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クリスタ・ルートヴィヒ

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 おはようございます。節電のためクーラーをつけないで我慢しています。でも暑いので早く目が覚めてしまい、ブログを書き始めたら朝になってしまいました(笑)。ニュースでアメリカの株価が暴落しているので日本も心配です。

1. ジプシーの歌 作品103 おおジプシーよ、弦をかき鳴らせ
2. ジプシーの歌 作品103 波立つリマの流れよ
3. ジプシーの歌 作品103 御存知ですか
4. ジプシーの歌 作品103 神様あなたは知っておいでだ
5. ジプシーの歌 作品103 日焼けした若者が踊りに行く
6. ジプシーの歌 作品103 三つの赤いバラが
7. ジプシーの歌 作品103 聖なる誓い
8. ジプシーの歌 作品103 赤い夕焼雲
9. 死は冷たい夜 作品96-1
10. まどろみはいよいよ浅く 作品105-2
11. 野の寂しさ 作品86-2
12. セレナード 作品106-1
13. 愛のまこと 作品3-1
14. 乙女の歌 作品107-5
15. サッフォ頌歌 作品94-4
16. いこえ、いとしい人 作品33-9
17. 五月の夜 作品43-2
18. 永遠の愛 作品43-1

クリスタ・ルートヴィヒ(ソプラノ)
ピアノ伴奏:レナード・バーンスタイン
1972年、ウィーン・コンツェルトハウス(ライブ)
(下記サイトに試聴あり)
http://tower.jp/article/feature_item/70555

 マーラーと並んでソプラノよりもメゾの方が向いているレパートリーとしてブラームスを挙げることができると思う。1993年に録音されたルートヴィヒの「フェアウェルリサイタル」にもマーラー、シューマン、R.シュトラウスと共にブラームスが収められており、キャリアの晩年までルートヴィヒの主要レパートリーだったことが伺える。

 ただ、ブラームスの歌曲というのはマーラー以上に渋いレパートリーのようで、私もいくつか持ってはいるがあまりちゃんと聞いたことがないジャンルだ。このCDは以前紹介したブライロフスキーのショパンなどと同時にタワーレコードが昨年になって世界で初めて(!)CD化したものだ。ウィーンにおける1972年のライブ録音で、日本では1977年に発売されたものだ。私も「そう言えばこんなディスクも昔あったなあ」という程度の印象しかなかったが、この際聞いてみることにした。

 オリジナルのLP通り、8曲の短い歌からなる「ジプシーの歌」と、10曲の歌曲からなる47分ほどのアルバムだ。プロデューサーはマックルーアだ。まずジプシーの歌ではバーンスタインの威勢の良すぎる伴奏にびっくりする(笑)。曲が曲だとは言え、ムーア、ウェルバ、デムスと言った伴奏のスペシャリストの常識を超えている。私は思わずムーアの自伝本のタイトル「お耳障りですか?」を思い出した。ジャズでも弾いているのじゃないのだから、と言いたくなるが、きっとバーンスタインにとってはジャズを弾くのと(良くも悪くも)大差ないのだろう。後半の10の歌曲では多少落ち着くとは言え、ブラームスの歌曲としてはかなり変わった伴奏だと言わざるを得ないだろう。

 でもそういうバーンスタインの伴奏に対してルートヴィヒが歌いにくそうかというと、案外そうでもないのだ。緩急が付きすぎているバーンスタインの大地の歌でもそうだったが、ルートヴィヒは普通の伴奏者がソリストに対して絶対に超えない一線を大胆にも(無神経にも?)踏み越えてくるバーンスタインの伴奏をむしろ楽しんでいるようなのだ。ルートヴィヒの懐の大きさを改めて感じる。

 バーンスタインが1966年3月にフィッシャー=ディースカウ主演のファルスタッフでウィーン国立歌劇場にデビューし、1968年4月にルートヴィヒ主演のばらの騎士を指揮したことはすでに書いたが、このディスクのジャケット解説によると、1968年4月24日に録音されたルートヴィヒとベリーの(バーンスタインがピアノで伴奏)「子供の不思議な角笛」は、ばらの騎士の公演の合間を縫ってウィーン芸術週間に開催されたコンサートをライブ収録したもので、これはF=Dがキャンセルしたリサイタルの代替コンサートとして急遽開催されたものだそうだ。

 バーンスタインがピアノ伴奏した歌曲は多分このディスクのブラームスと、その1968年4月のルートヴィヒとベリーの「子供の不思議な角笛」、それに1968年11月にスタジオ録音されたF=Dとのマーラーの3点があるぐらいだと思う。F=DのCBSソニーへの録音も極めて珍しく、だいぶ前に紹介した引退直前の「冬の旅」のLD(ペライア伴奏のスタジオ収録映像)を除けば、この1968年のマーラーと1966年のファルスタッフ、それに1976年のカーネギーホールでのライブ(ホロヴィッツとの「詩人の恋」)があるぐらいだろう。

 ジャケットの記述はF=Dがキャンセルした4月のリサイタルがどのような内容で誰の伴奏だったのかについては触れていないが、恐らくバーンスタインのピアノ伴奏によるマーラーのリサイタルが予定されていて、バーンスタインのピアノが余りに個性的だったためにテンポが合わず、11月に改めてスタジオで収録したのではないだろうか。ルートヴィヒとベリーは前年の1967年にバーンスタインとオケ版の「子供の不思議な角笛」を録音しているので、急な代役とは言えある程度バーンスタインのテンポや解釈は分かっていたものと考えられる。

 ただ、このディスクのジャケット解説には、この時キャンセルしたF=Dを揶揄して「王様は死んだ、王様万歳」とウィーンの新聞が書いたとあるが、これは間違いではないだろうか? F=Dとバーンスタインを並べて比較するのはどう考えてもおかしい。「王様は死んだ、王様万歳」とはもともとは王制の継続により代が変わっても繁栄が維持されることを祈念する言葉で、フルトヴェングラーが死んでカラヤンがベルリンフィルに着任した際に使われたものだ。恐らくその新聞はウィーンを去ったカラヤンを揶揄して新たにウィーンのスターとなったバーンスタインを称賛したのだと思われる。バーンスタインとルートヴィヒのばらの騎士はそのくらい大きな成功を収めたということだ。F=Dの名誉のためにも訂正した方がいいと思うが直しようがないか。

 話をブラームスに戻そう。実はこのブラームスは同じプログラムで1973年にテルアヴィブで演奏した際にユニテルが収録した映像があり、ドリームライフが先日初めてDVD化した。それは大変結構なことなのだが、収録時期が異なるバーンスタインのハイドンやベルリオーズのディスク3枚に分かれて、おまけ扱いで約15分ずつ収録されているのが解せない。私はバーンスタインの晩年のハイドンなどには全く関心がないのでブラームスだけで1枚にまとめてほしかった。「永遠の愛」をユーチューブで見ることができる。
http://www.youtube.com/watch?v=lgIDdZobeHg

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・R.シュトラウス:『ばらの騎士』全曲
 クリスタ・ルートヴィヒ(元帥夫人)
 ギネス・ジョーンズ(オクタヴィアン)
 ルチア・ポップ(ゾフィー)
 ワルター・ベリー(オックス男爵)
 プラシド・ドミンゴ(テノール歌手)、他
 ウィーン国立歌劇場合唱団
 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
 レナード・バーンスタイン(指揮)

 録音時期:1971年3〜4月
 録音場所:ウィーン、ゾフィエンザール
 
 本当はソプラノになりたかったルートヴィヒは、1968年4月のウィーンでついに念願のマルシャリンを歌った。バーンスタイン指揮でシェンクの演出による舞台だ。バーンスタインがウィーン国立歌劇場でオペラを振るのは1966年3月のファルスタッフ以来だ。この録音は1971年だがゾフィーがグリストからポップに代わった(←ナイス!)点とドミンゴが客演している以外はほぼ同じキャストだ。

 この舞台は1994年に手直しされてクライバー指揮で上演された。シェンクは他にも1971年にミュンヘンでばらの騎士を演出している(これもクライバー指揮)。クライバー指揮のミュンヘンとウィーンの舞台はいずれもビデオ収録された上、日本でも上演されたのでご覧になられた方も多いと思う。幸いにして私もウィーンの方は見ることができた。しかし写真を見る限り1968年のウィーンでの最初の上演は1994年の再演や70年代のミュンヘンの舞台とは少々異なるものだったようだ。

 デラ・カーザやポップなど、ゾフィー歌いが後にマルシャリンを歌うケースは多いが、オクタヴィアンがマルシャリンに変わったケースは珍しい。この演奏でオクタヴィアンを歌っているジョーンズも数年後にはクライバーのマルシャリンを歌うことになるが、ジョーンズはもともとソプラノなのでそれほど難しいことではないだろう。一方、助六さんのコメントにあるように、ルートヴィヒは相当な苦労と努力をしてその座を得たのだが、メゾのルートヴィヒがマルシャリンを歌った場合、それではオクタヴィアンを誰が歌うのか、という本質的な問題が発生する。メゾのマルシャリンにメゾのオクタヴィアンでは声楽的にもろに被ってしまうからだ。

 ルートヴィヒは1969年のザルツブルグでもマルシャリンを歌っており(映画になったハルトマン演出の最後の再演、指揮はベーム)、実はこの時はメゾのトロヤノスがオクタヴィアンを歌っている。舞台では演技や衣装などで視覚上のコントラストをつけることができるが、声楽的には完全に被っているので、録音を前提に考えた場合、これはあり得ないキャスティングだと思う。音楽的には多分渋くなり過ぎるのではないかと思うが、この時のライブは以前DGがCD化していたので機会があれば確認してみたい。

 この難しい問題に対してバーンスタインとシェンクが出した回答は、メゾのマルシャリンに対して逆にソプラノのオクタヴィアンを組み合わせるという大変に凝ったものだった。これはマルシャリンにしては内向的で優しすぎるルートヴィヒのキャラを逆手に取った妙案だと思う。通常のマルシャリンは旦那の留守中にチェリーボーイを食ってしまう(←下品?)、上品だが気位が高くて自立心が強い、どちらかというと肉食系の近代的な女性として描かれる。マルシャリンが戸惑っているのは自分が老けこんで、もはやオクタヴィアンとは釣り合わないことに対してであり、あくまで関心は外側に対して向けられている。

 しかしバーンスタイン盤ではルートヴィヒの内気で古風な草食系のマルシャリンに対して、若いが凛として意志の強いジャニーズ系(笑)オクタヴィアンを組み合わせたのだ。逆転の発想だ。この場合、年上の人妻を口説いたのはオクタヴィアンの方であり、内気なマルシャリンは釣り合わない年齢だということを初めから分かっていながら、イケメンの美少年に口説かれてしまった自分自身に対して戸惑っているのだ。

 わざとゾフィーのもとにオクタヴィアンを遣いとして送った自分の思惑通りにことが運んだので、このマルシャリンは内心ではさぞやほっとしたことだろう。ルートヴィヒが自分で言っているように母性満開、まさに母親目線のマルシャリンだ。でもこのイケメンオクタヴィアンは10代からこんな女殺しだと、この後も女を口説き続けるだろうからゾフィーは苦労するだろうな。まあそこまで書いてないからいいか(^^;

 というようにこの演奏は、マルシャリンとオクタヴィアンのパワーバランスにおいて主導権がオクタヴィアンにある点が通常の解釈とは大きく異なる。このため、このディスクはばらの騎士のファースト・チョイスには絶対になりえない。私も昔はバーンスタインのオケが威勢がいい(というよりうるさい)だけで冴えない演奏だなと思っていた。しかし、なぜメゾのルートヴィヒがマルシャリンを歌いたがったのか、なぜソプラノのオクタヴィアンが組み合わされたのかということを分かって聞けば、この作品の別の側面を捉えた結構面白い演奏だと思う。そんな解説は国内盤を買ったとしてもどこにも載っていないが、もしもこの記事を読んで関心を持ったら聞いてみてほしい。シュトラウスファンもしくはルートヴィヒファン、あるいはジョーンズファン限定でお勧めしたい。

 ちなみにこのディスクはCBSソニーの録音だがプロデューサーはマックルーアではなく、1967年のショルティ指揮のヴェルディ「レクィエム」を最後にデッカを退社していたカルショウだ。これはバーンスタインのたっての希望だったそうで、録音会場もデッカのゾフィエンザールだ。録音の時点ですでにウィーンフィルはデッカの専属ではなくなっていたが、ウィーンフィルの音を録るにはデッカのチームが必要だと考えたのだろう。これはカルショウのプロデューサーとしての最後期の録音にあたる。

 バーンスタインの指揮は先日の大地の歌と同様に過剰にシンフォニックで、懲りすぎ、粘りすぎ、緩急の差をつけすぎだ。この人はやっぱりコンサート指揮者で、オペラや声楽曲は無理だなということを再確認させられるが、それでも後年のトリスタンほど完全にオケが主役になっていないのは、きっとカルショウが大地の歌と同様に必死にバランスをとったのだろう。特に1幕は80分かかってCD2枚に分かれるほどこってりしている。カットの違いがあるのかもしれないがカラヤン盤の70分との違いはかなり大きい。それでもコンマスがヘッツェルに代わって近代的なオケに生まれ変わったウィーンフィルはバーンスタインの難しい棒によくついてきている。

 なお余談だがルートヴィヒ自身の私生活について書くと、生まれは1928年のベルリンだが両親はウィーン・フォルクスオーパーの歌手だったそうで、声楽を母親から学んだ後フランクフルト音楽大学に進んだ。デビューは1946年のフランクフルトで「こうもり」のオルロフスキー公爵。その後ベームに見出されて1955年にウィーン国立歌劇場のメンバーになる。翌1956年(HMVサイトに1954年とあるのは誤り)にはザルツブルグ音楽祭で「フィガロの結婚」のケルビーノを歌い、以後1994年に引退するまでウィーンやザルツブルグ、ベルリン・ドイツ・オペラを中心に第一線で活躍した。

 Wikiによればワルター・ベリーと結婚したのは1957年で離婚したのは1970年だそうで、このシェンク演出のばらの騎士のプレミエの時点では夫婦だったが、この録音の時点ではすでに離婚していたことになる。助六さんのコメントにあるように、その後フランスの演出家ポール・エミール・テベと再婚しており、それは1972年のことだそうだ。

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・R.シュトラウス:楽劇『ばらの騎士』全曲
 元帥夫人:エリーザベト・シュヴァルツコップ
 オクタヴィアン:クリスタ・ルートヴィヒ
 オックス男爵:オットー・エーデルマン
 ゾフィー:テレサ・シュティヒ=ランダル
 ファニナル:エバーハルト・ヴェヒター、他

 フィルハーモニア管弦楽団&合唱団
 ヘルベルト・フォン・カラヤン(指揮)
 録音:1956年[ステレオ]

 ルートヴィヒのたくさんある名盤の中から無理やり1点だけ、という条件を付ければやはりこの演奏になるのではないだろうか。シュヴァルツコプフとカラヤンのばらの騎士と言うべきかもしれないが、シュヴァルツコプフには有名なザルツブルグでの映画もあるのでここはルートヴィヒに注目して聞いてみたい。そもそも「ばらの騎士」とは言うまでもなくオクタヴィアンのことだ。マルシャリン(元帥夫人)は1幕と3幕幕切れで出てくるだけだが、オクタヴィアンは1幕のマルシャリンのモノローグと2幕のオックスのワルツを除けばほとんど舞台に出ずっぱりで、この作品の主役はあくまでオクタヴィアン、これは少年オクタヴィアンの成長物語なのだ。

 わくわくするような前奏曲に続いて第一声「Wie du warst !」(あなたは何と素晴らしかったことでしょう!)を発するのももちろんオクタヴィアンだ。このオクタヴィアンを誰がどう歌うかで演奏全体の性格がだいぶ変わると思う。ルートヴィヒをウィーンで見つけてきたのはプロデューサーのレッグで、カラヤンは当時28歳で(1955年のザルツブルグ音楽祭に「ナクソス島のアリアドネ」の作曲家でデビューしていたとは言え)国際的な知名度はまだ低かった新人の起用に当初難色を示したそうだが、結果的には80年代まで四半世紀に及ぶ2人の共同作業の第一歩となった。

 ルートヴィヒ以降、オクタヴィアンはトロヤノスやファスベンダー、バルツァ、フォン・オッターなどほとんどの演奏でメゾ・ソプラノが歌っているが、50年代にこの役を得意としたのはソプラノのユリナッチで、カラヤンの1952年のスカラ座(ライブ)、父クライバーの1954年の録音(デッカ)、クナッパーツブッシュの1955年のウィーン(ライブ)、そしてカラヤンの1960年のザルツブルグもいずれもユリナッチが歌っている。

 敢えてオクタヴィアンにソプラノを持ってくることで少年オクタヴィアンの中性っぽさが強調されることになる。ただし、一方でマルシャリンやゾフィーとのコントラストが弱くなる危険性もあり、これはユリナッチだから可能だった表現だと考えられるだろう。ユリナッチ以外でオクタヴィアンを歌ったソプラノはそれほど多くないと思う。私が知る限りではバーンスタイン指揮のウィーン盤(マルシャリンはルートヴィヒ)のジョーンズと、1953年のクラウス指揮のウィーンや60年代のメットではオクタヴィアンを歌っていたデラ・カーザぐらいだが、戦前はどうだったのだろうか。

 カラヤンもこの録音に当たって、当初はユリナッチのようなソプラノのオクタヴィアンを想定していたのではないかと考えられる。カラヤン指揮ハルトマン演出の1960年のばらの騎士は翌年ベーム指揮で再演され、その際はルートヴィヒがオクタヴィアンを歌ったが、カラヤンが1963年、64年に再演した際は再びユリナッチに戻っており、意外なことにカラヤンは舞台でルートヴィヒをオクタヴィアンで使っていないようなのだ。

 しかしルートヴィヒは「ソプラノになりたかった」と回想しているだけあって、この録音ではメゾとソプラノの間ぐらいの声の重さで、ソプラノのオクタヴィアンとメゾのオクタヴィアンの良いとこどりをしたような素晴らしい歌を聴かせていると私は思う。マルシャリンとのからみではほどほどの同質性を見せてマルシャリンに包み込まれ、オックスとの対決を経た後のゾフィーとのやりとりではほどほどの異質性を見せ、一人立ちした男を表現していて感動的だ。

 特に毬のようにポンポンはずむような声で愛の喜びを無邪気に表現した1幕は出色の出来だ。早逝の名手デニス・ブレイン率いるホルン軍団が奏でるオクタヴィアンのテーマと合わせて、1幕については1960年のザルツブルグを上回っていると思う。この録音で聴き慣らした後にザルツブルグの映画にLDで再会した時、ウィーンフィルは1幕が意外に下手だなと思ったことを覚えている。2幕、3幕についてはローテンベルガーのゾフィーが素晴らしいので映画も良いと思うが。

 なにぶんステレオ最初期なので音質は少しぼけている。しかもレッグ自身は1957年12月に発売されたモノラル盤しか監修しておらず、1959年12月に発売されたステレオ盤(Columbia SAX2269/72)にはモノラル盤と別のテイクが含まれているという。これは恐らくステレオ録音に失敗したセッションがあって、その部分を別のセッションで補ったためと考えられる。このため1995年にはシュヴァルツコプフ自身の強い希望によりモノラル盤もCD化された。

 EMIはこの当時、実はステレオでも録音していることを演奏家に隠していて、ステレオ録音は別室でクリストファー・パーカーが1人で行ったらしい。デッカのカルショウも「演奏家から倍のギャラを要求されることを恐れたためにステレオでも録音していることは演奏家に隠していた」と回想している。EMIとデッカが同様の対応をしていたということは、演奏家側にモノラル盤とステレオ盤のギャラを別々にして2倍請求しようという動きが実際にあったのかもしれない。ただし、デッカのオロフやカルショウがステレオ大好きだったのとは異なり、レッグはステレオにあまり関心を示さなかったのでEMIはステレオ録音の技術開発が遅れた。残念ながらカラヤンやクレンペラーのEMIの50年代のステレオ録音はデッカやRCAのように鮮明な音ではない。このことはカラヤンがEMIとの契約を1960年で終了した原因の一つになったと考えられている。

 それでも1956年にこのメンバーでこの録音がされて良かったと思う。カラヤンの音楽が若々しいのはもちろんのこと、シュヴァルツコプフは60年代にはもっと重たい歌い方をするようになり、デニス・ブレインはこの録音の発売を待たずして翌年事故で亡くなってしまうからだ。この録音と1960年の映画の関係は、クライバーが残したばらの騎士の2つの映像(ミュンヘンとウィーン)の関係に少し似ている。勢いのある前者と、円熟の後者だ。言い方を変えればオクタヴィアンにより焦点を当てるか、マルシャリンにより焦点を当てるかという言い方もできるだろう。後者もいいが、私が本当に好きなのは前者だ。

 2001年に出たARTリマスター盤はヒスノイズが抑えられたと同時に、高音の抜けが改善され、特にゾフィーの声が聞きとりやすくなった。非常に良いとは言えないまでも、うるさいことを言わなければ安定したまずまずの音質で、十分鑑賞に耐えると思う。評論家の言う事や「名曲名盤」はあまりあてにしない私だが、この演奏を世紀の名盤と呼ぶことには全く同意する。現在は2000円ぐらいで手に入るようなのでぜひ聞いて頂きたい。

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・R.シュトラウス:『エレクトラ』より
 「何の用ですか、見知らぬ人よ」(エレクトラ) [19:31]
・R.シュトラウス:『ナクソス島のアリアドネ』より
 「Ein Schones war」(アリアドネ) [12:33]
・R.シュトラウス:『影のない女』より
 「Barak, mein Mann Mir anvertraut, dass ich sie hege」(バラクの妻) [09:47]
・グルック:『アウリスのイフィゲニア』より
 「Leb wohl! Las dein Herz treu bewahren」(イフィゲニア) [02:19]
・ロッシーニ:『セヴィリヤの理髪師』より
 「今の歌声は心に響く」(ロジーナ) [6:31]
・ワーグナー:『神々の黄昏』より
 「ラインの岸にたきぎの山を積みあげよ(ブリュンヒルデの自己犠牲)」(ブリュンヒルデ) [20:29]

 クリスタ・ルートヴィヒ、ワルター・ベリー
 ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団
 ハインリヒ・ホルライザー(指揮)
 録音:1964年 ベルリン・ドイツ・オペラ(ステレオ)
http://www.hmv.co.jp/product/detail/2701358

 ルートヴィヒのオペラアリア集というのは珍しく、多分まとまった形のものとしてはこれ1枚しかないだろう。原盤は独オイロディスクで、以前日本コロンビアがオイロディスクの国内版権を持っていた時代にR.シュトラウスとワーグナーがばらばらにCD化されたことがあるが、オイロディスクが米RCAに吸収されて版権が移り、ようやく1枚のオリジナルの形で再発されて全曲聞くことができるようになった。音質は大変良好で、知らなければ80年頃のアナログ最後期の録音と言っても通じるだろう。ただHMVの紹介にはコンサートのライブとあるが、それは多分間違いだと思う。

 「セヴィリヤの理髪師」のロジーナを除けば全てソプラノの役だ。ロジーナはソプラノが歌うことも多いことを考えれば、全てソプラノのレパートリーと考えてよい。これはメゾ・ソプラノのオペラアリアは少ないのでまとまったアルバムにならないということもあるだろうが、60年代のルートヴィヒがソプラノ指向だったことを考えれば、ルートヴィヒが本当は好きなのだが舞台ではなかなか歌えなかった歌を選曲したのではないだろうか。

 6曲中実際に舞台で歌ったことがあるのは、恐らく「影のない女」のバラクの妻と「セヴィリヤの理髪師」のロジーナの2曲だけだろう(と思ったらイフィゲニアとアリアドネは一応歌ったことはあるらしい)。ブリュンヒルデやエレクトラまで非常に多様な選曲を、いずれも堂々とした立派な歌で歌っており、もしこのアルバムでしかルートヴィヒを聴いたことがない人がいれば、ルートヴィヒはソプラノだと思うに違いない。

 ただし、ルートヴィヒの声はあまり鋭くないので、エレクトラなどはちょっと人が良さそうに聞こえてしまう感も全くなくはない。これはフィッシャー=ディースカウがオペラでどんな役を歌っても偉そうに聞こえる、(良くも悪くも)何を歌ってもF=DはF=Dというのと少し似ている。自己の音楽が確立していると、役に当てはめるのはその分だけ難しくなってくる訳だが、しかし音楽的には極めて立派な歌だと思う。「エレクトラ」のオレストと「影のない女」のバラクは当時夫婦だったベリーが参加している。

 指揮のホルライザーにも注目したい。ホルライザーはウィーンやベルリン・ドイツ・オペラで活躍した大変な実力者だが、カラヤンとベームという2大巨人の影にかくれてレコード業界からはほとんど注目されなかった。シュタインも似たようなところがあるが、それでもシュタインにはバイロイトでの「パルジファル」と「マイスタージンガー」、ハンブルクでの「魔笛」という大作が映像で残され、RCAにはバンベルク響と得意のレパートリーの録音も残している。しかしホルライザーの場合はオペラの正規作品としてはEMIが録音したワーグナーの「リエンツィ」と、コルンゴルトの「死の都」の映像ぐらいしか残っていないと思う。

 ホルライザーの初来日は1959年の「ウィーン国立歌劇場のメンバー」による来日公演で、その後ベルリン・ドイツ・オペラの「ヴォツェック」(1963)、「ルル」と「コジ・ファン・トゥッテ」(1970)、ウィーン国立歌劇場の「サロメ」(1980)、「トリスタンとイゾルデ」(1986)、「パルジファル」(1989)を振り数多くの名演を聞かせた。それにも関わらず、あれほど得意としたワーグナーやR.シュトラウスの主要な作品の録音がないのだ(1963年の「ヴォツェック」はポニーキャニオンがCD化したことがあるがこれも現在は入手困難だ)。つまり、ルートヴィヒとのこのアルバムは断片ではあるがホルライザーのR.シュトラウスとワーグナーが聞ける点で大変貴重な録音でもあるのだ。

 ルートヴィヒとホルライザーは1963年のベルリン・ドイツ・オペラの来日公演の際、特別演奏会「生誕150周年ワーグナーの夕べ」でもブリュンヒルデの自己犠牲を演奏している。ルートヴィヒはこの時の来日でフィデリオのレオノーレも歌っており、この時期のルートヴィヒがソプラノの役に熱心だったことが分かる。
ベルリン・ドイツ・オペラの来日記録
http://users.catv-mic.ne.jp/~pika/berlin.htm

 また、ベーレンスの記事で書いたとおり、ルートヴィヒとホルライザーはこのアルバムの30年後(!)にウィーンの舞台でエレクトラを演奏している。ルートヴィヒが歌ったのはエレクトラではなくクリテムネストラだが、2人とも息の長い活躍をして素晴らしい。ルートヴィヒがオペラの舞台に立ったのはこれが最後になったそうだ。この映像もぜひDVD化を期待したい。

R.シュトラウス「エレクトラ」
1994年12月14日 ウィーン国立歌劇場 ホルライザー指揮 クプファー演出
Electra Behrens
Klytamnestra Christa Ludwig
http://www.youtube.com/watch?v=Od5wfqxrgQk&feature=relmfu

 ホルライザーの演奏では以前記事にした通り、ホルライザー指揮でリザネク主演、バルロク演出の1980年の「サロメ」はNHKの映像が残っているはずなのでぜひDVD化を期待したい。私はてっきり同年の「フィガロの結婚」に続いてDVD化されるものとばかり思っていたのだが、何とかならないものだろうか。

R.シュトラウス「サロメ」
レオニー・リザネク(サロメ)
ハンス・バイラー (ヘロデ)
ゲルトルーデ・ヤーン (ヘロディアス)
ベルント・ヴァイクル(ヨカナーン)
ヨーゼフ・ポップファーヴィーザー(ナラポート)
ウィーン国立歌劇場管弦楽団
ハインリッヒ・ホルライザー指揮
演出:ボレスラフ・バルロク(Boleslaw Barlog)
装置・衣装:ユルゲン・ローゼ
1980年10月23日NHKホール
http://www.youtube.com/results?search_query=salome+rysanek&search_type=&aq=f

 なおホルライザーは、バンベルク響を指揮してオーケストラ作品を米VOXに何点か録音している。ナクソス・ミュージックライブラリーに契約すればこの録音をパソコンで聴くことができることを発見した。チャイコフスキーの5番やドヴォルザークの新世界、ブルックナーの4番といった主要作品が含まれているので私も聞いてみようと思う。
http://ml.naxos.jp/artist/47611

 下記ページにホルライザーのチャイコフスキーの5番の丁寧な解説があり、「ツボ」をクリックすると譜例が出てくる。
http://www.wakuwakudo.net/review_chai5/holleiser_acd8004.html

(追記)
 ルートヴィヒは1964年のウイーンのカラヤン指揮「影のない女」でバラクの妻を初めて歌い、その後ベーム指揮でもこの役を歌っている。助六さんの情報によると、ベームはルートヴィヒのために作曲者公認カット以上のカットを施したそうだ。メットでのこの作品の初演(!)だった1966年の公演はベーム指揮メリル演出、皇后はリザネク、皇帝はキング、バラクの妻がルートヴィヒ、バラクはベリー(これがMETデビュー)という、カラヤンの公演と良く似たキャストだった。その際のoperanewsの記事がアップされていた。
http://archives.metoperafamily.org/Imgs/ONFrau1966.jpg

 このプロダクションはほぼ同キャストで1969年と1971年にも再演され、3回ともラジオ放送されたので、いずれネットなどで聞けるようになるかもしれない。カラヤンの「影のない女」はCD化されているがモノラルなので、ベームのMETでの演奏をぜひ聞いてみたいものだ。ルートヴィヒがバラクの妻を歌ったのは10年ほどの期間とのことなので、1971年の演奏は最後の時期にあたるだろう。

 なお、ベームは同時期にMETで、ルートヴィヒ、リザネク、ベリーという全く同じキャストを用いてばらの騎士も演奏しているが、ルートヴィヒが歌ったのはオクタヴィアンで元帥夫人ではない。ベームは同時期にザルツブルグ音楽祭でもばらの騎士を演奏しており、ここではルートヴィヒのマルシャリン、オクタヴィアンはトロヤノス、ゾフィーはマティスとなっている。これは以前DGがCD化していた。

(さらに追記)
 助六さんがルートヴィヒがクナッパーツブッシュと共演した神々の黄昏のフィナーレを見つけて下さった。相当前に国内盤も出ていた演奏だと思う(音声のみ)。クナの遅いテンポにも関わらず堂々とした歌で見事だ。
http://www.youtube.com/watch?v=4uxXp-A0YD8
(Brünnhilde`s Immolation Scene)
from Götterdämmerung by Richard Wagner (1813-1883)
Sinfonieorchester des Norddeutschen Rundfunks NDR
Hans Knappertsbusch, conductor
Hamburg 24.III.1962(1963?)

恐らく同じコンサートのイゾルデの「愛の死」も見つけた。
http://www.youtube.com/watch?v=9kCPwdQbEXI&feature=related
Wagner, tristan und Isolde, Isolde.
North German Radio (NDR) Orchestra
Hans Knappertsbusch Conductor,
live March 24, 1963.

同一演奏と思われるCDがクナッパーツブッシュ大全集に入っている。
http://www.hmv.co.jp/news/newsdetail.asp?newsnum=509300055
・ワーグナー・コンサート  録音:1963.3.24
 ジークフリート牧歌
 『トリスタンとイゾルデ』前奏曲と『愛の死』
 『マイスタージンガー』前奏曲第1、3幕
 『ブリュンヒルデの自己犠牲』
 ルートヴィヒ(M) 
 北ドイツ放送響

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 1ドル77円という円高は異常だ。日本の経済力が強くなっている訳では全然ないが、米国のデフォルト(債務不履行)危機が原因でドルが売られている。米国では国が借金できる限度額が法律で規制されているということも初めて知った。日本にはそういう法規制はない(と思う)ので予算が国会を通れば国債を発行できる。このため何かある都度国債を乱発(語弊があるか?)してしまう。ギリシャやスペインの危機はユーロ全体で支え合っているが、アメリカや日本が倒れた時は一体誰が支えてくれるだろうか?

・ワーグナー:ヴェーゼンドンクの5つの詩
・ワーグナー:『トリスタンとイゾルデ』〜「愛の死」
・ブラームス:『アルト・ラプソディ』
・マーラー:リュッケルト歌曲集〜「私は快い香りを吸いこんだ」
・マーラー:リュッケルト歌曲集〜「私はこの世に捨てられて」
・マーラー:リュッケルト歌曲集〜「真夜中に」
・マーラー:『子供の不思議な角笛』〜「この世の生活」
・マーラー:『子供の不思議な角笛』〜「トランペットが美しく鳴り響くところ」
・ベートーヴェン:『フィデリオ』〜「悪者よ、どこへ急ぐ」

クリスタ・ルートヴィヒ(Ms)
フィルハーモニア管弦楽団
オットー・クレンペラー(指揮)
録音:1962、64年[ステレオ]
(下記サイトに試聴あり)
http://tower.jp/item/1812251/

 これも初期のルートヴィヒを代表する名盤だ。オリジナルのLPはワーグナーの2曲とブラームスの3曲のカプリングで、マーラーの5曲は昨日のCDと同じくクレンペラーのマーラーの交響曲にカプリングされていたもの、フィデリオのアリアは同年に録音された全曲盤からの抜粋だ。ブラームスも現在はクレンペラーの交響曲全集でCD化されているが、ワーグナーの2曲は現在はこのアルバムでなければ手に入らない。

 クレンペラーとルートヴィヒの録音は1957年の第九に始まり、1961年のマタイ受難曲、1962年のフィデリオとこのアルバム、1964年のマーラーの歌曲(上記5曲)、大地の歌、魔笛、1966年のドン・ジョバンニとかなりの量に上る。クレンペラーお気に入りの一人だったと考えてよいのではないだろうか。ただしクレンペラーが1961年にロンドンで振ったフィデリオのレオノーレはユリナッチであり(テスタメントがCD化している)、フィデリオの録音にルートヴィヒを起用したのはプロデューサーのレッグだったようだ。

 70年頃までのルートヴィヒはソプラノの役も時々歌っていた。特に「フィデリオ」のレオノーレは得意役だったようでカラヤン指揮のウィーン国立歌劇場(1962年)でも歌っており、ベーム指揮ベルリン・ドイツ・オペラで1963年に初来日した際の演目もフィデリオだ。前者のウィーンの公演はDGがCD化したことがあり、後者の来日公演もポニーキャニオンがCD化したことがある。指揮はローターだが同一プロダクション(ゼルナー演出)のビデオもLDで出ていた。

 「影のない女」のバラクの妻もレパートリーに入っていて、カラヤン時代のウィーン国立歌劇場の最後の演目となった1964年の公演や、1966年にベーム指揮のメットの同作品初演で歌っている。他にはばらの騎士のマルシャリン(元帥夫人)をバーンスタイン指揮のウィーンとベーム指揮のザルツブルグなどで歌っている。前者はCBSソニーが録音し、後者は放送ライブをDGがCD化したことがある。

 さらに、ルートヴィヒが「カラヤンとベームとバーンスタインからイゾルデを歌うよう要請された」と回想しているのを読んだ記憶がある。しかし、メードルのような前例はあるにしても、元々メゾ・ソプラノだった歌手がイゾルデを歌うのは一般的には大変難しいと思う。イゾルデの2幕の歌は高音に大変な難所があり、フルトヴェングラー盤のフラグスタートがこの部分をシュヴァルツコプフに手伝ってもらっているのは(フラグスタートには大変気の毒だが)有名な話になってしまった。

 結局ルートヴィヒはバイロイト(ベーム指揮)とザルツブルグ(カラヤン指揮)でブランゲーネを歌っただけなので、これはルートヴィヒ唯一のイゾルデの貴重な記録だ。クレンペラーもトリスタンは前奏曲と愛の死しか録音を残さなかったが、クレンペラーが1960年に録音した前奏曲にこのルートヴィッヒの愛の死を続けて聴くのも乙なのではないだろうか。ヴェーゼンドンクの5つの詩もこの曲を代表する演奏だ。

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