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昭和47年(1972)8月、初めての関西本線加太越えを撮影した後、一路大阪を目指しました。 初めて見る木津川の流れと緑が印象的でした。
大阪からは夜行急行です。博多行きだったのか、その先まで行く列車だったのか、
列車名もよく覚えていません。ただ、車内の様子は少し覚えています。
進行右側のボックス席に、進行方向に背を向ける形で下関方通路側に私、
私の隣の窓側には若い男性、その向かいに若い女性、私の向かいは中年の女性が座り、
若い方の女性も男性も20代前半くらいに見えました。
まぁそんな赤の他人の4人が、一夜限りの夜を共にすることになったわけです(笑)
発車してすぐ眠るという訳にもいかず、私は時刻表を見たり、
しばし沈黙が流れ重たい空気が漂い始めた頃、口火を切ったのは私の隣の男性でした。
どこまで行くの?みたいな自然な感じで。
そうしてポツリポツリと窓側の男女が会話を交わし始めて、私も一言、二言、加わったりして、
なごんだ雰囲気になりました。
やがて減灯されて車内が少し暗くなったのを機に、みな眠りにつきました。
当時、大阪〜博多間で10〜11時間ほどかかったはずです。熟睡というわけにもいかず、
たまに目が覚めては真っ暗な窓外に遠く流れる街の灯に目をやったり、また眠ったり。
そうこうするうちにやがて夜は明け、私にとって初めての九州入り。博多に到着しました。
筑豊本線の写真を撮るのになぜ博多まで行ったのか?
折尾は停車しなかったからなのか?不明です。
博多で4人とも下車。
降り際に、隣の男性が向かいの女性に「これで終わっちゃうのぉ?」とナンパしてましたっけ(笑)。今ならお手軽に、メルアド教えて、でしょうかねぇ。
その後二人がどうなったのか、今は知る由もありません。。。
道中記が長くなってしまいました。
さて、初日の撮影地は、あまり歩かなくてすむところ、 筑豊本線の筑前垣生〜筑前植木間にしました。そして最初に来たのがこのD6069です。
九州も生まれて初めてだし、もちろんD60も初めて。
いきなりの洗礼を受けて嬉しかった思い出です。
(1972/8/5 筑前垣生←筑前植木)
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こんばんは
九州は全く行っていないのでこれからの九州シリーズが楽しみです(^-^)
私の家はかつてD60の走った線区でして、D60終焉までの3ヶ月間見ていました。D60が貨物を引く姿が懐かしいです(^-^)
[ 双葉の断層 ]
2012/1/28(土) 午後 5:08
こんばんは。
「これで終わっちゃうの?」ですか。
寅さんの一場面を見るような話ですね。こんな二人を寅さんが取持つとか。
合わせて筑豊本線のD60が素晴らしいですね。後ろに続く貨車も気になります。
小学生だった私はSLダイヤ情報を穴があくほど見ていました。
道中記と写真両方に傑作ポチさせていただきます。
[ D51498 ]
2012/1/28(土) 午後 8:27
こんばんは。
私もいわゆる夜行列車には、数回乗車しましたがこのような場面は残念?ながら経験ないですね。
D6069号機、筑豊で最後まで残った1台ですね。 私もその武骨な格好が大好きでした。
九州シリーズ、何が出て来るか楽しみです。
[ かちかち ]
2012/1/28(土) 午後 10:03
こんばんは。
夜汽車の楽しみを味わられましたね。
ボックス席は、高校生にはちょっと気恥ずかしいですよねぇ。
九州は魅力的なカマが多くありましたね。
なぜが、スポ-ク動輪のカマが多く、そして
なんといってもシ-ルドビ-ム装着がほとんどなかった!
これが一番ですね。
2012/1/28(土) 午後 10:17
夜行列車の中でのお話、まるで映画の1シーンのようですね。
よほど印象に残った一晩だったんでしょう。
初めての九州でD60は大感激でしたね。それまで雑誌でしか見たことがなかったカマに会えたんですからね。
続きを楽しみにしています。
[ D51338 ]
2012/1/28(土) 午後 10:32
双葉の断層さん
もしかして磐越東線のD60ですか??私が蒸気機関車を意識した時には、もはやD60は北九州にしか生き残っていなかったと思います。この時、北海道に行くか九州に行くか悩んで結局九州を選んだのですが(結果、北海道にはついぞ行けませんでした)、D60の存在があったのも、理由の一つでした。
コメントいただき、ありがとうございました。(^_^)
[ たかちねっと ]
2012/1/28(土) 午後 10:58
D51498さん
道中記へのポチ、ありがとうございます (^o^)/
席の配置まで含めて覚えていたのは、このおにいさんの別れ際の一言があったからだこそと思います。私は寅さんの大ファンなのですが、ホント、寅さんだったら、頑張れ若者っ!と背中を叩いて励ましそうですよね〜。
SLダイヤ情報は愛読書でした (^o^)
[ たかちねっと ]
2012/1/28(土) 午後 11:03
かちかちさん
D60はデフやデフのステー、煙突など、バリエーションに富んでいましたよねぇ。二日間だけでしたが、4台のD60に会えて、それぞれ違っていて楽しかったです。。その中でも、69号機は初めて会ったということもありますが、何回も会えて、私にとって相性のいい思い入れのある機関車になりました。
コメントいただき、ありがとうございました!
[ たかちねっと ]
2012/1/28(土) 午後 11:07
D51146さん
別れ際のおにいさんの言葉は、ウブだった?(笑)高校1年生の私としては、他人事ながら、こっ恥ずかしいような思いでした (^_^;)
たしかに、シールドビームが少ないですねぇ!本州から移っても、C61のように、はずしてますものね。副灯は別にしても、シールドビームでない方が好ましいですね(^_^)
コメントいただき、ありがとうございました!
[ たかちねっと ]
2012/1/28(土) 午後 11:14
D51338さん
コメントありがとうございます〜。
毎度?のことながら、旅日記が長くなってしまいましたが、脚色なしの実話なので、我ながら楽しい思い出として記憶のノートに今でもハッキリ残ってました。
本題の蒸機の方ですが(笑)、往時から見たらかなり減ってきているのでしょうけれど、ギリギリの我々世代からすれば、この時はまだまだ九州は蒸気機関車天国という感がありました。(^_^)
[ たかちねっと ]
2012/1/28(土) 午後 11:24
おはようございます
九州のD60は折尾駅近くで撮影しました(D6061)、私もD60は初めての撮影なので失敗しないように何度も何度もシャッターの確認をしたり、ピントの確認をした覚えがあります。
夜行列車といえば青函連絡船で意気投合した一人旅の女性と函館から
苫小牧まで「急行すずらん」で一晩中話をして過ごした思い出がありますよ、縁あって知り合った彼女とは北海道にSL撮影に行く度に札幌で逢っていましたが〜SLの方が魅力が強くていつの間にか自然消滅
しました、彼女は小樽の人でした〜古い話鶴岡雅義の「小樽の人よ」を聞く度に彼女の事を思い出します。若き日の思い出です(笑)
[ pajero4900 ]
2012/1/29(日) 午前 8:25
pajero4900さん
青函連絡船で知り合って苫小牧まで語り合う…ロマンチックで素敵なお話ですねぇ!
小樽の人よを聴くと思い出す…演歌の花道のイントロのような、ちょっぴりウルッとくるような、、、さすがの経験をお持ちでいらっしゃいますね!
逢いたい気持ちがままならぬ…と今でも歌詞が出てきますが、鶴岡雅義のギターと東京ロマンチカのボーカルの三条さんの声が懐かしいです。(^_^)
[ たかちねっと ]
2012/1/29(日) 午後 2:24
昔、全く同じような経験をしたことがあります。
私が学生で、成り行きをおもしろく見守っていました(笑)
2012/8/7(火) 午後 9:42
LUNさん
当時は夜行列車の中で、いろいろな物語が繰り広げられていたんでしょうねぇ(笑)
トラバありがとうございました。
[ たかちねっと ]
2012/8/7(火) 午後 10:27