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昨年暮れに、急に具合が悪くなって、初めて病院のやっかいになった。
年が明けて、元気になってはいたが、時々病院に通う暮らしだった。
薬を飲んでいる内は、食欲も増し、ガリガリだった体も少し体重が増えるほど回復した。
今月に入って2回ほど医者の世話になったが、だんだん元気がなくなってきていた。
呼べば長い尻尾をハタハタと振っていたのが、ピクピクぐらいになった。
寝ているのかと思えば、目は開いたままのことが多かった。
何処を見るでもなく、うつろに、視線は定まらなかった。
昨晩は、頭をなでても元気が無く、いつもの毛布にくるまって寝ていたが、
14日朝は、2階の娘の所にでも行ったのか、いなかった。
帰ってきたら、骨壺に収まっていた。お昼前に、天国に旅立ったのだった。
「世阿弥」ほどは甘えなかったがかわいいやつだった。
一緒に貰われてきてほぼ20年、遂に2匹ともいなくなった。
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ペット
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二匹の雌雄の猫を貰ってきたのは、15年以上前のことだ。
隙間だらけの家だったので、外に出るのも自由、勝手気ままに暮らしていた。
今のところへ越してきて、色々制約もあり、外に出ないようにしていたら、
鍵をかけ忘れた引き戸を開けて外に出るのはもちろん、網戸を破ってまで外に出たがった。
一旦出られるところを見つけると、どんなことをしてでも出てしまう。
それは、ここ1、2年、衰えを見せるまで続いた。
雄の方は、数年前から階段の上り下りがぎこちなくなってきていた。
えさをやるときは、待て、と言えば、よし、と言うまで何分でも待っていた。
玄関の鍵を開ける音を聞けば、出迎えに来た。
雄は家内が台所に立てば、前足ですねをかじって、「だっこ」をねだった。
家内が抱き上げると、腕の中でゴロゴロとのどを鳴らして甘えてご機嫌であった。
雌は、水道の蛇口からチョロチョロ流れる水を飲みたくて、私が仕事から帰って
手足を洗いに風呂場に行くと、水を流せ、と催促するのであった。
雌の方が痩せていて、げっそりしていたのであるが、今年の暑い夏が終わって涼しくなった頃から、
雄の食欲が極端になくなり、雌よりやせ細って、骨と皮になってしまった。
ここ数日、雄の元気がなくなり、日曜は、家内が帰ってくると、ぐったりしている。
「だっこ」をねだる元気もなく、寝そべった彼を家内がなでてやると、ゴロゴロとのどを鳴らすが、
息づかいが荒く、うなるような声も出していた。
月曜の早朝、手足を伸ばしたまま、虫の息になっていた。
家内と娘が名前を呼びながら必死になでて居たのだが、目はうつろ、鳴くこともない。
私がのどをなでると、口を大きく開けたのだが、声が出ない。
家内と娘は、もう、泣きながら体をさするのだが、開いた口を元に戻す元気もない。
気になりつつも、仕事に出かけた。
帰ってくると、夕食も作る時間がなかったと、家内が泣きはらした目で言った。
雄猫は、荼毘に付され、骨壺に入っていた。
「世阿弥」は、雄猫の名前である。
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あちこちで言い古した話であるが・・・。
昔、小学生の頃、実家では猫を飼っていた。
飼い始めて10年くらい経った頃、突然姿が見えなくなった。
まあ歳だし、どこかでのたれ死んでしまったかも知れない、と、
忘れかけた頃、ちょうど1年位して、突然その猫が帰ってきた。
首の周りと長いしっぽには毛が無く、だいぶあちこちで「武者修行」した様子だった。
それから一年近く、穏やかに過ごして、天国へいった。
次に飼った猫にも同じ名前を付けて可愛がったが、
数匹の子を産み、全部そのまま育てた。
数年すると、親猫より、子猫の方が大きく立派になり、
親猫がずいぶん痩せてみすぼらしく見えた。
えさをやると、いつも子猫が食い終わるまで見ていて、
あまり食っているのを見たことがなかった。
ある日の夕方、子猫が、天ぷらを食っているではないか。
その日我が家では、天ぷらは揚げていなかったのにである。
子猫が食い終わると、しばらくして、親猫が何処からか天ぷらをくわえてきて、
また子猫に与え、食うのをずっと見ているのである。
実はその天ぷら、我が家から100メートル以上離れた隣家で揚げていたものだったのである。
あたしは関係ないです。
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さすがにブログ設定は停止したようです。

