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ラモン・ヴィナイ(トリスタン)
マルタ・メードル(イゾルデ)
ハンス・ホッター(クルヴェナール)
イーラ・マラニウク(ブランゲーネ)
ルートヴィヒ・ウェーバー(マルケ王)
ヘルマン・ウーデ(メロート)
ヘルベルト・フォン・カラヤン(指)バイロイト祝祭管弦楽団,合唱団
1952年7月23日、バイロイト祝祭劇場でのモノラル録音(ライヴ)
オーケストラの配置を意識するようになったのはバイロイト音楽祭がきっかけだ。オーケストラのヴァイオリンは左から聞こえてくるのが常識なのに、ここのオケは右から聞こえてくるというのは衝撃だった。1980年頃から年末のFM放送をエアチェックしたりブーレーズの指輪のハイライト(サンプル盤)をレコード屋でもらったりしていた。全曲は高くてとても買えなかったがベーム盤は図書館で借りて聞いた。ローエングリンとトリスタンはテレビでも見た。この頃の教育放送はモノラルだったが、ワーグナーはローエングリンとトリスタンから私が好きになったのはやはり映像の威力なのかもしれない。
バイロイト祝祭劇場の特殊な音響に反旗を翻した指揮者が私の知る限り2人いる。カラヤンとショルティだ。カラヤンは第一バイオリンを左に持ってくるよう主張したそうだ。しかしあまり芳しい結果ではなかったようで本番で実行したのかどうかは良く分からない。結局カラヤンは1951年の指輪とマイスタージンガー、翌年のトリスタンしか振らなかった。第一バイオリンが右なのか左なのかは残されたモノラル録音からは分からない。
ショルティは1983年に1年だけ登場し、バイロイトのオケ・ピットのおおいを外して直接音を響かせることを主張した。実際におおいは一部取り外されたようで、この年の放送は普段と少し音が違った。菅野さんの情報によるとこの年の金管はシカゴ響のメンバーだったそうで楽器や奏者が違ったことも影響しているかもしれない。カラヤンにしてもショルティにしても伝統と違ったことをすると、この劇場には長くいられないようだ。
わずかだったカラヤンのバイロイト出演だが、1952年のトリスタンは大変素晴らしい演奏だと思う。ORFEOの正規CDが出たのは2003年になってからだが以前から海賊盤で愛聴してきた。カラヤンの指揮は後年の豪華だがやや重たい指揮に比べてしなやかで、戦前のウイーンやベルリンでの成功、あるいは後のクライバーの名演をも彷彿させる。
メードルのイゾルデは一つの理想形だと思う。メードルは前年のクンドリー(パルシファル)でも歴史的な名演を成し遂げている。ブリュンヒルデのヴァルナイと共に戦後バイロイトの復興はこの2人の歌姫にかかっていたと言って良いだろう。
この年はEMIがフラグスタートを起用して有名なフルトヴェングラー盤を録音しているが、当初EMIのプロデューサーのレッグはメードルにブランゲーネを要請していたそうだ。しかしウィーラント・ワーグナーが戦後バイロイトの新しいイゾルデがレコードでブランゲーネを歌うことを認めなかったらしい。
メードルとヴァルナイは後のニルソンほど多くの録音を残さなかったが、ニルソンの発声はフラグスタートに近いやや古いスタイルのもので、メードルやヴァルナイの方がスタイルとしては新しい。
もちろん生で聞いていたら印象は違うのだろうが、録音で聞くニルソンの発声は力強いがやや表情が単調なように私は思う。特に60年代以降はその傾向が強い。有名なデッカの指輪の「ブリュンヒルデの自己犠牲」を「2度と起きてほしくない災害のような演奏」と誰かが書いていたが、ショルティのやや力ずくの指揮も含めて言っている意味は分からなくもない。
このライブ録音は音もまずまずだ。メードルのイゾルデはこれまでテルデックのハイライト盤があっただけなので全曲がこうして後世に残されたのは大変喜ばしい。ヴィナイのトリスタンも悪くないと思うが、しかしヴィナイはこの時が初役でドイツ語が自由でなかったためカラヤンはヴィナイを気に入らなかったらしい。カラヤンの新盤のヴィッカースよりは私には数段望ましいがカラヤンの評価は逆だったそうだ。カラヤンの声の趣味は時々変わっている。
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