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チェロ

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チェロ:Peter Wopke
ピアノ:ヴォルフガング・サヴァリッシュ
1985年
(ARTS ART47360-2)


やはりオペラやオーケストラネタの方がアクセスは多いようだ。チェロソナタというジャンルは渋いのだろうか? その中でもこの曲はさらに渋いが、でもこれはぜひ紹介しておきたい。あまり取り上げなられないからこそ取り上げる意味があるのだ、と(勝手に)前向きに解釈することにしよう(笑)。お付き合い下さい。

またしてもR.シュトラウスだ。私のこの作曲家への偏愛がバレバレで少々恥ずかしい気すらするが、なぜか私と性が合うようだ。作品6という非常に若い番号が与えられている。作品18のヴァイオリンソナタはこの曲よりももう少し演奏の機会が多いと思うが、いずれもだいたい同じ時期の20歳前後の作品だ。

R.シュトラウスという人は、室内楽から作曲を初めて、管弦楽を書き、最後にオペラを書くという人生設計(?)をイメージしていたようで、室内楽作品の多くは1880年代前半のものである。後期の作品のような壮大な響きがしないのは当然としても、どうしてなかなか達者に書けた作品だと思う。天才の片鱗を感じさせるには十分だろう。

へ長調という調正はチェロソナタに向いているようでベートーベンの1番、ブラームスの2番と一緒だ。そういった過去の作品を意識しつつも「なかなか上手く書けているだろう?」と言わんばっかりの(良い意味での)気負いを感じさせるところは彼の後年の作品と共通する。ブラームスの作品と続けて聞いても違和感はないし、実際1枚のディスクにカップリングしている演奏もあるようだ。若書きと言って片付けてしまうには惜しい作品だ。

私が昔から聞いているのはこのディスクだ。サヴァリッシュが監修し何年か越しで完成したR.シュトラウスの室内楽全集(CD8枚組)に収録されている。サヴァリッシュがR.シュトラウス協会の例会で「ぜひ聴いてほしい」と自信にあふれた顔で言っていたのを覚えている。本当にいい時代だった。日本でのR.シュトラウス作品の普及に大きな貢献を果たしたマエストロに感謝!

http://home.att.ne.jp/apple/r-strauss/history.htm

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チェロ:ハインリッヒ・シフ
ピアノ:エリザベス・レオンスカヤ
1984年録音
(Philips 412 732-2)

チェロソナタと言えば私が好きなのはこの曲だ。有名なピアノ協奏曲第二番と丁度同時期の1901年に作曲された。ラフマニノフがスランプから脱出しワンランク上の作曲家に脱皮した頃の作品で、なかなかの傑作だと私は思う。しかし残念なことにピアノ協奏曲第二番と比べるとかなりマイナーな作品だ。

よく言われることだが、この曲はピアノのパートがあまりにも雄弁だ。ピアノが下手では弾けないが、かといってピアノが前に出すぎてチェロがそれと張り合うようではこの曲の叙情は台無しだ。私は上手なピアノとチェロがこの曲を「控えめに」演奏した場合のみ成功する可能性があるのではないかと思う。

ト短調という調正はショパンのチェロソナタの影響とも言われる。2楽章にスケルツオを、3楽章に緩徐楽章を置いた4楽章構成という点でも共通する。「ロシアのショパン」というとメネトルが近年評判だが、ラフマニノフはこの作品以外でもかなりショパンを意識していたと思われる節がある。

ショパンのチェロソナタも非常に良く演奏されるとは言えないが、それでもデュ・プレ、ロストロポービッチ、ヨーヨーマと有名どころの演奏は揃っている。しかしラフマニノフの方はLP時代はトゥルトリエぐらいだったようだし、CD時代になってから一般的に手に入るのはソニー盤のヨーヨーマとハレルのデッカ盤のハレルぐらいだろうか。

私が好きなのはこの演奏だ。シフは最近は指揮者としても活躍しているらしい。ピアニストのシフと比べるずっと地味な存在だが、私はゴリゴリ弾かないタイプのチェロが好きなのでこのくらいがとても心地よい。重すぎることもなく、明るすぎることもない。レオンスカヤのピアノも達者だが出しゃばり過ぎない。

LP時代に放送で聴いて感激し、CD化された際にはすぐ入手したが比較的早く廃盤になってしまったようだ。現在は「ラフマニノフ大好き」というオムニバスアルバムに第三楽章だけが入っているようだ。う〜ん残念だ。

余白に収められたシベリウスのマリンコニアという作品もなかなか面白い。鳴きの入れ方がシベリウスのバイオリン協奏曲の第二楽章を彷彿させる。

追記:
この曲のディスクをたくさん紹介しているページを見つけた。結構増えてきたようだ。
http://www.age.ne.jp/x/ramos/rachmaninoff/cdichiran/19.htm


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チェロ:フルニエ
ピアノ:バックハウス
1955年録音
下記サイトに試聴あり
http://www.hmv.co.jp/product/detail/1890673

2チャンネルあるいはそれ以上のマルチトラックの録音機が普及し始めたのは50年代半ばからだが、マルチマイクの録音はモノラル時代から行われてきた。メインマイクから離れた楽器の音を明瞭にとる、あるいは離れた楽器の音が到達する時間差が生じるのを防ぐのが狙いだ。

特にデッカはマルチマイクの採用にSP時代から熱心だった。DGやEMIのような歴史やブランド力がない新興レーベルだったデッカにとって「音が良い」ということはマーケティング上の絶対条件だった。1948年にフルトヴェングラー指揮するVPOとブラームスの第2交響曲を録音した際は指揮者が1本のメインマイク以外のマイクの撤去を命じたと伝えられる。(それにも関わらずこの録音はフルトヴェングラーのSP録音としては良い音だという噂だが筆者未聴)

このフルトヴェングラーの録音をプロデュースしたのはヴィクター・オロフであり、彼もSP時代からマルチマイク使いだったことが分かる。しかしマルチマイクの難しいところは、録音に問題が発生した場合にどのマイクが原因なのか分かりにくくなるという点にある。しかもマイクの数が非常に多くなってくると1本1本に問題がなくてもマイクが拾った音同士が干渉して歪みが発生する場合がある。

60年代以降のようにマルチトラックのレコーダーが使用できればバランスを後から変更したり、歪んだトラックは使わずに2チャンネルにトラックダウンすることが可能になる。しかしモノラル時代、あるいはステレオ初期はテープに録音した時点で最終形になってしまうので、どのようにマイクをセットしてどのようにミキシングするかは大変に経験と勘に依存する作業だったであろう。

実際カルショーが1959年に録音した有名なカラヤンのアイーダの録音は歪んでいる。リマスター盤でも余り変わらなかったのでマスターテープが歪んでいるのだろうと思っていたら、カルショーの手記でもその件が触れられていた。スケジュールを変更して2幕をもう一度録り直したが直らなかったそうだ。カルショーはどのマイクが問題を起こしているのか特定できなかったのだ。

私が思うにカルショーはマイクを使いすぎ、マイクに頼り過ぎだと思う。60年代からクラシックの収録にもマルチトラックのレコーダーが使われ初め、後からバランスを変更できるようになったことは彼のような録り方をする人にとって大変な朗報であっただろう。

明らかにマルチマイクを使った録音であってもオロフの場合はカルショーのような人工的な感じはしない。私はこれはオロフ自身が音楽家だったためではないかと推測している。オロフのバイオグラフィーを探したところは1898年生まれだそうで、指揮とピアノとヴァイオリンをしたそうだ。デッカにはロッシーニのセビリアの理髪師序曲や、カンポーリの伴奏をオロフが指揮したパガニーニの協奏曲の録音もあるようだ。

オロフのバイオグラフィー
http://www.answers.com/topic/victor-olof?cat=entertainment

私がヴィクター・オロフの名前を最初に意識したのがこのフルニエのブラームスである(私が持っているのは1990年に出た輸入盤)。モノラル録音だということは知って買ったので音質には余り期待していなかったのだが、ありがちなモノラル録音のように音が寸詰まった感じがしない。1955年なのでモノラル最後期とは言えこんなに上手に録れるものかとびっくりした。

フルニエのチェロも素晴らしい。私はロストロのようにゴリゴリ弾くよりはこのぐらいの優雅さをもって弾く方が好きだ。古い録音だからと敬遠せずにぜひ聴いてほしい名盤だ。

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チェロ:ジャックリーヌ・デュ・プレ
バレンボイム指揮ニューフィルハーモニア管
(WPLS-4030)

イギリスと言えば、次に私が思い浮かんだのはデュ・プレだった。デュ・プレも悲劇的な亡くなりかたをしたブロンドのイングリッシュ・ビューティーだ。暴露本など尾ひれのついたネタが多いという点でもなぜか共通している。

デュ・プレとバレンボイムが栄光とひきかえにいかに大きな犠牲を払っていたかを知るのは私にはとても辛いことだ。映画「本当のジャクリーヌ・デュ・プレ」も一応録画してあるが3分の1ぐらいをとばし見したぐらいだ。私は音楽家の考え方や価値観には関心があるが、私生活を覗き見しようとは思わない。本当のことは本人達にしか分からないのだ。

ただ一つ言えることは当時バレンボイムはデュ・プレを見捨てたかのような悪者扱いをされていたように思うが、恐らくそれは間違いだったのだろう。彼の側にもとても大きな心の葛藤があっただろうことは想像に難くない。私の知る限りバレンボイムはこの件について多くを語っていないと思うが、弁解したり相手を責めたりしないのは大変立派なことだと思う。

音楽家は音楽でものを語ればいい、といつも思っている。我々は演奏家がその後どうなったか知っているが、その時本人はそんなことを予想もしていないのだ。過度に感傷的な聴き方をするのはリスナーの姿勢として正しくないと思うし、デュ・プレの演奏であれば全て最高というような盲信的な聴き方も私の好むところではない。

そういう私もこのエルガーのコンチェルトについてはデュ・プレの演奏にとても霊感めいたものを感じざるを得ない。デュ・プレにとってこの曲は1962年のオーケストラコンサートへのデビューの際も、1973年の最後の演奏会でも演奏した運命の曲だ。

この演奏はモノクロ・モノラルのライブ録音ながら意外に安定しており鑑賞には問題ない。1981年に制作されたドキュメンタリーと1967年のコンチェルトの全曲映像がセットになっている。

バレンボイムとアイコンタクトを交わしながら演奏する姿からは私生活上の問題などみじんも感じることができない。3楽章では長い髪をまるで歌舞伎の勧進帳か何かのように激しく振るので久しぶりにこの映像を見てちょっとびっくりした。バレンボイムの伴奏はまだ若いが、デュ・プレのこの曲の映像が残っていて大変幸運だったと思う。

この作品の初演は1919年なので先日取り上げたホルストの惑星とほぼ同時期のイギリス音楽ということになるが(エルガーとホルストはともに1934年に亡くなっている)、ホルストの前衛的な作品とは非常に対照的なロマンティックな作品だ。19世紀のドイツ音楽の影響を色濃く残した20世紀作品という点ではシベリウスなどとも共通するものがある。

この映像は輸入盤では現在も手に入るようだが、ドキュメンタリーの日本語字幕は入らない。

http://www.hmv.co.jp/product/detail/1807379

この映像はユーチューブでも見ることができる。バレンボイムが1997年にヨーヨーマと演奏した映像との比較も興味深い。
http://www.youtube.com/results?search_query=du+pre+elgar+Barenboim

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