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「展覧会の絵」,「惑星」特集

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カラヤン/BPO
1979.10.19 東京・普門館

下記の「カラヤン演奏史」サイトの情報によると、カラヤンのこの曲の演奏回数は41回でカラヤンとしては非常に多いとは言えない。戦前の演奏記録はなく、50年代は50年、51年、54年だけ(55年に録音あり)、60年代は62年と66年だけ(66年に録音あり)、70年代は74年と78年と79年、80年代は86年と87年と88年だけ(86年に録音と録画あり)だ。戦後だけでも50年に及ぶカラヤンの演奏史の中で合計11年間しかないというのは意外だ。6年以上の長期に渡って演奏していない期間が3度(55年〜61年、67年〜73年、80年〜85年)もある。
(「カラヤン演奏史」)
http://www.geocities.co.jp/MusicHall-Horn/2889/Composers.html

1908年生まれのカラヤンにとって1937年に亡くなったラベルの音楽は1949年に亡くなったR.シュトラウスと同様にリアルタイムの音楽だったはずだ。しかしボレロの演奏回数は28回とさらに少なく、英雄の生涯(70回)やドンファン(91回)をコンスタントに取り上げたのとは明らかに違う意識をしていたと言うことができるだろう。展覧会の絵の正規録音回数は3回で、この回数はボレロ(3回)や英雄の生涯(3回)、ドンファン(4回)と比べて決して少ないとは言えないが、最も特徴的なのはカラヤン全盛期の70年代にスタジオ録音しなかったことだ。

1.フィルハーモニア管(1955、EMI)
2.BPO(1966、DG)
3.BPO(1979来日ライブ、NHK)
4.BPO(1986、DG、ライブの映像はソニー)
5.BPO(1988来日ライブ、DG)

1966年の録音は悪い演奏ではないが、この時期のDG特有の残響が多めで低域が軽い録音だ。耳には心地よいがバスドラムなどはあまり聞こえず、この曲にはもう少しズドンと腹に来る手ごたえも欲しくなる。一方1986年の録音は棒のあいまいさが演奏に出てしまっている場所があり切れ味が悪くなっている。終曲の「キエフの大門」のテンポがカラヤンとしては速く、やや軽い感じになってしまっているのも特徴だ。遅いテンポを支えきれなくなってしまったのだろう。

(1966)1:50/2:45/1:14/4:36/0:42/1:04/2:49/1:02/1:12/2:18/1:26/2:14/2:22/3:31/6:44
(1979)1:50/2:48/1:05/4:21/0:38/1:08/2:47/0:57/1:13/2:15/1:31/2:15/2:23/3:36/6:31
(1986)1:50/2:32/1:04/4:06/0:37/1:01/2:36/0:56/1:12/2:11/1:29/2:08/2:09/3:34/5:55

その点日本での1979年のの演奏は70年代以降のカラヤンに特に特徴的なずっしりした低音で遅めのテンポを支えきっており見事だ。実は私がこの曲を聴いたのは(FM)この演奏が初めてだった。この曲にしてはテンポの遅い演奏だということは後から知った。プロムナードのトランペットを全てレガートでつなげて吹かせたり、キエフの大門の前のアタッカを無視して全休止を入れるのもカラヤン流だが、初めに聞いたのがこの演奏だったので気にならない。後者は気にする人もいるようだがキエフの大門のテーマがもう一度出てくる115小節の前には全休止が入っており、カラヤンはここから類推解釈をしたのだろう。

この録音はNHK初のデジタル録音(当時はPCM録音と言った)によるものだ。当時のデジタル録音の高域は(CDと同様)20Kヘルツまでしか記録できなかったので大したことはない。しかしダイナミックレンジの広さと低域方向への強さはこの録音からも十分に聞き取れる。低域をきちんと記録できるかどうかはマイクの性能にも依存するので、今聞き返してみるとそれほどびっくりすることはないのだが、それでも1966年のDGの録音よりははるかに低域が良く聞き取れる。初めて聞いたこの演奏でバスドラムが正確に刻まれていたので私は練習番号120がずれている演奏が気になるのだろう。

この録音はNHKとしてもデジタル録音への移行をかけた一大プロジェクトだったに違いない。1988年にカラヤンが最後に来日した際のこの曲の録音は終曲でピークしてしまいリミッターがかかっているが、この録音はそのようなことはない。88年の演奏は冒頭でトランペットがミスったため再放送やCDでは修正が加えられているがこの演奏は編集なしの一発ライブだ。しかしミスらしいミスはビドロの終わり近く、チューバのソロの後(56小節)で左側の楽器がちょっと変な音を立てていることぐらいだろう。このCDはセット物で買いにくいかもしれないが、全盛期のカラヤンの集中力の高い名演でありぜひ一聴をお勧めする。SAXで日本の名手、武藤賢一郎氏がゲスト参加したことでも忘れられない演奏だ。

1986年の映像は演奏としては1979年のものに及ばないが、打楽器を中心に楽器が映像で見られるのは楽しい。ただし冒頭に聴衆の拍手が入っているのに終わりが拍手カット(映像にも出てこない)という編集は変だと思う。終わりの拍手をカットするのであれば冒頭も要らないのではないだろうか?
ユーチューブでこの映像をいくつか見つけた。
http://jp.youtube.com/watch?v=3W0itdLq1RE
http://jp.youtube.com/watch?v=6AjSfOaZp28&feature=related

また、カラヤンは1987年のザルツブルグでの演奏と1988年の来日公演(東京、大阪)では終曲にオルガンを加えたそうだ。過去にはアンセルメの録音がそうなっているらしい。88年の録音を聞き返してみようと思うが、いずれにしても楽譜にないアレンジには違いない。86年の録音にはそういう音は聞き取れないのでなぜ最晩年に解釈を変更したのか興味深い。

ザルツブルグ祝祭大劇場と東京文化会館にはパイプオルガンはないので電子オルガンだったのだろうが、下記サイトによると大阪のザ・シンフォニーホールではパイプオルガンとオケのピッチが合わなくて苦労したらしい。ホール側も展覧会の絵でパイプオルガンを使うとはきっと予想していなかったに違いない。
(「展覧会の絵」を聴く)
http://www.numakyo.org/c_pic/29.html
(カラヤンによるスコアの変更)
http://www.geocities.co.jp/MusicHall-Horn/2889/Score_Henkou.html
(ヘルベルト・フォン・カラヤンのライブ録音盤)
http://www.sinfonair.com/karajan.html

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写真は上からオイレンブルクがラベルの自筆譜を基に1994年に出版したクリティカル版(プレートナンバーはEE6864、日本では全音が2004年に出版した)、次はBoosey & Hawkes社がやはり自筆譜を基に校訂した2002年の新版だ。3つ目が問題の練習番号120の楽譜(EE6864、アクセントの書き込みは筆者)だ。

Boosey & Hawkesは1953年に初版の総譜(B&H17841)を出版しているがこれは現在は入手できないようだ。タバタさんのホームページでは1983年出版のポケットスコアも紹介されているが、これは恐らくB&H17841をベースにピアノ譜を足して縮小したものだろう。
(展覧会の絵の展覧会)
http://www.geocities.jp/qqbjj485/XPX/X-k-score.htm

終曲の練習番号120(158小節と161小節)の大太鼓(Gran Cassa、いわゆるバスドラム)がずれている演奏があるということは以前チェリビダッケの展覧会の絵の記事でも指摘したが、スガさんのホームページによるとBoosey & Hawkesが以前出版していた総譜(恐らくB&H17841)もバスドラムが誤記されていた(バスドラムのパートに2分の3拍子の指定が落ちている)ことが分かった。
(スガさんの「日記」)
http://toku-suga.keddy.net/nikki2007/2007_62.html

この曲の総譜はロシア音楽出版が1929年にR.M.V.465として最初に出版した。Boosey & Hawkesはロシア音楽出版を買収して1953年にB&H17841を出版した際に、R.M.V.465の版下をそのまま用いている。R.M.V.465はラベル自身が校正したにも関わらず多くの誤りを含んでおり自筆譜ほどは信頼できないことが指摘されている。B&H17841はいくつかの点を修正したようだが、このバスドラムの修正は漏れてしまったようだ。

一方、ワシントンの議会図書館にはクーセビツキーが実際に演奏譜として使用していたラベルの自筆譜が残されている。この自筆譜をベースにしたEE6864の校訂ノートにはこのバスドラムについての注釈は何もないので、やはりこれはR.M.V.465固有の間違いだろう。

ムソルグスキーのピアノ原曲は2分の2拍子でただの三連譜だった(アクセントは通常は1拍目につく)ところを、ラベルは敢えて2分の3拍子に直し、原曲の裏拍にティンパニとバスドラムを付けてシンコペーションを作っている。これによりオケのダイナミズムを強調していることは明白であり、これは「オーケストラの魔術師」の異名に相応しい見事なアレンジだ。バスドラムだけを故意にずらすなどということは考えられない。

実際にバスドラムがずれた演奏は1980年代まではなかったのに、チェリのEMI盤(1993年)やゲルギエフ/VPO盤など、90年代以降にそういう演奏が出てきてしまった背景には、ラベルの著作権が1987年に消滅して楽譜の出版が自由になったことが関係していると私はにらんでいる。

ラベルは1937年に亡くなっているので著作権は50年後の1987年に消滅している。フランスは戦勝国なので日本に対しては+10年(正確には1941年12月8日から対日平和条約発効の前日までの戦争期間3794日)の戦時加算があり、日本での著作権が消滅したのは1998年だ。
(教育関係者のための著作権入門)
http://ravel.edu.mie-u.ac.jp/~susono/cpr/cpr.htm

戦勝国のイギリスの出版社であるオイレンブルクは1994年にEE6864を出版しており、日本やドイツ以外でのラベルの著作権が1987年に消滅していたのは間違いない。著作権が切れた後、全ての出版社が自筆譜から版下を起こせばよかったのだが、B&H17841を定本にして出版されたものも多い。日本でも1998年以降に音楽之友社と日本楽譜出版が総譜を出版しているが、いずれもB&H17841の誤りを引き継いでいる(出版社に問い合わせたところ次の版で訂正するとのことだが私が確認した範囲ではまだ直っていない)。

しかし、R.M.V.465やB&H17841が間違っているにも関わらず、実際にはそういう演奏は1990年頃まではなかった。オーケストラパート譜にはこの誤りは存在していなかったはずだ。私が調べた範囲ではこの曲のパート譜はBoosey & Hawkes社のレンタル譜しか見つからなかったので私は直接確認できなかったが、Boosey & Hawkes社がわざわざ新たに誤ったパート譜を提供するとは考えにくい。

ワタナベさんのホームページによるとBoosey & Hawkes社が2002年に出版した現在のパート譜はバスドラムも2分の3拍子となっておりこの誤りはないそうだ。
(ホルン吹きTadasの独り言)
http://www.hi-ho.ne.jp/tadasu/pictures.htm

ここからは推測だが、ラベルの著作権が1987年に消失した後でBoosey & Hawkes社以外の出版社が、ラベルの自筆譜からではなくB&H17841をベースにして安いパート譜を作って売ったのではないだろうか?あるいはオーケストラ側で独自に写譜をしてパート譜を作ったのではないだろうか? 

著作権が存在する作品の楽譜は高額なので演奏する際のパート譜は通常はレンタル譜を利用する。昨年のショスタコービッチの「ムツエンスク郡のマクベス夫人」の原語日本初演の際もそうだ。オーケストラにとっては出版譜が安く買えるのであればその方が練習しやすいのは間違いない。この曲のように良く演奏する曲であればそうするだろう。今年のN響の演奏でもバスドラムがずれていたそうなので、N響がどの出版社のパート譜を使っているのかオーボエの茂木先生に聞いてみようと思う。

アマオケの豊田楽友協会管弦楽団が2001年にこの曲を演奏した際は、「大太鼓のパート譜はちゃんと3/2拍子の2拍目に入っていて、低音と連動しているのですが、今回は、指揮者の解釈により、スコアに従って、オケの和音の隙間に(個人的には大砲をイメージして)派手にドカンといれてみました。」とある。
(アマオケ奮闘記)
http://www2u.biglobe.ne.jp/~smacky/ama.toukai.toyota.htm

私はこれは誤りだと思うし、筆者の方も「個人的には、スコアは誤植で、パート譜が正解でしょう。」と書いている。また打楽器奏者の方の下記のサイトも、チェリのEMI盤、フェドセーエフ盤などのバスドラムがずれていることに関して「これらのオケはパート譜をBOOSYからレンタル しないで、ポケットスコアから写譜をしてしまったのではないか」としている。私も多分そうだと思う。
(パーカッションプレイヤーズネットワーク)Tue, 25 Nov 1997の書き込みを参照
http://www2.ocn.ne.jp/~ppn/TALK2.HTM

タバタさんのホームページによると、この曲のラベルの著作権は特に高額だったそうなので、多分レンタル・パート譜代も(少なくとも著作権の有効期間は)相当高かったのだろう。
http://www.geocities.jp/qqbjj485/XPX/X-k-keii.htm

このバスドラムのずれに対する許容度は人により個人差があるようでHMVサイトの書き込みでは「チェリが意図的にしたものだ」と弁護する書き込みも少なくなかったが、自筆譜がそうなっていない以上はそういう演奏はするべきでないと思う。

(追記)
展覧会の絵は指揮者にとっても編曲しがいのある作品らしく(笑)、下記のページによると、練習番号120の直前のティンパニのトレモロをシンバルのトレモロに差し替えるケースや、練習番号121の直前(上記の楽譜の162小節)にティンパニのクレシェンドを加えている例があるそうだ。セルやオーマンディやトスカニーニが採用しているらしい。
(展覧会の絵を聞く)
http://www.numakyo.org/c_pic/32.html

オーマンディの映像が手元にあるので確認してみたが、練習番号120のティンパニはすごい派手なアレンジだ(笑)。そのほかにも練習番号105の直前でティンパニのトレモロを入れるなどの編曲をしているが私はこういう編曲はどうかと思う。

もしティンパニを強調するのであれば練習番号121で自筆譜には書いてある前打音を入れて「ダダン」とやるのが適切だ。ドラティとミネアポリス交響楽団のマーキュリー盤がそうなっているらしい。卓見と言えるだろう。

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グレインジャー:戦士たち(管弦楽と3台のピアノのための想像上のバレエの音楽)
ホルスト:組曲『惑星』作品32

モンテヴェルディ合唱団女声コーラス、副指揮:アーヒム・ホールプ
フィルハーモニア管弦楽団、指揮:ジョン・エリオット・ガーディナー
録音:1994年2月、ロンドン
DG 471 634(SACD)

また惑星だ。今年は日英修好通商条約調印150周年にあたり各地で関連イベントが予定されており、イギリス音楽が紹介される。8月9日に大分のiichiko グランシアタで開催される全日本医科学生オーケストラフェスティバルでもダグラス・ボストック指揮でホルストの惑星が演奏される。
http://www.ukjapan2008.jp/events/20080809_01j.html

日本の演奏会でもすっかりおなじみになったこの曲だが、70年代まではイギリスとアメリカのオケぐらいしか演奏しなかった。1970年代までに日本で出ていたLPは60年頃にボールトとカラヤンがウイーンで録音したものと、77年にマリナーがコンセルトヘボウで録音したものを除けば全てイギリスかアメリカのオケによるものだろう。80年代に入りBPOやフランス国立管など、恐らくそれまではこの曲を演奏していなかったであろうオケが(少なくとも録音では)演奏するようになった。(追記)下記HPによるとアルメイダ指揮モンテカルロ歌劇場のLPも70年代にコロンビアが出していたことがあるそうだ。
http://www.geocities.jp/planets_tako8_ma_vlast/planets00.htm


もちろんデジタル時代が到来して聞き映えのする曲が歓迎されたというのは一つの理由だろうが、私はもう一つの理由があるのではないかと考えている。マシューズが校訂したクリティカル・エディションが1979年にCurwen社から発表されたことだ。

ホルストは腱鞘炎だったために自筆譜には最小限の強弱記号しか書かれていないらしい。マシューズは従来の出版譜の誤植を訂正するだけでなく、ホルストが演奏時に使用した楽譜の自筆書き込みなどを基に強弱記号を補った。[ff]のようにカッコ書きで印刷されているのですぐに分かる。(日本でも全音=オイレンブルク版で容易に入手可能だ)

多くの箇所は他のパートに同じような強弱記号がついているので、フルスコアを見ている指揮者の側からすると大きな差があるわけではない。しかし個々の演奏者は他のパートの譜面を見ているわけではないので、「何となくこのくらい」という音量で演奏するよりも楽譜にちゃんと強弱記号がついていた方がいいに決まっている。

カラヤン/BPO盤やマゼール盤など80年代以降の演奏がガンガン鳴っている割には全体としてはすっきりしたプロポーションを持っているのは、もしかしたらこの新校訂の楽譜のせいではないか、というのが私の推測だ。

もちろん音の強弱というのは指揮者や演奏家の主観も大きい。これらの演奏が本当に新版を使っているかどうか音だけで判別するのは非常に難しい。70年代以前にこれらのオケがこの曲を演奏していたかどうかにもよるが、この録音の際に新たに楽譜を用意した可能性が高いのではないだろうか? 新校訂の楽譜がデジタル時代に上手く間に合ってこの曲の聞き映えをさらに良くした、というストーリーは出来すぎだろうか?

それではデジタル時代の惑星では何を選ぶか? カラヤン/BPOとマゼールは良い演奏だと思うが、ここに挙げたのはガーディナー盤だ。DGの惑星としてはカラヤン/BPOはもとより、レヴァイン/シカゴ響(1989)にも売れ行きは及ばないだろう。ひょっとしたらアナログ時代のスタインバーグ/ボストン響(1970、結構いい演奏だった記憶がある)よりもマイナーな録音かもしれない。国内盤CDはすでに廃盤のようだ(私が持っているのは2003年にサラウンド用にリミックスされたSACDの輸入盤だ)。なのになぜか?

実は私もホルストの自作自演のCDの解説を読んで初めて知ったのだが、ガーディナーの大伯父はヘンリー・バルフォア・ガーディナーというイギリスの作曲家だそうだ。彼は若い作曲家のパトロンとしても知られ、ホルストが惑星の非公式初演をする際の会場とオケをホルストに提供したのは彼なのだそうだ。

つまり惑星はガーディナー家ゆかりの音楽なのだ。指揮者ガーディナーは恐らくホルストの自作自演のSPを聞いているだろう。このストレートで芝居気に乏しい演奏も、同じくストレートなホルストの自作自演へのオマージュとして聞けば納得が行く。

正直なところ、私がこのディスクを買った動機はサラウンドアンプに買い換えた時に惑星をサラウンドで聞きたいなという程度のものだったので(全体的に少しオフ気味の音でシャープさにやや欠け、おっとりした感じがあるのはこのディスクがサラウンド用にリミックスされていたためかもしれない)、もしもヘンリー・バルフォア・ガーディナーのことを知らなかったら、ホルストの自作自演を聞いていなかったら、このCDは「ずいぶんすっきりした演奏」で終わってしまっていただろう。音楽とは作曲家を知ることであり、演奏家を知ること、つまり音楽とは歴史なのではないだろうかという思いが強くした。

(追記)
70年代から80年代にかけて惑星の録音は毎年ものすごい数で増え続けたが、DGが1989年に録音したレヴァイン/シカゴ響盤あたりを境に、90年代から2000年頃の新録音はめっきり少なかった。この時期のめぼしい録音はこのガーディナー盤と96年のスラトキン盤(RCA)、97年のレヴィ盤(テラーク)、2001年のノリントン盤(ヘンスラー)とエルダー盤(ハイペリオン)ぐらいだろうか。マーラーやブルックナーの交響曲の録音は90年代以降も増え続けているのでこれは大変興味深い現象だ。数年前のマシューズ作曲の冥王星は再びこの曲をブームにしようというもくろみだったのかもしれない。しかし冥王星は惑星でなくなってしまったのでこれも長続きはしなかった。

この曲は新しいアプローチを待っているのかもしれない。最近になって2008年のヤルヴィ盤(テラーク)や2009年のユロフスキ盤(LPO)など新しいディスクが出始めたので今後どうなるか注目してみたい。特にユロフスキ盤は全曲43分というホルストの自作自演並の快速テンポだそうなので面白そうだ。

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サー・エードリアン・ボールト指揮

ニュー・フィルハーモニア管、アンプロジアン・シンガーズ(1966年7月)
(新星堂SAN-15)

BBC交響楽団(1945年)
http://ml.naxos.jp/album/RXC1091

今日は近代イギリス作品の傑作ホルストの惑星だ。このディスクは先日紹介したサンサーンス同様にこの盤は新星堂がEMIからのライセンスで1990年に販売したものだ。その後東芝EMIから1994年にTOCE-1596という番号でも発売されたが、その後は廃盤状態が続いているようだ。ボールトは1978年にも通算5回目の再録音をしておりこれは今でも名盤の誉れ高いが、4回目の1966年盤と最後の1978年盤ではテンポ設定がかなり大きく異なる。

ボールトの惑星は1945年の1回目の録音も1926年の作曲者の自作自演(自身2度目の録音)と一緒に2006年にCD化された。どちらもSP録音だが音質は案外良好だ。カラヤン/BPOの1981年盤と合わせて5つの盤の演奏時間を比較してみよう。

ホルスト1926年盤 6:08/7:17/3:29/6:59/6:58/5:53/5:31
ボールト1945年盤 6:56/7:55/3:41/7:44/8:11/5:43/6:26
ボールト1966年盤 7:13/8:46/4:00/7:57/9:06/6:21/7:01
ボールト1978年盤 8:02/7:27/3:48/8:00/8:22/6:28/6:22
カラヤン1981年盤 7:14/8:34/4:11/7:27/9:20/5:59/8:41

ホルストの自作自演は非常に速いテンポで、全曲でわずかに42分というのは恐らくこの曲のレコード史上最速だろう。当時はストラビンスキーやシェーンベルク並に前衛的な音楽に聞こえたのではないだろうか。

火星は6分で、5つ振りというよりは恐らく3拍子+2拍子で振っていると思われる。5拍子は終曲の海王星でも使われていて、ここには「3拍子に2拍子が続く」という指定がわざわざ書いてある。火星の楽譜にはアレグロと書いてあるだけでメトロノーム指定はないので、指揮者のテンポ設定はある程度の範囲では許容されるだろうが、作曲者がこのようなテンポで振っていたということは頭の隅に置いておく必要があるだろう。

そういう観点で見ると、ボールトの1978年盤の8分というテンポはやや腰が重い感じだ。3拍子+2拍子ではなく5つに振っているように聞こえてしまって違和感がある。1945年盤や1966年盤のように7分ぐらいで振るのが適正なのではないだろうか。

ホルストはこの曲を当初は天文学通りに水星から始めたり、あるいは地球に近い順(占星術的な観点か?)にしようとしたらしいが、最終的には敢えて火星を1曲目に持ってきた。作曲が大戦中に行われたことなども考えるとやはりこの曲はある程度攻撃的なテンポの方が合っているだろう。

1966年盤は1945年盤と比較して金星と土星が遅くなっているが、これは曲想がそもそもゆったりしているのでそんなに遅いという気はしない。このくらいたっぷり歌って良いと思う。海王星が40秒ほど長くなったのはテンポというより最後の合唱のリピートを多めに(11回?)繰り返している影響の方が大きいだろう。楽譜にはここのリピートの回数の指定はないが、ホルストの自作自演はわずか2回しか繰り返していない。SPではピアニッシモの音はなかなか記録できないので、小さい音で何度も繰り返しても意味がないと考えたのかもしれない。このため2回という数字は参考にしかならない。

1978年盤では火星のテンポが目立って遅くなった反面、金星と土星のテンポは逆に上がって1945年盤並になっている点が興味深い。実は火星は早めで金星と土星は遅めという1966年盤のテンポ設計はカラヤン/BPO盤と同じだ。カラヤンは終曲の海王星でかなり遅いテンポを採用しているが、それ以外ではボールトの1966年盤と意外に近いテンポになっている。私はこのテンポがしっくりくる。

私にとってはホルストの自作自演と、このボールトの1966年盤と、カラヤン/BPO盤の3つがこの曲のスタンダードだ。ぜひ1966年盤の復活を期待したい。

(追記)
ボールトはクーベリックやムラヴィンスキー同様に終生両翼配置(対向配置)の支持者だったことでも知られる。60年代にニューフィルハーモニア管の事実上の主席指揮者だったクレンペラーもそうだったので、当時のこのオケにとって第二ヴァイオリンが右端でチェロが左奥のこの配置は珍しいものではなかっただろうが、両翼配置の惑星の演奏は珍しいのでボールトの録音はその意味でも貴重だ。ホルストも両翼配置を前提に作曲していることは3曲目「水星」冒頭のヴァイオリンの左右の掛け合いからも確認できる。

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チェリビダッケ指揮ミュンヘンフィル
1986年10月14日 人見記念講堂(東京)
(ALTUS ALT140)

この演奏は先日紹介したパリ管の爽やかな演奏とは打って変わって42分もかけた重量級の演奏だ。このコンビで初めて来日した1986年の演奏で、FMでも放送され海賊盤でもだいぶ前から出ていた。

実は私がこの曲を初めてFM放送で聞いたのは1979年のカラヤン/BPOの来日公演で、続いて1980年のチェリビダッケ/ロンドン響の来日公演の放送も聞いた。いずれも40分近い演奏だった。なので私は遅めの演奏が好きになってしまったのだ。ラベルの楽譜にもメトロノーム指定は入っていないし、元々はロシアの作品なのだからフランス流の演奏とは違った解釈があっても良いだろう。

1980年の来日公演は最近DVD化された。これは悪い演奏ではないと思うし元気な頃のチェリの指揮振りが克明に記録されていて素晴らしいが、いかんせんNHKホールの響きはチェリのたっぷりした演奏とは相性が悪い。ひどく冷徹に醒めた演奏に聞こえる。ミュンヘンフィルの方が自発的で歌心にあふれた演奏をしていると私は思う。

しかし1986年の来日公演は過密な日程だったらしくオケの状態は完全とは言い難い。EMIから出ている1993年のミュンヘンでの演奏の方が上手くいっている場所もある。それにもかかわらずEMI盤よりもこのALTUS盤を選ぶ理由はEMI盤に致命的なミスがあるからだ。

それは終曲「キエフの大門」の練習番号120、小節数で158小節目と161小節目だ(EMI盤の5分43秒と5分54秒)。2分の3拍子の2拍目に大太鼓が入らなくてはならないのだが、大太鼓のパートに2分の3の指定が抜けているミスプリントの楽譜が存在して、4分の4拍子の3拍目に大太鼓が入ってしまっている(つまり大太鼓が半拍遅れている)。

私はEMI盤のこのミスが許せないため、多少の細かいミスがあることを承知でALTUS盤を支持するレビューをHMVのサイトに書き込んだところ、「EMI盤の大太鼓はミスではない。意図的だ。」などと主張する反論が複数あったのには大変驚いた。私もチェリの信奉者を自負しているが、ライブ演奏でミスがあるのは仕方ないことだ。チェリの演奏ならどれも素晴らしいという類の盲目的な姿勢は鑑賞者として相応しくない。

過去にクリュイタンスのベートーベンが音質を悪くしてフルトヴェングラーの演奏として流通したり、チェルニー=ステファニスカのショパンがリパッティの演奏として出回ったことがあったが、熱狂的なファンの盲目的な姿勢がこういう事態を助長するのではないだろうか。

私は本当は「あばたもエクボなのですか?」と書きたいところだったが、そういう熱狂的な人は下手に刺激をすると何を書き出すか分からない。何種類もの楽譜を見て確認した上でこのミスが楽譜のミスプリントであることを説得するのに私がいかに苦労したかは下記のページを見てもらうと分かるだろう。

http://www.hmv.co.jp/product/detail/userreview/2546419/

もちろんここに書き込んでいる全員がそういう人たちばかりだった訳ではなく、1986年の公演で大太鼓を叩いたのは日本人のエキストラだったというような有益な情報を寄せてくれる人もいた。ネットの面白いところだ。そういえばカラヤンの1979年の来日公演もサクソフォンは武藤賢一郎氏が吹いていたはずだ。

この一件は演奏家も間違うし、楽譜にも誤りがあるということを私に強く実感させた。最終的に頼りになったのはEulenburg版(1994)とBoosey&Hawkes版(2002)の2つのクリティカルエディションだ。それ以降は複数の楽譜を見比べてから購入する傾向がますます強くなった。

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