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12月までに移行します。コメントも手作業でコピーする予定です。

フィッシャー=ディースカウ

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ベートーヴェン
1.アデライーデ 作品46
2.うずらの声 Woo129
 シューベルト
3.月に寄せて D.259
4.ブルックの丘にて D.853
5.星 D.939
6.春に D.882
7.漁師の娘(≪白鳥の歌≫ D.957 第10曲)
 シューマン
8.君はまるで花のようだ(≪ミルテの花≫ 作品25 第24曲)
9.愛らしく、やさしいミルテやバラで(≪リーダークライス≫ 作品24 第9曲)
10.月夜(≪リーダークライス≫ 作品39 第5曲)
11.献呈(≪ミルテの花≫ 作品25 第1曲)
12.新緑(≪12の詩≫ 作品35 第4曲)
13.私は一人で座る(≪ミルテの花≫ 作品25 第5曲)
14.乱暴に置かないでくれ(≪ミルテの花≫ 作品25 第6曲)
 ヴォルフ
15.航海 作品96の4
16.セレナード 作品106の1
17.私の女王よ、いかにあなたは 作品32の9
18.旅路
19.めぐりくる春
20.散歩
21.天才的な行い
22.亡き母に祝福あれ(イタリア歌曲集 第35曲)
23.心よ、落胆するのはまだ早い(スペイン歌曲集 第11曲)
 R.シュトラウス
24.見つけもの(6つの歌 作品56 第1曲)
25.あすの朝(4つの歌 作品27 第4曲)
26.少女よ、それが何の役に立つのだ(6つの歌 作品19 第1曲)

 ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン)
 ヴォルフガング・サヴァリッシュ(ピアノ)
 制作:1974年8月 ベルリン
http://www.youtube.com/results?search_query=fischer-dieskau+sawallisch

 このDVDは2005年にディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(F=D)の生誕80年を祝って制作された2枚組で、1974年8月にもともとはテレビ放送用に収録されたサヴァリッシュ伴奏のドイツ・リート26曲が2枚目に収められている。そのうち半分の13曲はレーザーディスクでも出ていたものだ。5年後の冬の旅の映像の怖いほどの厳しさはまだここでは見られず、柔らかな、そして少しだけふくよかな表情にむしろほっとする。

 F=Dの長年のパートナーだったジェラルド・ムーアが70年代前半に引退して以降、F=Dはエッシェンバッハ、リヒテル、ホロヴィッツ、ポリーニ、ブレンデル、バレンボイム、ペライア、シフといった伴奏を本業としない独奏ピアニストとの共演(時に競演)を好むようになった。より個性の強いピアニストと共演することで、自己の芸術の新しい可能性を模索し始めたということだろうか。

 サヴァリッシュは伴奏ピアニストとしても一流なので、このディスクでのF=Dの歌は特にそのことを意識させるものではない。ベヒシュタインのピアノの渋い音色がちょっと珍しいと思うぐらいだが、しかしライバルのプライはサヴァリッシュを例外としてホカンソン、ドイチュなど伴奏を本業とするピアニストとの共演を終生続けたので、この2人は伴奏ピアニストに対しても違う考え方を持っていたと言えそうだ。

 もっともF=Dも80年代にスランプに陥った際は独奏ピアニストを次々に伴奏に迎えるのをいったん止めて、伴奏ピアニストにハルムート・ヘルを据えてようやく復調した。伴奏ピアニストはリート歌手にとってかように重要な存在だということだろう。

 映像はカラヤンの映像も手がけたフーゴー・ケッヒが撮影したもので、白いスタジオで収録されている。殺風景だと思ったのか家具やカーテンらしきものも据えられてはいるが、プライの映像のように本物のサロンで収録されたものではない。どこまでが本人の意図かは分からないが、あくまでスタジオやホールで蝶ネクタイで歌うF=Dと、サロンでジャケット姿で歌うプライはファッションも好対照だ。

 元のフィルムは35mmでなく16mmだそうで画質はそれなりだが、鑑賞の妨げになることはない。音声も安定しているがモノラルなのが残念だ。もう一枚のDVDには映画「フィガロの結婚」のハイライトと、ミュンヘンでの「外套」、「影のない女」、「アラベラ」、「リア王」などのライブが断片で収録されている。フィガロのハイライトは要らないから影のない女とアラベラをもっと長く収録してほしかった。

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・シューベルト:歌曲集『冬の旅』 Op.89, D.911

 ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン)
 アルフレート・ブレンデル(ピアノ)
 収録:1979年1月、自由ベルリン放送局
http://www.youtube.com/results?search_query=fischer-dieskau+schubert+winterreise&sm=3

 プライのシューベルトを聴いたらフィッシャー=ディースカウ(F=D)のシューベルトも聴きたくなった。ソニーがLDで出していた冬の旅の映像をだいぶ以前に紹介した。それはペライアが伴奏した1990年の演奏で(F=Dの最後の冬の旅の録音)、通常のコンサートスタイルの映像だった。今回紹介するDVDは1979年にもともとはテレビ放送用に収録されたもので大変凝った映像になっている。

 照明が落とされた暗い舞台にF=Dとブレンデルの上半身だけがスポットライトで浮かび上がっている。場所はホールのようだが、どの程度の大きさなのかはこの映像からは分からない。特にF=Dは青白いライトで向かって左側から照らされているので、顔の左半分は影になっている。

 F=Dは青白いライトが好きだったようで、1991年頃に収録したエッシェンバッハとの美しき水車小屋の娘やシューマンの映像も同様のライティングだったと記憶している。この照明は冬の旅には特に合っている。見ているだけで大変寒い映像だ。ペライアとの映像がまだDVD化されていないのに(CDは出ている)この映像のDVD化を認めたのはF=Dもこの映像が気に入っていたのではないだろうか。

 歌もF=Dが80年代に一時期調子を落とす直前の収録だけに、長年歌い込んだこの曲の集大成というべき大変に厳しい表現だ。不健康なくらいに鋭利に研ぎ澄まされた歌唱は、この名歌手の数多い名演の中でもひときわ際だった絶唱と言うべきだろう。F=Dの冬の旅は最近出た1978年のポリーニ盤まで無数の録音がある。その全部を聴いている訳ではないが、F=D史上「最も寒い」冬の旅はこの演奏を置いて他にないだろう。吹雪く中をコートの襟を立てて、遠くに見える町の明かりだけを頼りにガチガチ震えながら一人で歩いているような辛い冬の旅だ。山小屋で薪を囲んでわずかな暖を友と分かち合っているようなプライの冬の旅とは風情はかなり異なる。

 そのどちらが素晴らしいのではなく、どちらもが素晴らしいのだ。この2人が曲に対する姿勢も(恐らくは)性格や人生観も大変異なる存在だったことが、映像で聞き比べるとよりはっきりと伝わってくる。ぜひどちらも見て欲しい。F=Dを聴けばプライが聴きたくなり、プライを聴けばF=Dが聴きたくなるだろう。この映像より自然なカメラワークの90年のペライア盤(ハイビジョン収録)も早くDVD化、あるいはブルーレイ化されることを期待したい。

 なおこのディスクには1時間のリハーサル風景(ドイツ語)がおまけで入っているが、英語の字幕すら付いていないので何を話しているのか私には残念ながら分からない。TDKがソフト事業から撤退してしまったので国内盤が出ていないのは残念だ。

冬の旅の対訳は梅丘歌曲会館を参照。
http://homepage2.nifty.com/182494/LiederhausUmegaoka/songs/S/Schubert.htm

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 最近評判のパソコン用の眼鏡を初めて作ってみました。効果はあるようですが、まだまだ辛いのが現状で左目が痛くなります。記事1本を書くのに普段の4倍ぐらいの時間がかかったような気がしますが、週に1回ぐらいの無理をしない範囲で更新を再開してみようと思います。
http://www.zoff.co.jp/sp/zoffpc/

 体調は大変しんどいこの夏でしたが、自分自身について、また人を、周囲を思いやるとはどういうことなのか振り返る貴重な時間を得ることもできました。これもさらなる飛躍のための必要なステップだと前向きに捉えたいと思っています。コミュニケーションとは「他人が見ている自分」を本当の自分としてまず受け入れること、つまり自己実現とは「自分しか見ていない自分」を追求するのではなく、他人が認める自分を変えていくことなのではないか、というのが現時点での私の結論です。

 そして、思うように動けない日々も音楽は常に自分のそばにあり、いつも味方でいてくれました。ブログを通じて皆様とコミュニケーションできるのも音楽のおかげです。音楽と皆様への感謝を込めて今回はこの曲を取り上げます。


Schubert:An die Musik (音楽に寄せる) Op. 88 No. 4/D. 547

D. フィッシャー=ディースカウ / G.ムーア
1960頃
http://www.youtube.com/watch?v=ayIrOHMKFFQ

D. フィッシャー=ディースカウ / H. クルスト
1954
http://ml.naxos.jp/work/636189

D. フィッシャー=ディースカウ / G. ヴァイセンボルン
1954
http://ml.naxos.jp/work/426338


 フィッシャー=ディースカウ(F=D)を追悼する上でやはりシューベルトの歌曲(リート)は欠かせない。この曲は数多いシューベルトのリートの中でも指折りの名曲で、戦前から多くの歌手が愛唱してきた。ひと頃はリート歌手のシューベルティアーデのプログラムやアンコールでこの曲が入らないコンサートはなかったほどだが、こういう曲になるとF=Dの読みの深さはさすがだ。

 シューベルトが女声を想定してこの曲を書いたのか、男声を想定していたのかは存じ上げないが(歌詞の内容は男性が歌っても女性が歌ってもおかしくはない)、この曲はもともとニ長調(D dur)で書かれている。この曲の楽譜はIMSLPでもダウンロードできる。しかしF=Dはこの曲を原調より1音下げてハ長調(C dur)で歌っている。
http://imslp.org/wiki/Category:Schubert,_Franz

 この曲はナクソス・ミュージック・ライブラリー(NML)で数十種類の演奏を聞くことができる。女声やテノール歌手は原調で歌うことが多いが、半音上げたり下げたりしているケースもあり、バス歌手は原調より2音低い変ロ長調(B dur)に移調するケースが多い。IMSLPにも低声用の楽譜がアップされている。
http://ml.naxos.jp/opus/103386

 どの調で歌うのかによって曲の印象はかなり異なる。オペラと違ってリートの場合は自分で好きな調に移調して歌うことができるのだ。歌手がオペラ以上にリートで自分の世界を表現しやすい理由の一つはここにある(このためリートの伴奏ピアニストは移調して弾くという特殊能力が求められる点がピアノソロと大きくことなる)。

 この曲の音域は非常に広くはないので、プライや戦前のシュルスヌスのようにバリトン歌手が原調で歌っているケースもある。F=Dも原調で歌うことは可能だっただろう。どの調で歌うかは単に音域の問題ではなく何を表現したいかによるのだ。F=Dより7歳年上(1918年生まれ)のバリトン、ジェラル・スゼーや、バスのジュール・バスタンもこの曲をハ長調で歌っているが、バス・バリトンのジョセ・ヴァン・ダム(映画用の収録で1番のみ)はこれより低い変ロ長調で歌っている。プライの明るい声にはニ長調が合っているし、ダムの深い声には変ロ長調が合っている。
(プライ、音声のみ)
http://www.youtube.com/watch?v=YXMQg0cqQOc
(ヴァンダムの映画)
http://www.youtube.com/watch?v=0yyIqN-E96Q

 F=Dの落ち着いた声にはハ長調が合っている。ハ長調/ハ短調はあまりにも王道すぎるので作曲家にとってある意味難しい調性でもある。ベートーヴェンの9曲の交響曲のうちハ長調は1番だけ、ハ短調は5番だけだ。しかし天真爛漫なシューベルトはハ長調をしばしば用いており、交響曲第9(8)番、弦楽五重奏曲、さすらい人幻想曲やピアノソナタなど何曲かのピアノ作品をハ長調で書いている。

 リートはどの調で歌うのが正解ということはないのだが、NMLで見る限り50年代ぐらいまでは女声やテノールによる録音の方が多かったこの曲が、現在ではバリトン歌手の愛唱歌という印象の方が強くなったのはF=Dの名唱による影響が大きいのではないだろうか。テンポも戦前のロッテ・レーマンが3分30秒かけたものから、バスタンのように2分18秒であっさり歌ったものまで様々だが、F=Dの2分30〜45秒程度のテンポが落ち着いていて私は好きだ。

 ユーチューブでは他にもシュヴァルツコプフやベイカーの映像、ポップ、ヴンダーリヒ、ターフェル、ホッター、クンツなどの音声を聞くことができる。ロッテ・レーマンの戦後の1948年の再録音はテンポが3分弱に速くなっている点も興味深い。世相を反映しているのかもしれない。
http://www.youtube.com/results?search_query=An+die+Musik

 またNMLでは他にもたくさんのフィッシャー=ディースカウの演奏を聴くことができる。
http://ml.naxos.jp/artist/145795




An die Musik

Du holde Kunst, in wieviel grauen Stunden,
Wo mich des Lebens wilder Kreis umstrickt,
Hast du mein Herz zu warmer Lieb' entzunden,
Hast mich in eine beßre Welt entrückt!

Oft hat ein Seufzer, deiner Harf' entflossen,
Ein süßer, heiliger Akkord von dir
Den Himmel beßrer Zeiten mir erschlossen,
Du holde Kunst, ich danke dir dafür!


音楽に寄せて

やさしい芸術よ、
灰色の時が何度となく訪れ、粗暴な環境が僕を惑わせた時も、
君は僕の心に暖かい光を灯し、より良い世界に僕を導いてくれた!

君の竪琴から流れる吐息、その快い清らかな和音は
より良い天国の時間を僕にいつも開いてくれた。
やさしい芸術よ、僕は君にそのことを感謝する。僕は君に感謝する!

(追記)
ショーバーによる詩はシュルツェの「魔法をかけられたバラ」を原詩として翻案したものだそうで、この詩はショーバーの詩集には収められていない。シューベルトはシュルツェの詩による歌曲も9曲残しており、魔法をかけられたバラをオペラ化する計画もあったそうだ。
なお、IMSLPにあるように、シューベルトはこの曲の楽譜を2つ残しており、出版されたのは改訂稿の方である。

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・ヴェルディ:歌劇『アイーダ』全曲
 ユリア・ヴァラディ(アイーダ)
 ルチアーノ・パヴァロッティ(ラダメス)
 ステファニア・トツィスカ(アムネリス)
 ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(アモナスロ)
 マッティ・サルミネン(ランフィス)
 ハラルト・スタム(エジプト王)
 ルートヒルト・エンゲルト(巫女)
 フォルカー・ホルン(使者)
 ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団&合唱団
 ダニエル・バレンボイム(指揮)

 録音時期:1982年3月22日
 録音場所:ベルリン・ドイツ・オペラ
 録音方式:ステレオ(ライヴ)

 F=Dのオペラデビューは1948年のヴェルディのロドリーゴ(ドン・カルロ)だったことは前に書いた。恐らくドイツ語上演だったはずだ。ドイツ語でのローカルな舞台では当然ヴェルディも歌っただろうが、国際的に話題になった舞台としては60年代のザルツブルグ音楽祭でのマクベスや、ウィーンでのファルスタッフなどがあるぐらいで、一般的にF=Dはヴェルディ歌いとは認識されていないだろう。60年代にはリゴレットやイアーゴ(オテロ)、ジェルモン(椿姫)などの録音もあるが、舞台で歌ったことはあるのだろうか?

 そのF=Dが80年代になってアムナズロを舞台で歌っているのには驚いた。もうドイツ物のオペラですら舞台ではそれほど歌わなくなっていた時期だ。捕虜としては多分に偉そうな歌だし、ヴェルディとしてはやや異質な歌唱であることは間違いないが、これはこれで充実した歌唱でF=Dの意外なヴェルディ愛を知る貴重な資料だ。

 ヴァラディはルーマニアで1941年に生まれているので1939年生まれのコトルバスとほぼ同世代だ。西側での活躍をフランクフルトから始めた点もコトルバスと一緒だが、コトルバスはその後ロンドンやミラノでも活躍したのに対して、ヴァラディはミュンヘンやウィーンといったドイツ語圏を活動の中心に据えた。

 モーツァルトやワーグナーなどのドイツ物を歌ったのはもちろんだが、ドイツ語圏でのイタリア物歌いという印象も強く、アイーダ、トロヴァトーレ、オテロ、椿姫、運命の力、ナブッコなどのヴェルディを主なレパートリーにしていた。このアイーダも前年にサンフランシスコで初めてラダメスを歌ったパヴァロッティやアムネリスを得意にしたトツィスカを相手に違和感のない歌唱を聴かせている。

 バレンボイムはカラヤンに輪をかけた重たい指揮で、全体としては異色の演奏であることは否めないかもしれないが、私は楽しめた。

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 ちょっと前の話題になってしまったが今年もAKB48の総選挙が行われた。去年は震災直後だったし多額の義援金もあったので良かったが、今年は(見ていないが)フジテレビ系で全国生中継までされて少々違和感があった。本来AKBは地元密着がコンセプトなので、名古屋や大阪、博多は別々に選挙するべきではないだろうか。

 その上で収益の一部を地域に寄付するとか、ファンと一緒に地域の清掃活動を行って参加者に投票権を与えるなどの工夫をして地域に愛されるタレントを育ててほしい。今年の総得票数は138万票と昨年の108万から3割近くも増えているのに、上位7人(神7と呼ぶらしい)で前年比3割増を達成しているのは1人(指原莉乃)しかいないではないか。


・ツェムリンスキー:抒情交響曲Op.18
 ユリア・ヴァラディ(ソプラノ)
 ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン)
 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
 ロリン・マゼール(指揮)

 録音時期:1981年3月11-12日
 録音場所:ベルリン、イエス・キリスト教会
 録音方式:デジタル(セッション)

 インドの詩人であるダゴール(アジア初のノーベル文学賞受賞者でインド国歌の作詞者)の散文詩を基に(原文は英語)1922年に作曲されたこの曲は、「マーラーの大地の歌の流儀で」書いたと作曲家自身も述べており、東洋の題材をもとに、男声ソロと女声ソロが交互に歌う歌付きの交響曲の体裁をとっている。ただし大地の歌が人生の悲哀を歌っているのに対して、抒情交響曲は男女の恋愛、それもすれ違いでかみ合わない恋愛を描いている点、全7曲で男声が1曲多い4曲を歌う点、ほとんどの楽章間が途切れなく連続して演奏される点では異なる。

アレクサンダー・ツェムリンスキー(1871―1942.3.15、今年が没後70年)はアルマ・シントラー(1979年〜1964年)がマーラーと結婚する前にアルマに作曲を教えていたことでも知られ、助六さんの情報によるとアルマはツェムリンスキーと恋愛関係にあったことを自伝で認めているそうだ。

 ツェムリンスキーはマーラー(1860年〜1911年)より11歳も年下だが、作曲家としてはマーラーよりも先に成功していた。しかしマーラーは19歳も年下のアルマと結婚してしまい、その後は指揮者としてだけでなく作曲家としても成功を収める。マーラーはまぶしい存在だったに違いない。1903年に作曲されたツェムリンスキーの「人魚姫」という交響詩は、王子に捨てられた人魚を自分にたとえた作品だという説がある。また、ツェムリンスキーはマーラーやシェーンベルクと共に1904年にウィーン創造的音楽家協会を設立しているが、心中は穏やかではなかったのではないだろうか。

 一方アルマは、1902年にマーラーと結婚した後も作曲への関心を持ち続けたようだが、マーラーは自作の清書を手伝わせる一方でアルマが作曲活動をすることを望まなかった。ツェムリンスキーに師事していた時代の歌曲を1910年になってから出版しているが、これは晩年のマーラーがアルマの機嫌をとるために出版を勧めたものだ。マーラーの没後、アルマは画家のココシュカとの交際を経て建築家のワルター・グロピウスと1915年に再婚したが、1915年と1924年にも歌曲を出版している。これらの作品はいつ頃の時代に作曲したものなのだろうか? 
(追記:1910年出版の5つの歌曲と1915年出版の4つの歌曲の楽譜をIMSLPで見ることができる)
http://imslp.org/wiki/Category:Mahler,_Alma

 助六さんが寄せて下さった情報よるとマーラー没後にアルマがツェムリンスキーに再び作曲を師事したことはないそうなので、アルマからすればとっくに「昔の男」だったのかもしれない。しかし、ツェムリンスキーが大地の歌の影響を強く受けた作品、しかしすれ違いの恋愛を歌った作品をマーラーの没後10年以上もたった時点で書いているという事実から、アルマへの断ち切れない思いがこの作品の創作原動力になっていることは間違いないだろう。抒情交響曲はツェムリンスキーの久々の傑作となり、ベルクはこの作品にインスピレーションを得て作曲した抒情組曲をツェムリンスキーに献呈している。

 アルマのような魔性の女(ファム・ファータル)は私は苦手で逃げてしまいそうだが(笑)、アルマが芸術の女神だったことは疑いようのない事実だろう。彼らの芸術をアルマが本当に理解していたかどうかは別としても。

 さて、フィッシャー=ディースカウ(F=D)の偉業や名演は数多いが、特筆すべきこととして近現代の比較的珍しかった作品を積極的に取り上げたことが挙げられるのではないかと私は思っている。この作品が現在ではツェムリンスキーの代表作として認識されているのはこのF=Dの演奏に依るところが大きい。1981年に録音されたこの演奏は、この曲の初の国内盤で、輸入盤を含めても4番目の録音だったそうだ。

 1975年の総目録にはツェムリンスキーの国内盤は1点もない(ちなみにこの曲日本初演は1978年の若杉弘指揮京都市交響楽団だそうだ)。私がツェムリンスキーという作曲家を知ったのもこのCDだ。当然のことながらこの曲の初めてのデジタル録音で、1982年のCD実用化とほぼ同時に発売された点でも思い出深いCDである(当時のCDは今と製造方法が若干異なっていて内周まで全部アルミで埋まっている)。

 このような作品ではF=Dの歌唱は説得力がある。正直この曲の歌詞はどういう意味なのか、対訳を読んでもよく分からない。大地の歌以上に観念的で抽象的な世界だが、それでもF=Dの歌にかかるととにもかくにも納得してしまう。言葉の読みが深く、世界観がしっかりしているからだろう。やはりこの人は歌曲の人だとつくづく思う。1曲目の「私の心は落ち着かない」から、大きな嘆きを感じさせる歌で、叙情的な音楽であっても緩さは少しもない。

 この演奏はF=Dとヴァラディ夫妻のそれほど多くない共演盤の一つでもある。歌曲やアリア集以外の正規録音としてはorfeoのアラベラとPhilipsのナクソス島のアリアドネ(R.シュトラウス)と、DGの青ひげ公の城(バルトーク)、それにデッカのショスタコ14番があったぐらいだろうか。全盛期のヴァラディの硬質な声はこのような近代作品にもフィットし、F=Dの引き締まった声との相性も良い。

 マゼールのシャープな指揮も作品にマッチしている。この曲は抒情的なだけにいかにも抒情的に演奏すると生ぬるくなってしまうのだ。クリーブランド管を辞してベルリンフィル、ウィーンフィル、フランス国立管を中心にヨーロッパで活動するようになった時期のやる気満々の演奏だ。マゼールはシェーンベルクやウェーベルンは振らないようだし、ベルクもウィーンでルルを振ったぐらいだと思うので、なぜここでツェムリンスキーを録音したのかは分からないが、マゼールを代表する演奏の一つだと思う。テンポや音量の変化でところどころ他の演奏にはない表情がついているのがドラマティックだ。これが楽譜の指示なのかマゼール独自の解釈なのか知りたいところだが、残念ながら楽譜が手元にもIMSLPにもない。

 なお特徴的なジャケットはカンジンスキーが1907年に書いた「夜」という絵だ。この演奏は現在、外盤でブリリアントがライセンス販売している廉価盤が入手可能だがジャケットは異なる。

(これも追記)
この曲の対訳が梅丘歌曲会館に昨年11月に掲載されたのを見つけた! 素晴らしい!
http://homepage2.nifty.com/182494/LiederhausUmegaoka/songs/Z/Zemlinsky.htm


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