時事問題のメモ

時事問題などについて考えたこと。目的は手段を正当化しないし、その逆も真なり。

日本の貧困

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格差より問題な日本の貧困
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無年金者と3号被保険者

社会保険庁によると、加入期間が少ないために、年金をもらえない人が118万人を超えるという。

無年金者が118万人
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/109253/

加入記録管理の不備については、言葉もないが、記録はあっても本当に加入期間が少ないために、年金がもらえない人がいる。

先日のNHKのワーキングプアでも、加入期間が不足しているために年金をもらえず、空き缶拾いをしている高齢の夫婦が取り上げられていた。

税方式ではなく、保険方式を基本とする以上、支払っていなければ支払ってもらえないというのは正しい。

しかし、支払いが受けられない人を(自己責任だとしても)放置してよいとはいえないわけで、結果的には生活保護での救済をせざるを得ない。

一方で、いくら考えても解せないのが3号被保険者という存在である。
http://www.yomiuri.co.jp/iryou/kaigo/nenkin/an550401.htm

一言で言えば、サラリーマンの扶養者になっていれば、保険料を払わなくても、年金をもらえる。

貧乏な時期があって保険料が長期間払えなかったために、年金がもらえない人がいる。
離婚して母子家庭となり、必死で働いていても保険料を払わなければ年金がもらえない人がいる。

一方で、保険料を一切払っていないのに、年金をもらえる人がいる。

いつからこんな特権階級が生まれたのだ、って思いませんか?

釜ヶ崎のホームレス

大阪の釜ヶ崎は「あいりん地区」とも呼ばれ、日雇い労働者が集まる「ドヤ街」である。

先日大阪を訪問して、公園のテントやあいりん地区を見てショックを受けたので、本屋で目立つように置いてあった生田武志「ルポ最底辺」という本が目にとまり、読んでみたが、ホームレスに対する考え方が大きく変わった。

それまでは、自業自得、好きでやっていると思っていたが、そういう人ばかりではない、ということである。

ホームレスのほとんどの人は、好きで路上生活をしているのではなく、できれば家に住みたいと考えているのだという。本書の冒頭では、北海道のホームレスの話が出てくるが、冬の路上生活の厳しさは尋常ではない。

では、なぜ家に住まないのか。どうして家に住まなくなったのか。それはまずは収入が家を借りるのに満たないからということのようである。ホームレスというと、ずいぶん違った世界のように思えるが、収入が減っていって、家賃を下回れば、その時点でホームレスになる。

この家、つまり住所があるとないで状況が全く変わってしまう。当然、住所がなければ選挙権はなくなってしまう。就職活動を行うにも、門前払いされるだろう。さらに、なんと生活保護も受けられないのだという。生活保護は、運用上、住居があり、年齢もたとえば65歳以上というように限られているのが現実だという。つまり、ホームレスになったとたん、「住民」ではないので、生活保護さえ受けられないところに転落し、そこから抜け出すことが出来なくなる。住民票は、どこかに置けばよい、という考え方もあるが、先日報道されたとおり、ホームレスが仮に置いていた住民票を大量に行政側が削除するという事件があった。居住の実態がないので、ホームレスに住民票を与えない、というのは考え方としてはあり得る。しかし、著者が指摘するように、学生で住民票を移動していない人もいるし、アザラシやシャチホコに特別住民票を出している自治体があるのに、ホームレスにはなぜそれが許されないのか、というのも一理ある。

家を失う前に生活保護、というのもいろいろ難しいところはある。生活保護は、家を持っていると支給対象にならないらしく、家を売らなければならない。賃貸になれば、家賃を払えなくなった瞬間、生活保護をとりそびれば、ホームレスに転落する。昔と違うのは核家族化が進み、家族や親戚が手をさしのべるという考えが希薄になっていることだ。

なにより、日本のホームレスは「乞食」ではないということだ。つまり、彼らは「自立」している。主な仕事は廃品回収らしいが、それを行うことによって自立して生活しているという。ただし、家賃を払う水準に達していないと言うことだけだ。驚くのは「自分でなんとか食っていけるから、生活保護のお世話にならないでやっていく」という人がいるのだという。これは、働くということが人間の尊厳にも関わっていると言うことだろう。従って、ホームレスを「自立」させるという言い方は正しくないという。自立しているが、家がないだけなのだ。

余談だが、労働時間も相当長く、きついらしい。日雇いでも、廃品回収でも早い者勝ちなので、どうしても朝が早くなる。また、夏の酷暑で歩き回るのはきついので、夜働いている者もいるという。結果として、昼間は寝ることになるが、そのために、「働いていないで、昼から寝ている。」と思われてしまう面もあるそうだ。

大阪市での強制執行に出された弁明書で1人のホームレスは次のように言っている。ずいぶん皮肉が効いている。

「今、私は自立しています。自力で稼いでいます。アパートを借りて家賃を払えるほど稼いではいないけれども、公園の片隅で野宿しながらであれば、何とか生活できています。野宿生活を始めてから、いろいろと苦労して試行錯誤しつつ、地域の人たちと関わりあいながら、今の生活を築いてきました。どこかの銀行や空港会社や娯楽施設などとは違い、行政の手助けは一切なしで生活してきました。」

こうした路上生活でも「自立」していれば良いということかといえばそうではない。仕事は危険で、無防備なままアスベストの除去作業にかり出されることもあったという。多くの人が身体をこわしていて、釜ヶ崎では10人に1人が結核といわれているとのこと。また、なんと「国境なき医師団」がホームレスを支援していて、先進国では例がない「支援対象国」に日本はなってしまっている。路上で死ぬ人も多いそうだ。さらに、こういう人たちを食い物にして詐欺まがいの行為をしたり、強盗で金を奪ったりする輩もいる。また、何より心が痛むのは、心ない人の襲撃などで大けがをしたりするホームレスがいることだ。
「ルポ最底辺」には、寝ているところをいきなり刃物で目をえぐられたホームレスの話が出てくる。

ホームレスの夜回りをしている団体の活動が以下に紹介されている。
火を付けられたり、いかに危険な目に遭っているかを考えさせられる。やっているほうは、単なる愉快犯で、何のメリットもないはずだから、余計気が重くなる。
ホームレスに対して、どのような考えを持つかは別として、人間をこんな風に粗末に扱ってはいけないはずだ。
http://www1.odn.ne.jp/~cex38710/patrol.htm

わが国には厚生労働省の調査によれば、18,564人だという。こうした人たちに憲法第25条で定められた「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活」を与えるかどうかは、政府の、そして国民の意思の問題なのではないかと思う。

先日関西に行く機会があり、時間をとって大阪を見て回りましたがショックを受けました。

大阪城公園の一角には、まるでキャンプ場のように青いテントが並ぶ一角があり、とても立ち入れない雰囲気。
通天閣を見に行くために、JRの新今宮駅で降りたところ、どうやら反対側で降りてしまったらしく、あいりん地区でした。線路沿いに歩いただけで、人もまばらでしたが、明らかに雰囲気が異なっており、子供もいましたが、健康そうではありませんでした。

東京にもドヤ街があると聞いていますし、ホームレスもいます。吉祥寺でも見かけることがあります。しかし、街や公園の雰囲気を変えるまでの数を見たのは初めてでした。
かつて新宿の地下道に段ボールハウスが並んでいて、異臭が漂っていたのは記憶にありますが、それも片付けられて、今は見ることはありません。

私は今まで、30カ国以上を旅行してきました。日本と同等、あるいはそれ以上に豊かな国もあれば、日本より貧しい国もあります。しかし、どこの国にも貧富の差があり、一人あたりの平均GDPで日本より貧しい国であっても、裕福な人もいますし、日本より豊かな国であっても、私よりも貧しい人はいます。
結局、国の豊かさ、貧しさ、というのは最底辺にいる人がどれだけ貧しいかではないかと考えるようになりました。

タイでは、路上で寝ている人を見かけました。アルゼンチンでも、夜の路上でゴミあさりする人がたくさんいました。ルーマニアでは裸足のストリートチルドレンが走り回り、レストランで食事をしていると、"Mr, Give me money"と手を伸ばしてきました。クロアチアでは足がない乞食もいましたり、バルト三国では身なりも汚れて、ぼろぼろの靴を履いた、悲惨としか言いようがない高齢の女性が街に立っているのを見ました。

豊かな国であるはずのロンドンでも、ニューヨーク、パリでも物乞いはいます。しかし、スウェーデン、ノルウェイ、フィンランドでは私は見たことがありません。つまり、ホームレスを無くす、あるいは減らすことは不可能ではないということだと思います。

日本でも、ホームレスの人数は都道府県によって異なり、大阪は人口と比較しても多いとのことです。つまり、これも地方行政の問題でもあるのではないかということです。


ホームレスについては正直、より感情を持っていませんでした。公共の場所である公園や通路を占拠しており、夕方明るいうちから酒盛りをしていたりします。電車の車内で強烈な異臭を放っていて迷惑したこともたびたびあります。大阪で強制排除しようとする行政に抵抗している様子がニュースで報道されましたが、それも勝手に占拠しておいて理不尽だという印象しか持っていませんでした。

しかし、大阪でかなりショックを受けたので、少し勉強をしようと思い、本を読みはじめましたが、どうやら問題の実態は私が想像していたより広く、根深いということを感じ始めています。

それは、日本にも貧困の問題があり、そこでは憲法25条で保障された「健康で文化的な最低限度の生活」が保障されていない、かつその問題は広がっているのかもしれない、ということです。

スタンスとしては新自由主義に近く、格差を強調することには嫌悪感やうさんくささを感じる私ですが、この問題は看過できないと考えはじめています。

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