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タケチャンのブログ
取り留めのないことを、思いつくまま広く浅く書いてます。今日が駄目なら明日があるさ、明日が駄目なら明後日が・・・・

書庫山とハイキング

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 一昨年からのバタバタ続きで参加していなかった駅ハイに急遽お誘いがかかり、久しぶりに参加してきた。本当に久しぶりのメンバーである。
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 数年前から期間限定コースが殆どの駅ハイは予約不要なので、こういう時楽である。行き慣れた場所だが、小湊鐵道に乗るのも久しぶりなのでちょうど良い。
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 出発時刻には席はほぼ埋まった。

 里見駅ではボランティアグループの販売品を購入する為の停車時間が7分設けてある。
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 ちょうど上りトロッコ列車と交換した。
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 コースは奥養老バンガロー村を回って中瀬キャンプ場から温泉街を抜け駅へ戻るルートである。
 
 観光案内所で受付を済ませ、早速出発。気温が前日より5度ほど下がって肌寒い。
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 が、暫く歩けば、汗も出てくる。
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 階段のステップには枕木の廃材が使われている。
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 上り詰めると管理小屋。その先にバンガローが建ち並ぶ。休憩場所は先客に占領されているので、ずっと下った先まで行きバーベキュ−場でお昼にする。
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                    ボートが吊ってあった。
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 枕木の階段を下りきると養老川、ちょっと古くなった橋を渡り、また階段をのぼって街道に出る。
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 トンネルを抜けて、しばらく行き、温泉街方向へ共栄橋を渡ると、最近売り出し中のスポット、2階建てトンネルである。向こうとこちら側で名称が違う。
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 トンネルを戻り、中瀬キャンプ場方向へ。
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 弘文洞跡。川回しのトンネルが崩れてしまったもの。崩れた時偶々従兄弟がこの下の角に居た。
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 ここで暫く休憩。
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 温泉街へ出て、新装なった立国寺の太鼓橋を渡る。
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 山上にあるので、上りはややきつい。ここでも休憩を取る。

       参道途中にはこのような内容の異なる看板が5枚ほど。
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 テレビですっかりお馴染みになった千葉住職の富士山宝林寺に寄る。里見家ゆかりのお寺である。
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                    ここまで来れば駅は目の前。 

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 駅前でソフトアイスを食べ、ゆっくり時を過ごす。ちょうど里山トロッコ列車が出発するところだった。これに乗れば牛久で接続があったが、見送り、16:41の列車で帰路に着いた。
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 かこさとしの新しいドロップ缶。
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山男だったのか

 某劇団の舞台美術をやっていた従兄弟が昨年定年退職をし、記念に出版したという本が送られてきた。
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 紅白歌合戦の舞台もやったとは聞いていたが、何しろ、子供の頃にあって以来、後年身内の不幸で会うまで殆ど会った事が無い。それでも、お互い名前も顔も間違える事は無い。
 父の兄弟姉妹は揃ってヨーロッパ旅行を数年続けたりしていて、盆と正月には日を決めて私の母親が亡くなるまで、欠かす事無く集まっていたが、話に昇る事も殆ど無かった。
 母方のいとこ会は37会続いて高齢化のために数年前に閉じたのだが、父方のいとこ会はやっていない、集まるのはご多分に漏れず親戚の葬儀の時だけになった。

 本は改めて書いたのではなく、社内報に載せていたものをまとめたものだという。
 書くきっかけは、当時の社内報は、固くて文化の匂いがしない、文化的な事をやっているのだから文化的なものを書いてくれ、と頼まれたこと。

 山男だから山の記事を書いているが、小柄な体躯だったし、山登りをやっていた事は知らなかった。
 
 果たして文化的な記事は書けていたのだろうか。
 悪ふざけもあるので、登山記録として読むと失望する、とは本人の弁。
 
 彼は、前の記事の弟である。

 




尾瀬の景色

 いつの事だったか忘れたが、ある方のブログで、尾瀬の景色を35年前と同じところで撮ったら、樹木が殆ど生長しておらず、枝振りまで35年前とほぼ同じだったという写真を見た事がある。そんなところもあるのかと思ったが、こちらはどのくらい変化しているか比べてみた。
 
 インターネット自然研究所のライブ映像は2002年から尾瀬沼の東から燧ヶ岳を望む景色が残っている。お馴染みの景色だが、16年も経つと、尾瀬の中では比較的肥沃なこの場所は結構育っている。

 2002年7月31日
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 10年後、2012年7月31日。カメラの向きが変わっているが取り付け場所は同じ。
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 更に6年後、2018年の今日。
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                   映像はインターネット自然研究所より拝借。

 結構成長している。簡単に伐採は出来ないのだろうが、さて、この先・・・。
 日光から独立して尾瀬国立公園になってからは訪れていない。そろそろ行きたいところだが。




                 




山と渓谷 通算1000号

 8月号で通算1000号、創刊は1930年。表紙のモノクロ写真は創業者一家のスナップ。私が生まれた頃の撮影である。

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 記事の一部。
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    右上、自然保護の意識など浸透していなかった1960年代。


 ここのところ全く動いていない、動けなる前に山に行きたいナア・・・。
 為さねばならぬ事山積みの中、天気の良さに誘われ今日は久しぶりに駅からハイキングに出かけた。先日も行ったばかりの加曽利貝塚である。近いがモノレールを利用してスタート地点へ。

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 スタートの千城台駅手前ではモノレールのポイントが見られる。
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 駅ではモノちゃんのお出迎え。受付前は行列が出来ていた。
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 千城台西小学校そばの野鳥観察園を巡り、JA「しょいカーゴ」へ。此処で野菜ジュースのサービス有り。
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 見慣れた道を歩き、畑の中を通って稲荷神社へと入る。
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 表の鳥居をくぐり階段を降りればすぐ真浄寺だ。
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 此処のコース初年度は説明員が大勢いたが、今回は無し。
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 ここから先は、前回までは都川の支流坂月川沿いのコースだったが、今回工事中のため、一旦幹線道路へ登って出て住宅地を通り加曽利貝塚へ。案内図と案内標識を見ていれば迷うことは無いのだが、どういうわけか左折せずにコースを外れて脇目も振らず直進した人が何人かいた。声をかけたが聞こえなかった様だ。

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 野焼きの粘土には砂を3割混ぜると焼いても割れないという。
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 加曽利貝塚ではボランティアのガイドが大勢待機しており、今回はまず火起こしを体験する。下の写真はセット一式。
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 杉板に開けたくぼみに火起こし棒の頭をセット、とがった端に丸い当て板を当て強く押さえつけ、火起こし棒をあらかじめ弦を一巻きして置いた弓で回転させる。
 物の数十秒で杉板が焦げ火の付いた炭状の「熾き」が出来る。
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 これを麻の中にいれ振って酸素を入れてやると燃え上がる。
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 上の写真にある様な火起こし用の焦げた穴の開いた板が出土しているそうだ。

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 カソリーヌのカンバッジと、火起こし体験セットを購入。火起こしセットは買うまでも無く自分で作れるのだが、用意した物が売れると嬉しいことはさんざん経験済みなのだ。

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 いつも素通りで解説は聞いたことが無かったので、今回は、ガイドの解説を充分に聞きながら館内を巡る。
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 何度も見て回っているが、コースの通りに回る。自分の位置が分からなくなり、駅への道を聞いてきた人が複数居た。

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 復元住居内では、保存してあった栗を頂き囲炉裏の焚き火で作っていたスープも味見した。使っていた貝はナガラミよりかなり小ぶりでミニキサゴと言っていた。

 貝塚の船着き場の先に石碑がある。旧街道の分岐があった様で、菩薩像が彫られ、道標になっている。右が解読文字、天明二寅十二月廿日とある。

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 追記:近隣在住の方の話によると、この石碑は以前はこの場所には無く、いつの頃か不明だが、そう遠くは無い他所から移されたもののようだとの事。

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 ゴールはJRの都賀駅だが、途中でコースから離れて家路についた。





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