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竹田市を訪ねて

GWの最中、

カミさん孝行を兼ねて、以前より行ってみたかった名水の里を

訪ねてみました。

福岡の自宅からクルマで約3時間半。

辿りついたのは、

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「音無井路円形分水」。

1892年の通水から42年の歳月を経て、

この円形分水が完成したのは昭和9年、1934年のことです。

イメージ 2

これができるまでは、

 「三線の幹線水路に導入される水の分配で、

  三村が互いに反目し合い、組合員が騒動を起こし、連日のように水争いが繰り返された」

とのこと。

この円形分水のおかげで、三村に絶えず適正な分配ができるようになったとのことです。



イメージ 3

次に訪れたのは「白水ダム」。

正式には「白水溜池堰堤」というそうです。

イメージ 4

この辺りは、

もともと地盤の弱い場所にあるので

水圧を抑えるため、水がなだらかな曲線を描いて落ちる様に設計されているとのこと。

イメージ 5

1938年の竣工で、

後に、国の重要文化財に指定されており、

「日本一美しいダム」と言われるのも頷けます。


イメージ 6 

翌日には、日本のナイアガラとも言われる

「原尻の滝」を訪れました。

私の場合、

ここまで来たら、つい「祖母山」に登りたくなりますね〜(^^♪


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最後に訪れたのは、「水」とは関係ないですが

今回、初めてとなる「岡城址」。

みなさんご存知の「荒城の月」の舞台となった場所ですね(^_^)/


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廉太郎さんにご挨拶!

と言いつつ、バックの「九重連山」も素晴らしい!(^^)v

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この緑の素晴らしいことと言ったら・・・。

頭の中では「荒城の月」ではなく、

なぜか、

三橋美智也の「古城」が流れておりました(^_^;

イメージ 10

最後は、

カミさんの写真で!

久しぶりに風景写真を撮ったのですが、

やはり、

自然のなかでの撮影は気持ちいいですね〜





.

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大阪に赴任以来、ずっと気になっていた「琵琶湖疏水」。

その昔、

明治維新による東京遷都のため沈みきった京都に活力を呼び戻すため

実施された一大事業。

1890年、

琵琶湖の水を京都市へとひくために造られた水路を

通称「琵琶湖疏水」と呼びます。

このうち、

第1疎水と呼ばれる運河は、

滋賀県大津市三保ヶ崎で取水し,

長等( ながら)山をトンネルで抜け,

山科盆地北部の山麓を通り,

日ノ岡を再びトンネルでくぐって京都市東山区蹴上(けあげ)に出るもの。


現代のような重機もない時代に手作業でおこなった一大事業の足跡を、

琵琶湖に面する「大津港」から、

白川の分岐点となる京都 「三条駅」までの全長ほぼ15km弱を踏破することで

先達の偉業、

そのすべてが近代産業遺産と呼べる「琵琶湖疏水」を写真におさめて

参りました(^_-)-☆

イメージ 1

早朝より、京阪電車を乗り継いで、

京津線の終点「浜大津」駅に到着したのが8時すぎ。

腹ごしらえをして8:20に出発です!

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隣駅である「三井寺」駅方面に向かって歩くと、

まず見えてくるのが疏水取水口。

イメージ 3

そこから間もなく、「大津閘門」が現れます。

イメージ 4

どうして、こう

明治以降の近代産業遺産は、美しいのでしょうね(*^^)v

イメージ 5

ここからまっすぐと伸びる開水路を辿って行くと、


イメージ 6 

この第一トンネルから入り口からトンネルの中を水が流れます(^^♪

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途中いろんな神社仏閣を巡りながら、
(写真は長等神社の楼門)

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「小関越」といわれる峠道を登ります。

まあ、

アルプスの山登りに比べればなんてない峠ですが、

この山間部をトンネル掘って・・・なんて想像もできません。

昔の工夫の力ってすごいものです。

イメージ 9

そして、第一トンネル第一竪坑が見えてきます。

「第1トンネルは、当時日本最長2436mのトンネルとして計画されたため、
 多くの人々がその完成を疑った。しかし、山の東西両側から横穴を掘る
 方式に加え、山の上から垂直に穴を掘る竪坑(シャフト)方式を初めて
 採用し、工事の促進を図り、3年8カ月で貫通した。」と説明があります。

イメージ 10

峠を下ってくるとまた、磨崖仏を祀るお寺などが点在しますが

以前、長崎の旧街道を歩いた時と同様、

要所、要所にお地蔵様が現れ、道中の安全を祈願したあとが窺えます。


イメージ 11

今、越えてきた山が・・・

イメージ 12

人家があらわれ、

やっと先ほどの第一トンネルの出口にあたる、

「第一トンネル西口」に到着しました。

ここからは疏水沿いの整備された沿道を歩きます。

イメージ 13

そうこうしているうちに、

「諸羽トンネル東口」に到着。

ここは、船着き場にもなっているため河幅が広くなっています。


イメージ 14

こんな気持ちのいい散歩道。

地元の方々がウオーキングされてましたよ。

イメージ 15

んで、先ほどの「諸羽トンネル西口」です。

向こうが見えてますね(*^。^*)


イメージ 16

紅葉も終盤。

イメージ 17

この朱塗りの橋の左側には、

あの「天智天皇陵」があるんですよ。

イメージ 18

そして「第二トンネル東口」が見えてきます。

先ほども述べましたが、

昔の建造物はいいですねえ。

イメージ 19

その西口もまたイイ(^_-)-☆

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第三トンネルがみえてくると、そろそろ「蹴上」に入った頃。

ここからは国道に出て、いよいよ「南禅寺」を目指します。

イメージ 21

ここは「蹴上インクライン」とよばれ

「標高差の大きい二つの水路の間の輸送を容易にするための装置。
 レールを敷いてワイヤロープで船を載せた台車を昇降させる。」

とあります。

イメージ 22

そして、やっと到着!

この時期、「南禅寺」といえば紅葉の名所。

しかし、takeppeのお目当てはこの「水路閣」。

イメージ 23

いいですよね〜(*^^)v

イメージ 24

造形美の極みだと思います。

この疏水工事に関しては、この時代には珍しくすべて国産。

素晴らしい技術です。

イメージ 25

やはり、

近代産業遺産は素晴らしい。

その思いをまた強くしました。

ところで、

「三条駅」に到着したのは12:20。

ちょうど出発から4時間が経っていましたw





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takeppe家といえば、ルーク。

我が家の代名詞であり、

三男坊でもあるルークが昨日、

天に召されました。

イメージ 1 

思えば、我が家にやってきたこと自体が奇跡だったルーク。

14年前、

大の動物好きのカミさんが、

どうしてもワンコを飼いたいと言いだした時、

家族会議の結果、

やっぱり現状では飼うのは無理だよ、との結論。

仕方なく、

カミさん最後のわがままで

ペットショップの散歩サービスを見つけ、

ショップで散歩のまねごとをしていた

その折も折、

会社の後輩から一本のTEL。

「takeppeさん、コーギーの子供が沢山産まれたので、もらってくれませんか」


イメージ 2

それからの我が家は、

すべてが君をを中心にまわり出したんだよ。

私が30代になった頃から止めていた山登りを再開したのも、

虫の写真を撮り始めたのも、

み〜〜んな君との散歩のおかげ。

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フリスビーの大会に出場したのも、

いい想い出。

ビギナークラス初出場で、

参加15頭のうち7位に入ったのは勲章ものだね。

いつものルル山での練習も、

周りのみんなからは羨望の的。

パパもママも鼻高々だったよ。


イメージ 4

くじゅうに家族みんなで登ったのも、

いい想い出。

いつもtakeppeの横をニコニコ顔で歩く君は、

カミさんのことを始終気にかけ、

遅れ始めると「ガンバレ!」と言わんばかりに

カミさんに駆け寄り、

励ましてたね。


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君の外面の良さも天下一品!

家では、takeppe以外の家人には

威張ってばかりの内弁慶(*^。^*)

男や小さな子供は大嫌いなくせに

若い女性が相手だと、

途端にデレデレ顔w


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そんな君も変性性脊髄症という病魔に蝕まれてからは

思うように遊ぶことはできなかったけど、

その代わり、

大好きなママから、

いっぱい、

いっぱい

愛してもらったよね。

うれしかったよね。


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亡くなる前日、

君は、

いつも通り、いや、

いつも以上に沢山のゴハンとオヤツを食べたんだよね。

いつもどおりの立派なウンチもして、

ぐっすり眠ったんだよね。

翌朝、亡くなる当日も、

いつもどおりに起きて、

ただ、

いつもと違ったのは、

いつも1回のチューを

3回もしたんだってね。

そして、

ママを見送ったあと、

誰にも気づかれないように、

そっと眠るように逝ってしまったんだね。

みんなに

心配かけないように、

一生懸命がんばってたんだね。


イメージ 8

6歳の時に、

一週間生死の境をさまよった時のことを思いだしてたのかい?

もう、

心配はかけられないとおもったのかい?

そんなことないよ。

もっと心配したかったよ。

もっと心配させてほしかったよ。


イメージ 9


ありがとう。

本当にありがとう。

君の人生は楽しかったかな。

幸せだったかな。


イメージ 10


少なくとも、

僕ら家族全員は、

君と出会ったその日から今日まで、

間違いなく、

幸せだったよ。



ありがとう。

本当に

ありがとう

ルーク。


イメージ 11


2017年11月22日 午前11:30逝去

ルーク 享年14歳

亡くなった日まで覚えやすい様にしてくれたんだね。

いい夫婦でいなさいよ、ってね。


さいごに

もう一回言わせて。



ありがとう

ルーク。






.



.

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やっと晴れた週末。

もう既に、くじゅうの名立たる紅葉の名所は盛りを過ぎてはいるものの、
麓の方ではまだこれからの場所も多いハズ。

ということで、
「男池」の原生林なら、秋を感じながらの散策ができるだろうと思い、
4日土曜日にやってきました。

この日はそれまでの星空から一変して、九重高原は薄曇りの空。
それに加えて、朝からのすごい寒気と風も気になり
ダウンもフリースも持ってこなかったことに一抹の不安を覚えながら
朝7:15に男池を出発。

強い風の影響か、
落葉が一気に進んだらしく、落葉のじゅうたんの上を軽快に歩きます。

イメージ 1 

落葉に道を間違えながらも、50分でソババッケに到着。

紅葉もあともう少しながら、
ほんのり彩りのついた木々が目を和ませてくれます。

イメージ 2

空気もいいし、いい感じです(*^^)v

イメージ 3

しかし、
いかんせん、陽の射さない中では輝きもイマイチ。

気分もいまひとつ盛り上がらない中、
一応、「風穴」までは歩こう!と休憩もそこそこに歩き出します。

イメージ 4

時折射す陽射しに、遠くの山肌が一瞬だけ輝きましたよ(^_-)-☆


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そうこうしているうちに、目的の「風穴」に9:15に到着!
小腹がすいたので、もってきたパンをかじりながら、この後どうするか?

この日は、ラグビージャパンVSオーストラリアのテストマッチが
14:15から放映されるので、それまでに帰宅しようと考えていたのですが、
なんか物足りない。

でも「黒岳」まで行くと間に合わないし・・・。
散々悩んだ挙句、出した結論は・・・。

「いっぱい歩こう!」(^_-)-☆


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このままじゃ、なんか消化不良だし、
ちょっと足を伸ばしてもどうせキックオフに間に合わないなら、
間に合わないついでに、段原への急登を登ってぐるっと回れば満足するだろう、
との結論でした!

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黒岳の斜面は、もう紅葉は終わってましたが、雄大な眺めにチョー満足!

昔ならキツかった登りも、特に喘ぐこともなく、このあと大船裏のお鉢に
1時間かからずに到着!

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大戸越への近道案内に騙されて、結局断念するハプニングはあったものの、

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こ〜んな大船山や、

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こんな景色も垣間見れて気分は上々!(^_^)/

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大船山の裏側も久しぶりに見れました。

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30分ほど時間をロスしたものの、11時過ぎに段原に到着。

ここでゆっくり休憩しようと思っていたのですが、
なんせ寒い!
ダウンを持ってきてなかったので、結局休憩なしで大戸越まで下りることに・・・(^_^;


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でも、やっぱ大船山はいいなあ。



イメージ 13

結局、久しぶりの「北大船」も写真だけとってさっさと素通り(^_^;

(ここまでの5枚はiphonで撮ったものですが、よくここまで撮れますよね)

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平治岳の紅葉もコレだけしか残ってませんでした(T_T)


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紅葉も、上の方はほとんど残ってませんでしたが、
帰りの道すがら、ボッチさんや、クーさんと出会え、

また、「おいちゃんご夫妻」ともゆっくりお話ができて、
心も体もすっかり元気になりました。

もちろん、
たっぷり歩いたおかげで身体の疲れは程よく残ってますが、
美味しい空気に雄大な山々、そして素敵は山の友達のおかげで
今回もリフレッシュ!

くじゅう、

ありがとね!(^_-)-☆






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