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九州の旅を進めることにいたします。
昭和47年8月3日の夜、東京から夜行大垣行で関西本線に入り、 加太越えを撮影したその日の夜行で GO WEST!
隣に座った兄ちゃんのナンパ事件(笑)を目撃した博多の朝については、
1/28に書きました。 (→ こちら )
さらに夜行の旅は続きます。 筑豊本線で半日ほど撮影した日の夜、今度は日豊本線で南九州を目指しました。
夜行連泊3日目になります。若かった!
しかし、これがまたヘビーな夜となりました。 当時の夜行急行といえば、急行日南?だったでしょうか。満席でした。 窓際の席に腰を下ろして、今夜はどんな方々とボックス席を共にするのだろうと 思っていると、どやどやと乗ってきたのは、おじいちゃんおばあちゃん達でした。
前日とはうってかわった雰囲気です。
鹿児島か宮崎か、地元に帰るらしい5〜6名の一団で、にぎやかでした。
そんな中に青二才の高校生がポツンと一人。 参ったなぁ〜、目立たないように、、、なんて無理な話で(笑)。
発車してしばらく彼らの会話が続いたあと、案の定私の方に彼らの視線が 移って、、、来たぁ、、、と緊張が走った直後、「%#&*※☆?」と。
「えっ???」真っ青です。ココハニッポン?だよなぁ。。。
お年ということもあるのでしょうけれど、方言がきつくてまったく理解できません でした。
気弱な高校1年生は、聞きなおす度胸などなく、愛想笑いみを浮かべて、 いえ、半分ひきつっていたと思うのですが、え、えぇ、と声になるようなならない
ような蚊の鳴くような声ではにかんでいました。
何回話しかけられても、どの言葉もよく分からなくて。
彼らにしてみれば、物珍しさや興味だけでなく、気を遣ってくれたというか、 まぁ、これが自然な普通のことだと思いますし、言葉さえ分かれば
私も旅の道連れ、他の方と話すのは嫌いではなかったのですけれど、
さすがにこれはちょっと辛かったです。
おまんじゅうだったか、何か食べ物もいただいたように思います。 さすがに、会話にならないと思ってくれたのか(笑)、しばらくして解放してくれて、
そもそも夜行ですから、やがてみな眠りについて、
静かな車内にレールの継ぎ目を通る車輪の音だけが規則正しく響き、
汽車は南を目指しました。
地元の方々と触れ合ったいい思い出です。 また道中記が長くなってしまいました。 どこで降りたのか記憶も記録もないのですが、ネガに写っている筑豊の
次のコマは、吉松機関区の風景でした。
ということは、都城で降りて吉都線で吉松に行ったのだろうと思います。 そしてしばらくしてやって来た、最初に撮ったのが、このC5557でした。 生まれて初めて見るC55、とても嬉しかった思い出の1枚です。 吉松駅構内に進入してきたC5557
(1972/8/6 吉松)
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こんばんは。
吉松の門デフC55が素敵ですね。
復活鉄となった宮崎時代、吉松に行きましたが駅周辺の雰囲気は写真と同じでした。駅近くにはC552が保存されておりこの時代に思いをはせることができました。
急行日南ですか。いい思い出ですね。数年前まで「ドリームにちりん」として伝統が引き継がれましたがいつの間にかその火も消えてしまいました。
[ D51498 ]
2012/2/12(日) 午後 7:02
こんばんは。
相手は多数、こっちは1人。
しかも、まだ純粋無垢な(笑)高校生。
たかちねっとさんの、”なんとかしてよ”的な
心情よくわかります。
今ならカンビ-ルでも飲んで、適当に会話できるんですがね。
当時は北と南にC55でしたね。
北は1号機(この頃は梅小路行き)と流線型改の30号機
南はこの57号機もそうですが、門デフ機が名物でしたね。
57号機は最後まで残ったC55でしたね。
C57175とさよなら重連したのにC57175は保存
C5557は保存されなかったのが残念でした。
私は北海道のC55(標準デフ仕様)では感じないのですが
門デフのC55って、ドイツ機のイメ-ジを感じます。
2012/2/12(日) 午後 7:15
こんばんは
九州までの道中記楽しく読ませて頂きました(^-^)
読んでいて目尻が下がってきました(^-^)
北海道で見たC55とは雰囲気が違って門デフは軽快な感じがしますね。スポーク動輪と門デフの組み合わせだからでしょうか。
貴重なお写真ありがとうございます(^-^)
[ 双葉の断層 ]
2012/2/12(日) 午後 8:25
D51498さん、こんばんは
この年はなぜか57号機ばかりで、52号機には会わず、
翌年吉松にもう一度寄った際、機関区に憩う52号機に会えました。(^_^)
日南も、もはや懐かしい愛称になってしまいましたねぇ。
[ たかちねっと ]
2012/2/12(日) 午後 9:03
D51146さん、こんばんは
そうですね、今ならとりあえずビールで、ですが、盛り上がりすぎるのも心配だったりして(笑)
この57号機のデフのスタイルが好きだったのですけれど、保存されなかったのが本当に残念でなりません。うっ(涙)
[ たかちねっと ]
2012/2/12(日) 午後 9:05
双葉の断層さん、こんばんは
おっしゃるように、門デフは軽快な感じがします。
特に、細身のC55やC57はより一層軽快なイメージが強く感じられるように思います。(^_^)
[ たかちねっと ]
2012/2/12(日) 午後 9:14
再度、こんばんは。
現役時代、自分のフィルムに残せた蒸気が
どんな形でも保存されていると嬉しいですよね。
初めて、見たC55は30号機でしたが、やはり涙・・・です。
でも、私のHNのD51146がすぐそばで保存されていて
私には本当に嬉しい限りです。
http://blogs.yahoo.co.jp/d51146/65560173.html
http://blogs.yahoo.co.jp/d51146/52855059.html
2012/2/12(日) 午後 9:45
D51146さん、(再び)こんばんは
今発売されている「蒸気機関車EX vol.7」61頁に、岩一機区の保存蒸機としてD51146が写真付きで紹介されていますね。
やはり、姿かたちが残っているのは嬉しいことですよねぇ。
[ たかちねっと ]
2012/2/12(日) 午後 10:24
こんばんは。
私が最初にこのC5557と遭遇したのは、都城駅でした。「おっ、スポーク動輪だ」、なんて思ったものです。残念ながら走行シーンは撮ることは叶わず! でした。
私も宮崎へは夜行の「急行日南」を利用しました。朝から撮影が出来るので有効に1日使えましたね。幸いというか、たかちねっとさんのような車内での体験は無いですね。それにしても、困り果てたたかちねっとさんの表情が目に見えるようです(笑)
ちなみに撮影した帰りは博多行きの「急行えびの」でした。(吉松駅から乗車です)
写真拝見して当時のことを思い出しました。
[ かちかち ]
2012/2/12(日) 午後 10:47
かちかちさん、こんばんは
ステーションホテル、いえ、駅寝という手段を知ったのは後年のことでしたから、九州で何日も撮影し、かつ、安く済ませようと思うと、宿代を浮かす=夜行で移動、ということになりました。実は、北九州と南九州は2往復しています(笑)
東京から九州周遊券1枚だけで宿代もかけずにできるだけ効率よく撮影しようと考えたあげくの夜行連泊でしたが、最後には宮崎のユースホステルに泊まりました(笑)
[ たかちねっと ]
2012/2/12(日) 午後 11:16
こんばんは
私は社会人でしたので九州撮影旅行は急行桜島のグリーン車に東京から折尾駅まで乗りました、確か門司辺で夜が明けたような気がします
C5557号機私は西鹿児島駅で発車シーンを撮影しています、駅の先端での撮影でしたのでスポーク動輪だとは知りませんでした。
[ pajero4900 ]
2012/2/14(火) 午前 0:49
pajero4900さん、こんばんは
グリーンですか!リッチですね!
私は社会人だったとしても、たぶん、2等車かもしれません(笑)
しかも桜島に乗られたとはお羨ましいです。
東京発九州行きの急行列車というと、私の大好きな映画「喜劇急行列車」が頭に浮かびます。
昔は正月になると、テレビで渥美清やフランキー堺の喜劇映画をやっていて、よく観てました。
最近ではツ○ヤでDVDレンタルもありますが、実は、VHSビデオまで持っている始末です(笑)
東京発10::00の桜島の折尾着は5:10のようです。早朝から筑豊本線を効率よく撮影できるスジでもあったのですね。
いまや西鹿児島駅も鹿児島中央駅と名称が変わってしまいましたが、やはり、西鹿児島駅の方がしっくりきますねぇ。(^_^)
[ たかちねっと ]
2012/2/14(火) 午後 10:14
かなり出遅れました…。
門デフの57号機、若松にいたのを筑豊本線で撮りました。が、ネガ、写真紛失です。
その後は鹿児島だったんですね。きれいに写真が残ってますね。
キャブの前の扉が空いていて涼をとっていたんでしょうね。
「日南」道中記、ウケました(笑)
[ D51338 ]
2012/2/15(水) 午前 1:50
D51338さん、こんにちは
ネガがなくなっても、瞼の裏にしっかりと焼きついておられることと思います。
科学が発達して、記憶を画像に焼き付けられる、なんてことできるといいですよね。
まぁ、私たちが生きているうちは、ありえないでしょうけれど(笑)
たしかに、キャブ空いてますね。よほど暑かったんでしょうねぇ。
コメントありがとうございました!
[ たかちねっと ]
2012/2/15(水) 午後 0:38