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島津 貴久伝

今回の、郷土の偉人第3回目は島津貴久です。

この方は、いわずと知れた、義久・義弘・歳久・家久の父親です。

島津貴久は「島津の英主」の名で称えられています。

貴久の時に薩摩・大隅がほぼ統一されます。

有名な戦いですと「岩剣城の戦い」(VS蒲生氏)でしょうか。

蒲生氏は当時の西部大隅最大の国人です。当時の当主は蒲生範清。

岩剣城は、蒲生氏の本拠地である蒲生龍ヶ城の周辺の支城の主な4つの内で最も南側、つまり最も島津領に近接した支城です。

この戦に対し、貴久は鎌田甚五郎を太刀役、川上上野守を御供として鹿児島、谷山、伊作、川辺、喜入の各衆を率い、義久は伊集院忠明を軍配役、本田弥六を太刀役、梶原新兵衛を旗役、瀬戸口藤兵衛尉を旗指役とし、鹿籠、山田、加世田、阿多、田布施、伊集院の各騎馬衆、市来、吉田の各足軽衆などを率いて出陣し、これに加治木からの加勢を加えて日当平に陣取り、戦を開始します。

この戦いには島津三代が参戦しています。

父忠良、貴久、子義久・義弘。名前だけ見ると豪華絢爛な感じがしますが、この戦の段階では総力戦でないと勝機が見えなかったのかも知れません。

貴久は58歳で加世田で歿しています。 (参考文献: 歴史群像シリーズ「島津戦記」 学研出版)

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伊作家の分家で、忠良の息子ですね。本家の勝久を追い出して事実上本家を乗っとりました。歴史には裏と表がありますが、こと薩摩の歴史に関しては、伊集院家の謀反など、内々に処理されていることが多々あるようです。

2005/10/22(土) 午後 10:56 [ ros*o_f**len*ino ]

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