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皆さん、法律語の文化的背景を探求してみましょう。
法律には、
「ルールの厳格な適用」という、
側面があるため、
「情(じょう、なさけとも言う)」による判断ではなく、
ロジカルな、要件効果・適用非適用の関係で人間を見るきらいがあります。
範囲を設定して、
範囲に入るか否か?
線引きをする事で、
納得できなくとも決定することができる。
という、文化があります。
これは、法律の独自の文化的背景があるからと言えそうです。
(語学では慣用句に見られるような、文化的背景が文法にも影響していますよね)
法律の文化的背景には歴史的経緯が関わっていて無視できません。
そこで、ちょっと触れておきます。
法律の系統は、
ドイツ法学系とイギリス法学系が有るようです。
大まかに分けて、
ドイツ法学系は成文法主義、
イギリス法学系は判例法主義ですよね
でも、
それだけで日本の法体系を成文法が良いと決めた訳ではなく、
歴史的な経緯が有って選択された様です。
旧憲法制定当時、
アジアでは憲法を持った国がなかったので、ヨーロッパにモデルを求めた。
ドイツ帝国の憲法は君主権がある上、資本主義経済を発展させているので当時の日本にはモデルにし易かった。
イギリスは日本同様に国王がいるが、「君臨すれど統治せず」の原則に立っているため、モデルとしなかった様です。
アメリカ・フランスのような先進資本主義国、民主主義国は天皇制と反することからモデルとしなかった。
新憲法制定経緯は皆さんご存じの様に、
戦争に負けたからですね。
しかし、旧憲法を全く無視したわけではなかったのです。
基本的には、日本は成文法主義のままとなりました。
GHQの戦後統治は、
アメリカにとってモデルとなる成功事例だったようです。
「平和憲法」として制定し、押しつけたにもかかわらず、50年間守られていますし、
アメリカの半属国的にアメリカと密接な経済大国(人口的にも世界10位ですよね)が繁栄しているので・・
中東、アジアや南米の国に対して同様のやり方を押しつけようとしても上手くいかなかったやり方でした。
なぜ、
日本は上手くいったのか?
諸説有りますが・・・
日本には「潔さ(いさぎよさ)の文化」が有ったからではないでしょうか?
「潔い行動」を格好いいとする文化。
「負けを認める文化」
「より優れた結果を残した方法を取り入れることが出来る文化」
だと思います。
「模倣の文化」とも言われますが、
むしろ、「受容の文化」だと思います。
だって日本では、
日本書紀の時代から、
猿田彦神(伊勢の地主神=土着系)が、
天鈿女神(アメノウズメノカミ:天宇受売神:天孫神系=外来種)を受け入れた例がありますからね。
もう一つの理由に、
「日本文明」が有るのではないでしょうか?
「日本文化」「江戸文化」ではなく、
「文明」としたのは、
識字率・公衆衛生・娯楽・教育・・・に関して、
江戸時代、世界最高の文明のレベルに有ったと思うからです。
西洋文明は、
戦争道具や機械工業で遅れを挽回しましたが、
大衆小説が流行できる底力は、
江戸時代は「日本文明」にしか無かったはずです。
戦後の混乱の中で、
男が少ない日本において、
一般庶民、特に女性の識字率の高さが日本復興の鍵だったのではないでしょうか?
日本は文化・文明を持っていたために、
奇跡とも言える復興が出来たと思います。
閑話休題
日本固有の法律観は、
「訴訟事にしない」
「話し合いによる解決を好む」
「世話役による解決策の提案」
等々によって、
法律問題にしないという不文律が有りました。
「ごねるのは、みっともない」
ということですね。
しかし、
西洋法の導入と、
西洋文化の流入によって、
日本人本来の性格が変わってきています。
向こう三軒両隣も自分の家と同じように掃除する文明が失われようとしています。
「個人の利益」の意味の中に、
「個人とは、私の周りの人も入った概念(家族・親族・一族・同郷・・・)の利益」だったのに、
「個人単体の利益」と縮小解釈を行ってしまったことが、
現在の諸問題の根本原因だと思います。
それでは、また。
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