こだわりクラシック Since 2007

12月までに移行します。コメントも手作業でコピーする予定です。

フィッシャー=ディースカウ

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全2ページ

[1] [2]

[ 前のページ ]

イメージ 1

 ブータン国王夫妻が来日した。ブータンは第4代の前国王の時代に「国民総幸福量(GNH)」という概念を世界に先駆けて提唱した「幸せの国」として有名だ。自分は幸福と感じている国民が実に9割以上に達するという。福島や京都を訪問した国王夫妻の思いやりのある振る舞いを見て「日本的」だと感じた人も少なくないのではないだろうか。和服を着た国王夫妻はパっと見では日本人だ。こういう思いやりはちょっと前の日本では普通に見られたと思うのだが、急激な経済発展と引き換えに日本人が失ってしまった心のゆとりについて改めて考えさせられる。

・マーラー:交響曲『大地の歌』
 フリッツ・ヴンダーリヒ(テノール)
 ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン)
 ウィーン交響楽団
 指揮:ヨーゼフ・クリップス
 録音時期:1964年6月14日
 録音場所:ウィーン、ムジークフェラインザール
 録音方式:モノラル(ライヴ)
(下記サイトに試聴あり)
http://www.hmv.co.jp/product/detail/4036087

 さて、昨日(11月20日)はマーラーの没後、ワルターによって大地の歌が初演されてから丁度100年になる。今年になって初めて商品化されたヴンダーリヒとフィッシャー=ディースカウの共演盤(クリップス指揮)を、私も聞いてみたので今日はこれについて書いておこう。助六さんによるとF=Dは自伝でウィーン芸術週間に行われたこの演奏について触れていて、「オケはウィーンフィルでボスコフスキーがコンマスだった」と述べているそうだが、どうやらオケはウィーン響で間違いないようだ。

 ヴンダーリヒとF=Dはこの演奏の2カ月前にバンベルクでもカイルベルト指揮でこの曲を演奏しており(助六さんの情報によるとその後ニュルンベルクとシュトゥットガルトも巡演したそうだ)、このウィーン響の演奏をカイルベルト指揮と誤記した記録もある。しかもこの音源は放送局のマスターテープが失われているため(このCDは恐らくエアチェック音源の商品化)、2カ月前のカイルベルト指揮バンベルク響の演奏と混同されているのではないかという心配もあった。

 しかしmaskballさんが所有するカイルベルト盤とこのクリップス盤は第一楽章の演奏時間が大幅に異なる。カイルベルト盤とされる演奏はピッチが高い音源が先日までyoutubeにアップされていたので聞き比べもしてみたが、クリップス盤で明らかな第一楽章のトランペットのミス(4分42秒目、練習番号29の7小節目)がカイルベルトとされる音源にはなかったので、どうやらこのクリップス盤はカイルベルト盤と別音源と考えてよさそうだ。

カイルベルト/バンベルク響(1964年4月)8:45/9:37/3:11/6:53/4:15/30:24
http://www.youtube.com/watch?v=yGvriUY-Q_E
(つい先日削除されてしまった)
クリップス/ウィーン響 (1964年6月)7:43/9:48/3:13/7:03/4:38/30:59
クリップス/ウィーン響 (1972年6月)8:00/9:38/3:12/7:03/4:42/29:35

 肝心の演奏は2人のソロがさすがに素晴らしい。同時期にヴンダーリヒはクレンペラー盤、F=Dはバーンスタイン盤で名演を残していることはすでに紹介したが、歌手が伸び伸びと本領を発揮しているという点ではこのクリップス盤の方が上だろう。F=Dは自伝で「クリップスは音が大きくなりすぎないよう留意しており、私は彼に助けられた」と述べているそうだが、F=Dが言わんとしていることはバーンスタイン盤と聞き比べると良くわかる。バーンスタイン盤は(カラヤン盤もショルティ盤もジュリーニ盤もそうだが)シンフォニックに過ぎると私は思う。

 フルオケ版の「大地の歌」を正しいバランスで演奏した指揮者は私が知る限りクリップスとクーベリックだけだ。それにクリップスはバーンスタインほど過剰に加速しないが、クレンペラーほど頑なにインテンポというわけでもない。クリップスは巨匠扱されなかったが素晴らしい指揮者だったと思う。カルショウの回想録には、クリップスはソリストに気を遣いすぎたことが触れられている。1959年にルービンシュタインとモーツァルトのコンチェルトをデッカに録音したそうだが、(ルーピンシュタインの希望により)クリップスがオケの音量を絞りすぎたため、その録音は使い物にならず結局ボツになったそうだ。謙虚すぎた名匠ということか。

 音質もモノラルだが思ったより良い。残念なのはオケの出来がイマイチで特に管楽器が何か所かミスしている。クリップス指揮のウィーン響は以前紹介した1972年盤ではまるでウィーンフィルのような素晴らしい演奏を聞かせている。それと比較すると、ここでの演奏はそれに及ばない。ちなみに、第一楽章のトランペットで実はジュリーニ指揮ウィーンフィルの1987年のライブも同じ箇所をミスしている。ウィーン式のトランペットはこの音(F管のソ、実音のド)が出しにくいのだろうか? 

 それにしても「大地の歌」を私がこのブログで紹介するのはフルオケのクリップス盤(1972年)、クーベリック盤、クレンペラー盤、バーンスタイン盤、カツァリスのピアノ版、ヘレヴェッヘの室内楽版、ルイージの室内オケ版と合わせて実に8枚目だ。恐らくブログに書くという行為によって自分の考えが整理されて曲への愛がさらに深まるのだろう。特に終曲「告別」の後半、Ich sehne mich, o Freund,an deiner Seite(ああ、友よ・・・君の傍らにいて、この夜の美しさを味わい尽くしたい)以降はマーラーが書いた最上の音楽の一つだと思う。初演100年の今年に紹介できて良かったと思う。マーラー自身は音として聞くことがなかったこの音楽は100年後の今も我々を感動させている。

(追記)
F=Dは歌手引退後の1996年にこの曲をシュトゥッツガルトで指揮し、この時の録音をオルフェオがCD化していることを知った。プライが千人の交響曲を大好きなのと同様に、F=Dは大地の歌が好きで好きで仕方なかったのだろう。自分ではバリトン版で歌っていたのに振るときはアルトを起用している点も興味深い。

マーラー:交響曲「大地の歌」
イーヴィ・イェニッケ(A), クリスティアン・エルスナー(T)
ディトリヒ・フィッシャー−ディースカウ(指)シュトゥットガルト放送交響楽団
録音:1996年7月22日

イメージ 1

・マーラー:『大地の歌』
 ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン)
 ジェームズ・キング(テノール)
 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
 指揮:レナード・バーンスタイン

 録音:1966年4月、ウィーン、ゾフィエンザール
(下記サイトに試聴あり)
http://www.hmv.co.jp/product/detail/3637622

 大地の歌に対するバーンスタインのアプローチはクーベリックやクリップスとはおよそ対極にある極めてシンフォニックな扱いだ。後述するように楽譜にはないテンポ変化も大胆に駆使して、演奏の主役はあくまでオケだ。この曲のオーケストレーションはマーラーとしては4番と並んで最も薄い方だが、そうは言ってもフル編成のオケがこれだけガンガン鳴らせば並の歌手では太刀打ちできない。

 このディスクにおける全盛期のキングの歌は大変素晴らしいものだが、それを上回るオケの鳴りっぷりの良さは1曲目から歴然としている。カラヤン、ベームからサヴァリッシュ、クライバーまで、ヨーロッパの指揮者がまず歌劇場で叩き上げられるのとは異なり、基本的にコンサート指揮者だったバーンスタインにとって歌はオケのオブリガートに過ぎないのだ。

 ワルターやクレンペラーなどマーラー直系指揮者の大地の歌は基本的に歌曲として振っている(と私は思う)ので、こういうシンフォニックな大地の歌は恐らくこの盤が初めてだ。発売当時は大変新鮮に聞こえたのではないだろうか。実は私がアナログ時代にずっと聞いていたのもこの演奏だ。正直なところ他の演奏は当時の私にはカッコ悪く聞こえた。

 バーンスタインには、その後1972年にこの曲をコロ、ルートビッヒと演奏したCDと映像もある。これにはリハーサル映像もあり、だいぶ以前にテレビで放送された際に私も見た記憶がある。下記のHPによるとリハーサルの際、第4楽章の中間部の速い部分でアルトのクリスタ・ルートヴィヒが「そんなに速いテンポでは歌えなくて聴衆に聴こえなくなってしまう」とバーンスタインに訴えると、彼は「大丈夫、どうせここでは君の歌なんか誰も聴いてないから」と言っているそうだ。
http://decafish.blog.so-net.ne.jp/2011-02-12-1

 歌手からすればひどい話ではあるが、ルートヴィッヒとバーンスタインは1972年までにマーラーの交響曲やばらの騎士の舞台などで何度も共演し気心が知れているので、バーンスタインは思わず本音を言ってしまったのだろう。このディスクのフィッシャー=ディースカウ(F=D)には絶対にそんなことを言うはずはないだろうが、声楽作品に対するバーンスタインの基本的な姿勢を端的に示す大変興味深い発言だ。そのルートビッヒとの1972年の新盤は8分割だがユーチューブで全曲聴くことができる。
http://www.youtube.com/results?search_query=mahler+erde+bernstein&aq=f

 問題の第4楽章の中間部だが、確かに速い。ルートヴィッヒとの演奏の第四楽章の演奏時間は7分27秒で、ルートビッヒが1964年に演奏したクレンペラー盤の7分36秒とほぼ変わらないが、バーンスタインは遅い部分をさらに遅く、速い部分をさらに速く振っているため、問題の部分(練習番号10〜15)だけに限ると実測でバーンスタインが52秒、クレンペラーが1分17秒とかなりの差が開く。クレンペラー盤しか聴いていなかった人が聴いたらびっくりするぐらいの加速度だ。それにも関わらずルートビッヒは十分歌いこなして余裕すら感じてしまう。

 ただ注意しなければいけないことは、楽譜をISLMPでダウンロードして見て頂ければ分かるのだが、楽譜のテンポ指定は練習番号12のアレグロと16のアンダンテだけなのだ(ドイツ語の表情指定は何か所かあるが)。しかしバーンスタインは練習番号7あたりから徐々にテンポを上げて練習番号10の時点ではすでにトップスピードに達している。これは楽譜の指定にはないバーンスタイン独自の解釈なのだ。
http://imslp.org/wiki/Category:Mahler,_Gustav

 一方、クレンペラー盤は楽譜の指定通り練習番号12になるまでほとんど加速していないので結果的にアレグロのテンポもそれほど速くはならない。オケがドラマティックに聞こえるのはもちろんバーンスタイン盤の方だが、楽譜に書いていないことはやらないクレンペラーと自由にオケを鳴らすバーンスタインとでは作品に対する考え方自体が異なることに注目しなければいけない。単にテンポが遅いか速いかというだけでは片づけられない問題なのだ。

 この曲のプロフェッショナルであるルートヴィッヒは楽譜のテンポ指示を当然把握しているはずで、バーンスタインに「そのテンポは違うのではないか」と主張したのはそのためだと考えられる。不本意なテンポでもこれだけの歌を聴かせるルートビッヒに私はプロとしての根性を感じた(笑)。ぜひこの映像を楽譜と一緒に見てルートヴィッヒの至芸を確認してほしい。ルートビッヒのコンサート映像はこの時期のバーンスタインとのマーラーが何曲かあるぐらいでそれほど多くないので、その意味でも貴重な映像だ。ちなみにこのVPO盤の第四楽章は8分5秒と新盤より遅いが、問題の部分だけで測ると52秒で新盤と同じだ。F=Dもルートヴィッヒもさすがとしか言いようがない。

 オケを最大限鳴らすためには歌の犠牲もいとわないというバーンスタインの姿勢は、以前紹介した1981年の「トリスタンとイゾルデ」ではさらに徹底した形で示されている。主役は極度に遅いテンポで悶絶するオーケストラで、ホフマンとベーレンスの歌は決して悪くはないが完全に脇役だ。この大地の歌でもその傾向は全くなくはないが、しかしトリスタンの録音ほど極端になっていないのはこのディスクがデッカの録音だったためだと思う。

 バーンスタインは1966年3月にヴェルディのファルスタッフでウィーン国立歌劇場に初登場しており、CBSソニーが60年代当時デッカの専属だったVPOを借りてファルスタッフを録音する見返りとしてデッカが録音を要求したのが、この大地の歌とモーツァルトのリンツ交響曲の2枚なのだ。バーンスタインのCBSソニーとDG、あるいはフィリップスの録音はほとんど全てマックルーアがプロデュースしているが、このディスクはカルショウが録音しているのはそのためだ。

 専属契約が普通だった昔はこういうバーターが時々行われていた。他社の専属アーティストの貸出を依頼した側はジャケット解説に「○○は××の好意により出演した」という但し書きを添えるのが慣例だった。カルショウの自伝によると、デッカの専属だったフェリアーをワルターとの「亡き子をしのぶ歌」の録音に貸し出す見返りとしてデッカのプロデューサーのオロフが録音したのがワルターの1952年の大地の歌だという。この場合はフェリアーの亡き子をしのぶ歌に「フェリアーはデッカの好意により出演した」という但し書きが添えられることになる。

 こうして、本来はデッカのアーティストではないワルターやバーンスタインがデッカに大地の歌を録音することになった。オロフにしてもカルショウにしてもデッカは見返りに大地の歌を要求する傾向があるようだ(笑)。バーンスタインとしてもファルスタッフの録音にVPOを貸してもらう以上、デッカのプロデューサーにあまり強い要求はできないだろう。そのためか、この演奏は1972年の演奏ほどバーンスタインの自己主張が強過ぎず、結果的には良い結果になったと思う。

 一方、F=Dも自分の声が大きく入っていないと気が済まない人だ。クレンペラーのドイツ・レクイエムでは明らかにF=Dの声をマイクのボリュームで上げてあって不自然だ。F=Dも60年代の録音はほとんどEMIとDGで、デッカへの録音はブリテンの「戦争レクィエム」やショルティの指輪がわずかにあるぐらいなので、カルショウはバーンスタインとF=Dの両方が気を悪くしないようにギリギリの線を狙わなくてはならなかっただろう。

 両雄を並びたてるのは大変だったろうが、幸いにしてそれは成功したようだ。多分にシンフォニックではあるが、このディスクはF=Dの名唱、カルショウの名録音とともに今でも大地の歌を代表する演奏の一つだと思う。CBSソニーのファルスタッフでもF=Dが主役を歌っており、F=Dはその後もバーンスタインのフィデリオの舞台にも出演している(DGが録音している)。2人の共演は成功したのだろう。

 (私もそうだが)一般的に言ってドイツ語を理解する日本人は少ないので、大地の歌を「歌詞」ではなく「音」として聞く傾向が強い。このディスクのようなシンフォニックな演奏が日本で好まれる、あるいは「大地の歌」を交響曲として扱おうとする傾向が日本で強いのはそのためだろう。私も昔はそうだった。でも歌詞を気にして聞くようになると、クリップスやクーベリックのようなアプローチも素晴らしいということに気づくようになるのだ。シンフォニックな大地の歌しかまだ知らない方にはクリップスやクーベリックもぜひ聞いてほしい。

 ちなみにキングは60年代当時デッカの専属だった。クレンペラーの1968年の「オランダ人」で、実際の演奏会ではキングがエリックを歌った(テスタメントがライブをCD化している)にもかかわらず、EMIの録音ではコツーブが歌っているのはキングをEMIに貸し出すことにデッカが同意しなかったためだ。デッカはキングのエリックを結局録音していないと思うが録音する予定でもあったのだろうか? 

 あるいはコツーブはデッカが録音したショルティのジークフリートを降ろされてしまったので(ヴィントガッセンは代役だったことがカルショウの本で明らかにされている)、その代わりにコツーブに何か録音させてあげたいとデッカ側が考えたのかもしれない。コツーブのメジャーレーベルへの録音はこのクレンペラーとのオランダ人しかないと思う。

(追記)
 バーンスタインはこの録音と並行してウィーンフィルとコンサートを開いている。ケンプとベートーベンの3番のコンチェルトを演奏したそうだが、バーンスタインがVPOとコンサートで大地の歌を演奏したことがあるのかどうかは分からなかった。バーンスタインは70年代にVPOとマーラー全集を映像収録しているが2番と大地の歌だけはVPOではなかった。このバーンスタイン盤とワルター盤が余りにも有名なのでVPOは大地の歌をよく演奏しているような気がするが、録音は実際にはそれほど多くない。このバーンスタイン盤の後は21年後の1987年のジュリーニのライブが2005年になってジュリーニ追悼盤としてオルフェオから商品化されたくらいだろう。

 また、この録音と全く同時期の1966年4月にアバドがレコードデビューとなるベートーベンの7番をVPOと録音している。バーンスタインとVPOの初録音となったファルスタッフやこの大地の歌、あるいは前年1965年4月録音のブルックナーの9番でレコードデビューしたメータと合わせて、カラヤンを失ったウィーンフィルが新しい指揮者を必死で探している様子が伺える。

 カラヤンは1964年にウィーン国立歌劇場の総監督を辞任し、デッカとの録音契約も1965年で終了したため、カラヤンとVPOはこの後数年はザルツブルグの舞台(ボリス・ゴドゥノフ、カルメン、ドン・ジョバンニなど)でしか共演していない。カラヤンの録音はしばらくBPOが中心で、VPOとの録音を再開したのは1970年のボリス・ゴドゥノフからだ。

イメージ 1

アルマヴィーヴァ伯爵: ディートリッヒ・フィッシャー=ディースカウ
伯爵夫人: エリザベート・グリュンマー
スザンナ: エリカ・ケート
フィガロ: ヴァルター・ベリー
ケルビーノ: エディット・マティス
マルツェリーナ: パトリシア・ジョンソン
バジリオ: ユーリウス・カトナ
ドン・クルチオ: マーティン・ヴァンティン
バルトロ: ペーター・ラッガー
アントニオ: ヴァルター・ディックス
バルバリーナ: バルバラ・フォーゲル
カール・ベーム 指揮ベルリン・ドイツ・オペラ管弦楽団
演出: グスタフ・ルドルフ・ゼルナー
1963年10月23日東京・日生劇場

 これはベームとフィッシャー・ディースカウ(F=D)とマティスが1963年に初来日した際の演奏だ。ベームの来日はこの時と1975、77、80の計4回で、これはカラヤンの11回と比較してかなり少ない。しかしカラヤンがコンサートでしか来日しなかったのに対して、ベームはベルリン・ドイツ・オペラ(DOB)とウィーン国立歌劇場の初来日を実現させたことは特筆される。

 DOBのこの時の演目はベーム指揮の「フィガロの結婚」と「フィデリオ」、マゼール指揮の「トリスタンとイゾルデ」、ホルライザー指揮の「ヴォツェック」の4演目だった。ベームが自ら指揮したのは2演目だけだが、全ての演目がベームの十八番だけで固められ少しマニアックな曲も選ばれている点は1980年のウィーン国立歌劇場の5演目と同じだ。演目の選定にはベームの強い意向が働いていたと考えて間違いないだろう。

 2回の来日公演に共通する演目であるフィガロの結婚は、幸いにして両方録音が残されているため比較して聞くことができる。オケの音色の違いが大きいのはもちろんだが、オケについてはベームの解釈は基本的に変わっていない。20年近い時間を経て歌手が全く世代交代しているのも当然だが、この作品の配役の組み方に対するベームの考え方が大きく変わった点に改めて気づかされた。1980年のウィーンの公演はプライとポップのフィガロとスザンナが音楽の軸になっているのに対して、1963年のDOBの公演は伯爵役のF=Dを中心に音楽が組み立てられているのだ。

 伯爵、伯爵夫人、フィガロ、スザンナ、ケルビーノの主役5人にどのような声を持ってくるかはお互いに相関関係にある。このうち伯爵夫人はあまり動かしようのないキャラクターなので、伯爵に一番しっかりした声をに持ってくるかフィガロに持ってくるか(言いかえれば伯爵とフィガロのどちらを道化的に扱うか)によって、伯爵=伯爵夫人が軸になるかフィガロ=スザンナが軸になるか変わってくる。両方にしっかりした声を持ってくれば対決色が強くなる。

 フィガロをどういう声質にするかによって組み合わせるスザンナの声も変わってくる。さらに、スザンナの声質によってケルビーノにソプラノを使えるかメゾしか使えないかも制約される。ケルビーノはソプラノでもメゾでも歌える役だが、ケルビーノは一応男なのでスザンナにリリコ・スピントを使った場合は対比上メゾしか使えなくなる。しかし、スザンナにスーブレットやリリコ・レッジェーロのような軽い声を持ってくればケルビーノにリリコ・スピントのソプラノを使える可能性が出てくる。
 
 さて、ベームは50年代から60年代にかけてザルツブルグやDOBで伯爵にF=Dを起用した。F=Dの威厳のある(ある意味で偉そうな)声はオペラの舞台では王様や僧侶のような役にしか合いにくい。この伯爵はタンホイザーのヴォルフラムと並んでオペラの分野におけるF=Dの最高の当たり役の一つだろう。この演奏ではF=Dの伯爵に音楽上の軸足を置くためにフィガロのベリーはある意味で道化的な軽めの歌を歌っている。フィガロは本来シエピのようなバスの役で楽譜では伯爵より低い声なのだが、これはF=Dの伯爵を意識したF=Dのためのキャスティングだと言えるだろう。

 フィガロを道化的に扱った場合は、スザンナにもスーブレットのような軽い声を合わせることになる。スーブレットとはこの演奏のケートやグリスト、シュッティ、最近ではバトルと言った、コジ・ファン・トゥッテではデズピーナを歌うような軽い声だ(最近ではメゾがデズピーナを歌ったりもするが)。ポップのようなリリコ・スピントのスザンナは後年伯爵夫人も歌うケースが少なくない。しかしスーブレットのスザンナが後年伯爵夫人を歌うということはまず考えられない。
http://www4.plala.or.jp/trillweb/c_voice.html

 スザンナがスーブレットであればケルビーノはメゾでなくともリリコ・スピントでバランスが取れる。そこでベームがケルビーノに選んだのがマティスだ。80年の公演ではスザンナをリリコ・スピントのポップが、ケルビーノをメゾのバルツァが歌ったのとは全く異なるコンセプトの配役だ。結果的にこの63年の配役ではフィガロとスザンナのウエイトが少し軽くなり、伯爵やケルビーノの引き立て役に回っている感じがある。実際に録音で聞いても大きな喝さいを浴びているのはF=Dとマティスのようだ。

 DVDで出ている1966年のザルツブルグの映像はヴィクセル(伯爵)、ワトソン(伯爵夫人)、ベリー(フィガロ)、グリスト(スザンナ)、マティス(ケルビーノ)となっている。ヴィクセルにF=Dほどの貫録はないが、フィガロとスザンナにやや軽めの声を持ってきて伯爵=伯爵夫人に音楽の軸を置き、ケルビーノに花を持たせるというコンセプトは共通しており、これがこの時期のベームの解釈だったようだ。

 このCDはニッポン放送によるステレオ録音でまずまず良好な音質だ。ベームのこの作品に対する解釈の変化を知る上でも、ベームとF=Dとマティスの初来日を記念する上でも貴重な記録だと言えるだろう。ベーム没後30年の今年、日本におけるクラシック音楽の受容に大きな役割を果たした巨匠に改めて感謝したい。

イメージ 1


バリトン:ディートリヒ・フイッシャー=ディースカウ
ピアノ:マレイ・ペライア
1990年7月
ソニー SRLM2034

プライの後はやはりフィッシャー・ディースカウ(F=D)を紹介しないわけにはいかない。F=Dの厳しくストイックなスタイルに最も合う曲と言えば、やはり冬の旅をおいてないだろう。シンシンと降る雪を思わせる冒頭からまさにF=Dのためにあるような曲だ。1947年の放送用録音、6種のレコード用録音、そしてこのLDに収められた録画用収録と正規のスタジオ収録だけで8種類もの演奏が存在する。

70年代まであれほどの完成度を誇ったF=Dのリートも80年代にはかげりを見せ始める。ブレンデルとフィリップスに録音した1985年の冬の旅は(F=Dとしては)完成度が低いと言われているが、私もその見方は間違っていないと思う。1982年のリア王(ライマン)あたり以降はオペラの舞台からも遠ざかり、さすがのF=Dもここまでか、と思わせたものだ。

しかしF=Dがすごいのはここからだ。87年頃にハルムート・ヘルを伴奏者にした頃から復調しはじめ、私も冬の旅ではなかったがサントリーホールで素晴らしいシューベルトを聞くことができた。確かに声はだいぶ渋くなったが、往年以上に弱音を気を遣ったデリケートな歌はこの巨人の晩年にふさわしい含蓄のあるものだった。最後にもう一花咲かせてくれて本当にありがとうと言いたい。

この映像はペライアを伴奏者として1990年にベルリンでスタジオ収録されたもの。朗読作品を除けば美しい水車屋の娘の映像(1991年のシフと1992年のエッシェンバッハの2種類)と並んでF=Dのほぼ最後の時期の記録となる。スタイルとしては私がサントリーホールで聞いたシューベルトに近い。F=Dのリートの映像は1974年にシューベルトやシューマンなど26曲をフィルム収録したものもあるが(伴奏はサヴァリッシュ、DGがDVD化している)、その頃の映像と比較して顔や手の表情が大きくついていて、より人間味を感じさせるものになっている点も興味深い。

音質・画質は悪くないが、マスターはハイビジョン収録(恐らくF=Dの正規映像としては唯一のハイビジョン映像)なのでブルーレイ用にリマスターすればさらに良い画質で楽しめるようになるはず。この演奏は現在は音声のみがCDで入手可能だ。F=Dが最後にたどり着いた冬の旅を1971年の有名な録音と合わせて愛聴していきたいと思う。

全2ページ

[1] [2]

[ 前のページ ]


.
検索 検索
たか改め「みんなのまーちゃん」
たか改め「みんなのまーちゃん」
男性 / O型
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

過去の記事一覧

友だち(5)
  • noriko
  • 恵
  • サヴァリッシュ
  • ミキ
  • maskball2002
友だち一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!
ふるさと納税サイト≪さとふる≫
実質2000円で好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事