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ソプラノ:ミミ・コルテツ、ヒルデ・ザデク
アルト:イラ・マラニウク, ルクレティア・ウエスト
テノール:ジュゼッペ・ザンピエリ,
バリトン:ヘルマン・プライ,
バス: オットー・エーデルマン,
指揮: ディミトリ・ミトロプーロス
ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団,
ウィーン国立歌劇場合唱団、ウイーン楽友協会合唱団、ウイーン少年合唱団
1960年8月28日ザルツブルグ音楽祭
(orfeo C519992B)
今年はヘルマン・プライの没後10周年だ。フランツさんが連載していらっしゃるプライの初来日以来の日本での公演曲目は今ネットで最も注目すべき情報の一つだと思う。東京文化会館の資料室を訪ねて書き起こされているとのことで、その情熱には頭が下がる。1961年、1971年、1973年の3回の公演曲目がすでに掲載されているが、これを見て気がつくのは毎回マーラーの歌曲を取り上げているということだ。
フランツさんのブログへうまくトラックバックできないのでURLを挙げておく
http://franzpeter.cocolog-nifty.com/taubenpost/2008/03/1973_16fa.html
http://franzpeter.cocolog-nifty.com/taubenpost/2008/02/1971_c740.html
http://franzpeter.cocolog-nifty.com/taubenpost/2008/02/1961_c74d.html
プライがマーラーを好んで取り上げていたというのは少々意外に思われる方もいらっしゃるかもしれない。少なくともF=Dがフルトヴェングラーをして「マーラーの音楽が初めて分かった」と言わしめたほどのお墨付きをもらっているのと比べれて、プライは一般的にはマーラー歌手とは受け止められてはいないだろう。
でも私はプライが実はマーラーが好きなのではないかと思っていた。バーンスタインが1975年にVPOと録画した有名な「千人の交響曲」の映像で、プライは法悦の教父を歌っている。第二部冒頭に短いがとても印象的なソロがあるが、プライの甘美な声はこの役には打ってつけだ。楽譜を持っているが手に下げた状態で見ないで歌っているプライの姿にはこの作品への深い愛情が感じられる。
プライは1970年のハイティンク盤(2006年になってオリジナル4chでSACD化された)と1986年のインバル盤にも参加しており、彼のこの曲への愛着が何に由来するのか気になっていたが、このCDを聞いてその理由が分かったような気がする。プライのマーラーはミトロプーロス仕込みだったのだ。
この演奏は先日取り上げたカラヤンのばらの騎士と同じ1960年のザルツブルグ音楽祭の公演で、なんとばらの騎士も同じ日に上演されている。この千人はマチネー(記録によれば11時開演)だったのだ。エーデルマンとザンピエリ、それにVPOは昼夜掛け持ちという驚愕のスケジュールだ。
ウイーン国立歌劇場合唱団、ウイーン楽友協会合唱団、ウイーン少年合唱団を総動員するするこの大規模なコンサートが急に決まったとは考えにくい。私はこの年のばらの騎士が空前の成功を収めたのでこの日の公演(最終公演)を急遽追加し、千人はマチネーに繰り上げられたのではないかと推測している。もしこの時の事情をご存知の方がいらしたら教えてください。
千人の交響曲は第一部が聖書に由来するラテン語の賛歌、第二部がドイツ語によるゲーテのファウストからの引用という特殊な作品だが、肯定的な生の賛美になっている点が死の予感にあふれた9番、10番と大きく異なる。壮大だが甘美で天上的な響きが全曲を貫いている。
この作品はマーラーの生前に初演された最後の作品であり、また最大の成功を収めた作品でもある。wikiによると1910年9月にミュンヘンで行われた初演にはウイーン楽友協会合唱団250名が参加し、マーラーの没後1911年の秋から翌春にかけて、第8交響曲はウィーンだけで13回上演されたそうだ。
マーラーの全交響曲中でVPOが最も似合うのはこの曲だと私は思っている。そのVPOの響きにプライの声がなんとマッチすることか。ミトロプーロスがバーンスタインに影響を与えたのは有名な話だが、もしバーンスタインがこの1960年の千人を聞いているとすれば、自身の演奏にVPOとプライを起用することに躊躇しなかったのは当然のことだろう。(バーンスタインは丁度15年後のザルツブルグ音楽祭でこの曲を演奏し、DVDになっているのはその直後にウイーンで演奏したものだ。バーンスタインもプライもさぞや感慨深いものがあったのではないだろうか?)
モノラル・ライブの一発録音であり、演奏の精度も70年代以降のVPOには及ばないのは当然だ。それでもこの演奏は1959年のホーレンシュタインのロンドンでのライブと並んでこの曲の演奏史上にのこる名演だと思う。
“法悦(ほうえつ)の教父”
(上下に漂いながら)
永遠の歓喜の炎、
灼熱なる愛のきずな、
沸きたぎる胸の痛み
泡立つ神への陶酔。
矢よ、わたしをつらぬけ
槍よ、わたしを突き刺せ、
とげのある棒杖よ、わたしを砕け、
雷光の火よ、わたしを焼け
むなしいすべてのものよ
飛び散り失せて、
久遠なる愛の精髄、その星よ
輝き光れ!
PATER ECSTATICUS
(auf- und abschwebend)
Ewiger Wonnebrand
Gl醇・endes Liebeband,
Siedender Schmerz der Brust,
Sch醇Bumende Gotteslust!
Pfeile, durchdringet mich,
Lanzen, bezwinget mich,
Keulen, zerschmettert mich,
Blitze, durchwettert mich!
Da遵m ja das Nichtige
Alles verfl醇・htige,
Gl醇Bnze der Dauerstern,
Ewiger Liebe Kern!
(追記)
プライとエーデルマンはこの演奏の直前の6月のウィーンでカイルベルト指揮ウィーン交響楽団でもこの曲を演奏していることが分かった。しかもその時のテノールは何とヴンダーリヒだ。ヴンダーリヒのマラ8はCD化されたことはないと思うがピッタリだ。全曲ユーチューブにアップされているのを見つけた。ぜひ正規CD化してほしいものだ。
Gustav Mahler: Symphony No.8 in E flat major
Fritz Wunderlich, Doctor Marianus
Melitta Muszely, Magna peccatrix
Gerda Schyrer, Una poeccatrix
Wilma Lipp Mater gloriosa
Hildegard Rössel-Majdan, Mulier Smaritana
Ursula Boese, Maria Aeqyptiaca
Hermann Prey, Pater ecstaticus
Otto Edelmann, Pater profundus
Singverein der Gesellschaft der Musikfreunde Wien
Wiener Symphoniker Joseph Keilberth, conductor
Recorded Live at Musikverein Wien on 19 January 1960
http://www.youtube.com/watch?v=FQFVzjyBHXY&feature=related
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