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オペラ

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 リッチャレルリ
 コソット 
 マリア・グラツィア・アッレグーリ
 アンナ・ディ・スタジオ
 ロザンナ・リッピ
 マルゲリータ・ベネッティ
 松本美和子、他
 (指揮)バルトレッティ
 録音:1973年、ローマ、イタリアRCAスタジオ(ステレオ)

このディスクは71年にRAIのコンクールに優勝したリッチャレルリのデビュー当初の録音で、同じく73年のシモン・ボッカネグラと並んでリッチャレルリのオペラ全曲としてはもっとも初期のものだろう。73年のスカラ座デビューとなったアンジェリカを歌っている。この曲は3部作の他の作品と同時に録音されることが多いが、この録音はこれ単独のようなのでリッチャレルリのために企画されたものだろう。なかなかCD化されず長く幻の演奏だったが、野崎正俊氏のガイドブックにも「ややヒステリック」というような演奏評が書いてあったのであまりマークしていなかった。しかし2008年にようやくCD化された際のレコード芸術のCD評が良かったので聞いてみることにした。

なるほど。これは確かに良い演奏だ。ヒステリックすぎるということは決してないと思う。アンジェリカは動転して毒をあおってしまうのだからこのくらいで良いのではないだろうか。リッチャレルリがデビュー当時から素晴らしい音楽性を持っていたことと、リリックな声にもかかわらず比較的ドラマティックな役に当初から取り組んでいたことを示す貴重な記録だ。フレーニがドラマティックな役にはキャリアの中期から少しずつ取り組んだのとはだいぶ方向性が異なる(良し悪しは別として)。

それに加えて戦後イタリアオペラ界最強のメゾであるコソットが公爵夫人を歌っている点でも注目される。コソットの声は硬質で力強いが、癖のない美声でもあるので決してこういう役でも単なる憎まれ役にはならない。公爵夫人の録音はこれが唯一のようだ。後年のフレーニ盤も振っているバルトレッティの指揮も的確で録音も良い。

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・ヒンデミット:歌劇『カルディヤック』 op.39 (1926) 全曲
 ドナルド・マッキンタイア
 マリア・デ・フランチェスカ=カヴァッツァ
 ロベルト・シュンク
 ハンス・ギュンター・ノッカー、他
 バイエルン国立歌劇場管弦楽団&合唱団
 ヴォルフガング・サヴァリッシュ(指揮)
 演出・装置:ジャン=ピエール・ポネル
 収録:1985年、バイエルン国立歌劇場(ライヴ)

突然ヒンデミットに飛ぶ(笑)。

この上演はサヴァリッシュ時代の傑作のひとつと言われていたものだ。数年前にDVD化されたが国内盤は期待できないようなので仕方なく輸入盤を手に入れた。ヒンデミットは現代音楽には違いないのだが無調音楽ではなく(ヒンデミット自身はシェーンベルクの無調音楽を否定していたそうだ)ある意味で重厚で、画家マチスや気高き幻想などは結構面白い音楽ではある。画家マチスは本来はオペラのはずだし(聞いたことはないが)、このカルディヤックもどんな音楽なのか気になっていた。

この作品は原作が:E.T.A.ホフマンの小説「スキュデリー嬢」なので、オッフェンバックのホフマン物語同様に数奇なストーリーであることは初めから予想できるが、こちらは自分の作品を病的に愛する天才的な金細工師が自分の作品を購入した客を次々と殺して作品を取り戻すというのだから数奇というよりは猟奇的なストーリーだ。でもポネルの演出ともども私はなかなか興味深く見た。うまく言葉で説明できないが考えさせられる作品でもある。ホフマン物語を楽しめる人はこの作品も楽しめるのではないだろうか? CDよりもDVD向きの作品であり、食わず嫌いではもったいない作品の一つだと思う。

マッキンタイアはこういう曲者役に強いところを見せているし、それから金商人を歌っているハンス・ギュンター・ノッカーはサヴァリッシュの指輪にも出ている1927年生まれのバリトンだが、70年代にフェルゼンシュタイン監督のホフマン物語やオテロにテノールの主役で出演したハンス・ノッカーと同一人物なのか別人なのか? この変の事情に詳しい方がいらしたら教えていただきたい。

あらすじは下記サイトを参照されたい。
http://www.music-tel.com/ez2/o/Hindemith_index.html

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・リムスキー=コルサコフ:歌劇『金鶏』全曲
 ドドン王:マクシム・ミハイロフ
 グビドン王子:アルカーディ・ミシェンキン
 アフロン王子:マウサル・ムンダエフ
 シェマハの女王:イリーナ・ジューリナ
 軍事司令官ポルカン:ニコライ・ニジェンコ
 女官長アメルファ:エレーナ・ザレンバ
 星占い師:ユーリー・マルケーロフ
 金鶏の声:イリーナ・ウダロワ
 ボリショイ・バレエ団
 ボリショイ劇場合唱団
 スヴェトラーノフ(指揮)
 ボリショイオペラ
 演出:ゲオルギー・アンシーモフ
 美術:マリーナ・ソコロワ
 収録:1989年7月12日、東京文化会館

これは懐かしい映像だ。私は当時はロシアオペラにはまるで興味がなかったが、88年のモスクワでの56年ぶりの復活上演を日本に持ってくるので大きな話題となったことは覚えている。89年に(アナログ)ハイビジョン放送がBSで始まりNHKがオペラのハイビジョン収録を本格的に開始した記念碑的な映像でもある。このときの来日では他にボリス・ゴドゥノフとエフゲニー・オネーギンが上演されたが、ボリショイオペラのボリスはすでに87年にモスクワで映像収録されていたということもあってNHKが収録したのは金鶏だった。結果的にはこれはきわめて正しい選択だった。

プーシキンの風刺劇を原作とし、また原作以上に強く体制を批判したために上演を許可されずついに作曲家の生前に演奏されなかったこの作品は正直に言って音楽だけ聞いていても良く分からない。映像で見て初めて理解できる作品だ。

と言っている私だが、当時の放送でこの映像は見たことは見たが、正直よく分からなかった。唯一知っている曲は2幕の有名な「太陽の賛歌(シェマハのアリア)」だけで、これもこんな変な声で聞くならバイオリン編曲の方が数段いいなと思ったことをこの映像を見て思い出した。なんと浅はかなことか。シェマハは異国の女なのだからこのくらいエキゾチックで良いのだ。スヴェトラーノフの雄弁な指揮とあわせて、ソヴィエト連邦が崩壊へと向かう1989年のこの記録はまさに歴史的と言うべきだろう。

当時のオペラ映像はブライアン・ラージのように顔のアップを多用するのが主流だった。当時のテレビの解像度と19インチ程度の画面ではアップにしないと細かい表情が見えなかった。しかし(サヴァリッシュの指輪もそうだが)当時のNHKのハイビジョン収録の方針はそれとは異なり、あまり極端なアップを多用せずできるだけ全身や舞台を収めるようにする撮り方をしているのが現在の大画面のテレビに向いていて大変好ましい。逆に当時の低解像度のテレビでは細かい部分が良く見えなかっただけに、今回のDVDで初めて正しい状態で見ることができるようになったことを喜びたい。

DVD化されたアナログハイビジョン映像としては最も初期のものに当たるが、映像の品質はまったく問題がない。これならブルーレイで出しても良かったのではと思うくらいだ。アナログハイビジョンは放送段階(MUSE)で圧縮により劣化するが、記録方式自体は非圧縮なので高品質なのだ。この時期のアナログハイビジョン収録にはチェリビダッケのブルックナーなどDVD化されていないものがまだまだたくさんあるのでテープが劣化しないうちにDVD化されることを期待したい。

この作品のあらすじは下記のサイトを参照されたい。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%87%91%E9%B6%8F
http://homepage2.nifty.com/aine/opera1/opera195.htm

(追記)
ユーチューブにこの映像は上がっていないようだが、猿之助演出のパリ公演の画像を見つけた。
影のない女と同じような演出だったようでちょっと微妙かな(笑)
http://www.youtube.com/watch?v=NBwXt_06T9w

Adriana KOHUTKOVAという人がシェマハを歌った映像もみつけた。西洋オペラ風の歌い方で普通に聞きたい人にはいいかも。
http://www.youtube.com/results?search_query=KOHUTKOVA+in+The+Golden+Cockerel

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・プッチーニ:歌劇『トスカ』全曲
 カーティア・リッチャレッリ(トスカ)
 ホセ・カレーラス(カヴァラドッシ)
 ルッジェーロ・ライモンディ(スカルピア)
 ゴットフリート・ホーニク(アンジェロッティ)、他 
 ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団
 ヘルベルト・フォン・カラヤン(指揮)
 録音:1979年(ステレオ)

 レナータ・スコット(トスカ)
 プラシド・ドミンゴ(カヴァラドッシ)
 レナート・ブルゾン(スカルピア)、他
 フィルハーモニア管弦楽団
 レヴァイン(指揮)
 録音:1980年(デジタル)

「巨匠たちの録音現場」というプロデューサーの井阪さんが書かれた本に興味深い記述をみつけた。カラヤンがリッチャレルリ、カレーラス、ライモンディと録音したトスカは実は当初EMIが企画したものだが、カラヤンを含めて出演者の出演料がかさみ過ぎて採算がとれなくなったためEMIが録音を断念し、この企画をカラヤンにDGでオペラの録音をさせたがっていたブレーストが金に糸目をつけず買い取ったというのだ。

確かに60年代に指輪を録音して以降カラヤンの70年代のオペラの録音はすべてEMIかデッカだった(72年にオペレッタ「メリーウイドゥ」の録音はある)。79年に10年ぶりにDGでのオペラ録音を再開させた背景にはこのような事情があったのだ(恐らくDGのカラヤンの指輪はレコードビジネスとしては失敗だったのだろう)。カレーラスがコペントガーデンの来日公演でカバリエとトスカを歌っている最中に東京からベルリンにとんぼ返りしてまでかけつけたのもこの録音だ。カラヤンがスカルピア役にライモンディを口説いてライモンディがこの役に開眼したものこの録音だ。

一方カラヤン盤を作れなかったEMIがスコットとドミンゴを起用して翌年ロンドンで録音したのがレヴァイン盤だ。もしEMIがカラヤン盤に大金を叩いていたら翌年に競合盤を制作するのは難しいのでこのレヴァイン盤がカラヤン盤を失った代替および対抗盤として制作されたことは容易に想像できる。

私はこの2つの盤を当時リアルタイムに聞いていた。どちらも好きな演奏だった。リッチャレルリのような声でトスカを歌うのは珍しいということは後から知った。数年後のトゥーランドットともども批判する声はあるようだが実演では実現しないレコードならではのキャスティングがあっても良いと思う。カレーラスのリリックなカヴァラドッシとカラヤンの遅めのテンポと相まって、イタオペらしいかどうかはともかく独自の美しさを持った演奏だと思う。ただこの路線で行くならばオケは喋々婦人やトゥーランドットあるいはアイーダの録音と同様にウイーンフィルの方が良かったと思う。BPOの重すぎる音がプッチーニに似合わないのはデッカに録音したボエームと一緒だが、ボエームよりは違和感が少ないのは作品自体がボエームよりも数段ドラマティックだからだろう。

一方レヴァイン盤だが、私はこの録音はムーティの椿姫と並んで全盛期のスコットが残したベストの演奏の一つだと思う。やはりトスカという役にはリッチャレルリやフレーニのような柔らかい声よりももう少し鋭い響きが必要だろう。フレーニのトスカ(デッカとDGの2種)もレコードならではのユニークな表現だと思うが、いかんせんフレーニさんの声はトスカにしては人が良すぎる。

スコットは67年と73年代にNHKイタリアオペラのルチアや椿姫、ファウストで来日したが、80年代以降はオペラで来日したことはあったのだろうか? 私は聞き逃してしまった。ブルゾンのスカルピアがややお人よしに聞こえるとは言え、このトスカはもっと評判になって良い演奏だと思う。ちなみにこの演奏は牢番とパールマンが歌っていることでも話題になった。批判もあったようでパールマンは歌からはこの後手を引いてしまうがこのぐらいのちょい役はご愛嬌でよいのでは? 

逆にカラヤン盤はシャルローネと牢番を同じ歌手(フォン・ハーレム)が歌っているのが気になる。シャルローネと牢番が同じではおかしい。実際の舞台ではバスを何人も用意するのは大変なのでシャルローネと牢番を一人二役で歌うこともあるのだが、レコード録音では分けてほしかった。主役の出演料に金を使いすぎたつけが回ったのかも?

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トスカ:カバリエ
カヴァラドッシ:ディ・ステファノ
スカルピア:Nicolae Herlea
オケと指揮者は不詳
1975年11月22日 横浜
http://www.youtube.com/watch?v=RedRcrb3pvg
http://www.youtube.com/results?search_type=&search_query=tosca+1975+yokohama&aq=f

ディ・ステファノと言えば何といってもまずカヴァラドッシだろう。カラスとのモノラル録音もカラヤンとの再録音もスタンダードとして長く親しまれてきたものだ。1975年のこの公演は今回ユーチューブで始めてみた。確か大手の音楽事務所でなくカラスのファンによる招聘として企画された公演だったと記憶している。以前も紹介したマリア・ディ・ステファノによる「わが敵マリア・カラス」によると、招聘したのは「ナカジマ」氏という個人の方だったようだ。

チケット代は非常に高かったそうで、お目当てのカラスがドタキャンしてしまったためナカジマ氏は財政上の問題を抱えることになったそうだが、日本でカラスのトスカを個人で実現しようという発想と経済力はすごいと思う。ナカジマ氏とはどのような人だったのだろうか? ひょっとして私が大学の頃良くお会いした仙台のナカジマさんだろうか? もしこのブログをご覧になっていたらご連絡を頂きたい。

70年代のカバリエはカラスの後継者として挙げられていた。自分のフィガロの予定をキャンセルしてまで日本へトスカを歌いにきたとは初めて知ったが、「カラスの後継者は自分」という自負があればこそだろう。「わが敵マリア・カラス」によると、カラスはカバリエを意識して(テバルディなどと同様に)手厳しく批判したこと、74年9月にカバリエの希望でディ・ステファノがカバリエとの二重唱をレコードに吹き込むことになりバルセロナへディ・ステファノが行くことにカラスが大変嫉妬したこと、それにも関わらずディ・ステファノがカバリエと録音する曲の練習にカラスが付き合ったことが触れられていて興味深い。

ディ・ステファノはこの公演に非常に乗り気でコスチュームをニコラ・ベノワに発注して新調したそうだ。ユーチューブで見た限りではこの時のディ・ステファノの歌は私が想像していたよりもはるかに上等だ。74年10月の日本・韓国ツアーも含めてこの時期はディ・ステファノがカラスと不倫していた時期に当たる。カラスともう一花咲かせたいという気持ちが強かったのだろう。

74年のカラスとの日本公演はLD時代に日本限定で商品化された。DVD化はされていないと思うがユーチューブでかなり見ることができる。
http://www.youtube.com/results?search_type=&search_query=callas+tokio&aq=f
1973年のロンドンでのリサイタルの映像も見つけた。
http://www.youtube.com/results?search_type=&search_query=callas+london+1973&aq=f

この本によれば、カラスがトスカをキャンセルしたのは75年11月に入った公演直前で、「舞台復帰後この時期ほどカラスの声の調子が良いときはなかったので大変驚いた」とある。「フランス・ディマンシュ」の記事が原因で引退したというのは助六さんの書き込みで始めて知った。

このトスカの日本公演終了後、ディ・ステファノのカラスとの不倫はマリア・ディ・ステファノの知るところとなり、結局77年1月にディ・ステファノはカラスと別れる。孤独なカラスは同年9月に(恐らく自ら)亡くなったが、カラスを哀れむディ・ステファノはその後マリア・ディ・ステファノも遠ざけ、2人も結局は離婚する。

ディ・ステファノはケニアで暴漢に襲われ昨年気の毒ななくなり方をしたが、ケニアで誰とどのような生活をしていたのだろうか。

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