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12月までに移行します。コメントも手作業でコピーする予定です。

カラヤン

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 ようやく500記事を達成しました。400記事目は2012年6月なので2年5カ月もかかりました。また、この年月はほぼそのまま私の闘病の歴史でもあります。何ヶ月もパソコンに向かえない期間が何度もありました(その期間を除けば1年数ヶ月で100記事を書いたことになるので、私にとってはほぼ通常のペースだったことになります)。

 このブログを通じて皆様と音楽について考えることは私の生き甲斐です。また、このブログを書ける状態にあることが私の心身の健康のバロメーターです。この記事を読んで下さる皆様、コメントを下さる皆様の一人一人に感謝申し上げます。600記事がいつになるかは全く想像できませんが、私の気力と体力の及ぶ限り続けていきたいと思っています。

 500記事目に取り上げるのは私の大好きなこのディスクです。

・リヒャルト・シュトラウス:アルプス交響曲 作品64

 デイヴィッド・ベル(オルガン)
 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
 指揮:ヘルベルト・フォン・カラヤン
 録音:1980年12月、ベルリン

 この曲に関してはプレヴィンもマゼールもケンペもこのカラヤン盤には及ばない。ベルリンフィルが奏でる硬質にして輝かしいサウンドは同時期に録音されたパルジファル、惑星、ショスタコーヴィチの10番と並んでカラヤン時代の有終の美を飾るにふさわしい。

 この演奏の素晴らしさについては各方面で語り尽くされているが、私なりの意見を述べると、最大の特徴は次の場面に移る際の「ためらいのなさ」にあるのではないか。この曲は22ものシーンに分かれるが、他の演奏は多かれ少なかれシーンが変わる際にモサっとというかボテっとなりがちだ。しかし、この演奏はまるで映画のシーンのようにスパッと確信をもって、かつスムーズにストーリーが展開する。まるでカラヤンが好きだったスポーツカーかジェット飛行機に乗ってスムーズに加速しながらアルプスを旅行しているかのようである。

 ネガティブな評価にはオケの音が硬いという声も一部ではある。初出時は確かに初期のデジタル録音特有の音の余裕のなさが感じられた(特に弦楽器)。しかしオリジナル・イメージ・ビット・プロセッシング(OIBP)によりリマスター(というよりこのディスクの場合はリミックス)された音源ではこの問題はほぼ解決されていると私は思う。レコード会社がリマスター時に音質を変更することに対しては、ツィメルマンのように異議を唱える演奏家がいることも承知している。しかしこの曲の場合は結果が良いので良しとすることにしよう。

 これを超える演奏はなかなか想像がつかない。

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・チャイコフスキー:ピアノ協奏曲第1番変ロ短調 op.23
 監督:エイケ・ファルク
 製作:1967年

・ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番ハ短調op.18
 映像監督:ヘルベルト・フォン・カラヤン
 制作:1973年9月(ライブ)

 アレクシス・ワイセンベルク(ピアノ)
 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
 ヘルベルト・フォン・カラヤン(指揮)
https://www.youtube.com/results?search_query=karajan+weissenberg


 いずれもLD時代から有名な映像だ。ラフマニノフは以前記事に書いたこともあるが、今回ハイビジョン化された(画面サイズは4対3のまま)デジタルリマスター版をクラシカジャパンで見て、従来と印象が随分変わった点もあるので改めて記事にすることにした。

 カラヤンのコンサート映像には、1.客席に聴衆を入れずに撮影し自由な映像表現を追求した作品と、客席に聴衆を入れたコンサートライブ風の作品の2通りがある。さらに厳密に言うと、コンサートライブ風の映像には、2.事前に収録された演奏音源に合わせて指揮者とオケが演技している作品と、3.音声とカラヤンの映像は基本的にライブで収録して後から収録した楽器のアップ映像を挿入した作品がある。1と2は実質はスタジオ録音なので聴衆ノイズや演奏ミスはないが、3は基本的にライブなので演奏ミスや楽章間で聴衆が咳をする音もそのまま収録されている。マイクが映像に映り込んでいることもある。

 このチャイコフスキーの映像は1の聴衆を入れずに自由な映像表現を追求した作品であり、ラフマニノフの映像は3の基本的な部分はライブで収録した映像と音声に、ピアノなどのアップ映像を後から撮影して挿入したものだ。いずれも今回のデジタルリマスターによりフィルムの経年劣化による画面ノイズはきれいに取り除かれ、キレのある映像に蘇った。

 チャイコフスキーの方はファルク監督によるもので、ピアノがコンサートホールの中を移動する驚きの映像だ。この作品は一般には初期の実験的作品として芸術性は低く扱われることが多かったが、今回のリマスター版を見て実はなかなか面白い映像だと考えを改めるに至った。音楽を可視化する一つのアプローチとして参考になる部分はある。ピアノを上から撮った映像などはラフマニノフの方の撮影や、カラヤン以外の映像作品にも影響を与えているのではないだろうか。演奏もワイセンベルクのピアノはいくつもあるカラヤンの同曲の演奏の中で最もオケと同質化した演奏でやはり一聴に値する。

 一方ラフマニノフの方はカラヤン自身が撮影した映像で3の基本的にライブで収録された映像だ。今回音質も一新されてピアノの音がきれいになっため、意外に粗い演奏だということもはっきり聞こえるようになった。特に第三楽章フィナーレ459小節から465小節は全然でたらめになっていることに初めて気がついた。ワイセンベルクは先の466小節と勘違いしたようだ。LDのモコとした音ではオケの音に隠れて余り目立たなかった部分だ。
(下記IMSLPの111ページを参照)
http://petrucci.mus.auth.gr/imglnks/usimg/8/85/IMSLP03631-Rachmaninov-Op18fs.pdf

 カラヤンはピアノのすぐそばで聴いているのでこのミスタッチに気がついていないはずがないのだが、これでOKを出してしまうカラヤンも不思議だ。ここだけ撮りなおして差し替えることは難しくなかったと思うのだが。

 いずれの作品も画質が素晴らしいのは特筆ものだ。同時期のベームやバーンスタインの映像が暗くてボケ気味なのと比較すると雲泥の差だ。カラヤンは映像の専門家であるファルク監督やクルーゾー監督から映画撮影のノウハウを吸収したのではないだろうか。正直なところカラヤンが80年代にビデオで収録した映像よりも70年代にフィルムで収録した映像の方が高画質だ。映っているカラヤンが若いことに気がつかなければこちらの方が新しい映像だと思うだろう。

 なお余談になるが、撮影時にカラヤンが普段より高い指揮台を使って自分の姿がよく見えるようにしていたことが上記の写真で分かって面白い。

 (追記)
 カラヤンは1959年の来日公演の映像でも高い指揮台を使っており、日本でのカメラテストの結果高い指揮台を使うことにしたようだ。

イメージ 1

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(2014年9月にクラシカジャパンが映像、音声ともにデジタル処理で大幅に改善した素晴らしいニューリマスター版を放送したので末尾に追記した)

今年は馬年です。飛躍の年です。人間万事塞翁が馬(じんかんばんじさいおうがうま:幸福や不幸は予想のしようがないこと)とも言います。良い年になるよう辛かったことも肥やしにして精一杯頑張ります。

・R.シュトラウス:楽劇『ばらの騎士』Op.59
 元帥夫人:エリザーベト・シュワルツコップ(S)
 オクタヴィアン:セーナ・ユリナッチ(S)
 ゾフィー:アンネリーゼ・ローテンベルガー(S)
 オックス男爵:オットー・エーデルマン(Bs)
 ファーニナル:エーリッヒ・クンツ(Br)
 歌手:ジュゼッペ・ザンピエーリ(T)
 マリアンネ:ユーディト・ヘルヴィヒ(S)
 ヴァルツァッキ:レナート・エルコラーニ(T)
 アンニーナ:ヒルデ・レッセル=マイダン(A)
 警部:アロイス・ペルネルストルファー(Bs)
 侯爵家の家令:エーリヒ・マイクート(T)
 ファーニナル家の家令:ジークフリート・ルドルフ・フレーゼ(T)
 公証人:ヨーゼフ・クナップ(Br)
 料理屋の主人:フリッツ・シュパールバウアー(T)
 調理師:ハンス・クレス(T)
 帽子売り:メアリー・リチャーズ(S)
 動物売り:クルト・エクヴィルツ(T)
 楽師たち: ザルツブルク・モーツァルテウム管弦楽団員
 ウィーン国立歌劇場バレエ団
 ウィーン国立歌劇場合唱団

 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
 指揮:ヘルベルト・フォン・カラヤン
 収録:1960年8月、ザルツブルク祝祭大劇場
 演出:ルドルフ・ハルトマン
 装置:テオ・オットー
http://www.youtube.com/watch?v=HAw4iDDWby8

 今年はR.シュトラウス生誕150年でありカラヤン没後25年でもある。カラヤンとシュヴァルツコップの映画「ばらの騎士」が本来はデラ=カーザを主役に制作された舞台だったのは大変ショックではあるが、しかしその事実が日本で広く知られるようになったのは映画が公開されて何十年も経ってからであり、この映画が飛び抜けて素晴らしい出来映えであることには何の変わりもない。

 舞台裏でのバタバタを感じさせない完璧な仕上がりはどのように実現したのかと思っていたが、どうやら「映画はシュヴァルツコップで」というのはカラヤンサイドでは半年以上前に決まっていたようなのだ。シュヴァルツコップが元帥夫人をウィーンで初めて歌ったのはこの年の1月で(指揮はワルベルク)、しかもその公演の主役4人はこの映画と全く一緒なのだ。これは映画の撮影に向けた予行演習だったと考えて間違いないだろう。この年シュヴァルツコップがザルツブルグで元帥夫人を歌ったのは8月6日の1回だが、このキャストでの映画化は事前に周到に計画されていたようだ。

 M.F.さんに教えて頂いたウィーンの出演記録によると、シュヴァルツコップがウィーンで歌った20回の元帥夫人は1960年1月から1965年2月の5年間に集中している(シュヴァルツコップがザルツブルグで元帥夫人を歌っていた期間とほぼ一致する)。
http://db-staatsoper.die-antwort.eu/search/person/2628

 これはデラ=カーザがウィーンで歌った43回もの元帥夫人が1955年12月から1973年10月の実に18年に渡るのとは大変対照的だ。「ウィーンの元帥夫人」としてはデラ=カーザの方がシュヴァルツコップより4年も先輩であり回数も多いのだ。
http://db-staatsoper.die-antwort.eu/search/person/641

 しかしザルツブルグの予行演習らしきデラ=カーザの公演日は残念ながら見あたらない。デラ=カーザとエーデルマン、ユリナッチの3人が出演した公演が5回あるが、この3人の組み合わせは1957年5月4日にすでに実現しているので(指揮はベーム)、1960年のザルツブルグでの公演とは関係ないと思われる。
http://db-staatsoper.die-antwort.eu/search/person/1357+736+641/work/160

 さらに意外なことにカラヤンがウィーンでばらの騎士を指揮したのは1962年6月の1回のみだ。しかしカラヤンは1964年までウィーンの総監督だったので、1960年のザルツブルグ音楽祭の開幕に合わせてシュヴァルツコップを元帥夫人としてウィーンに登場させたのはカラヤンだと考えて間違いない。カラヤンはシュヴァルツコップとエーデルマン、ユリナッチによるばらの騎士を1952年にスカラ座でも上演しているが、この3人が揃ってウィーンの舞台に立ったのは6回のばらの騎士だけで、そのうちの3回が1960年の前半に集中している。「ウィーンの名歌手によるばらの騎士」を映画化するにはこの3人でウィーンの舞台に立つ必要があったのだ。
http://db-staatsoper.die-antwort.eu/search/person/736+1357+2628/work/160

 ただ「映画はシュヴァルツコップで」という話が事前にデラ=カーザ側に伝わってしまうとデラ=カーザがザルツブルグ音楽祭の祝祭大劇場こけら落とし公演自体をキャンセルしてしまう可能性もあったため、カラヤンサイドから言い出せないまま映画の撮影が始まってしまったのだろう。デラ=カーザが自分のための舞台なのだから映画も自分が主役と思っていたのは当然で、大変に気の毒な結果になってしまった。

 ウィーンの6月3日の公演(指揮はホルライザー)ではゾフィーがギューデンに替わっているので、この時点で映画のゾフィーをローテンベルガーにするかギューデンにするか判断した可能性もある。ザルツブルグ音楽祭の開幕公演はギューデンが歌ったが、歌に加えて演技力や他の3人とのビジュアル的なバランスも考えて映画ではローテンベルガーが起用されたのだろう。

 助六さんの情報によると1959年頃シュヴァルツコップはこのばらの騎士を巡ってカラヤンとの間にも意志の疎通がうまくいっていなかった(シュヴァルツコップが「元帥夫人に歌わせなかったらザルツブルグ音楽祭の他の公演を全部キャンセルする」と脅したのに対して、カラヤンは「そんなことをしたらウィーンとミラノから閉め出す」と応報したらしい)ようだが、いくつもの思惑のすれ違いを乗り越えて、このような名演が映画として残された奇跡に感謝したい。

 NHKがカラヤン生誕100年の2008年に横長ワイドスクリーンのハイビジョン版を初めて放送したがフィルムの経年劣化による画像のノイズはそのままで、音声はモノラルだった。この演奏は現在ブルーレイ(輸入盤)でも入手可能だがこれもモノラルだそうだ。音声に関しては映像フィルムとは別に残されていたマルチサウンドトラックから新たにステレオリミックスして映像に同期させたDVD盤(現在は廃盤)の方が良かった(このステレオ版の件については2008年3月に別の記事を書いたのでそちらを参照されたい)。
http://blogs.yahoo.co.jp/takatakao123/17561986.html

(追記)
 2014年9月にクラシカジャパンが放送したハイビジョン版はDVD盤同様にステレオリミックス音声を映像に同期させている。しかも映像、音声ともにデジタル処理により大幅に改善している。フィルムの経年劣化による画面上のノイズはきれいに取り除かれ、NHKの放送やDVD盤よりもはるかにクリアな映像と音声でこの名演を楽しめる。音声は特に高音が劇的にクリアになったのでソプラノ3人の対比がより明確に聞き取れるようになった。この映画を最高の状態で見ることができて、ヤマハホールで見たときの感動が蘇って涙が出そうだ。ぜひこの素晴らしいバージョンによる国内盤ブルーレイ化を希望したい。
http://www.classica-jp.com/program/detail.php?classica_id=CITV1401

 なおこの映画の音声に関しては1960年8月6日のザルツブルグ公演のライブ録音とする資料もあるようだが、私はそれには否定的だ。映画のフィルムが丁度入れ替わるカット割りのシーンで演奏がいったん途切れており、明らかに後から映像を合わせることを前提に演奏されているからだ。恐らくライブ上演とは別に映画のサントラ用に収録されたもので、今回リミックスされたマルチトラック音声はその際に残されていた物だろう。

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・ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番ハ短調 op.18
 アレクシス・ワイセンベルク(ピアノ)
 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
 ヘルベルト・フォン・カラヤン(指揮)
 1973年9月、ベルリン、フィルハーモニー
http://www.youtube.com/results?search_query=weissenberg+rachmaninov+concerto+No.2

 ワイセンベルクが今年1月8日にスイスのルガーノで亡くなった。生まれは1929年7月26日(ブルガリアのソフィア)なので享年82歳だ。カラヤンとの共演で知られるほか、親日家でもあり黒柳徹子の徹子の部屋にも出演するなどお茶の間にもおなじみのピアニストだった。しかし長く闘病生活(パーキンソン病と伝えられる)を送っていたそうで90年頃から演奏活動はめっきり少なくなる。1998年には良くない体調を押して来日したものの演奏ツアーはキャンセルされた(オーチャードホールのコンサートは1曲目のシューベルトのピアノソナタ「幻想」の途中で中止されたそうだ)。

 1944年にユダヤ人収容所から奇跡的に脱出した過去を持つワイセンベルクは、カラヤンが戦後共演した数少ないユダヤ系の音楽家でもある。戦後は1945年にイスラエルに亡命した後アメリカに渡り、1946年にジュリアード音楽院に入学、翌年レヴェントリット国際音楽コンクールで優勝した。この時に審査員を務めていたジョージ・セルに認められセル指揮ニューヨーク・フィルとの共演で華々しく楽壇デビューしたものの、1956年以降はフランス国籍を取得してパリで隠遁生活を送っていたようだ。1965年1月にストックホルムで収録したペトルーシュカのテレビ放送が話題になったのがきっかけで1966年11月にパリでリサイタルを開き楽壇に復帰した。

 カラヤンはワイセンベルクのペトルーシュカの演奏を偶然見て気に入り、これがきっかけで1967年にチャイコフスキーの協奏曲で共演、その後十数年に渡る共同作業が始まった。ワイセンベルクは再デビューした当初の60年代にはEMIとRCAに録音していたが、70年代以降はEMI専属になったことも恐らくはカラヤンとEMIのプロデューサーの意向を反映したものだろう。確かに音楽における感覚的な美しさの追求という点でこの2人が多くの共通項を持っていたことは誰しもが認めるだろう。

 このラフマニノフもコテコテにゴージャズで華麗な演奏でロシア的な素朴さや野性味からはほど遠いが、それでもベタな表現には決してなっていないのはカラヤンのオケがあくまでもシンフォニックでスタイリッシュだからだろう。ワイセンベルクの硬質なピアニズムと全盛期のBPOの引き締まったサウンドが素晴らしい相乗効果をあげている。あまりにもシンフォニックでピアノ付き交響曲という感じもしなくもないが、これはこれでこの曲の究極の演奏の一つであり、ワイセンベルク最大の遺産だと思う。目をつむったカラヤンのナルシスティックな映像もベートーベンやブラームスの場合ほどには気にならない。

 この曲はカラヤン唯一のラフマニノフのレパートリーでもあり、カラヤン演奏史によると演奏会で取り上げたのはわずか11回だ。しかもそのうちの5回は戦前で、4回は1953年6月にウィーン響を振ってギーゼキングと共演したものだ。その後1955年1月にトリノでラジオ放送用の演奏会で振って以降、「帝王」になってからはワイセンベルクと1972年に演奏したのが唯一だ。ワイセンベルクと会わなければカラヤンが再度この曲を手がけることはなかっただろう。ラフマニノフはワイセンベルクにとっても主要レパートリーなので当然考えられた組み合わせではあるが、こうやって映像で残されたのは喜ぶべきことだろう。
http://www.geocities.jp/concolor1957/RachmaninovAll.html

 カラヤンとワイセンベルクの最初の共演である1967年のチャイコフスキーの映像は、ワイセンベルクのペトルーシュカの映像と同様にファルク監督による実験的な性格が強いものだ。ペトルーシュカ同様に映像が細かいカット割りで目まぐるしく変化し、おまけにピアノが無人のホールの中を動き回るという驚くべき演出が加えられている。ちょっとやり過ぎの感があり、ファルク監督としてはモノクロのペトルーシュカの方が成功していたと思う。その点、このラフマニノフは別録りされたアップ映像が挿入されてはいるものの演奏会風の映像に一応なっており奇抜な演出はない。映像としての安定感ははるかに上だ。

 カラヤンとワイセンベルクはこの後ベートーヴェンのコンチェルトでも共演し、1977年の来日公演での演奏はテレビやFMでも放送された。
http://www.geocities.jp/concolor1957/Live-in-Japan.html#bpo6

 その後80年代はカラヤンがEMIにあまり録音しなくなったこともあってワイセンベルクとの共演もなくなった。1985年にワイセンベルクがDGに移籍した際、カラヤンとブラームスのピアノ協奏曲第2番を録音すると予告されていたが結局実現しなかった。

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・ショスタコービッチ交響曲第10番
 カラヤン/ベルリンフィル
 (1981)

 マーラーまでの時代は指揮者≒作曲家だったが、指揮者と作曲家の分業が進んだ20世紀において著名な作曲家からお墨付きをもらうのは専業指揮者にとって大変栄誉のあることだった。カラヤンも1969年5月にBPOを引き連れてモスクワを訪問した際にショスタコービッチの交響曲第10番を作曲家の前で演奏しお褒めの言葉をもらっている。

 こうして作曲者と親交を結んだにも関わらず、カラヤンが振ったショスタコービチはこの10番だけで他に5番や7番など向いてそうな作品は一度も振っていない。5番はバーンスタインが1959年にNYPを率いてモスクワで演奏し、先に作曲家のお墨付きをもらってしまったためだろう。7番も米国初演を巡る争いについて先日の記事で書いたが、カラヤンにしてみればトスカニーニやクーセヴィツキー、ストコフスキーの手あかが先についた作品をわざわざ後追いする必要もないだろう。

 BPOの機能美をフルに生かせる作品で、まだ西側ではマイナーだった作品として10番を選んだ選択は正しいと思う。ただし、正直なところカラヤンの10番やバーンスタインの5番をショスタコービッチが本心から称賛していたかどうかは分からないと思う。ショスタコービッチの作品が西側で演奏されることはソヴィエト体制の宣伝という点でも、著作権使用料による外貨獲得という点でも大きな意味を持つので、外交辞令でもいいから称賛するように当局から強要された可能性の方が高いのではないだろうか。が、とにもかくにもカラヤンは10番のお墨付きをもらった。

 カラヤンは10番を1966年と1981年の2回録音しているが、特に後者のデジタル再録音は大変素晴らしい。豊潤でありながら肥大化せず、ダイヤのように内側に向かって光る硬質の引き締まった輝きは20世紀的オーケストラ美学の頂点と言う事ができるだろう。「カラヤンのショスタコは精神性が...」などというコメントを稀に見かけるが、「それがどうかしましたか? 精神性って何ですか?」と言いたくなるくらい圧倒的な完成度だ。

 カラヤンは再録音が大好きだったが、70年代以降の再録音が60年代の録音を上回ったのは交響曲ではこの曲とチャイコフスキーだけだし、掛け値なしに文句なくBPOは最高のオーケストラだと断言できたのはこの1981年までだと思う。この録音は今にして振り返れば先日記事にした惑星と並んでカラヤン/BPOの最後の輝きだったのだ。惑星同様このディスクも発売当時はデジタル初期特有のきつい響きが目立ったがOIBPリマスター化(この曲の場合はリマスターというよりもリミックス)されてバランスが良くなった。

 カラヤンと20世紀の作曲家の関係をもう少し見てみよう。オルフと親交があるカラヤンは「アフロディテの勝利」と「時の終わりの劇」の2曲を初演しているが、録音は「時の終わりの劇」があるだけで、オルフの最高傑作カルミナ・ブラーナは録音していない。これは作曲家自身が監修しオーソライズした演奏がヨッフム盤、サヴァリッシュ盤、アイヒホルン盤とすでにたくさんあったためだろう。

 カラヤンが1953年に初演した「アフロディテの勝利」は録音してもよさそうなものだが、この作品は翌1954年にDGが作曲者監修のヨッフム指揮で初録音してしまった。それでも、ヨッフムがカンタータ三部作のうち「アフロディテの勝利」だけステレオ再録音をしなかったのは、ひょっとしたらカラヤンがDGにステレオで録音するという計画があったのかもしれない。

 カラヤンはR.シュトラウスとも親交があったことになっているが、実際はベームやクラウス、あるいはショルティほど深い親交があった訳ではないので、ベームが初演しベームに献呈されたダフネやクラウスが台本を書いたカプリッチョなどを振るはずもない。実際に繰り返し演奏したのは有名な交響詩とサロメとばらの騎士だけだ。エレクトラや影のない女、アラベラは「振ったことがあります」という程度の回数しか演奏していないしアリアドネは1度録音しただけで実演では振っていない。

 シベリウスでは4番から7番を繰り返し演奏し素晴らしい録音を残したにも関わらず、1番と2番は録音こそあるが実演では取り上げなかった。これは1番と2番はオーマンディが先に作曲者のお墨付きをもらってしまったためだと考えられる。ストラヴィンスキーからは春の祭典の1963年の録音をけなされたので実演で振った曲は少ない。それでも「カルタ遊び」や「ミューズの神を率いるアポロ」などそれほどメジャーではない作品まで録音しているので本音では結構好きだったのではないだろうか。火の鳥あたりは本当は合ってそうなレパートリーだと思うが残念だ。

 演奏する以上は最高の演奏だと作曲家に言わせたいカラヤンにとって、20世紀の作曲家との関わりはかように微妙なものだったことがうかがえる。

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