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カプッチルリ

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Piero Cappuccilli,
Marta Senn,
Roberto Scandiuzzi,
Aldo Bottion,
Carlo Del Bosco
Directors: Gianni Casalino
http://www.youtube.com/results?search_query=cappuccilli+nabucco+verona&search_type=&aq=f

待望のカプッチルリのナブッコだ。92年のヴェローナ野外オペラでの映像だ。私が知る限り全盛期のカプッチルリの最後の映像だ。この時期ナブッコの公演はどこでも、カプッチルリかブルゾンが歌うことが多かった。ブルゾンの映像はヴェローナとスカラの2種がLD時代から出ているのに加えナポリのDVDもあるのに対して、カプッチルリのナブッコの映像はなかった。ブルゾンも良い歌手だが、やはりヴェルディにはカプッチルリのように芯のある声が必要だろう。ゴッビ、バスティアニーニ以降のイタリア最高のバリトンはこの人をおいて他にはいない。

この映像は92年の割には粗いし音声も平板でステレオ感が薄い。そもそもこのDVD自体があまりきちんと宣伝されていないようだが、このDOMOVIDEOという聞きなれないレーベルは一体どこのメーカーなのだろう?

それでもカプッチルリのナブッコが映像で見られるのは素晴らしいことだ。誰かがカプッチルリを歌舞伎の団十郎になぞらえていた。私は歌舞伎はほとんど見ないがきっとそうだろう。大見えを切れるとはこういうことを言うのではないだろうか。他の歌手は知らない人ばかりだが悪くはないと思う。

ただ、正直なところ私はヴェルディ初期の愛国物がちょっと苦手でブンチャカチャッチャッというのがみんな同じに聞こえてしまう(笑)。お恥ずかしながら、椿姫、トロヴァトーレ、リゴレットなど中期以降の作品しか守備範囲に入っていないのだ。ナブッコという作品も良く分かっていないのだが、一度ちゃんと勉強してみよう。

youtubeには前年の1991年でオーレン指揮、ディミトローバ共演とされる映像もアップされているがこれは会場の盗み撮りかもしれない。

あらすじは下記サイトを参照されたい。
http://www.geocities.jp/wakaru_opera/nabucco.html
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8A%E3%83%96%E3%83%83%E3%82%B3
http://www.geocities.co.jp/Hollywood-Miyuki/3174/nabucco.html

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 ホセ・カレーラス(:シェニエ)
 エヴァ・マルトン(:マッダレーナ)
 ピエロ・カプッチッリ(:ジェラール)、他
 ミラノ・スカラ座管弦楽団&合唱団
 リッカルド・シャイー(指揮)
 演出:ランベルト・プッジェリ
 美術:パオロ・ブレーニ
 衣装:ルイジ・スピナデッリ
 収録:1985年7月9日 ミラノ・スカラ座
http://www.youtube.com/results?search_type=&search_query=chenier+scala+1985&aq=f


助六さんが面白い情報を寄せてくださったので記事にそのまま転機させて頂こう。カレーラスは自伝に以下のように書いているそうだ。

「共演者同士の共振が聴衆を感動させ劇場を興奮の坩堝に巻き込むような理想的状況はめったに起こるものではない。78年「運命の力」スカラ上演でのアルヴァーロで、私はこうした至上の瞬間を経験した。カップッチッリは敵役として望む限り最高の歌い手だった。全てが私が望む通りに、望む瞬間に湧き出し、彼の歌う全てのフレーズは正しく私が望んだ瞬間に発せられ、私も正確にフレーズを返すことができた。徹頭徹尾正確なキャッチボールが続き、最大の結果を生み出したのだ。アーティストにとって夢のような出来栄えだった。パートナーが次の瞬間に何をしたいか直感的に感じ取ることが出来れば、正確な返唱を行うことが可能になるのだ。その場合全てがあるべき様に自然に進んで行く。歌唱におけるこうした掛け合いは学んだり練習したり出来るものではない。歌手やその晩の雰囲気からひとりでに起こるものだ。奇妙なことだが、こうした共振は恋人役同士より敵役同士での方が容易だ」


演奏者同士のコミュニケーションの良し悪しは聞き手にも伝わってくるということが再確認できた。今回のスカラ座のアンドレア・シェニエも先日の運命の力と同様にカレーラスとカプッチルリの組み合わせで演出はプッジェッリだ。メトでのカルメンやアバドとのヴェルディ「レクィエム」の映像と並んでLD時代から最も長く親しまれてきたカレーラスの映像だ(LDは2枚組みで当初1万円ぐらいしたと記憶している)。このプロダクションのプレミエは82/83年のシーズンでこれは84/85年のシーズンに再演された際の映像だ。プレミエ時のトモワ=シントワがマルトンに変わっているが、LDの解説の解説によるとこの公演はプレミエ時以上に好評だったそうだ。

これも助六さんの情報によるとカレーラスがシェニエを初めて歌ったのは運命の力の翌79年のリセオ(バルセロナ)での公演だったそうだ。助六さんは83年にウイーンでカレーラスのシェニエをお聞きになっているそうだが、その時は小粒でパッとしなかったらしい。しかしこの85年の映像では役を十分に消化してこの役にしてはリリックではあるものの十分説得力のある歌になっていると私は思う。

それにしてもカプッチルリだ。ジェラールはカプッチルリ以外には考えられない。ジェラールは腹に一物持った革命家だが教養人でもあるのだ。下品になったり大げさになったりはせずにスタイリッシュでなくてはならない。カプッチルリはこの曲を日本ではやらなかったので私はリサイタルでアリアを聴いただけだが大変に印象に残る名唱だった。どういう訳かCDでの録音はないが、以前に紹介したドミンゴのDVDとこのDVDにおけるカプッチルリの歌はジェラールの典型的な歌唱として長く歴史に残るだろう。助六さんのご覧になられた83年のウイーンの公演は昔海賊CDで出ていた演奏(マルトン、ザンカナロ)との共演だと思われるが、ひょっとしたらカプッチルリが相手でなかったので本気が出なかったのかも?

カレーラスは共演者を選ぶ類の歌手なのではないかと私は思っているが、マルトンはカバリエ、リッチャレルリ、フレーニと並んでカレーラスとの共演が多かったソプラノだったように思う。カバリエ、リッチャレルリ、フレーニとはタイプが違うが、なぜカレーラスがマルトンとの共演を望んだのかは興味があるところだ。ここでのマルトンは確かに悪くはないが歌も演技もやや強面でまるでトスカか先日紹介したトゥーランドットのようだ。

カレーラスが初役だった79年の公演はユーチューブでも見ることができる。共演はカバリエとポンスだ。
http://www.youtube.com/results?search_type=&search_query=chenier+liceo+1979&aq=f

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寒くなってきましたがいかがお過ごしでしょうか。私は疲れがたまっているのかダウンしてしまいました(涙)。久しぶりの更新です。

http://www.youtube.com/watch?v=xPe1OFddk5s
http://www.youtube.com/watch?v=k5D4jRM1RPc


このディスクはパバロッティのデビュー30周年を記念した1991年のガラコンサートを収めた物。確かLD時代から発売されていた映像だが、カプッチルリが出演していることに最近気がついたので見てみることにした。

カプッチルリのこの時期の映像は意外に少ない。85年のスカラ座でのアンドレア・シェニエ、86年のカラヤンのドン・カルロ以降で正規に発売されている映像は多分これが唯一だろう。ユーチューブでの探してみると86年以降では90年のウイーンでの道化師(トニオ)、同年のスロベニアでの仮面舞踏会(レナート)、同年のバルセロナでのシモン・ボッカネグラの3つはテレビ中継されたようだ。日本では89年のヴェローナのアイーダ東京公演がテレビで放送された。

http://www.youtube.com/results?search_query=cappuccilli+1990

この時期の映像が少ない理由の一つに、スカラ座やメットといった映像が商品化されやすい舞台に立っていないことが挙げられる。86年にムーティがスカラ座の音楽監督になったが、ムーティとのスカラ座での共演はなかったようだ。87年にクライバーがゼフィレッリのオテロを再演した際、ブルゾンがクライバーから声が小さいと言われて初日で降りるという事件があった。この時はコベンドガーデンで歌っていたカプッチルリがキャストを交換する形でイアーゴを歌った。この時期のスカラ座への出演はこの時ぐらいではないだろうか。アバド時代のスカラ座でかなり多くの作品に出演したのとは様変わりだ。

もちろんこれだけの成功を収めた大歌手であれば、もうそんなにアクセク出演する必要はなくなっただろう。しかしカプッチルリが生涯を通じてメットに1度きりしか出演しなかったことも合わせて考えると、カプッチルリは自分の活動範囲を厳しく選ぶ歌手だったのではないかと思える。

メットに唯一出演した60年の椿姫で何があったのかぜひ知りたいところだが、シカゴに客演したことは何度かあるようなので、メットを避けていたのは間違いない。アメリカではカプッチルリはゴッビやバスティアニーニに続く偉大なバリトンとは認識されていないそうで残念だ。

カプッチルリのように声量のある歌手は本来はメットに向いている。1983年のメットのドン・カルロはフレー二、ドミンゴ、ギャウロフ、バンブリーと名歌手を揃えているのにキリコのロドリーゴだけがネックになってしまっている。ここにカプッチルリがいればどんなに素晴らしかったかとこのビデオを見る度に思う。
http://www.youtube.com/results?search_type=&search_query=don+carlo+met+1983+levine&aq=f

ムーティとは少なくとも70年代のアイーダや仮面舞踏会の録音で共演しているので、スカラ座での共演がないのは意図的と思わざるを得ない。この時期ウイーンに移ったアバドとは共演を続けているのでカプッチルリは恐らくムーティをアバドやクライバーほど評価していなかったのではないだろうか。

メットでもスカラでも歌わなかったこの時期のカプッチルリが良く訪れたのが、実は日本だ。89年から90年だけで藤原歌劇団のドン・カルロへの客演、ソロリサイタル、ヴェローナのアイーダ、藤原歌劇団のカバレリア/道化師への客演と4度も来日している。このような場に居合わせられた自分は本当に幸せだと思う。これらの公演については別の機会にまとめたい。

というわけでこのディスクは現時点で私が確認しているカプッチルリの最後の映像だ。カプッチルリはどちらかというとドミンゴやカレーラスと共演している印象が強い。パバロッティとの共演は先に紹介したアバドの仮面舞踏会(78年のスカラと86年のウイーン)以外はクライバーのボエーム(79年の初日)とカラヤンのトロバトーレ(ウイーン、DVDの78年の演奏ではなく77年)ぐらいしか思い浮かばない。

単に私が知らないだけかもしれない。しかしパバロッティは80年代以降メットを主な活動の場にしたので、メットに出ないカプッチルリとの共演のチャンスが少なくなっていたのは間違いないだろう。それでもデビュー30周年記念コンサートにはかけつけているのはやはり同郷のよしみか。

カプッチルリはこのディスクではサバティーニとボエームのデュエット、パバロッティと運命の力のデュエット、それからルチアの6重唱を歌っている。そのうちの2曲はユーチューブでも見ることができる。この時期はパバロッティもまだまだ元気だ。長くなったので先日亡くなったこの偉大なテノールについては次回に書くことにする。


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http://www.youtube.com/watch?v=8CWindFtFJo

アンドレア・シェニエに続いてドミンゴとカプッチルリの共演。私はカプッチルリのファンである。実は日本にもカプッチルリのファンクラブが存在し、当時学生の分際で混じらせていただいていた私はオペラやリサイタルで来日する度に会っていたのだ。舞台での貫禄と比べて普段はどちらかというと控えめで穏やかなジェントルマンだった印象がある。千葉の村瀬さんという方が会長を務められていた。偉大な歌手と身近に触れ合える機会を与えて頂いたことに大変感謝しております。

さてこのディスクは1975年のコヴェントガーデンの映像だが、LD時代に映像化権を持っていたパイオニアが日米での発売を見送ってしまい2002年に米国でDVD化されて初めて見られるようになった。もう30年も前の映像だが画質・音質は悪くない。キャスティングは以下の通り。

グスタフ3世(リッカルド):プラシド・ドミンゴ
アメーリア:カーティア・リッチャレルリ
アンカーストレーム伯爵(レナート):カプッチルリ
オスカル:レリ・グリスト
女占い師アルヴィドソン(ウルリカ):エリザベス・ベインブリッジ
シルヴァーノ:ウィリアム・エルウィン
サミュエル:グウィン・ハウエル
トム:ポール・ハドソン
裁判官:フランシス・エジャートン
アメーリアの召使:ジョン・カー
指揮:クラウディオ・アバド
装置:ユルゲン・ローゼ
演出:オットー・シェンク

アバド・ドミンゴ・カプッチルリのトリオはスカラ座の舞台で1970年のドン・カルロ、1972年のシモン・ボッカネグラやアイーダなど共演を重ねてきただけに息もピッタリ。ムーティがこの上演の直後にアメリアをアーロヨにウルリカをコソットに入れ替えた以外はほぼ同じキャストでレコードを録音したが、このディスクの方が出来が良いのはそのためだろう。ムーティはこの前年にアイーダも主役をカバリエに替えた以外ほとんどアバドと同じキャスティングで録音しているが人まねは感心しない。キャスティングもプロダクションの一部だ。

おかげでアバドは仮面舞踏会のレコード録音ではドミンゴとリッチャレルリ以外は別のキャストに替えざるを得なかったが、オブラスツオワのウルリカとグルベローバのオスカルはともかく、レナートがブルゾンに替わってしまったのは痛い。アバドは舞台ではこの後1978年にスカラ座で、1986年にウイーンでも仮面舞踏会を取り上げているが、レナートは常にカプッチルリだったからだ。ブルゾンも良い歌い手だが、ヴェルディにはもう少し芯のある声が必要だと思う。

カプッチルリのレナートがすでにこの段階で完成の域に達していることは有名なアリア一つとっても分かる。この役は前回のジェラールや、ロドリーゴ(ドン・カルロ)、ルーナ(トロバトーレ)、シモン・ボッカネグラと並んで絶対にカプッチルリで聞きたい役の一つだ。

ドミンゴのリッカルドも許されない愛に悩む若者と寛大な王の貫禄の両方表現して素晴らしい。ドミンゴ十八番のレパートリーの一つであり、その後1989年にカラヤンとも録音、翌年のショルティとの映像もある。1993年のメットの来日公演では私も生で見ることができた。ところが興味深いことにアバドは1978年のスカラ座と1986年のウイーンではパバロッティを起用している。メットの仮面舞踏会の映像も1980年のものと、来日公演と同じプロダクションの1991年のものの2種類があるがリッカルドはいずれもパバロッティが歌っている。

パバロッティはヴェルディの役の中では比較的早い段階でリッカルドをレパートリーにした。明るい声が楽天的な若い王のキャラクターに合っていることもあって、パバロッティのヴェルディとしてはマントヴァ公爵(リゴレット)やマンリーコ(トロバトーレ)に次いで最も成功した役だろう。ドミンゴはマントヴァやマンリーコはそれほど歌わなかったので、ヴェルディのオペラでドミンゴとパバロッティが最も激しく競合した役はリッカルドだと言えそうだ。

このディスクの映像とスカラ座の映像がユーチューブにたくさんアップされているのでカプッチルリの至芸とドミンゴとパバロッティの聞き比べを味わってみてほしい。ウイーンの映像も見つけたがこの二重唱ではカプッチルリは写っていないのが残念だ。

1975年コヴェントガーデン(このディスクの映像)
http://www.youtube.com/results?search_query=abbado+ballo+1975

1978年スカラ座
リッカルド:パバロッティ
アメーリア:ザンピエリ
レナート:カプッチルリ
ウルリカ:オブラスツオワ
http://www.youtube.com/results?search_query=abbado+ballo+scala

1986年ウイーン
リッカルド:パバロッティ
アメーリア:レヒナー
http://www.youtube.com/watch?v=cC8rM26Dn54

スカラ座での演奏はぜひ正規盤で見てみたい。70年代のスカラ座の映像は正規盤では全く発売されていないが、75年のアバドのマクベス、76年のクライバーのオテロ、77年のアバドのドン・カルロとシモン・ボッカネグラ、78年のアバドの仮面舞踏会とパターネの運命の力、79年のクライバーのボエーム、いずれも映像が残されているはずだ。しかもこのすべての上演にカプッチルリが参加しているというのも驚きだ。(ドン・カルロとボエームはテレビ中継が初日でなかったために残念ながらカプッチルリは写っていない)まさにスカラ座の主役だったと言える。

少なくとも1978年のスカラ座の映像がDVDで出るまでは(あるいは出た後も)このディスクが仮面舞踏会の決定盤だろう。


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