|
ブータン国王夫妻が来日した。ブータンは第4代の前国王の時代に「国民総幸福量(GNH)」という概念を世界に先駆けて提唱した「幸せの国」として有名だ。自分は幸福と感じている国民が実に9割以上に達するという。福島や京都を訪問した国王夫妻の思いやりのある振る舞いを見て「日本的」だと感じた人も少なくないのではないだろうか。和服を着た国王夫妻はパっと見では日本人だ。こういう思いやりはちょっと前の日本では普通に見られたと思うのだが、急激な経済発展と引き換えに日本人が失ってしまった心のゆとりについて改めて考えさせられる。
・マーラー:交響曲『大地の歌』
フリッツ・ヴンダーリヒ(テノール)
ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウ(バリトン)
ウィーン交響楽団
指揮:ヨーゼフ・クリップス
録音時期:1964年6月14日
録音場所:ウィーン、ムジークフェラインザール
録音方式:モノラル(ライヴ)
(下記サイトに試聴あり)
http://www.hmv.co.jp/product/detail/4036087
さて、昨日(11月20日)はマーラーの没後、ワルターによって大地の歌が初演されてから丁度100年になる。今年になって初めて商品化されたヴンダーリヒとフィッシャー=ディースカウの共演盤(クリップス指揮)を、私も聞いてみたので今日はこれについて書いておこう。助六さんによるとF=Dは自伝でウィーン芸術週間に行われたこの演奏について触れていて、「オケはウィーンフィルでボスコフスキーがコンマスだった」と述べているそうだが、どうやらオケはウィーン響で間違いないようだ。
ヴンダーリヒとF=Dはこの演奏の2カ月前にバンベルクでもカイルベルト指揮でこの曲を演奏しており(助六さんの情報によるとその後ニュルンベルクとシュトゥットガルトも巡演したそうだ)、このウィーン響の演奏をカイルベルト指揮と誤記した記録もある。しかもこの音源は放送局のマスターテープが失われているため(このCDは恐らくエアチェック音源の商品化)、2カ月前のカイルベルト指揮バンベルク響の演奏と混同されているのではないかという心配もあった。
しかしmaskballさんが所有するカイルベルト盤とこのクリップス盤は第一楽章の演奏時間が大幅に異なる。カイルベルト盤とされる演奏はピッチが高い音源が先日までyoutubeにアップされていたので聞き比べもしてみたが、クリップス盤で明らかな第一楽章のトランペットのミス(4分42秒目、練習番号29の7小節目)がカイルベルトとされる音源にはなかったので、どうやらこのクリップス盤はカイルベルト盤と別音源と考えてよさそうだ。
カイルベルト/バンベルク響(1964年4月)8:45/9:37/3:11/6:53/4:15/30:24
http://www.youtube.com/watch?v=yGvriUY-Q_E
(つい先日削除されてしまった)
クリップス/ウィーン響 (1964年6月)7:43/9:48/3:13/7:03/4:38/30:59
クリップス/ウィーン響 (1972年6月)8:00/9:38/3:12/7:03/4:42/29:35
肝心の演奏は2人のソロがさすがに素晴らしい。同時期にヴンダーリヒはクレンペラー盤、F=Dはバーンスタイン盤で名演を残していることはすでに紹介したが、歌手が伸び伸びと本領を発揮しているという点ではこのクリップス盤の方が上だろう。F=Dは自伝で「クリップスは音が大きくなりすぎないよう留意しており、私は彼に助けられた」と述べているそうだが、F=Dが言わんとしていることはバーンスタイン盤と聞き比べると良くわかる。バーンスタイン盤は(カラヤン盤もショルティ盤もジュリーニ盤もそうだが)シンフォニックに過ぎると私は思う。
フルオケ版の「大地の歌」を正しいバランスで演奏した指揮者は私が知る限りクリップスとクーベリックだけだ。それにクリップスはバーンスタインほど過剰に加速しないが、クレンペラーほど頑なにインテンポというわけでもない。クリップスは巨匠扱されなかったが素晴らしい指揮者だったと思う。カルショウの回想録には、クリップスはソリストに気を遣いすぎたことが触れられている。1959年にルービンシュタインとモーツァルトのコンチェルトをデッカに録音したそうだが、(ルーピンシュタインの希望により)クリップスがオケの音量を絞りすぎたため、その録音は使い物にならず結局ボツになったそうだ。謙虚すぎた名匠ということか。
音質もモノラルだが思ったより良い。残念なのはオケの出来がイマイチで特に管楽器が何か所かミスしている。クリップス指揮のウィーン響は以前紹介した1972年盤ではまるでウィーンフィルのような素晴らしい演奏を聞かせている。それと比較すると、ここでの演奏はそれに及ばない。ちなみに、第一楽章のトランペットで実はジュリーニ指揮ウィーンフィルの1987年のライブも同じ箇所をミスしている。ウィーン式のトランペットはこの音(F管のソ、実音のド)が出しにくいのだろうか?
それにしても「大地の歌」を私がこのブログで紹介するのはフルオケのクリップス盤(1972年)、クーベリック盤、クレンペラー盤、バーンスタイン盤、カツァリスのピアノ版、ヘレヴェッヘの室内楽版、ルイージの室内オケ版と合わせて実に8枚目だ。恐らくブログに書くという行為によって自分の考えが整理されて曲への愛がさらに深まるのだろう。特に終曲「告別」の後半、Ich sehne mich, o Freund,an deiner Seite(ああ、友よ・・・君の傍らにいて、この夜の美しさを味わい尽くしたい)以降はマーラーが書いた最上の音楽の一つだと思う。初演100年の今年に紹介できて良かったと思う。マーラー自身は音として聞くことがなかったこの音楽は100年後の今も我々を感動させている。
(追記)
F=Dは歌手引退後の1996年にこの曲をシュトゥッツガルトで指揮し、この時の録音をオルフェオがCD化していることを知った。プライが千人の交響曲を大好きなのと同様に、F=Dは大地の歌が好きで好きで仕方なかったのだろう。自分ではバリトン版で歌っていたのに振るときはアルトを起用している点も興味深い。
マーラー:交響曲「大地の歌」
イーヴィ・イェニッケ(A), クリスティアン・エルスナー(T)
ディトリヒ・フィッシャー−ディースカウ(指)シュトゥットガルト放送交響楽団
録音:1996年7月22日
|