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モーツァルト

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 昨年末亡くなったバレーボール日本代表の松平康隆監督は生前、「常識を何倍にしてもその延長線上には常識を少し膨らませたような結果しか待っていない。金メダルは非常識の延長線上にしかない」と言っていたそうだ。フライングレシーブや時間差攻撃のような当時としては画期的な発明はその成果だ。

 半導体や液晶テレビに代表される「ものづくり日本」のお家芸は風前の灯火だ。かといって景気のテコ入れ策としてオリンピックを誘致するという発想はもう古いようにも思うが、大事なのは東京オリンピックからミュンヘンオリンピックの頃の日本が持っていたチャレンジ精神を取り戻すことではないだろうか。バブル時代の成功体験の延長線上で考えるのではなく、今何ができるのか、何をするべきなのかを企業も個人もゼロベースで、チャレンジャーの精神で考える時だ。


・モーツァルト作曲
 交響曲第25番、38番
 交響曲第35番、36番
 レヴァイン指揮VPO
 (1985〜1987)

 cherubinoさんのコメントでレヴァインのモーツァルト全集について思い出した。没後200年の1991年に向けて1985年から周到に準備されたVPO初の(現時点で唯一の)モーツァルト全集だ。当時大変高価で安くなったら買おうと思っていたので(初期の交響曲などはそう何度も聞くものではないので(^^;)、結局何曲か聞いただけで買いそびれてしまった。

 当時この全集は非常に評価が高く、1993年の「名曲名盤」では25番は2位、29番は3位、36番は1位、38番は2位、39番は1位、41番は3位と軒並み上位にランクインしている。しかし2011年の「新編名曲名盤」では25番、29番、36番、38番にわずか1票ずつが入っているだけで、上位にくい込んでいる曲は一つもない。ほとんど忘れられてしまった存在で、ワルターやベーム、あるいはクーベリックと言ったLP時代の演奏が未だに上位を占めているのとは対照的だ。

 新全集の楽譜を採用した最初の全集であり(25番の第一楽章と第四楽章はいずれも2つ振りだと思われる)、編成を少しだけ絞ったVPOを両翼配置で並べたみずみずしいサウンドは今聞き返してもなかなか好印象だ。コンサート指揮者のレヴァインとしては70年代にRCAに録音したマーラー選集と並ぶ成果だと思う。

 それにも関わらずなぜ忘れ去られてしまったのだろうか。確かに弦楽主体のゆったりしたサウンドは明らかにVPO側に譲歩したもので、レヴァインは自然体だが強い主張は感じられない。弦楽器を絞るのであれば管楽器(特に木管)はもう少し前に聞こえてほしいものだし、ティンパニはもう少し堅いバチで引き締まった音を出してほしいとも思う。メヌエットはもう少し速めのキビキビしたテンポにしてほしいと思う部分もある。

 アーノンクールやブリュッヘンのようにピリオドオケ、ピリオドアプローチによる刺激的な演奏が全盛の今となっては、このような折衷様式は生ぬるいと感じる向きもあるだろう。でもこういう安心して聞けるモーツァルトを好む人は特に日本では多いのではないだろうか。忘れられたままにしておくには惜しい演奏だ。モダンオケによるモーツァルトとしてはスウィトナーやクーベリックと並んでもっとも好ましい演奏の一つだと思う。

 何よりこのディスクは(クライバーのトリスタンと並んで)両翼配置の楽しさを私に教えてくれた演奏でもある。VPOはカラヤンとベームの時はフルトヴェングラー型、バーンスタインの時はストコフスキー型だったので、VPOが両翼配置で並ぶのは(1974年のクーベリックとのベートーヴェンの7番の録音を除けば)恐らく1968年にクレンペラーが客演して以来17年ぶりの快挙だったのではないだろうか。VPOはこの後、アバドのマーラーの9番(1987年)やクライバーのブラームスの2番(1988年、1991年)、クライバーのニューイヤーコンサート(1989年、1992年)など両翼配置で並ぶことが多くなる。

 それにしてもレヴァインの交響曲全集は少ない。4曲しかないブラームスとシューマンは全集になっているが、RCAのマーラーは2番と8番を欠いたまま終わってしまった。マゼール、アバド、ムーティ、インバルなどがベートーヴェン、シューベルト、メンデルスゾーン、マーラー、ブルックナー、シベリウス、チャイコフスキー、場合によってはスクリャービンやプロコフィエフなども次々に全集にしているのと比較すると、シンフォニー指揮者としてのレヴァインのレパートリーは録音に関する限りかなり限られている。

 レヴァインは80年代にウィーンやザルツブルグ、あるいはバイロイトで活躍した割に、ヨーロッパでポストを得たのは1999年になってミュンヘンフィルの主席指揮者になった(2004年まで)ぐらいだろう。メットの指揮者でいることの方を優先したのだろうが、このことが90年代以降のレヴァインに時として見られるマンネリ化と関係しているのかどうか。もっと早い時点でヨーロッパのオケや劇場のポストを得ていたら歴史はどう変わっていただろうか。

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 ベーム没後30年はあまり盛り上がらなかった。77年のウィーンでの影のない女の映像(音だけCD化されている)や80年のブレゲンツでの第九の映像など見てみたい映像がまだまだたくさんあるのに残念だ。

・モーツァルト作曲 交響曲第25番、29番
 ベーム指揮ウィーンフィル
 (1973、1978)
http://www.youtube.com/results?search_query=mozart+bohm+29
http://www.youtube.com/results?search_query=mozart+bohm+25

 演奏する上で最適なテンポはオケの人数や会場の規模によって変わる。作曲家にとって楽譜にメトロノームの指定を残すことはもろ刃の剣だと思う。ロマン派以降のシンフォニーにはメトロノームの指定があるものが多いが、それでもブラームスやブルックナーのように敢えて残さないのも一つの見識だ。

 古典派以前のほとんどの楽譜にはメトロノームが指定されていない。ベートーヴェンの交響曲についてはすでに耳が聞こえなくなっていた晩年になって新聞記事に掲載したものが楽譜に引用されているケースがあるが、ベートーヴェンのメトロノームが正確だったかどうかという議論はともかくとして参考値ぐらいに捉えるべきだろう。

 このため、古典派以前の音楽をどのようなテンポ感で演奏するべきかは楽譜から推測するほかない。マタイ受難曲において8分の12拍子を3つ振り×4に振る(つまり3倍に引き延ばす)スローな演奏がつい20年ぐらい前までは常識的だったのは有名な話だ。8分の12拍子だからといって8分拍子を1つに振っていた訳ではなかったのだ。同じように考えると4分の4拍子だからといって4つ振り(4分拍子を1つに振る)が正しいという訳ではないということになる。

 ベームが指揮したモーツァルトの29番は一部の評論家が大変高く評価している演奏だが、今にして聞くとやはり遅いなあという感じは否めない。幸いこの曲はベームが指揮した映像が残っているので、それがなぜなのか分かった。ベームはこの曲の第一楽章を4つ振りで振っているのだ。現在良く聞かれるもっとスイスイしたテンポの演奏は恐らく2つ振り(2分拍子を1つに振る)で振っていると思う。2つ振りを基準にすればベームの指揮は2倍に引き延ばしていることになるのでこんなに遅くなるのだ。

 25番の第一楽章や第四楽章も4分の4拍子で書かれているが、面白いのはベームがこの曲の場合は第一楽章を2つ振りで、第四楽章を4つ振りで振っていることだ。つまりベームは意図的に振り分けているのだ。時に遅く感じられる曲があっても、それは確信犯でやっているのであり、老化で遅くなったなどと言う性質のものではないのだ。こういうことが後から検証できるのも映像の良いところだ。

楽譜はIMSLPを参照
http://imslp.org/index.php?title=Category:Mozart%2C+Wolfgang+Amadeus&from=S

(追記)
 上記IMSLPにもあるように旧全集の楽譜では29番の第一楽章と25番の第四楽章を4分の4拍子となっているが、これは誤りで現行の新全集では改訂されているとcherubinoさんが教えてくださった。そうするとここはやはり2つ振りでもっと速く振るのが正しい。リヒターが3倍伸ばしで振ったマタイと同様にベームの29番は現時点から振り返れば正しいテンポとは言えないということになりそうだ。

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 久しぶりにオペラを取り上げよう。ポネルがMETで1985年に演出したこのライブ映像が出てきたことで、1976年のポネルの映画と1980年のウィーン国立歌劇場の日本公演の演出意図の違いがようやく理解できたような気がする。というのはこのMETの映像や1976年の映画と比べて、1980年のウィーンの舞台は同じポネル演出でありながら実際はかなり異なるからだ。

Figaro..................Ruggero Raimondi
Susanna.................Kathleen Battle
Count Almaviva..........Thomas Allen
Countess Almaviva.......Carol Vaness
Cherubino...............Frederica von Stade
Dr. Bartolo.............Artur Korn
Marcellina..............Jocelyne Taillon
Don Basilio.............Michel Senechal
Antonio.................James Courtney
Barbarina...............Dawn Upshaw
Don Curzio..............Anthony Laciura

Conductor...............James Levine
Production..............Jean-Pierre Ponnelle
Designer................Jean-Pierre Ponnelle
Lighting designer.......Gil Wechsler
TV Director.............Brian Large
Metropolitan Opera House
December 14, 1985 Matinee,
https://www.youtube.com/results?search_query=figaro+met+85

(operanewsの記事)
http://archives.metoperafamily.org/Imgs/ONNozze198586.jpg

 ウィーンでのポネルの舞台は(1980年の日本公演は一応トマ演出ということになっているが原演出はポネル)、カラヤンが1972年からザルツブルグ音楽祭で振っていた舞台を1977年にウィーンに持ってきたものだが、小じんまりとしながらも明るくきれいな舞台で、中世のセヴィリヤというよりはもっと後の時代のウィーンの宮廷という感じだ。一方、METの映像と1976年の映画での演出は、もっと大掛かりな石造り風の少し暗い舞台で中世のセヴィリヤの領主の宮殿の雰囲気を比較的忠実に表現している。この作品がロッシーニのセヴィリヤの理髪師の続編であることをより強く意識させる舞台と言えそうだ。

 また、METの映像は普段は伯爵が持ち役のライモンディがフィガロを歌い、映画でも70年代半ばまで舞台では伯爵を歌っていたプライがフィガロを歌っている。伯爵との対決色が強いフィガロだ。いずれのフィガロもヒゲをつけ、実は伯爵より年長である(これは原作通りの設定)ことを強調しているので視覚的な対決色も強くなる。しかし1980年の日本公演でヒゲをつけているのは立場上偉い伯爵(ヴァイクル)の方でありフィガロ(プライ)はヒゲはつけていない。このためフィガロと伯爵の対決色はそれほど強くない。

 全体的にMETの映像や1976年の映画がリアルな人間ドラマを描くことにポイントを置いているのに対して、ウィーンの舞台はそれをもう少しオブラートにくるんだ優美さに特徴があるように思う。つまり、ウィーンっぽい舞台の1980年の日本公演(≒1972年のザルツブルグの舞台)とスペインっぽい1976年の映画(≒1985年のメットの映像)は演出コンセプト自体がかなり違うように思うのだ。

 恐らく1976年の映画は1972年に演出したザルツブルグの舞台とは別に企画されたポネルの第二次演出と言うべきものであり、1985年のMETの演出はそれを舞台で再現したものだろう。もしも1976年の映画がカラヤンが1972年からザルツブルグで振っていた舞台と同じ演出だとすれば、なぜベームが指揮したのか、なぜザルツブルグでフィガロを歌ったことがないプライが主演したのか、なぜカラヤンは振りたがらなかったのかなどの疑問が残るが、別の演出だということであれば容易に説明がつく。

 逆に1972年の最初の演出の方は、カラヤンが1977年にウィーンに持って行った時点で現実的にはポネルの手を離れ、ポネルはウィーンの現場には余り関与していなかったのではないだろうか。1980年の日本公演にポネルは来日せずトマが同行したのも恐らくそのためだろう。

 このポネル演出のMETのフィガロは1988年に日本でも上演されたので(配役もバトル、セネシャル、ヴァネス、コートニー、アップショウが共通している)、1980年のウィーンの来日公演と両方ご覧になった方もいるだろうが、あまりに違う舞台なので知らなければ同じポネルの舞台だとは思わなかったのではないだろうか。2つの違う舞台が映画も含めて3つの映像で楽しめるようになったことを喜びたい。

 ポネルとレヴァインはMETの公演の翌1986年から1988年のザルツブルグ音楽祭でもフィガロの結婚を上演しており、バトルのスザンナ(1986年)、ライモンディのフィガロ(1987年)、シュターデのケルビーノ(1987年)、アップショウのバルバリーナ(1986-87年)、セネシャルのバジリオ(1987-88年)、Taillonのマルチェリーナ(1986年)など、伯爵と伯爵夫人以外は多くの配役が共通している。

 私はこの時のザルツブルグでの演出はてっきりカラヤンが1972年から1980年まで振っていた最初の演出(≒ウィーンの舞台)の再演だと思っていたが、METとザルツブルグで共同制作した新演出の舞台だった可能性もありそうだ。まあ、完全に新制作であれば音楽祭の初日に持ってきたはずで、成功した演出がたった3年で終わりというのはちょっと短か過ぎる。このため基本的には70年代の旧演出の舞台だったろうが、少なくともカラヤンが振っていた時とはかなり手直しした可能性が高いと思う。ポネルは1988年に事故で急逝しているのでザルツブルグ音楽祭の舞台を手掛けたのはこの時のフィガロが最後だろう。

 肝心の演奏だが、レヴァインの指揮はさすがに手慣れており、いずれもモーツァルトを得意とする歌手なので歌の水準も高い。特にシュターデのケルビーノはザルツブルグでもウィーンでもパリでも大人気だったがメットでも他の誰よりも大きな喝さいを受けている。ポネル演出の映像が残されたことは喜ばしい。ライモンディがフィガロを歌ったのはポネルが演出したこの時のメットとザルツブルグだけだろうが、演出の意図を反映して芸達者なところを見せている。ライモンディに伯爵でなくフィガロを歌うよう要請したのは恐らくポネルだろう。

 アレンの伯爵やバトルのスザンナも得意役だが意外にもこれまでこの役の映像はなかったので、このDVDの単売も期待されるだろう。個人的には伯爵夫人がザルツブルグの舞台のようにポップであればもっと良かったが、ポップやプライのような甘い声を敢えて持ってこなかったところにもポネルの今回の演出意図が感じられる。

 レヴァインは1988年のMETの日本公演の後、1990年にDGにこの曲を録音をしているが、フルラネット(フィガロ)、アップショウ(スザンナ)、テ・カナワ(伯爵夫人)、ハンプソン(伯爵)、フォン・オッター(ケルビーノ)、トロヤノス(マルチェリーナ)と配役は全面的に入れ替えられている。私は1985年のオリジナルキャストのこのDVDの方が魅力的だと思う。なお、フルラネット、アップショウ、テ・カナワ、ハンプソンの4人は後に1992年3月のメットの舞台に立っているが、フォン・オッターとトロヤノスがMETでこの役を歌ったことはない。

以前も紹介した1980年の日本公演の映像と1976年の映画の映像もユーチューブで見ることができるので、上記のMETの映像との違いを見比べることができる

 フィガロ:ヘルマン・プライ
 スザンナ:ルチア・ポップ
 アルマヴィーヴァ伯爵:ベルント・ヴァイクル
 伯爵夫人:グンドラ・ヤノヴィッツ
 ケルビーノ:アグネス・バルツァ
 カール・ベーム(指揮)
 演出:ヘルゲ・トマ
 舞台装置・衣装:ジャン・ピエール・ポネル
 収録:1980年9月30日、東京文化会館(ライヴ)
http://www.youtube.com/results?search_query=bohm+figaro+1980

アルマーヴィーヴァ伯爵…ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン)
伯爵夫人…キリ・テ・カナワ(ソプラノ)
スザンナ…ミレッラ・フレーニ(ソプラノ)
フィガロ…ヘルマン・プライ(バリトン)
ケルビーノ…マリア・ユーイング(メッゾ・ソプラノ)、他
カール・ベーム指揮ウィーンフィル
演出:ジャン=ピエール・ポネル
制作:1976年
https://www.youtube.com/results?search_query=mozart+figaro+bohm

 ユーチューブではミラーが演出した1998年11月のMETの映像の方も見ることができる。ミラーのフィガロはフィレンツェでも上演されており、確か日本公演もあったのでご覧になった方もいらっしゃるだろう。

Figaro..................Bryn Terfel
Susanna.................Cecilia Bartoli
Count Almaviva..........Dwayne Croft
Countess Almaviva.......Rene Fleming
Cherubino...............Susanne Mentzer
Dr. Bartolo.............Paul Plishka
Marcellina..............Wendy White
Don Basilio.............Heinz Zednik
Antonio.................Thomas Hammons
Barbarina...............Danielle de Niese
Don Curzio..............Anthony Laciura
Bridesmaid..............Jennifer Welch-Babidge
Bridesmaid..............Andrea Trebnik

Conductor...............James Levine
Production..............Jonathan Miller
Metropolitan Opera House
November 11, 1998 Telecast
https://www.youtube.com/results?search_query=figaro+met+99

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・モーツァルト:歌劇『コジ・ファン・トゥッテ』全曲
 フィオルディリージ:リーザ・デラ・カーザ(S)
 ドラベッラ:クリスタ・ルートヴィヒ(Ms)
 グリエルモ:エーリヒ・クンツ(Br)
 フェランド:アントン・デルモータ(T)
 デスピーナ:エミー・ローゼ(S)
 ドン・アルフォンソ:パウル・シェフラー(Bs)
 ウィーン国立歌劇場合唱団
 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
 カール・ベーム(指揮)
 録音:1955年

 コジ・ファン・トゥッテはフィガロの結婚と並んでベームが生涯に渡って振り続けた作品だ。50年代、60年、70年代それぞれにレコード録音を残しており、毎年のように行われたザルツブルグ音楽祭での公演はFMで放送た。1969年に制作した素晴らしい映画も最近になってDVD化された。

 この作品は「不道徳だ」とされて19世紀から戦前まではあまり上演されず(ワルターやフルトヴェングラーは演奏したことがあるのだろうか?)、現在このように頻繁に演奏されるようになったということ自体、ベームのおかげだと言っていいのではないだろうか。

 3種類の録音のうち評論家の評価が最も高いのは1962年のEMI盤だが、私はシュヴァルツコプフの歌が少し重たいように思う。私が好きなのは1955年のデッカ盤だ。デラ・カーザとウイーンにデビューして間もないルートビッヒの姉妹がみずみずしい。有名なカラヤンのバラの騎士のオクタヴィアンの前年の録音だ。この頃のルートビッヒは後年のように暗い声ではなく、デラ・カーザの声とどこかしら同質性も感じられる。姉妹役なのだからそれもありだろう。男声3人もスケールこそ大きくはないが、ウィーン流のモーツァルトのスタイルにピタリと収まっていて気持ちがいい。

 この録音は1956年のモーツァルトの生誕200年に向けて名プロデューサーだったヴィクター・オロフが企画・制作したもので、1954年の父クライバーのフィガロの結婚に続いて録音された。ステレオ最初期の録音だが音は決して悪くない。モダンオケの演奏としては1969年の映画と並んでこの作品のベストだ。コジでもフィガロでも決定的な演奏を残したベームは間違いなく20世紀最高のモーツァルト指揮者だったと言えるだろう。

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CD−1
モーツァルト:交響曲第28番(1974年)
モーツァルト:交響曲第29番(1960年)
モーツァルト:交響曲第30番(1974年)

CD−2
モーツァルト:交響曲第31番《パリ》(1968年)
モーツァルト:交響曲第32番(1974年)
モーツァルト:交響曲第33番(1974年)
モーツァルト:交響曲第34番(1974年)

CD−3
モーツァルト:交響曲第35番《ハフナー》(1968年)
モーツァルト:交響曲第36番《リンツ》(1968年)
モーツァルト:交響曲第38番《プラハ》(1968年)

CD−4
モーツァルト:交響曲第39番(1974、75年)
モーツァルト:交響曲第40番(1975、75年)
モーツァルト:交響曲第41番《ジュピター》(1973年)

CD−5
モーツァルト:アイネ・クライネ・ナハトムジークK.525(1960年)
モーツァルト:セレナータ・ノットゥルノK.239(1960年)
モーツァルト:セレナードK.101(1973年)
モーツァルト:ノットゥルノK.286(1973年)
モーツァルト:音楽の冗談K522(1961年)

スイトナー指揮ドレスデン国立管


助六さんが倍管について調べてくださったので記事でまとめておきたい。

・1771年にガスマンが創設したウィーン音楽家協会(Tonkünstler-Sozietät)のオーケストラが1781年にモーツァルトの交響曲第34番K338(もしくは第31番「パリ」K297)をVn40−Va10−Vc8−Kb10+倍管で演奏した記録がある。Fgは6本の3倍管だった。
・1817年には同主催の演奏会でベートーベンの「かんらん山上のキリスト」が20−20−8−7−7+倍管ないし3倍管で演奏された。
・倍管編成が可能なオケとして、1811年ベルリン宮廷オペラ、1817年ドレスデン宮廷オペラ、1820年ミュンヘン宮廷オケ、1823年ドレスデン・シュターツカペレ、1837年シュトゥットガルト宮廷オペラ等の記録がある。
・モーツァルト時代のF・ガレアッツィの理論書ですでに倍管が推奨されている。

私も、例えばヘンデルのメサイア(1742年初演)をモーツァルトと同世代のヨハン・アダム・ヒラー(1728〜1804)という人が編曲した版は36人のファーストバイオリン、39人のセカンドバイオリン、18人のビオラ、23人のチェロ、15人のコントラバス、10のバスーン、それぞれ12人のオーボエ、およびフルート、8人のナチュラルホルン、6人のトランペット、2人のティンパニ、および4人のトロンボーンという大編成だということは知っていたので、何か特別な機会にこのような巨大編成をとることが18世紀からあったということは理解する。
http://www5b.biglobe.ne.jp/~berisari/messias.htm

現代でも2つのオーケストラの合同演奏会など巨大編成の演奏会は行われており、仮に倍管編成で4管にしたオケを2台とすれば4倍管編成(8管)ということになる。ただ気をつけなければいけないのが、8管編成の演奏会が現代において普通かというと決してそうではないという点だ。巨大編成の演奏会は話題になるので記録に残りやすいのだ。なのでモーツァルトの時代において倍管編成が「可能」ということが、すなわち「通常」倍管編成で演奏したということには決してならないと思う。

それでは倍管編成が一般的になったのはいつなのかだが、情報の出元は不明ながらwikiには「グスタフ・マーラーがウィーンでベートーヴェンの交響曲を演奏する頃から始まったと言われる」と書いてある。古典派の音楽を倍管で演奏するという発想は後期ロマン派的な解釈に合致するので私も倍管が日常的になったのはその頃なのではないかと推測している。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%80%8D%E7%AE%A1

wikiにはまた、「通常はカール・ベームのように木管楽器だけを各4本にするが、カラヤンなどは金管楽器(ホルン、トランペット、トロンボーン)も倍にしている」と書いてある。これも重要な指摘だ。金管を倍にすると華麗で重厚だが、メタリックである意味非常に戦闘的な音楽になる。確かに19世紀以降弦楽器の音量は増したが、金管も改良されて古典派の時代よりもはるかに大きな音が出るようになっている。それに比べて(フルート以外の)木管の音量は劇的には変化していないので、仮に倍管にするにしてもベームのように木管だけ倍管にするといった控えめな編成にするべきなのではないだろうか?

と長々と書いてきたのは、結局のところ18世紀の音楽、モーツァルトぐらいまでの音楽の演奏はそんなに大きな編成にするべきではないのではないだろうか、と言いたいからだ。古楽器を使った少人数のオーセンティックな演奏だけが全てだとは決して思わないが、モダン楽器を使って大型の編成で演奏するにしてもそこそこの節度を守るべきだと思う。

このスイトナーとドレスデンのモーツァルトはLP時代から定評あるものだが、なぜこの演奏がモーツァルトらしく聞こえるかを冷静に考えてみると大きく3点が指摘できると思う。一つは編成をあまり大きくし過ぎない(基本的に楽譜通りの2管編成)、二つ目はバイオリンのビブラートは控えめで、ノンビブラート奏法ではないが基本的に自然体、三つめは音符の「音価」(音の伸ばし方)は基本的に楽譜通りでレガートの指定がないところはつなげない、という点だ。

仮にこの正反対をするとどうなるか? 基本的に倍管編成で、バイオリンはビブラート多めで、音価は基本的に常にレガートで(レガート指定のないところもレガートにつなげて)モーツァルトを演奏するとどうなるか? もうお気づきと思うが、こう演奏するとカラヤンのモーツァルトになるのだ。ベルリンの壁を隔ててスイトナーとは正反対の演奏をしていたのだ。

恐らくスイトナーとドレスデンの演奏は19世紀前半ぐらいの演奏スタイルを引き継いでいて、カラヤンのスタイルは19世紀後半から20世紀の演奏スタイルを引き継いだものなのだろう。東ドイツが崩壊する前のドレスデンのオケがシューベルトやシューマンの演奏に非常な適性を示したのもそのためだろう。当時は少し時代遅れにも聞こえたこのようなサウンドが今や周回遅れのトップランナーになってしまうのだから音楽とは面白い(笑)

このスイトナーとドレスデンのモーツァルトはLP時代は東独のシャルプラッテンが曲によってEMI、フィリップス、徳間など西側の複数のレーベルにバラバラに版権を与えたため、交響曲集としてまとまっては発売されなかった。その点はベームなど他の競合盤と比較して損をしたと思う。全部まとまった形でCD化されたのは東ドイツが崩壊した後だったと思う。その中では徳間が最後の3大交響曲をカタログから落とさなかったのが立派だ。

スイトナーのモーツァルトはN響とのスタジオ録音やライブ録音、ベルリンシュターツカペレとの来日ライブもCD化されているが、オケの音色やコンディション、録音会場や録音状態を総合的に考えるとやはりこのドレスデンとの録音が最も良いと思う。正直N響やベルリンとは格が違うことに改めて気づかされる。このオケを振れるならそれは指揮者は誰だって東ドイツにも行くだろう。録音だけだが実際カラヤンもクライバーもケンペもそうしたし。スイトナーにはドレスデンの来日公演を振って欲しかった。

このBOXは10枚組で、他の収録曲は下記リンクを参照。モーツァルトの5枚だけでも3000円なら安い。手に入るうちに買った方が良いと思う。
http://www.hmv.co.jp/product/detail/160643

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