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12月までに移行します。コメントも手作業でコピーする予定です。

オペラ

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3500hitを超えましたね。日ごろのご愛読に感謝して4000ヒットを踏んだ方に5月5日の東京歌劇団の「ムツェンスク郡のマクベス夫人」のチケットS券を2枚ペアで差し上げます。出演する友人から少し安く手に入れることができました。もしも4000ヒットの方が遠方などの理由で辞退された場合は前後賞で一番近い方に差し上げますのであきらめないで下さい!

yahooブログはクッキーを使っていますのでブラウザの「更新」を押してもカウントは増えませんが、別のPCあるいは別のブラウザ(FIREFOXやOPERAあるいはNETSCAPEなど)からアクセスすればカウントは増えます。もし3999を踏んだらすぐに別のブラウザからアクセスしてください。

東京歌劇団
「ムツェンスク郡のマクベス夫人」
作曲:ショスタコーヴィチ
ロシア語:字幕つき
公演監督:岸本力
指揮:珠川秀夫
演出:大島尚志

【日時】
2008年05月05日(月・祝)
開場13:30 開演14:00
【場所】
サンパール荒川大ホール
【入場料】
S席¥10,000 A席¥8,000・B席¥7,000
【チケット取扱い】
東京国際芸術協会:03-3809-9712
東京音楽学院:03-3822-7412
チケットぴあ:0570-02-9990
【お問合せ】
東京国際芸術協会:03-3809-9712

◆ 出演 ◆ 
カテリーナ:黒木真弓
ボリス・老いた囚人:岸本力
セルゲイ:角田和弘
ジノーヴィー:岡本泰寛
ボロ服の百姓:塚田裕之
アクシーニャ:青木素子
管弦楽:東京歌劇団管弦楽団
合唱:東京歌劇団合唱団



去年の10月に開設してから5ヶ月少しかかりましたが、でも2000から3000の間は結構速かったと思います。ネットを通じてたくさんの方とコミュニケーションさせていただいていることに感謝します。ネット上に自分の居場所があるというのは素晴らしいことですね。以前書いた記事を読んで「お〜、自分らしい」と思うこともあります。自分が自分に戻ってこられる場所にもなってきているようです。yahooブログがやっと携帯に対応してくれたのでコメントの書き込みが簡単にチェックできるようになったのもうれしいことです。携帯の方は以下のアドレスもしくは右下のQRコードでアクセスをお願いします。

http://blogs.mobile.yahoo.co.jp/p/blog/myblog/mytop?bid=takatakao123

この分だと4月には4000アクセスに届きそうです。サービス精神旺盛なJinkさんを見習って4000アクセスを踏んだ方にはプレゼントを進呈したいと思っています。3500アクセスぐらいになったら発表します。

今後ともよろしくお願い致します。

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 トーマス・アレン(アイゼンシュタイン)
 パメラ・アームストロング(ロザリンデ)
 ホーカン・ハーゲゴール(ファルケ博士)
 マレーナ・エルンマン(オルロフスキー侯爵)
 リュボフ・ペトロヴァ(アデーレ)
 ペール・リンドスコーグ(歌手アルフレード)
 ロンドン・フィルハーモニック管弦楽団
 ヴラディーミル・ユロフスキ(指揮)
 演出:スティーヴン・ローレス
 収録:2003年8月17日、グラインドボーン歌劇場(ライヴ)
 (TDK TDBA5012)

「こうもり」は楽しい音楽と反比例して筋書きが分かりにくい作品だと思う。何の復讐をしているのか、何がおかしいのか一度で飲み込めた人はどれぐらいいるだろうか? 

冷静にあらすじをまとめてみた。ストーリー上はアルフレートとフランクが重要な鍵を握るが彼らはほとんどが重唱でソロらしいソロはほんの少ししかない。逆にストーリーを大きくは左右しないアデーレには全ての幕でソロが与えられている。ストーリー上の重要性と曲のウエイトが一致していないのだ。

このため曲だけを追っていってもストーリーが分からない。セリフや演技で補わなければならないのだが、その補い方が難しい。

下記のあらすじを良く読んで頂きたいのだが、ロザリンデがいつファルケに誘われてパーティに来たのか良く分からない。ファルケがアイゼンシュタインに会いに来た際にロザリンデに手紙を渡すという演技を入れて補う演出が以前は多かったが、もしここでロザリンデがパーティに行く気があったなら、1幕フィナーレでロザリンデは「今夜は一人でさみしく食事する」と歌うのと矛盾してしまう。

このストーリー上の矛盾を解決するために、近年の公演では1幕フィナーレでアルフレートとフランクが退場した後でロザリンデがパーティの招待を受け取るという形にシナリオを整理する例が多くなってきた。ちょっと前のopera de Akabaneの公演など東京での上演でもそのようにするケースが増えている。

2003年のグラインドボーンの公演はこの新しい解釈を映像で確認できる現在のところ唯一の映像だ。1幕フィナーレの音楽の後にセリフや芝居を入れるのは音楽的には難しいが、この公演では間に休みを入れないで2幕に舞台転換する方法で解決している。

スティーヴン・ローレス演出は現代風ではあるが、2001年ザルツブルグ音楽祭のノイエンフィス演出(政治批判が入っていて放送時は一部カットされた)のような過激なことをやっている訳ではない。古い演出しか見ていない方にも受け入れられるものだと思う。テレビでも放送されたのでご覧になられた方も多いだろう。

ユロフスキ指揮(結構カッコイイ!)による音楽もマイケル・ロット校訂のクリティカル・エディションを採用しており、通常はカットされる音楽が再現されている。舞踏会のバレエはシェンク演出で良くあった雷鳴と電光ではなく、トリッチトラッチポルカが演奏される。セリフには「ポルカ」とあるだけで曲の指定はないのでこれでいいと思う。

歌手はトーマス・アレンとハーゲゴール以外は若手だが、特にアデーレのリュボフ・ペトロヴァの歌と演技が印象に残った。ペトロヴァは初めて聞いたが2003年にはデュセイの代役でツェルビネッタ(ナクソス島のアリアドネ)をメットで歌ったそうだ。来日したら聞いてみたい。ミュンヘンやウイーンの映像しか見ていない人にもぜひお勧めしたい。

こうもりあらすじ

登場人物
ガブリエル・アイゼンシュタイン・・・裕福な銀行家
ロザリンデ・・・アイゼンシュタインの妻
ファルケ博士・・・公証人、あだ名は『こうもり博士』
アデーレ・・・アイゼンシュタイン家の小間使い
アルフレート・・・ロザリンデの昔の恋人
オルロフスキー・・・ロシアの大貴族
フランク・・・刑務所長
ブリント・・・アイゼンシュタインの弁護士
イーダ・・・アデーレの姉(または妹)
フロッシュ・・・刑務所の看守

場所は19世紀のオーストリア。ファルケ博士は去年の仮装舞踏会の帰りに「こうもり」の衣装のまま泥酔してしまい、友人で銀行家のガブリエル・アイゼンシュタインに道端に置き去りにされてしまいました。それ以来「こうもり博士」というあだ名をつけられたファルケ博士は、アイゼンシュタインにこの仕返しをするチャンスを伺っている、というところから舞台は始まります。

第一幕 アイゼンシュタイン家の居間

妻ロザリンデのかつての恋人アルフレートが家の前でつきまとっています。小間使いのアデーレはパーティの誘いを受け取り口実を作って暇をもらおうとしますが、ロザリンデに見抜かれてしまいます。

酒癖が悪いアイゼンシュタインは公務員を侮辱した罪で刑務所に入らなければならなくなりました。弁護士のブリントが無能なせいで刑期が増えたと大喧嘩した後で友人のファルケ博士が登場します。今晩楽しいパーティがあるから刑務所に出頭する前にロザリンデに内緒で行こうと誘います。

アイゼンシュタインが楽しそうに出かけるのをロザリンデが不思議そうに見送ったところへロザリンデのかつての恋人アルフレートが押しかけてきます。アルフレートがアイゼンシュタインのガウンを着込んで亭主面で酒を飲んでいると、そこへタイミング悪く刑務所長のフランクがアイゼンシュタインを迎えに来ます。ロザリンデは彼が夫ではないとは今更言えなかったのでアルフレートはアイゼンシュタインの代わりに刑務所に連行されます。

第二幕 オルロフスキー邸の舞踏会場

今夜の舞踏会は実はファルケ博士がアイゼンシュタインを笑いものにするためにオルロフスキーと仕組んだ茶番劇なのですが、そうとは知らないアイゼンシュタインはフランス貴族「ルナール侯爵」に扮して美女を物色しています。そこへ「女優オルガ」に扮するアデーレ、フランスの騎士に扮する刑務所長フランク、ハンガリーの貴婦人に扮するロザリンデが次々に登場します。

フランス人だということになっているアイゼンシュタインとフランクは慣れないフランス語で会話をさせられるはめになりますが、結局意気投合して親しくなります。アイゼンシュタインは自分の妻ともしらないでハンガリーの貴婦人を口説きますが、浮気の小道具の懐中時計をロザリンデに取り上げられてしまいます。

パーティではカップルが次々に誕生し余興のバレエやダンスも入って宴も最高潮。あっという間に世はふけて、アイゼンシュタインは急いで刑務所に出頭に、フランクは急いで刑務所に出勤しなければなりません。本当は刑務所長と囚人だと知らずに二人が仲良く肩を組んで千鳥足で帰るのを一同は大笑いで見送ります。

第三幕 刑務所の所長室

飲んだくれの看守フロッシュが所長室でくだを巻いていると、酔っ払ってご機嫌なフランクが戻ってきます。そこへアデーレがイーダとやってきて、「自分は本当は小間使いなのだけど女優になりたいのでパトロンになって」と頼み込みます。アデーレの演技を見てフランクがパトロンになることを承諾したところへアイゼンシュタインが出頭してきます。

偽のアイゼンシュタイン(アルフレート)が既に牢屋に入っていることに驚いたアイゼンシュタインは、弁護士ブリントに変装してアルフレートとロザリンデから事情を聞きだし、妻をなじります。ロザリンデは夫から昨夜取り上げた浮気の証拠の懐中時計を取り出してアイゼンシュタインに逆襲します。ここでファルケ博士がオルロフスキーと一緒に現れ、すべてはアイゼンシュタインに復讐するためにファルケ博士が仕組んだ茶番劇だった、ということにして全てを丸くおさめて幕となります。

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1994年に新書館より出版

今日は珍しく本の紹介だ。ジュゼッペ・ディ・ステファノが亡くなった。とても気の毒な亡くなり方をしたようだ。パバロッティが亡くなった際は国葬級だったが、イタリアはもう一人の英雄の死をどのように扱うのだろうか?

ディ・ステファノは主にマリア・カラスのパートナーとして多くの録音を残した。残念ながら私はカラスの声をそれほど好きではないので、ディ・ステファノの録音を非常にたくさん持っているという訳ではないのだが、それでもサバータとの有名なトスカやトスカニーニとの有名なヴェルディのレクィエムなどは愛聴してきた。ナポリ民謡もデル・モナコのような重い声よりはディ・ステファノやパバロッティのような明るい声の方が好きだ。

ディ・ステファノがオペラの一線で活躍したのは60年代までだが、その後もオペレッタを中心に長く歌い続け、引退したのは1992年とのことだ。

この本はディ・ステファノの奥さんだったマリア・ディ・ステファノが書いた物で原著は1992年に、日本語版は1994年に発売された。余談だがこのもう一人の「マリア」もなかなかの美人で、少なくとも私にはマリア・カラスより数段魅力的だ。ディ・ステファノとの出会いと彼の栄光の日々から、晩年のマリア・カラスがディ・ステファノの愛人になり、カラスが1977年に亡くなる頃までの出来事が比較的淡々とした口調で書いてある。

50年代にディ・ステファノとカラスがコンビを組んでいたのは単に興行的な利害関係によるもので個人的な関係は極めて悪かったようだ。ところが1972年に落ち目のカラスと再会し、ディ・ステファノはカラスと再びコンビを組んだばかりかカラスを愛人にしてしまう。当然それはディ・ステファノを信じていたもう一人のマリアを裏切る行為であり、幸せだった家庭はきしむ。それでもマリアは辛抱強く堪え忍んだようで、彼らが離婚したのはカラスが死んだ後のことのようだ。

もちろん大変けしからん話だし、マリア・ディ・ステファノが大変気の毒だ。でも私はこの本を読んでジュゼッペ・ディ・ステファノがとても優しすぎる人間なのだと分かった。落ち目のかつてのパートナーを何とかしてあげたいと思う気持ちといい、言い寄られて断れないところといい、その優しさと弱さが何とも人間的ではないか。マリア・カラスの強烈な毒気との対比が実に面白い。この本はもう中古本でしか手に入らないと思うが、機会があったらぜひ読んでみることをお勧めする。

マリア・ディ・ステファノは離婚後一人でミラノに住んでいるとこの本には書いてあるが、ジュゼッペは晩年をどのように過ごしたのだろう? なぜケニアにいたのか? 別荘でも持っていたのだろうか? 雑誌か何かでぜひ特集してほしいものだ。

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(音声)
カテリーナ:ガリーナ・ヴィシネフスカヤ
セルゲイ:ニコライ・ゲッダ
ジノーヴィー(カテリーナの夫):ウエルナー・クレン
ボリス(カテリーナの舅):ドミトール・ペトコフ
ロストロポービッチ指揮ロンドンフィル
1978年


edcさん、菅野さんお勧めのヴァイグル監督の映画版を入手した。1978年のロストロポービッチ盤の音楽に合わせて1992年に作成したものだ。ヴァイグル監督はエフゲニーオネーギン(チャイコフスキー)や「村のロメオとジュリエット」(ディーリアス)など制作している。村のロミオとジュリエットではハンプソンが映像にも出演していたが、この作品は演技は全て歌手とは別の俳優が受け持っている。

エフゲニー・オネーギンもそうだったが、音源と映画の制作時期が離れている、つまり映画化を前提とした音源を用いている訳ではないという点がロージ監督やゼフィレッリ監督のオペラ映画と大きく異なる点だ。恐らくヴァイグル監督がお気に入りの音源を選んで映画化しているのではないだろうか。そもそも歌手が演技することを必ずしも前提としていないのでこのようなことが可能なのであろう。

オペラ映画は先に音楽を録音するので口パクになるが、実際に声を出しているわけではないので大きな口を開ける必要がなくなる、あるいは歌手とは別の俳優を起用したり屋外でロケすることが可能になるといった映像上のメリットがある。

このためトスカやカヴァレリア・ルスティカーナのようなヴェリズモ作品では特に独特のリアリティを持った作品が実現する。実際トスカやカヴァレリア・ルスティカーナは複数の映画が制作されている。

ムツェンスク郡のマクベス夫人もリアリズム系の作品なのでオペラ映画向きだと言えるだろう。改訂版の「カテリーナ・イズマイロワ」はすでに1966年に旧ソビエトで映画化されている。改訂版はどぎつい表現を当局の指導に従って修正している。主役を歌ったヴィシネフスカヤが自ら主演しておりこちらも熱演で見応えがある。ただし画像も音もかなり粗い。

ヴァイグル監督のこの映画は恐らくその1966年の映画以来の映像化だろう。ヌードのことは買うまで知らなかったが、ヴァイグル監督はベルリン・ドイツ・オペラのサロメの舞台でマルフィターノをヘア・ヌードにしてしまうぐらいだから映画ならこのくらいはやるだろう。

全体にどぎつい感じはなくむしろきれいな映像だと思った。カテリーナ役の女優はやや線が細い気もするがこれはヴィシネフスカヤの演技をすでに見ているせいもあるだろう。主役が猛烈な悪女だと作品のドロドロした面が強調されるが、このように可憐だとむしろ彼女の境遇に同情したくもなってくる。女中のアクシーニャが小娘でなくおばさんなのは少しがっかりもしたが、でもこうすることで下男達の欲求不満がよりリアルに表現された。

ショスタコーヴィッチはこの作品を新妻に捧げたそうだ。深すぎて私などはう〜んと唸ってしまう(笑)。歌曲集ミルテの花をクララに捧げたシューマンとは相当違う感覚だ。しかし愛とは何なのかということに対する問題提起が作曲者の狙いだったとすればこの映画は大変成功している。

画質・音質は最新映像のようにはいかないが一定水準はクリアしている。今年、来年に日本でもこの作品が上演されるのを機会に国内盤の発売を期待したい。

ユーチューブで一つだけ映像を見つけることができた
カテリーナとセルゲイが結婚式の後に逮捕されるシーン
http://www.youtube.com/watch?v=SdZdNPKCWoQ

1966年のカテリーナ・イズマイロワもユーチューブにかなりアップされていた。
http://www.youtube.com/results?search_query=Katerina+Izmailova&search_type=

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