも音のエッヂを立てて音楽が前に進む力を強調すれば空間軸では遅く感じられないというのはクナッパーツブッシュがブラームスの3番やワーグナーのパルシファルで用いた高等テクニックだ。(前に歩く足の動きを強調すれば物理的には後ろに動いていても前に動いているように見えるマイケル・ジャクソンのムーンウオークと似ているかも?)

メトロノーム指定は単にテンポを記録するだけでなく、通常は指揮の1振りのテンポを表示しているので作曲者がいくつで振ることを想定していたかが分かるというメリットもある。4分の6拍子で3拍のテンポを指定してあれば2つ振り、2拍のテンポを指定してあれば3つ振りを想定していたと推測される。

しかしメトロノームを指定するということは演奏家の自由を奪うことでもある。曲の持つ新しい表現の可能性が失われるという側面もあることに留意しなければならないだろう。楽器や演奏会場は時代と共に変わってしまうので、作曲者が指定した通りのテンポは必ずしも曲にとって最適なテンポでなくなっているかもしれない。

なので私はオーマンディのこのテンポを支持する。フィラデルフィア管なのでオケの配置は当然アメリカ型だが、この曲は第一バイオリンと第二バイオリンの掛け合いはそんなに多くないので低弦が集まるこの配置も悪くない。いつもは両翼配置をとるクーベリックもこの曲では珍しく第二バイオリンを左に置いているらしい。

7番ではこのような切れ味鋭い演奏を聴かせるオーマンディだが、8番9番といった有名曲では普通の演奏になってしまうのが不思議だ。このCDは現在廃盤のようだが、ぜひ7番だけでも復活を期待したい。

この曲の演奏ではジュリーニ/LPO(1977)も約40分かけている(11:34/11:33/7:58/9:40)。私はこの演奏を最近聞いた。良い演奏だが、ジュリーニは横の旋律をレガートに歌わせることを重視する人なのでこの曲にはもう少し歯ごたえがほしくなる。ジュリーニはドヴォルザークが好きだったようで、1993年にコンセルトヘボウとも再録音しているが、この演奏が44分近くかけている(12:44/12:10/8:37/10:14)のは楽譜にメトロノーム指定が入っていることを考えると遅すぎると言わざるを得ないだろう。

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