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24日の深夜に放送されたテレビ朝日「朝まで生テレビ」はテーマが「天皇」で、主に皇室典範問題が議論されていました。 私がびっくりしたのは、放送終了間際に発表されたアンケート結果です。 女系天皇を容認 43% 男系を維持すべき 47% と、公のアンケートで始めて、「男系維持」が「女系容認」を上回りました。私はその結果を見て、嬉しくて涙をながしました。 男系維持の数字が大きかったこと自体が注目すべきことではありません。むしろ、注目すべきは、皇室典範問題の認識を深めた人の大半は、「男系維持」の意見を持つということです。これまで行われた新聞社やTV局のアンケートでは、広く一般的な声を聞いたものであり、皇室典範問題について認識を深めた人から集めた意見ではなかったはずです。 そもそも、皇室典範問題に興味がない人はこの番組を見なかったはずですし、またこの番組ではかなり色々な角度から女系天皇の是非が討論されており、この討論を見ていた人は、おのずと皇室典範問題について認識を深めたはずです。それら、一定に認識を深めた人たちの集合において、多くが「男系継承するべき」と答えたことは、大きな意義があるといえます。 しかも、番組では男系維持派は特別に優勢ではなく、むしろ劣勢気味(人数的にも劣勢だった)だったのであり、にもかかわらず記録的なアンケート結果をはじき出したということは驚くべきことです。おそらく、男系維持派の意見が、視聴者の心を捉えたのでしょう。 各メディアの世論調査の動向を見ると、皇室典範問題の認識が深まるほど、女系天皇の容認に慎重な態度を示す人が多くなってきています。 以前まで、8割、9割が愛子天皇論に賛成というように思われていましたが、最新の各社の調査によると、女系天皇を容認するのは6割程度まで落ち込んでいます。 それの最たるものが、「朝まで生テレビ」のアンケート結果だったのではないでしょうか。この番組を見た人は、短時間の内に、皇室典範問題について、一定の認識を持ったはずであり、それらの集合が、「男系維持」を唱えたのです。 また、もともと若年層は典範問題に興味を示しませんでした。(私の著書の読者カードによると、読者の7割以上が60歳以上です。)しかし、「朝生」の主な視聴層は若年層であり、このアンケート結果は、若年層も、問題についての認識を深めれば、「男系維持」を確信する人が多くなるとが判明したことになります。 25日発売(月刊)『宝島』(宝島社)に原稿を掲載 今後の予定 3月1日放送 朝日ニューススター(CS)「ニュースの真相」に出演 宮崎哲弥氏と典範問題で対談 20:00〜21:00(その後再放送3回) その他 26日から28日まで西日本に出かけるので、ブログの更新ができないかも知れません。お許しを。 ご意見・ご質問はメールでお受けいたします info@takenoma.com |
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また,江戸時代まで庶民の多くが天皇の存在を知らなかったなど,昔の日本庶民の教養レベルをなめすぎです。例えば,歌舞伎には,話の中に普通に「帝」や「院」が出てきます(大化の改新や平家物語,太平記などを当然観客が知っていることを前提にしたストーリーも多いですしね)。江戸時代にはひな人形が普及し各都市のあちこちで「ひな市」が立ったそうですが,それすなわち「お内裏さま」を庶民が知ってたってことですからね。
2006/2/26(日) 午後 2:46 [ kar*ke*as* ]
karukerasiさん、まあ落ち着いて。歌舞伎に帝や院が出てきたりしたからといって、江戸時代にもそういうものがいたと庶民が考えていた証拠にはならないのではないですか?それから歴史を知らないのは今に限ったことではありませんよ。生きていく上で直接必要ないですからね。
2006/2/26(日) 午後 3:04 [ Y-chromosome ]
町人が華美なおひな様をそろえることは、武家に対する一種の当てつけであったというのは「日本の近世」というシリーズに書いていました。松平定信や水野忠邦の政権は、町人のひな人形熱を、幕府への潜在的敵意とみなして禁制を出しています。 ひな人形が買える人というのは、当時はある程度のお金持ちで学がある人ですよね。
2006/2/26(日) 午後 4:01 [ com*os*_g*ee* ]
人形買うお金のない人にはこんなひな飾りもあったみたいですけどね(笑)http://www.jti.co.jp/Culture/museum/tokubetu/eventJan05/02_01.html有名どころの歌舞伎や人形浄瑠璃はもとより黄表紙,絵双紙,春本のたぐいにも帝や宮中の話は普通に出てきますからねえ。お伊勢参りをするような弥次さん喜多さんクラスの庶民なら,京に帝がおられることは常識だったと思いますよ。
2006/2/26(日) 午後 10:51 [ kar*ke*as* ]
karukerasiさん、そうむきにならないで下さい。お伊勢さんは京にあるわけではないし、庶民は帝を見られるわけでもないですから。
2006/2/26(日) 午後 11:12 [ Y-chromosome ]
そもそも今だって、天皇がずっと男系で継承されてたなんて知らない人が沢山いる状況ですからね。いまどきの若い人は、日本がアメリカと戦争してたことすら知らない人がいるくらいですから。昭和初期生まれの人が日清戦争や日露戦争といわれてもピンと来ないのと同じですよ。
2006/2/26(日) 午後 11:19 [ Y-chromosome ]
>karukerasiさん ……その組み上げ絵と似たやつ、持ってました☆(笑) 御維新のころ、「テンノウって何ぞや?」と問う民衆に対して、新政府のひとが苦しまぎれに「お稲荷さんよりエライったい!」と説明した、と(…まことしやかに)語られていますが、この話は実際には信憑性が低いと思います。すでにして江戸中期には国学が盛んになっていましたし、遅くとも平田篤胤の時代までには、皇室の存在は広く一般に認知されていたと思います。
2006/2/26(日) 午後 11:27 [ kamuya ]
「お稲荷さんよりエライったい!」薩摩弁なんですね(笑)。そういえば近所の神社に初詣にいったら「正一位稲荷大明神」って幟が出てました。
2006/2/27(月) 午前 0:06 [ Y-chromosome ]
若い人も話せば分かるはずです。今回がその始まりです。
2006/2/27(月) 午前 1:08 [ 39 ]
朝生は見るのは少し苦手だけど今回は見ました。 竹田さんのブログ日記で「愛子天皇」の表記はちょっと気になりましたけど・・・敬宮様いずれは立太子、ぐらいのほうが・・・今上天皇と言うぐらいですから………
2006/2/27(月) 午前 2:01 [ ふみ ]
>Y-chromosomeさん 薩摩弁というより、僕が博多の人間なので思わず博多弁にしてしまったとです♪ 「福岡は憲政発祥の地」(by 頭山満)ですよ☆ 今回の女帝問題は皇室のピンチではありますが、日本人全体に皇室についてよく考えてもらうチャンスでもありますよね。その点でも、今回の「朝生」のアンケートが示した数字は画期的です。これからも、より多くの人に正しい理解が広がることを期待しています。
2006/2/27(月) 午前 2:07 [ kamuya ]
民衆の天皇観には西国と東国(と奥州?)による違いもあるでしょうね。 室町時代の途中までは、西国では公家は普通に支配者であり、そのトップの君主は天皇という意識があって、それは近世まで残っていたと思います。近畿や瀬戸内の人間にとっては、皇室というものが関東よりは生活に密着して理解されている(変な表現でごめんなさい)感じが致します。江戸時代には諸芸の家元の総元締めのように理解されていたところもあるらしいし。 東国、奥州と遠くなるに連れて、あまり現実感は感じられない人が増えるような感じがし致します。
2006/2/27(月) 午後 6:40 [ com*os*_g*ee* ]
奥州は蝦夷の里ですからね。蝦夷の族長アテルイは長年大和朝廷に抵抗したが、坂上田村麻呂に降伏し斬首されたと伝えられています。日本はけっして一つではないんですよ。
2006/2/27(月) 午後 8:34 [ Y-chromosome ]
まあでも大海人皇子に従ったのが東国の兵であったり、常陸が親王領国であったり異国警護を東国の防人に任せたりと、古代の東国は皇室と深い繋がりがあったのもまた事実であるらしい。古代の西国の豪族というのは皇族と同じくらいの古さを持っていましたから素直じゃない、それに対して東国の豪族は一途に皇族に従っているような所がありますね。奥州は安倍氏、藤原三代、あるいは江戸時代にも中世的な制度が残っていたりと、他の日本とは少し違った地位が認められていたみたいです。奥羽列藩同盟は一年で滅ぼされましたが、ああいう形の間接統治の方がむしろ奥州にとって据わりは良かったのかもしれませんね。
2006/2/27(月) 午後 9:28 [ com*os*_g*ee* ]
まあY染色体だけでみれば、日本は確実に縄文系(アイヌ系)と弥生系(中国・朝鮮系)の2つに分かれるそうですから。
2006/2/28(火) 午前 7:50 [ Y-chromosome ]
蔵琢也「天皇の遺伝子(仮題)」より http://ethol.zool.kyoto-u.ac.jp/kura/JapanEemp/soon.htm 約半々であった縄文人と弥生人 http://ethol.zool.kyoto-u.ac.jp/kura/JapanEemp/FameleEmp/1-3.htm
2006/2/28(火) 午前 8:46 [ day*d*ea*_dream*r ]
蔵氏は「幕末にアメリカ人が蒸気船やアームストロング砲の威力を見せたとき、それを素早く学んで、一世紀もかからずに史上最大の戦艦大和級を造るに至ったりした歴史を思い起こしてほしい。」といってますが、第二次大戦の頃はもう航空機の時代で、大艦巨砲主義は時代遅れだったわけでですが。(実際昭和の三大バカ査定の一つに数え上げられてますね)
2006/2/28(火) 午後 8:06 [ Y-chromosome ]
ヨーロッパはすごいとよくいわれますが、実はアルファベットも数字もヨーロッパのオリジナルではないんですよ。アルファベットの発祥はフェニキアといわれているし、今の数字の発祥はインドですから。だいたい、日本の飛鳥・奈良時代の頃は、ゲルマン人なんて蛮族とよばれてましたからね。
2006/2/28(火) 午後 8:19 [ Y-chromosome ]
奥州の俘囚というのも必ずしも皇室に反抗的ではなかったようで、安倍氏も源氏が無理難題をふっかけるまでは朝廷に反抗しませんでした。奥州藤原氏もずっと朝廷には税をたんまりと払っていた。南北朝時代には奥州の武家は、義良親王を奉じた北畠顕家に従って二度も京都まで攻め上っています。皇室を尊崇する気持ちは奥州も強かったといえるでしょう。東北が敗北意識を持つようになったのは、騙し討ちに近い形で、奥羽越列藩同盟を潰されて、その後明治政府に冷遇されてからではないかと思います。ごく最近のことかもしれません。
2006/2/28(火) 午後 11:31 [ com*os*_g*ee* ]
維新以前でも、民の間では、元号が変わるたびに天皇が意識されていたようです。幕府が権力を握った間でも、改元は天皇の大権とされ、天皇は時間の支配者と観念されていました。特に幕末では頻繁に改元されたため、民衆の間でも天皇を強く意識されたと見えます。
2006/3/3(金) 午前 0:50