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デラ・カーザ

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パミーナ:デラ・カーザ
タミーノ:シモノー
パパゲーノ:ベリー
弁者:ホッター
セル指揮VPO
1959年7月ザルツブルグ音楽祭
(orfeo C455972I)

ザックス:フランツ
ポーグナー:フリック
ワルター:ホップフ
エヴァ:デラ・カーザ
クナッパーツブッシュ指揮バイエルン国立歌劇場
1955年9月
(orfeo C462974L)

デッカは1956年のモーツァルト生誕200年に合わせてモーツァルトの4大オペラをウィーンフィルで1955年の春に録音した。デラ・カーザはそのうち、フィガロの結婚(伯爵夫人)、コシ・ファン・トゥッテ(フィオルディリージ)、ドン・ジョバンニ(ドンナ・エルヴィーラ)の3つに出演している。

これらの録音は当時のウィーンの舞台そのままのアンサンブルが心地よい。ステレオ最初期だというのに(やや近めだが)今聞いてもそれほど違和感のないしっかりした音で録音されているのにも驚く。プロデューサーはヴィクター・オロフだ。翌1956年のEMIのばらの騎士がややピンぼけのステレオ録音なのとは大違いだ。(シュバルツコプフはモノラル盤の方を好んでいたらしい)

フィガロはベリーやプライ以降バリトン歌手が歌うのが一般的になったのでバス(シエピ)のフィガロを久しぶりに聴くとおっと思うが、良い意味でおっとりしたいかにもブッフォらしい演奏だ。エーリッヒ・クライバーの指揮はキビキビしているが、カラヤンのフィガロのようなセカセカした感じがしないのは大きな違いだろう。

ドン・ジョバンニはデラ・カーザもシエピもデルモータも前年のフルトヴェングラーの映画と共通するが、録音状態はデッカのレコードの方がはるかに優れている。ベームが振ったコシ・ファン・トゥッテはこの2つと比べると地味な存在になってしまったようで現在は廃盤中のようだ。ウィーンにデビューしたばかりのルートヴィッヒとデラ・カーザのコンビが初々しい。これもリマスターしてぜひ復活させてほしい。

残る魔笛(これも指揮はベーム)の録音にはデラ・カーザではなくギューデンがパミーナ役で参加した。ギューデンはこれらの録音ではスザンナ(フィガロの結婚)とツェルリーナ(ドン・ジョバンニ)にも参加しているが、パミーナにはギューデンよりもデラ・カーザの方が合っていたと思う。セリフ抜きで音楽のみの全曲盤というのも(50年代まではそれが普通だったが)今となっては古めかしい。

前回書いたようにデラ・カーザのスタジオ録音はこのモーツァルト3曲とアラベラぐらいしかないので残念だなあと思っていたところ、orfeoが1997年になってCD化したのがこの演奏だ。前回のアリアドネハイライトと同じ1959年にザルツブルグで演奏したライブ録音だ。シモノー(タミーノ)、ベリー(パパゲーノ)、ベーメ(ザラストロ)はデッカ盤と重なり、これが当時のウイーンの日常的なアンサンブルだったことが分かる。モノラル・ライブであり、ケートの夜の女王に若干の不満もあるがオペラ全曲録音を残さなかったセルのキビキビした指揮も含めて一聴に値する演奏だと思う。

デラ・カーザは正規録音は少ないがこれだけ売れっ子だったのだから放送用のライブはたくさん残っている。クナッパーツブッシュと共演した1955年のミュンヘンでのマイスタージンガー(エヴァ)やミトロプーロスと共演した1957年のザルツブルグのelectra(chrysothemis)もorfeoがCD化している。chrysothemisには少し軽いかなと思ったが、エヴァはデラ・カーザは1952年のバイロイト(前年にカラヤンが指揮したハルトマン演出の舞台)でもクナッパーツブッシュと共演している当たり役の一つだ。orfeo偉いぞ!

1953年ザルツブルグ音楽祭のばらの騎士(オクタヴィアン)や1960年にミュンヘンでプライ(オリヴィエ)と共演したカプリッチョ(伯爵夫人)もぜひCD化してほしいものだ。

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アリアドネ:リーザ・デラ・カーザ
バッカス:ルドルフ・ショック
ナヤーデ:リーザ・オットー
ドリヤーデ:ナダ・プッター
エコー:レオノーレ・キルシュタイン
エレーデ指揮BPO
1959年録音
(テスタメント SBT 1036)
ユーチューブで一部聞くことができる
http://www.youtube.com/watch?v=0sQHCkjgpTo

奇しくも今月号のレコード芸術でばらの騎士が特集されていて、1960年の映画「ばらの騎士」について黒田恭一氏が「アーティスティックに選べばデラ・カーザだった」と述べている。結果的に素晴らしい映画になったのは事実だが、黒田氏の言うことにも納得できる。

1950年、1953年、1954年のザルツブルグ音楽祭で「ドン・ジョバンニ」のドンナ・エルヴィーラを歌ったのはシュヴァルツコプフだった(1950年の最終公演のみEsther Rethyという人が歌っている)。しかしEMIの専属であった彼女はツインナー監督の映画を途中で降り、その部分はザルツブルグではまだこの役を歌っていなかったデラ・カーザが呼ばれて録りなおされた。(追記:時々参照させて頂いているヤマギシケンイチ氏のサイトによると録りなおした部分はフルトヴェングラーが降っていない可能性があるという)

http://classic.music.coocan.jp/op/giovanni-wf.htm

しかし、映画に出演して有名になることがレコードの売り上げにも貢献することと、そもそもEMIには映画は作れないことをレッグは悟ったのだろう。映画「ばらの騎士」には逆にデラ・カーザに代えてシュヴァルツコプフに出演させるようカラヤンを通じてザルツブルグ音楽祭に圧力をかけたようだ。現在のように録音の機会が頻繁になかった当時は、どのようなキャストで録音するかは高度に政治的な問題でもあったのだ。

かくしてハルトマンがデラ・カーザのマルシャリンのために制作したばらの騎士は、映画ではシュヴァルツコプフが歌うことになった。EMIは1956年の録音をステレオで再編集して(一部のテイクはモノラル盤と異なるらしい)1959年12月に発売しているが、これは恐らくカラヤンの1960年の公演に便乗して売ろうとしたのだろう。そればかりか翌1961年の再演(ベーム指揮)はシュヴァルツコプフが全公演を歌い、オクタヴィアンもルートビッヒに変更されたので主役3人はEMIのレコードと全く同じだ。裏にレッグがいることは間違いないだろう。レコードと同じキャストで上演すればレコードもそれだけ売れるからだ。

デラ・カーザとカラヤンの正規録音は1点も存在しない。舞台では1952年にスカラ座のばらの騎士(ゾフィー)で、1957年〜1958年にはドイツ・レクィエムや第九のソロでも共演しているのでカラヤンの嫌いな歌手ではなかったはずだ。このばらの騎士の一件以降、舞台での共演があるかどうか調べてみる必要があるが、恐らくないだろう。

デラ・カーザは美声と美貌に恵まれた歌手として有名だが、一つだけ欠けていたとすれば「録音運」だったのではないだろうか。デッカはクラウスの指揮でR.シュトラウスの主要なオペラを録音する計画だった。ばらの騎士は1953年のザルツブルグ音楽祭ではライニング(マルシャリン)、デラ・カーザ(オクタヴィアン)、ギューデン(ゾフィー)が歌っている。しかしクラウスは急死し、翌1954年に指揮者をエーリッヒ・クライバーに変えて録音した際、デッカはなぜかオクタヴィアンをユリナッチに変更した。

http://www.hmv.co.jp/product/detail/1779725

デッカが1957年に録音したアラベラでは当然デラ・カーザを起用したものの、当初予定されていたクナッパーツブッシュ(カルショーの本ではベーム)が何らかの事情でショルティに替わってしまったのは大変残念だ。ショルティがVPOと録音するのはこの時が初めてだったそうで、ギクシャクした雰囲気が録音にもそのまま現れている。

結局デラ・カーザが残したスタジオ録音はこのアラベラと1955年に録音したモーツァルトの3大オペラぐらいだ。(正確には1958年にデッカにフィガロの結婚をもう一度録音しており、他に1957年にRCAにオルフェオとエウリディーチェを録音しているが筆者未聴)

その後のデラ・カーザの録音はDGのアラベラ(ライブ)など数点しかないが、1959年にどういう事情からかEMIに録音したのがこのアリアドネのハイライトだ。2幕のオペラ部分が中間のツェルビネッタのシーンを除いてほぼ全部収められている。デッカが1960年に録音したアリアドネは当初デラ・カーザの予定だったらしいが、結局リザネックに変更されてしまったのでデラ・カーザのアリアドネが聴けるのはこのハイライトと1954年のザルツブルグ音楽祭のライブ録音(DGがCD化している)だけである。

私はこの録音をテスタメントが1994年にCD化するまでアリアドネは退屈な音楽だと思っていた。演劇とオペラの融合という野心的なこの作品をシュトラウスは再改訂したかったようだが、ホフマンスタールが急死したためこれが最終稿となった。結局は完成しなかった作品なのだと思っていた。

しかしデラ・カーザのアリアドネを聴いて全く考えが変わったのだ。何が違うのか? う〜ん、どう表現したらいいのか....私のボキャブラリーを超えている。とにかく言えることは、シュトラウスがイメージしたアリアドネは恐らくこうだったに違いないということだ。敢えて選んだ古めかしいストーリーにつけたシュトラウスの音楽が何と必然性を持って聞こえることか! またこの録音はBPOが珍しくシュトラウスのオペラを演奏しているという点でも注目される。

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 リーザ・デラ・カーザ(S アラベラ)
 アンネリーゼ・ローテンベルガー(S ズデンカ)
 ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(Br マンドリーカ)
 オットー・エーデルマン(Bs ヴァルトナー伯爵)
 イーラ・マラニウク(Ms アデライーデ)、他
 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
 ウィーン国立歌劇場合唱団
 ヨゼフ・カイルベルト(指揮)
 録音:1958年7月29日 ザルツブルグ音楽祭
 (orfeo C651053D) 

(アラベラの対訳はオペラ対訳プロジェクト参照)
http://www31.atwiki.jp/oper/pages/621.html

 音楽祭の時期、人気歌手は掛け持ち出演で忙しい。シュバルツコプフは1960年のザルツブルグ音楽祭でばらの騎士(この年は1回のみ)以外にドン・ジョバンニにも出演していたが、デラ・カーザはばらの騎士(5回)とフィガロの結婚、それにミュンヘンでアラベラとカプリッチョに出演するという人気ぶりだ。ミュンヘンのアラベラにはローテンベルガーも出演している。フィッシャー=ディースカウもザルツブルグのフィガロの結婚とミュンヘンのアラベラを掛け持ちしている。

 ルドルフ・ハルトマンは1946年のカプリッチョの初演でも演出を務めた作曲者お墨付きの演出家だ。1951年に再開されたバイロイト音楽祭ではヴィーラント・ワーグナーが唯一外部から招聘した演出家であり、マイスタージンガーを演出した(指揮はカラヤン)。ヴィーラントは自分が演出したパルジファルと指輪が不評だった場合に備え、音楽祭を失敗させないための保険としてマイスタージンガーだけはベテランに託したと伝えられる。ハルトマンは翌1952年にはミュンヘンでケンペが音楽監督だった時代にデラ・カーザ主演のアラベラを演出した(これは翌年のロンドン公演の録音が最近CD化されている)。

 ハルトマンのアラベラはザルツブルグ音楽祭でもでは1958年にカイルベルト指揮、デラ・カーザ、ローテンベルガー、エーデルマン、F=Dのキャストで上演された。このプロダクションはやはりカイルベルト指揮、ほぼ同一キャスト(F=Dを除く)で翌年4月にウイーン国立歌劇場でも上演されレパートリーに組み入れられた。

 カラヤンの1960年のばらの騎士と演出、オーケストラ、主役3人が共通している。1952年のスカラ座のばらの騎士は恐らくカラヤン自身の演出なので(要確認)、カラヤンはこの1958年のアラベラの成功を目にしてハルトマン演出のばらの騎士をザルツブルグで上演することを思い立ったのではないだろうか。ばらの騎士とアラベラが姉妹作品であるのと同じく、ハルトマンの1958年のアラベラと1960年のばらの騎士は姉妹なのだ。

 カイルベルトはカラヤンと同年の1908年生まれなのでカラヤン同様今年が生誕100周年だ。カラヤンとの関係がどのようなものであったか私は知らないが、カラヤンがザルツブルグとウイーンで強大な権力を振るっていた時期に、ザルツブルグ音楽祭でまず上演した作品をウイーンで再演しレパートリーに組み込むというカラヤン流のプロダクションを実現していることから関係は悪くはなかったのではないかと予想される。カラヤンは結局ザルツブルグでもウイーンでもアラベラを振らなかった。

 カイルベルトは1959年にバイエルン国立歌劇場の音楽監督に就任したのでミュンヘンのアラベラも振ることになった。1960年の夏にミュンヘンで上演されたアラベラはエーデルマン以外の主役3人は1958年のザルツブルグ音楽祭と同じだ。この際ZDFが放送用の録画をしている。ほんの一部がF=Dの2枚組DVDに収められているが、2幕の有名なデュエットすら入っていないので大変がっかりした。

 1960年とほぼ同一キャストの1963年のライブ録音をDGがCD化しているが、カイルベルトもデラ・カーザも表情が濃くなりすぎている。こぶしが利きすぎていていただけない。1953年のケンペ盤は他のキャストがやや魅力に欠け、1957年のデッカのスタジオ録音はショルティの指揮がセカセカしている。デラ・カーザの最良のアラベラはこのorfeo盤(と1960年の映像)だろう。

 1947年にズデンカ役でザルツブルグ音楽祭にデビューし、作曲者自身から将来のアラベラを約束されたデラ・カーザにとって、アラベラ役での凱旋は規定路線とも言えるものだろう。モノラルではあるがキャストに恵まれた公演の記録が残っていて良かった。

 それにしてもばらの騎士とフィガロの結婚とアラベラとカプリッチョにほぼ同時に出演するというのはすごい人気(とスタミナ)だ。デラ・カーザの評価はドイツ語圏以外では不当に低いように思うが、シュバルツコプフに並ぶ、あるいはそれ以上の実力者だったことは間違いないだろう。大きな違いはシュバルツコプフは夫のウオルター・レッグが彼女のレコードを大量に制作して世界中で販売したという点だ。そのシュバルツコプフも結局アラベラだけは舞台で歌ったことはなく、ハイライトの録音が残されているに過ぎない。

 実は私は1960年のミュンヘンのアラベラの映像をR.シュトラウス協会の例会で全曲見せてもらったことがある。モノクロ・モノラルだがしっかりした品質で大変楽しめた。デラ・カーザもローテンベルガーも声もさることながら女優のような美しさで忘れられない。ぜひ全曲をDVD化してほしい。ザルツブルグ音楽祭のばらの騎士もデラ・カーザ主演の放送用ハイライト映像が存在するらしい。見てみたいものだ。

(追記)
 このCDには余白に翌日の「4つの最後の歌」も収めてられている(指揮はベーム)。1953年の有名なデッカの録音も素晴らしいが、より落ち着いた深みを感じさせる演奏だ。曲順が以下のようになっており、初演時の曲順(=1953年盤の曲順)である3/2/1/4とも出版譜の曲順1/2/3/4とも異なる独自の配列となっているのが興味深い。

3. 眠りにつこうとして Beim Schlafengehen
1. 春 Fr醇・ling
2. 九月 September
4. 夕映えに Im Abendrot

デラ・カーザは1970年に来日してこの曲を歌ったことがあるそうで、その時も3/1/2/4の曲順だったようだ。この公演を聴かれた方(うらやましい!)のブログを見つけた。

http://numabe.exblog.jp/5633913/
http://numabe.exblog.jp/5639427/
http://numabe.exblog.jp/5664003/



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