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先日関西に行く機会があり、時間をとって大阪を見て回りましたがショックを受けました。
大阪城公園の一角には、まるでキャンプ場のように青いテントが並ぶ一角があり、とても立ち入れない雰囲気。
通天閣を見に行くために、JRの新今宮駅で降りたところ、どうやら反対側で降りてしまったらしく、あいりん地区でした。線路沿いに歩いただけで、人もまばらでしたが、明らかに雰囲気が異なっており、子供もいましたが、健康そうではありませんでした。
東京にもドヤ街があると聞いていますし、ホームレスもいます。吉祥寺でも見かけることがあります。しかし、街や公園の雰囲気を変えるまでの数を見たのは初めてでした。
かつて新宿の地下道に段ボールハウスが並んでいて、異臭が漂っていたのは記憶にありますが、それも片付けられて、今は見ることはありません。
私は今まで、30カ国以上を旅行してきました。日本と同等、あるいはそれ以上に豊かな国もあれば、日本より貧しい国もあります。しかし、どこの国にも貧富の差があり、一人あたりの平均GDPで日本より貧しい国であっても、裕福な人もいますし、日本より豊かな国であっても、私よりも貧しい人はいます。
結局、国の豊かさ、貧しさ、というのは最底辺にいる人がどれだけ貧しいかではないかと考えるようになりました。
タイでは、路上で寝ている人を見かけました。アルゼンチンでも、夜の路上でゴミあさりする人がたくさんいました。ルーマニアでは裸足のストリートチルドレンが走り回り、レストランで食事をしていると、"Mr, Give me money"と手を伸ばしてきました。クロアチアでは足がない乞食もいましたり、バルト三国では身なりも汚れて、ぼろぼろの靴を履いた、悲惨としか言いようがない高齢の女性が街に立っているのを見ました。
豊かな国であるはずのロンドンでも、ニューヨーク、パリでも物乞いはいます。しかし、スウェーデン、ノルウェイ、フィンランドでは私は見たことがありません。つまり、ホームレスを無くす、あるいは減らすことは不可能ではないということだと思います。
日本でも、ホームレスの人数は都道府県によって異なり、大阪は人口と比較しても多いとのことです。つまり、これも地方行政の問題でもあるのではないかということです。
ホームレスについては正直、より感情を持っていませんでした。公共の場所である公園や通路を占拠しており、夕方明るいうちから酒盛りをしていたりします。電車の車内で強烈な異臭を放っていて迷惑したこともたびたびあります。大阪で強制排除しようとする行政に抵抗している様子がニュースで報道されましたが、それも勝手に占拠しておいて理不尽だという印象しか持っていませんでした。
しかし、大阪でかなりショックを受けたので、少し勉強をしようと思い、本を読みはじめましたが、どうやら問題の実態は私が想像していたより広く、根深いということを感じ始めています。
それは、日本にも貧困の問題があり、そこでは憲法25条で保障された「健康で文化的な最低限度の生活」が保障されていない、かつその問題は広がっているのかもしれない、ということです。
スタンスとしては新自由主義に近く、格差を強調することには嫌悪感やうさんくささを感じる私ですが、この問題は看過できないと考えはじめています。
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