こだわりクラシック Since 2007

12月までに移行します。コメントも手作業でコピーする予定です。

クライバー

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]

イメージ 1

エーリッヒ・クライバー指揮ベルリン国立歌劇場管弦楽団(1932年)
http://www.youtube.com/watch?v=PiF5glYvfcw

カルロス・クライバー指揮VPO(1992年)
http://www.youtube.com/watch?v=Ndm0H43J1FU

 カルロス・クライバーは70年代から86年までのVPOやACO、バイエルン国立管との演奏はいわゆるフルトヴェングラー型(左から第一バイオリン、第二バイオリン、チェロ、ビオラ、右奥にコントラバス)を採用していたが、今回クライバーの映像を改めて見直してみて、1989年のニューイヤーコンサート以降の映像では第二バイオリンが右でチェロが左の19世紀型両翼(対向)配置(左から第一バイオリン、チェロ、中央奥にコントラバス、ビオラ、第二バイオリン)を採用していることが確認できた。

 トスカニーニ、ワルター、クナッパーツブッシュ、クレンペラーなど戦前の指揮者の多くは19世紀型両翼配置だったが、カルロスが大きな影響を受けた父エーリッヒはどうだったのだろうか気になって調べてみた。下記のサイトによると6つの映像が残されているようで、青きドナウ以外にもユーチューブで2つ映像を見つけることができた。

http://www.thrsw.com/misc_j/2003/06/post_16.html
ヨハン・シュトラウスII世 : 「芸術家の生涯」(ACO)
http://www.youtube.com/watch?v=SLuhvl_8oVA
ベートーヴェン : 交響曲第9番 第4楽章 (リハーサル)(チェコフィル)
http://www.youtube.com/watch?v=Zt_knlbpxyc

 いずれの映像もチェロが右奥だということは容易に判別できるが、左奥にあるのか第二バイオリンなのかビオラなのかはかなり慎重に見ないと判断できない。左奥が第二バイオリンで右にチェロとビオラがいればフルトヴェングラー型だが、左奥がビオラで右にチェロと第二バイオリンであれば19世紀型の古典的両翼配置をチェロを右にビオラを左に変形した形ということになる。

 幸い1932年の映像には「美しく青きドナウ」の出だしで、ホルンの呼びかけにビオラが応える様子がはっきり写っている。左奥がビオラで右手前が第二バイオリンだ。この箇所は第一・第二バイオリンは音を刻んでいるだけなので見間違えるはずはない。
http://imslp.org/wiki/The_Blue_Danube,_Op.314_(Strauss_Jr.,_Johann)

 ACOとチェコフィルの映像の並びをさらに確認してみる必要はあるが、ベルリン国立歌劇場管の時は左から第一バイオリン、ビオラ、奥にコントラバス、チェロ、第二バイオリンの変則型両翼配置だったことは間違えなさそうだ。この並びはフルトヴェングラー型のビオラと第二バイオリンを入れ替えてバイオリンだけを両翼にした形ということもできる。2チャンネルではこれを「ハイブリッド型(折衷型)」と呼んでいるようだが、恐らく19世紀型の古典的な両翼配置とフルトヴェングラー型の折衷という意味だろう。

 実はカルロスもドレスデンでの有名な82年のトリスタンとイゾルデの録音ではこの変則型(ハイブリッド型)両翼配置を採用しており、バイオリンは両翼だがチェロは右だ。最近ではギーレンなどもこの配置を採用している。

 父親の影響が強かったカルロスだが、オケの配置に関してはフルトヴェングラー型、父親に倣ったハイブリッド型両翼配置、19世紀型の古典的な両翼配置と様々な形を試しているのが興味深い。バイエルン(ミュンヘン)以外のドイツの放送オケはストコフスキー型(左から第一バイオリン、第二バイオリン、ビオラ、チェロ、右奥にコントラバス)を採用していることが多く、カルロスもシュトゥッツガルト放送響との映像ではストコフスキー型になっている。

 さて、肝心の演奏だが、エーリッヒの指揮が基本的に縦の打点を基調としているのに対して、カルロスは横振りが基本で、打点をはっきりさせる時は棒を上下に振るのではなく円を描く。指揮のスタイルとしては全く異なることが確認できた。カルロスが敢えて違う方向を目指したのかどうか? 

 カルロスが尊敬したカラヤンも横振りだが、カルロスの指揮は緩急のリズムのつけかた、特に緩→急のわくわくするようなアッチェランドに大きな違いがある。カラヤンはスマートだけどカッコつけたがりなので瞬発的に叩きつけたり、思い切り良くリズムを変化させるのは苦手なのだ。

 音楽に対して切り込んでいく勇気を持ち続けるのは難しい。カラヤンやバーンスタインにも良い演奏はあるが、彼らのように自己陶酔に浸るのはある意味で音楽と戦わずに自己の表現を正当化させようとする行為なのだ。クライバーのすごい点はこれを逃げないで全身全霊で実行した(少なくとも、実行しようとした)点にある。音楽に対する自己犠牲とでも言うべきだろうか。

イメージ 1

モーツァルト:交響曲 第36番 ハ長調 K.425《リンツ》
ブラームス:交響曲 第2番 ニ長調 作品73
1991年10月

クライバーのニュー・イヤー・コンサート(1992年)
「歌劇“ウィンザーの陽気な女房たち”序曲」   ニコライ作曲
「ポルカ“都会と田舎”」      ヨハン・シュトラウス作曲
「オーストリアの村つばめ」                 
「かじやのポルカ」        ヨーゼフ・シュトラウス作曲
「ポルカ“観光列車”」                   
「喜歌劇“ジプシー男爵”序曲」               
「ワルツ“千一夜物語”」                  
「新ピチカート・ポルカ」                  
「ペルシャ行進曲」                     
「トリッチ・トラッチ・ポルカ」   ヨハン・シュトラウス作曲
「ワルツ“天体の音楽”」     ヨーゼフ・シュトラウス作曲
「ポルカ“雷鳴と電光”」      ヨハン・シュトラウス作曲
「ポルカ“騎手”」        ヨーゼフ・シュトラウス作曲
「ワルツ“美しく青きドナウ」    ヨハン・シュトラウス作曲
「ラデツキー行進曲」       ヨハン・シュトラウス父作曲
1992年1月

ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
指揮:カルロス・クライバー

NHKBSプレミアムが先週に続いてクライバー特集を放送する。いずれもLD時代から有名な演奏ではあるが、今回の放送はハイビジョン版なので注目だ。DVDで出ている映像は標準解像度のカメラによる映像を編集したものだが、今回の映像は当時衛星放送で放送された映像だと思われる。私はLDの映像の画質にがっかりして当時のSVHSのテープを大事に保存していた。デジタルハイビジョンで放送されるのは今回が初めてだと思う。DVDを持っている人も必見だ。「かじやのポルカ」も入った完全全曲版だ。

91年のコンサートの映像もオリジナルのフィルムから新たにハイビジョンでリマスターし直したもので大幅に画質が向上している。クライバーが晩年(87年以降?)のコンサートで採用するようになった19世紀型の両翼(対向)配置(左から第一バイオリン、チェロ、舞台奥にコントラバス、ビオラ、第二バイオリン)で並ぶオケを鮮明な画質で確認することができる。

イメージ 1

Puccini : La Bohéme - complete
Mimi : Mirella Freni
Rodolfo : Peter Dvorsky
Marcello : Lorenzo Saccomani
Musseta : Margherita Guglielmi
Schaunard : Antonio Salvadori
Colline : Paolo Washington
Parpignol : Saverio Porzano
Benoit : Claudio Giombi
Alcindore : Alfredo Giacomotti
Sergente dei Doganieri : Giuseppe Morresi
Un Doganiere : Giuseppe Morresi
Un Venditore : Carlo Meliciani
Chorus Master : Romano Gandolfi
La Scala Milan Orchestra & Chorus
15 September , 1981 ; live in Tokyo

http://www.youtube.com/results?search_query=kleiber+boheme+1981

ゼフィレッリ演出のスカラ座のボエームはカラヤンがフレーニを起用して1963年に初演した後は他の指揮者も振るようになり、1974年にプレートルが指揮した際は急病のミミ(フレーニ?)の代わりにコトルバスが急遽起用されて大成功を収めた。それ以降スカラ座のミミはコトルバスが歌うことが多くなったようでクライバーも1979年3月のスカラ座と11月のコヴェントガーデンではコトルバスをミミに起用した。クライバーはこの時期ミュンヘンの椿姫でもコトルバスを起用していたのでこれは自然なことだ。

しかし1981年にコトルバスは来日しなかった。たまたま他の仕事が入っていただけかもしれないが、クライバーとコトルバスの共演はクライバーが日本から帰国した直後、同年12月のミュンヘンでの椿姫とボエームが最後になったようだ。最近日本語版が出版されたクライバーの伝記にもその理由は書いていないので事情は良くわからない。

逆に、70年代にフレーニが「クライバーのミミ」を歌ったのは78年にミュンヘンの1回だけだったが(共演はパヴァロッティで、クライバーにとって69年のシュトゥッツガルト以来9年ぶりのボエームだった)、来日公演の予行を兼ねた1981年3月のスカラ座公演を境に、83、84年のミュンヘン、85年のウィーン、88年のメット、スカラ座(来日公演)、いずれの公演でもミミを歌ったのはフレーニだ。
http://www.thrsw.com/cklist/la_bohme/

フレーニは70年代半ば以降デズデモナ(オテロ)やエリザベッタ(ドン・カルロ)、アイーダと重たい役を歌うようになり、ミミを歌う機会は減っていたように思う(もちろんカラヤンが指揮した77年のウィーンのボエーム(共演はカレーラス)など重要な公演には出ているが)。しかしスカラ座の81年の公演以降また頻繁に歌うようになる。

81年の来日公演はクライバーのボエーム、オテロ(いずれもゼフィレッリ演出)とアバドのシモン・ボッカネグラ(ストレーレル演出)、セヴィリアの理髪師(ポネル演出)の4演目で、当初フレーニはセヴィリア以外の3演目の出演が予定されていた。セヴィリア以外はいずれもフレーニがオリジナルキャストのプロダクションだが、結局シモンとボエームの2演目に出演し、ドミンゴのオテロには出演しなかった。

有名歌手を各演目に割り振りたい主催者側の意向があったのはもちろんだろうが、(私の勝手な想像だが)オテロをキャンセルしてでも「クライバーのミミ」を歌いたいと希望したのはフレーニ自身だったのではないだろうか? この演奏からは「私は一生ミミ」というフレーニの決意のようなものが感じられる。

ちなみに、この時フレー二がデズデモナを歌わなかったのでフレーニ+ドミンゴの舞台は日本では実現しなかったと思う。フレーニ+パヴァロッティもなかったので1998年のボローニャ歌劇場の来日でフレーニ+カレーラスのフェドーラを見ることができたのは大変に幸運だ。

一方、クライバーの伝記によると、ドヴォルスキーがクライバーと初めて共演したのは1979年3〜4月のスカラ座のボエームの8回目(最後)の公演で、パヴァロッティの代役として上演1時間前に呼ばれたそうだ。代役は当初カレーラスの予定だったそうだが、結局調整がつかずカレーラスとクライバーの共演は実現しなかったようだ。パヴァロッティはドヴォルスキーを自分の後継者として高く評価していたようなのでこの急遽代役はパヴァロッティの推薦だった可能性もある。(上記リンクのサイトにはパヴァロッティが6回歌ったことしか書いてないのだが、伝記でドヴォルスキーが証言しているのだから8回の公演があったのは事実なのだろう。追加公演が2回あったということか?)

ドヴォルスキーは来日公演直後の12月にも、ミュンヘンでクライバーとコトルバスが椿姫を3回の予定で上演していた際に、2回目の公演途中でアラガルが急病になったため3回目の公演のために代役として呼ばれた。しかもこの時は、クライバーが「僕は椿姫が好きだがボエームも素敵だ」と言って公演前日に演目が椿姫からボエームに変更されるという珍事が起きたそうだ。

来日公演のボエームがよっぽど楽しかったのか、フレーニのミミとコトルバスのミミを比べたくなったのか、それとも代役に呼んだドヴォルスキーに気を遣ったのか、理由は分からないがクライバーならではのエピソードだ。それまでミュンヘンでは1978年に1度振っただけだったのに、パルピニョールや児童合唱などをそんなに急に準備できるのだろうか? いずれにしてもドヴォルスキーはその後も1984年のフィレンツェでの椿姫などでクライバーと共演しているので(主役はガスディア)、クライバーの信頼を得たことだけは間違いないだろう。

ドヴォルスキーによるとこの来日公演中クライバーは上機嫌で、ドヴォルスキーの誕生パーティにもプレゼントを持って参加したそうだ。私が見た88年のボエームの再演もドヴォルスキーだが、伝記によると「あなたが本当に欲したのはパバロッティでは?」との問いに対してクライバーは「全然」と答えたそうだ。クライバーにとってドミンゴ、パバロッティに続く第三のテノールはドヴォルスキーだったのではないだろうか。

クライバーがボエームを振ったのは88年の来日公演が最後になった。90年にメットとロンドンで振ったオテロはリッチャレルリがデズデモナを歌ったのでフレーニとクライバーが共演したのも88年の来日公演が最後のようだ。私は本当にギリギリ間に合って幸運だ。(当時はまだチケットを店頭で売っていたので京橋の路上で発売前日から夜通し並んだことを良く覚えている。20人ぐらいはいただろうか。近くの交番の警官が時々に見回りに来てくれた)

81年の来日公演は私はテレビで見ただけだが、これは私の運命を変えた記念碑的な演奏だ。あれがもう30年も前のこととは、何と表現して良いのか。あれは1978年から88年の10年だけ地上に存在した奇跡だったのだ。私はただただ感謝することにしよう。スカラ座来日30周年記念でぜひDVD化を期待したい。

イメージ 1

Mozart: Symphony No.36 "Linz"
Brahms: Symphony No.2
クライバー指揮バイエルン国立管
Teatro Grande, Pompei
(1987年9月20日)
http://www.youtube.com/watch?v=VwdnmXmHueU

ユーチューブでクライバーの1987年のモーツァルトのリンツとブラームス交響曲第二番の映像を見つけた。同じプログラムによる1992年のウィーンのDVDとは別映像でバイエルン国立管弦楽団とのイタリア・ポンペイでのライブだ。1986年の日本公演の翌年ということになる。両者が十分この曲の演奏を重ねた時期になるだろうか。90年代のクライバーの指揮は心なしかナーバスな雰囲気が感じられるのに対して伸びやかな指揮のように感じられる。むしろ1988年のウィーンの青盤に近い演奏だ。ぜひ正規映像で見てみたいものだ。

編成は木管のみ倍管にしている。かなり大きな演奏会場(テアトログランデという野外劇場)なので妥当なところだろう。

(追記)
 この演奏の前年1986年の日本公演ではビオラが左のフルトヴェングラー型の配置だったが、この公演は19世紀型の古典的両翼(対向)配置に変わっていることに気がついた。左から第一バイオリン、チェロ、舞台奥にコントラバス、ビオラ、第二バイオリンという順番だ。日本でもFMで放送された1988年のウィーンでのブラームスの2番もチェロが左から聞こえるし、1989年や1992年のウィーンでのニューイヤーコンサートの映像や、1996年のミュンヘンでのブラームスの4番の映像もこの並びになっている。クライバーは1987年から古典的両翼配置の支持者になったようだ。

 トスカニーニ、クナッパーツブッシュ、クレンペラーなどフルトヴェングラーとストコフスキー以外の戦前のほとんどの指揮者は両翼配置を採用していた。しかし戦後はストコフスキー型を採用する指揮者が多くなり、70年代はじめにクレンペラーが引退した後で両翼配置を採用していた指揮者はボールト、ムラヴィンスキー、クーベリックなど極めて一部の指揮者に限られていた。

 クライバーはドレスデンにおける82年のトリスタンとイゾルデの録音では両翼配置(ただしビオラが左奥でチェロが右奥のハイブリッド型)を採用していたが、70年代〜86年のコンサートはいずれもフルトヴェングラー型を採用していた。クライバーがこの87年のコンサートから両翼配置(チェロが左奥でビオラが右奥の古典的両翼配置)を採用したことが、今日の劇的な両翼配置復活のきっかけになったと考えていいだろう。クライバーは先見性のある指揮者だったと改めて思う。

イメージ 1

イメージ 2

クライバー/VPO
DVDは1991年10月6〜7日
http://www.youtube.com/watch?v=QfUTaauSPjA
CDは88年3月20日


 倍管の話をもう少し続けよう。Wikiの記述なので正確な情報ではないかもしれないが、「音響学的には全く同じ楽器が同じ音量・音色・奏法・音高などで同時に吹いた場合、音量は約1.5%しか大きくならない」といわれているそうだ。「100デシベルで2人の奏者が全く同時に同じように奏した場合、全体の音量は約101.5デシベルにしかならない」とも書いてある。デシベルの世界では10デシベル上がると音量は3倍になるので+1.5デシベルというのはわずかな増加にすぎない。つまり音量を上げるために倍管にして同じ旋律をダブらせるというのは非常に非効率な方法だということで、むしろ音の濁りが発生する危険性をデメリットとして認識する必要がありそうだ。

 倍管にすることで音量が倍になるわけではないということは恐らく指揮者は現場で経験的に分かっているはずだが、それにも関わらず倍管という行為は本当にそれほど一般的に行われているのか、いくつかの映像をチェックしてみた。なお、これらの演奏は実際は倍管を部分的に採用している(例えば終楽章のみ金管倍管にしている)可能性もあるが、全ての楽章で全ての楽器が映っているとは限らないので、どこかで映っていればそういう編成を採用していると判断した。

 その結果、カラヤン/VPOの1959年のブラームス(交響曲第1番と第4番)は木管・金管倍管、ベーム/ウィーン響の1967年のベートーベン(ピアノ協奏曲第四番)は倍管なしの純粋な2管編成、ベーム/VPOの1970年のブラームス(交響曲第二番)は木管のみ倍管、同じ組み合わせの1973年のシューベルト(交響曲第9番)は木管・金管倍管、カラヤンのBPOとVPOとの70年代〜80年代の映像はいずれも木管・金管倍管、クライバー/VPOの1991年のブラームス(交響曲第2番)は木管のみ倍管、クライバー/バイエルン国立管の1996年のブラームス(交響曲第4番)も木管のみ倍管編成だった。

 現代のオーケストラ演奏において少なくとも木管倍管編成は概ね普通だと言うことができそうだ。カラヤンが金管倍管を採用したのはもっと後の70年代ぐらいからではないかと私は予想していたのだが、ウイーンの総監督を務めていた1950年代当時から木管・金管倍管だったのは少々意外だ。ベームのシューベルトも意外なことに金管倍管だったので、もしかしたらVPOはカラヤンがウィーンの総監督になる以前から金管倍管を採用していた可能性もある。

 カラヤンはビオラの右翼配置などオーケストラ配置については割とフルトヴェングラー式を踏襲しているので(それによって正当な後継者たらんとしたのかも?)、金管倍管という編成は実はフルトヴェングラーが元祖なのではないかと私は疑っている。フルトヴェングラーが1943年にBPOを振ったマイスタージンガーの前奏曲はトランペットが6本?(3管編成の金管倍管?)並んでいるように見えるが画質が悪いのでトロンボーンと見間違えているかもしれない。それにこの映像は特別演奏会だった可能性もあるのでフルトヴェングラーやVPO、BPOが普段から金管倍管編成を採用していたかどうかについては古い映像をもう少し詳しく調べてみる必要があるだろう。

 今回主にブラームスの交響曲の映像を中心に編成をチェックしてみたのは理由がある。ブラームスは交響曲の第一番と第四番でベートーベンの第5交響曲にならって第四楽章でのみトロンボーンを加えるなど金管を控えめにしたオーケストレーションを意識しているからだ。ブラームスをロマン派に位置付けるのは後世の人間の勝手な解釈であり、本人はベートーベンに連なる交響曲を書いているつもりなのだからあまりロマン派的な大編成で演奏するのもどうかと思う。

 例えばブラームスの交響曲第一番の初演時は弦楽が10-8-4-4-4の2管編成という室内オーケストラのような編成だったそうだ。現代のオケとは編成がまるで違うので、管楽器を増やすべきか2管編成のままで演奏するべきか一概にどちらが正しいとは言えないだろうが、木管のみの倍管にするとか、仮に金管倍管を採用するにしても終楽章のみにするなどといった控えめな編成が望ましいと私は思う。

 さて、このDVDはクライバーが91年のVPO特別演奏会を振った際のものだ。映像収録用の特別演奏会だった。CDの方は88年のVPO定期演奏会のものでFMでも放送された。私は直接聞けなかったが、クライバーは86年のバイエルン放送響との来日公演でもこの曲を振っている。聞いた人によるとベートーベンの4番7番は圧倒的に素晴らしかったがブラームスの2番はちょっと粗っぽい演奏だったそうだ。

 88年の定期演奏会でも確かにやや荒削りな部分は残っているがクライバーらしい緩急のついたスリリングな2番で、従来のこの曲の穏やかでのんびりしたイメージとはちょっと違うかもしれないが大変面白い演奏だ。91年の特別演奏会は88年の定期演奏会の好評を受けたものだ。音楽としての完成度は上がったが、テンポはやや遅くなりおとなしくなった気もする。88年の勢いのある演奏も捨てがたい。

(追記)
 クライバーは87年頃から両翼ヴァイオリン、左チェロ、右ビオラの19世紀型両翼配置を採用するようになった。この88年の録音も91年の映像もチェロが左になっている。89年と92年のニューイヤーコンサートの映像も同様だ。管の編成だけでなく弦の配置にも注目してみてほしい。

全2ページ

[1] [2]

[ 次のページ ]


.
検索 検索
たか改め「みんなのまーちゃん」
たか改め「みんなのまーちゃん」
男性 / O型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

過去の記事一覧

友だち(5)
  • サヴァリッシュ
  • 恵
  • ミキ
  • noriko
  • maskball2002
友だち一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト≪さとふる≫
実質2000円で好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!
数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事