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・ブルックナー:交響曲第9番ニ短調 [63:14]
シカゴ交響楽団 カルロ・マリア・ジュリーニ(指揮)
1976年12月1・2日、シカゴ、メディナ・テンプル
プロデューサー:クリストファー・ビショップ
エンジニア:クリストファー・パーカー
・ブルックナー:交響曲第9番ニ短調(リハーサルと本番)
シュトゥットガルト放送交響楽団 カルロ・マリア・ジュリーニ(指揮)
収録:1996年9月19日
ジュリーニのマラ9を久しぶりに聞いたのでブルックナーの9番も久しぶりに聞いてみることにした。76年の録音はジュリーニがベートーベン、シューベルト、ドヴォルザークなどの第九ばかりを録音していた70年代半ばの録音で、丁度その20年後のシュトゥッツガルトの映像はジュリーニが1998年10月に引退を正式に発表する2年前、公式に記録された最後の演奏会(もしかしたら生涯最後の演奏会?)のリハーサルと本番だ。ジュリーニのマーラーは80年代半ばの大地の歌が最後だったようだがブルックナーは最晩年まで演奏し続けたわけだ。やはりブルックナーの方が合っているようだ。
シカゴ響との演奏はLP時代には決定盤とされていたもので、1983年の最初の「名曲名盤」ではカラヤン盤を抑えて見事1位を獲得した。今聞きなおすと残響が少なくややドライな印象はあるが集中力の高いよい演奏だと思う。惜しむらくはシカゴ響のピストン式トランペットの強奏がまるで吹奏楽のようで、ブルックナーには違和感がある点だ。これは1996年に朝比奈が客演した際のブルックナーの5番にも全く同じことがあてはまる。
マーラーの場合は米国のオケによる名演も少なくないが、米国のオケによるブルックナーの名演は少ない(と言うかほとんどない)のは、マーラーの前衛的な音楽と比較してブルックナーの音楽は古風な響きの楽器や豊かな残響のホールを必要としているからだろう。このジュリーニの演奏も第二楽章のトランペットが少々騒々しいのは否めないが、このような悪条件(?)の中でこれだけの名演を残したということは全盛期のジュリーニの実力を物語っている。(私が今聴いているのは輸入盤だが)クラシックのレコードらしくない当時のジャケット写真とともに忘れられない70年代を代表する1枚だ。マラ9もそうだがジュリーニのおしゃれの趣味がジャケット写真に反映されているのではないだろうか?
ジュリーニのブル9には他に1988年のVPO盤もあって、ほぼ10年ごとに3つの演奏が残された。シカゴ響やロスフィルのポストを辞して80年代にヨーロッパに戻ったジュリーニはBPOやVPO、ACO(RCO)など主にドイツ圏で指揮するようになった(サンティもアバドもシノーポリもそうだがイタリアの指揮者は有名になった後はドイツ圏で演奏することが多いようだ)。配置もイギリスやアメリカで振っていた時のストコフスキー型ではなくフルトヴェングラー型(左から第一バイオリン、第二バイオリン、チェロ、ビオラ、コントラバス)を採用するようになった。シュトゥッツガルト放送響はチェリビダッケが指揮していた70年代末まではストコフスキー型で並んでいたが、この映像ではフルトヴェングラー型で並んでいるのはジュリーニの意向によるものと考えて間違いないだろう。90年代にこのオケの音楽監督だったジェルメッティはどちらの配置だったか確認してみたくなった。
76年盤もこの曲としてはやや遅めだが、80年代のジュリーニのテンポはますますスローになりVPO盤は70分近くかかっている。これには違和感を持った人もいるかもしれないが、96年のシュトゥッツガルトの演奏はシカゴ響との演奏に近いテンポに戻っている。テンポ的な違和感はまったくない。細部ではシカゴ響の方がピシッと決まっていると思える部分もあるが、ジュリーニのブル9が映像で残された意味は大きいだろう。
CS0(1976)25:19/11:07/26:47
VPO(1988)28:02/10:39/29:30
シュトゥッツガルト放送響(1996)26:13/10:48/25:12(実測)
ジュリーニは夫人が病気のためヨーロッパに戻った後はヨーロッパ外での活動をしなかった。このため日本には1982年を最後にその後は来日しなかった(最後の来日で1回だけ振った7番が日本で唯一のブルックナーだった)。私は生で見られなかったので映像で見られるのは大変ありがたい。この曲は何度も演奏しているだろうが、わざわざ楽譜を置いて演奏しているのも興味深い。そう言えば50年代にジュリーニを発掘したEMIのプロデューサー、ウォルター・レッグの伝記にはジュリーニは新しいレパートリーに慎重で楽譜を読むのが遅いというような主旨のことが書いてあったことを思い出した。ジュリーニの真摯で謙虚な人柄を反映しているのだろう。ジュリーニはインタビューで「自分は平凡な人間だ」というような主旨のことも言っていたそうだ。
(ジュリーニの来日記録)
http://www003.upp.so-net.ne.jp/orch/page020.html
第三楽章は4つ振りか、倍伸ばしの8つ振り(4つ振り×2)か注目して映像を見てみたが8つ振りだった。ヴァントが基本的には楽譜通り4つに振っているのとはかなり異なる。ちなみにヨッフムも7番の第二楽章を8つに振っている。ヴァントはハース版支持者だが、ヨッフムとジュリーニはノヴァーク版を使っており、ひょっとしたらノヴァーク版を使っている指揮者は8つ振りを好む傾向があるのかもしれない。
アダージョを4つに振るか8つに振るかに私が注目するのは理由がある。何かの楽器を演奏する方であればお分かりだと思うが、1拍を1つに振るのと半拍を1つに振るのとでは音楽の息遣いが全然変わるからだ。マタイ受難曲を昔の演奏のように3つ振り×4でスローに振るのは誤りだということはすでに常識となっているが、たとえ結果的に同じテンポになっても、例えば1拍=50と半拍=100とでは音楽は違う表情になる。カラヤンの9番やチェリビダッケの7番の映像も確認してみたい。
それにしても演奏史を検証する上で映像の記録は大変重要だ。リヒターも没後30年になって「3つ振りは間違い」などと私がごときにダメ出しされるとは夢にも思わなかっただろう(笑)。墓石も揺らぐだろうか。リヒター先生すみません。
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