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問いかけ第2弾! 皆様に問いかけです。 「古事記」「日本書紀」とは何か?? 記紀は日本の正史とされていますが、この記紀とは一体何なのか? そして、この記紀をどのように位置づければいいのか? さらには、記紀をどのように理解すればいいのか? 皆様のお考えを伺いたく思います。 簡単ですが、私の記紀に関する考えを簡潔に述べます。 神話の部分は、まさに神話であり、それ以上でも以下でもないが、全くの創作ではなく、一定の事実を元に書かれたものである。 神武天皇から継体天皇に至る間に、いくつか王朝断絶説があるが、これを認めず、応神天皇以前のしかる時代に、初代天皇が大和朝廷を開き、その子孫が代々天皇となり、現在に至る。 記紀編纂者は、国の歴史が長くなるように、遡って創作を加えた可能性があるも、断絶した王朝を断絶していないかのように創作する必然性はないと考える。 記紀の神話は、神話としての完成度が高く、それ自体、文学的に高く評価することができる。 普段の私の生活の中でお目に掛かる方々は、どちらかといえば、「こちら側」の方々で、皇室の話題になっても、決して皇室を否定するような話をしません。一方、皇室に否定的な考えをお持ちの方とお話しする機会は少なく、お目にかかったとしても、私に気を遣ってくれるのか、私の面に向かって、皇室を否定する意見を述べません。面と向かって真っ向から反対のご意見をいただいたのは、以前このブログで紹介した、某先生くらいです。なので、このブログ上で、色々な角度から書き込みをいただくと、私としては非常に勉強になっています。 しかし、私がメッセージを届けたい先は、皇室を否定する方々ではありません。皇室を支持する方々の中でも、皇室を正しく知らない方が多く、たとえば、先の典範騒動でも、右派でありながら、平然と女性・女系天皇を容認する立場で発言する人がいて、私は驚愕しました。 聞いた話ですが、当初、右翼の間でも、女性・女系天皇容認派と男系維持派は、五分五分だったといいます。その後、右翼内でも議論が深められ、今では9対1で男系維持派が優勢となっています。この場合は、右翼内で活発に議論がされたからよかったのですが、一般の方々が活発に議論を交わす機会は少ないので、そのような、皇室を支持する一般の方に、皇室について理解を深めていただきたいと、強く願っています。 私が危機感を覚えているのは、例えば、 皇室を愛している > 内親王殿下が可愛い > 女性・女系天皇に積極的に賛成 という発想の方が、相当数いらっしゃるということです。本当に皇室を愛するなら、女性・女系天皇を簡単に認めるべきではありません。しかし、女系天皇論争の中身を知らなければ、何の違和感もなく、上記の考えを持っても不思議ではないのです。 私はここ一年ほどの間に、女性・女系天皇を容認する考えの方とお話しをする機会をたくさんもちました。私が、なぜ女性・女系天皇を簡単に認めてはいけないか、その理由を丁寧に説明すると、大多数の方は、びっくりし、納得してくれたものです。その方は、正しい知識がなかったために、また皇室を愛するがために、女性・女系天皇を容認する考えを持っていたわけです。 もし、このような方が、正しい知識を得ることなく、国民の大半を占めることになれば、「皇室を守ろうとして皇室に傷をつける」ことにもなりかねません。 ですから、私は、皇室を支持する大多数の国民が、皇室について正しい知識を持って欲しいと強く願っています。その想いから、このブログを開き、広く意見を集め、そして情報を発信しています。 典範騒動の中で、女系・女帝天皇の是非が広く議論されるようになり、国民の皇室に関する理解は短期間の内に急速に高まりました。 その結果、宮妃殿下御懐妊の報せが流れる直前の段階で、既に、女系天皇容認の考えを持つ国民の割合は、6割程度まで落ち込んでいました。(大手新聞社の調査等) 6割という数字は、一昨年の段階では9割近くあったわけですから、国民的議論が深まった結果として、世論が男系派、もしくは慎重派に転じたことになります。 やはり、「無知は罪」というとおり、無知なまま結果を出してはいけません。民主主義は、国民が優秀であることを前提に成り立っています。私は世論の数字の変化を見て、この国の未来の明るさを確信しました。 ご意見・ご質問はメールでお受けいたします info@takenoma.com |
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それによれば、最悪のシナリオは秋篠宮家に男子が生まれることで、ここ当分危機が去ったとして皇室典範改正を先送りし、数十年がたつことだそうです。今現在から、遠い将来を見据えてあらゆるしばりをはずし、備えることが必要だと結論付けられています。長いスパンで見て世界遺産に認定したいとも言えるこの稀有な素晴らしい皇室を存続させる手段をこうじることは急を要するようです。
2006/5/6(土) 午後 1:03 [ ai ]
秋篠宮家に男子が生まれれば、旧宮家の皇族復帰のチャンスは永遠になくなるでしょうね。ああ、それから血統は世界遺産の対象にはなりませんよ。
2006/5/6(土) 午後 5:17 [ Y ]
秋篠宮家に男子が生まれたら128代まで男系男子の天皇ですから、男系維持で皇統を守るという方向性で皇室典範の改正が行われるべきだと思います。具体的には現在男子後継者のいない三笠宮、高円宮家に旧皇族の独身男子の方が養子に入ることを認める典範改正が行われるべきだと思います。また秩父宮など廃絶された宮家の祭祀を旧皇族が継いで宮家を復興することも認められるべきだと思います。
2006/5/6(土) 午後 6:42 [ 和気清麻呂の会会員 ]
秋篠宮さまに男子をがお生まれになっても、お一人では確かに心もとないですね。出来れば旧皇族の独身男性の方々と、現皇族の女王様方がお互いにパーティとかで付き合われると良いのではないでしょうか?もしカップルが出来れば、現在の皇族に養子入りも可能でしょうし・・・親が入るとカップルになりにくいのは何処も一緒だと思うのですが・・・
2006/5/7(日) 午前 0:13 [ 判官 ]
秋篠宮家に男子が誕生しお世継ぎとなることを否定するものではなく、私は、どのような場合が生じたとしても、国民の総意が大切と考える者です。最悪の事態は世論が2分することですね。皇室内におられる方々もご自分の意見を主張するよりは、国民全体の総意つまり和の精神を重んじておられるからと考えます。
2006/5/7(日) 午後 1:48 [ ai ]
但し、皇室典範改正は様々な観点から実施し、遠い将来に皇室の存続が途絶えることがないように今から準備しておくべきだと思います。 ここで、このスレ本来のテーマ(古事記、日本書紀)から離れてしまったことを竹田さんにお詫びいたします。
2006/5/7(日) 午後 1:50 [ ai ]
秋篠宮に男子が生まれれば国民は「いざとなれば、精子選別による体外受精でいくらでも人為的に男子を誕生させることが可能なんだな」と思い、ますます旧宮家の復帰に否定的になるでしょうね。
2006/5/7(日) 午後 4:49 [ Y ]
Yさん、なぜ秋篠宮家に男子が生まれれば、国民は「いざとなれば、精子選別による体外受精でいくらでも人為的に男子を誕生させることが可能なんだな」と思うんですか。それとその結果としてなぜ、旧宮家の復帰に否定的になるんですか。理解に苦しみます。
2006/5/8(月) 午後 6:22 [ はてな ]
はてなさん。Y氏はワザと煽っているだけですから。それが楽しいんですよ。気にしないで下さい。
2006/5/8(月) 午後 8:00 [ 判官 ]
弥生人の起源は、黄河文明よりも千年早いといわれる長江文明であろう。今でも中国南方の少数民族には日本人と文化的に近いものがいる。記紀にいう天孫族とはこれではないか。 弥生系農耕民のうちで、農地を直接に相続しなかった傍系のものから、まず縄文系の狩猟採集民と徐々に混血していったのだろう。神武天皇が畿内を制圧した際には、熊野を経由してこうした傍系勢力とも結びつき、それらに支えられて勝利した。日本の天皇家が傍系の継承を認める背景には、そうした歴史のドラマも隠されているのではないか。
2006/5/10(水) 午後 4:11 [ 東光 ]
東光さん なるほど。弥生人の起源が長江文明であることは、どのへんから見えますか? 弥生人と縄文人の混血が現在の日本人であるという考えは同感です。傍系の考え方は面白いですね。農地を直接相続しなかった人たちという考えはしたことがありませんでした。
2006/5/14(日) 午後 7:45
Yさん 遅くなってごめんなさい。いっちゃって良いか、悪いかに係わらず、何度も述べている通り、「天皇に!」などという発想は、全くありません。ですから、先にも言いましたが、今後は、そのような発言は一切なさらないで下さい。
2006/5/14(日) 午後 7:48
まず鳥類をトーテム的に信仰していたことが知られており、高床式の住居に住むなど、中国南方の非漢民族には弥生文化との近似性が顕著です。神道と鳥類の関わりも深いですし、いまだに皇族方は鳥類研究がお好きですよね。秋篠宮殿下は養鶏のルーツを南中国に探られていました。稲作、養蚕、玉器など、皇室の文化に関係の深いもののルーツは、どうやらあちらにあったようですね。
2006/5/14(日) 午後 11:24 [ 東光 ]
また大陸倭族(天孫族)の傍系から、縄文との混血が深まるが、熊野はその象徴的な土地でしょう。大国主神話に見るように、熊野は「兄に追われた弟の住むところ」であったが、神武東征はそうした相続争いで排除されたものの復権、という意味をもっていたと思う。兄弟豪族と繰り返し闘いつつ、かならず弟側を味方にして畿内に攻め入る神武天皇の行動が、それを物語っている。そしてこの「傍系連合の神話」は、壬申の乱の天武天皇においても反復されている。ここに我国の定礎の秘密と、天皇家というものの独自性があるのだと思う。
2006/5/15(月) 午前 1:38 [ 東光 ]
そうですね。神道と鳥類のかかわりは深いですね。神武天皇を大和の地に導いたのも、ヤタノカラス、でしたね。傍系継承についての考え方は参考になりました。
2006/5/15(月) 午後 11:27
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya1141.html 鳥類と稲と太陽が、同一視される信仰があったようですね。「数が多すぎる太陽を、弓で射落とす」という神話の背景にも、焼畑などの初期農業が、オーバーキルと選別を通じて、豊かな恵みを得たことが投影されている気がします。天若日子の物語も、ひょっとしたらそのヴァリエーションではないかという気がします。
2006/5/19(金) 午後 5:29 [ 東光 ]
I've just been letting everything happen without me lately http://dati.sitesfree.com/226891.html http://dati.sitesfree.com/226890.html http://dati.sitesfree.com/226889.html http://dati.sitesfree.com/226888.html http://dati.sitesfree.com/226887.html http://dati.sitesfree.com/226886.html http://dati.sitesfree.com/226885.html http://dati.sitesfree.com/226884.html http://dati.sitesfree.com/226883.html http://dati.sitesfree.com/226882.html http://dati.sitesfree.com/226881.html http://dati.sitesfree.c
2006/11/5(日) 午前 6:28 [ Brandy ]
やはり、縄文風の国土創成神話をもつ語部を擁したところが、初期の王権を確立したと思われます。弥生期には大和王朝とちがう王朝があったと考えることも出来ます。
島根県安来市には記紀の国生みのはなしと出雲風土記の国引きの話が並立して残っているところでこのような得意な場所に初期の(出雲)王朝みたいなものが発生したとみると、考古学的な証拠などともある程度整合性がでてくるのではないかと考えております。
2007/10/7(日) 午後 8:53 [ クナト ]
>「数が多すぎる太陽を、弓で射落とす」という神話の背景にも
旭日ですね。九つあった太陽を、一つだけにしたと。
読み応えのあるコメントです。
アイさんの胡散臭さが消えないな。今でもやっておられるのかしら。プロパガンダ活動。
女系は絶対許されません。GHQが宮家を廃止したのは、そもそも天皇家の滅亡を願ってでしょう。
大陸の王族級が、こぞって日本に降臨したのは間違いないでしょう。大陸はもぬけの殻です。
夏王朝もこっちに来たのかもしれませんよ。
2008/8/14(木) 午後 5:22 [ mir*k*nino*i ]
>記紀は日本の正史とされていますが、この記紀とは一体何なのか?
いや、『古事記』は正史じゃないから…
>やはり、「無知は罪」というとおり、無知なまま結果を出してはいけません。
はい、正史とは何かも分からないのに、知ったかして『古事記』の云々を語るのは罪深いと思います。もっと勉強してから語ってください。
2018/6/24(日) 午後 1:49 [ 『古事記』を読んだことがあるもの ]