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8月10日発売の『Voice』(PHP)9月号から、新連載が始まりました。 タイトルは「天皇の日本史」。 初回は400字原稿用紙70枚分の掲載で、 二回目以降は50枚分の掲載。 全四回の予定になっています。 学校で教える日本史は「権力者から見た政治史」に終始していますが、 我が国には、大和朝廷が成立してから現在まで続く皇室があるのですから、 天皇の日本史があってもよいのではないかと思い、起稿しました。 日本の歴史は天皇の歴史であり、 天皇の歴史は日本の歴史であるはずです。 第一回目は、天地初発から古墳時代までを扱います。 また違った視点から日本を眺めるきっかけになるとよいと思います。 長らくブログから離れておりましたが、 新連載がはじまったので、久しぶりに書き込んでみました。 あまりに久しぶりなので、投稿の方法を忘れかけていました。 さて、最近は連載記事を書きながら、単行本の執筆を進めています。 現在の連載は、 「皇室のきょかしょ」『少年タケシ』(フジテレビ)(毎週連載) 「エコマインド・アイ」『フジサンケイ・ビジネスアイ』(毎週連載) 「天皇の日本史」『Voice』(PHP)(毎月連載) の三本。 また、現在執筆を進めている単行本で、年内に出版の予定があるのは、2冊。 単行本につきましては、発売期日が近づきましたら、改めて案内をさせていただきます。
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>himikoさん 記紀は、日本各地の神話を統合したものです。したがって、尾張地方には剣の伝説があり、それがヤマタノオロチ物語によって、統合されたと考えるのが自然でしょう。
2007/8/17(金) 午後 1:57
>himikoさん 記紀は、日本各地の神話を統合したものです。したがって、尾張地方には剣の伝説があり、それがヤマタノオロチ物語によって、統合されたと考えるのが自然でしょう。
2007/8/17(金) 午後 1:57
基本的なことですが、4世紀以前の日本列島については、文字情報がほとんどありません。ですから、固有名詞のない時代であり、具体的な個人の事跡を追うことは全く不可能なことと思います。あと、各氏族についてですが、天皇家がアマテラスを信仰することによって、全国に散らばった別々の神話をひとつの体系にまとめたものと考えます。したがって、地域ごとの神話同士に矛盾が生じることは、むしろ自然だと思います。
2007/8/17(金) 午後 2:00
『天皇の日本史』は、まだ読んでいません。竹田さんは、まだ断定されてないのですね? それは、正しい判断と思います。私のように、ネットで勝手に説を言っている範囲では、思い切った説を言うのは自由ですが...実際、私はこれまでも考えが徐々に変化しており、当初の説では、邪馬台国は大和王朝とは別と考えていましたから...竹田さんの様な立場の人は断定しないほうが良いと思います。ということは、皇室の方々も、神代や古代の謎については、知らないことが多いということですか?確かに、学問的な断定は出来ないでしょうが、少なくとも孝霊天皇の皇女である倭迹迹日百襲姫命のあたりの歴史については、纏向遺跡の周辺の解明で、かなり判明すると思います。ところで、竹田さんは、倭迹迹日百襲姫命、武埴安彦命、崇神天皇のあたりの歴史については、どの程度、関心を持たれていますか?
2007/8/17(金) 午後 5:00 [ himiko ]
近年の考古学会の発展には、理系分野への歩み寄りがあります。これによって、邪馬台国問題をはじめ、様々な謎が解き明かされつつある。
年輪年代法 http://www.nabunken.go.jp/science/age.html
画期的な年輪年代法 http://www2.odn.ne.jp/hideorospages/yamatai03.html
年輪年代学入門 http://www.nichibun.ac.jp/yasuda_home/envarc/opening_j.html
考古学の常識が覆りつつある→稲作の伝播のまとめ http://blogs.yahoo.co.jp/deliciousicecoffee/12585608.html
2007/8/17(金) 午後 5:00 [ himiko ]
よく、記紀は各地の神話を統合したとかという説を言う人がいますが、あれは、必ずしも記紀の編纂に大きく関わった藤原氏(中臣氏)にとって、有利な記載になってはいません。藤原氏は自身の家系を天神とし、天孫にも皇別にもしていません。もちろん、記紀には様々な神話が混じったかもしれませんが、全てがそうではあると言えません。何でもかんでも「取り込むため、取り込むため」って馬鹿に一つ覚えで、知的ではありません。いっぺん、ひとつひとつ、検証するべきです。
2007/8/17(金) 午後 5:01 [ himiko ]
出雲の国譲りについて...ホアカリとホノニニギの父親とされるオシホミミは、その名称から、出雲系と関係が深い名称かもしれません。
http://www.dai3gen.net/mimitari.htm
http://www.k4.dion.ne.jp/~nobk/other/mimi.htm
出雲王朝の有力臣下だったか、あるいは、出雲王朝の親戚か外戚だったのかもしれません。海部氏伝承でも、天孫と出雲とは深い関係にあったみたいですし。ホアカリの丹波への降臨と、ホノニニギの高千穂への降臨は、出雲王朝の命令かもしれません。よって、出雲王朝を打倒したといっても、身内同士的な争いであり、比較的に短期間に平和裏に政権交代へ動いたのかもしれません。
http://yamatonokuni.seesaa.net/article/33144977.html
2007/8/17(金) 午後 5:01 [ himiko ]
竹田さんは、国宝にも指定された海部氏勘注系図について、どのように解釈されていますか? これには、欠史八代の部分で朝廷側の圧力を受けたような箇所が残っているみたいですが...よく、女神アマテラスは元々は男神アマテルだという説がありますが、あれは半分正解・半分間違いで、男神アマテルとはホアカリのことであり、日本書紀では天照国照彦火明命と言います。全国の天照御魂神社は天火明命を祀るところが多い。
http://www.kenkenfukuyo.org/reki/ormoru/himiko/himiko33.html
http://hw001.gate01.com/sangatu/tango.htm
http://kamnavi.jp/it/murakumo.htm
2007/8/17(金) 午後 5:02 [ himiko ]
竹田さんは、皇室の最初のほうの歴史を暴かれるのを恐れているのかもしれませんが、この種の歴史を暴かれてても、約2千年を経過した今となっては、むしろ、皇室の歴史がそれほど長く続いたことの証明で、皇室の権威が高まると思います。ホアカリかどうだとか、ホノニニギがどうだとか言っても、皇室はオシホミミ(神武天皇の4代前)から永遠と万世一系・男系で継承されている証明になりますから。戦後、三王朝交代説・騎馬民族征服王朝説みたいな皇室を批判するトンデモ説が提唱されましたが、海部氏などの伝承では「皇室は我ら(海部氏・尾張氏・津守氏など)と同族で、神代から万世一系で継承されている」と主張していますし...実際に皇室は記紀などでそのことを認めています。
2007/8/17(金) 午後 5:02 [ himiko ]
>himikoさん いずれにしても、いちど「天皇の日本史」#1をお読みになってください。私の考えはそこに書いてあります。その上でなにかありましたら、書き込んでください。
2007/8/17(金) 午後 8:45
追伸、私は皇室の歴史が暴かれるとう心配をしたことがありません。暴かれて困るような事実はないと確信しています。それどころか、むしろ神武天皇以前の系譜が明らかになると、皇室の歴史は2000年やそこらでは収まらない可能性があります。皇室の歴史が暴かれて困るのは、欧米諸国ではないでしょうか。ですからGHQは天皇陵の発掘を禁止する措置をとりました。
2007/8/18(土) 午前 8:45
確かに、魏志倭人伝の正始八年(247年)と日本書紀の崇神治世十年の出来事って、そっくりなんだよね。倭迹迹日百襲姫命、武埴安彦命って、一般の日本人は歴史教科書では習わないところですよね。狗奴国が許乃國というのは、なかなか気がつかなかった。漢文の偉い先生の話だと、魏志って中古音の音韻で書かれていて、金印の奴国とかは上古音の時代から中国と交流が深かったから上古音だけど、他の名詞の大半は中古音で解釈するべきで、狗奴国は中古音で「このこく」と発音しないといけないみたいで。
2007/8/18(土) 午前 11:29 [ masa ]
竹田さんの伯父様恒治王殿下が、認証官である特命全権大使に任ぜられ、ブルガリア駐在となったと伺いました。謹んでお祝いを申上げます。Voice9月号は、私も拝読させていただきます。
2007/8/18(土) 午後 8:57 [ 江差 ]
江差さん、そういう言い方は現在では逆に竹田恒治さんに対して失礼であり、揶揄的に聞こえると思います。それにしても民間企業の方が外国大使に任命されることは珍しいケースだと思います。恒治氏の場合、どのような経緯から就任されたのでしょうか?恒泰氏にそのあたりの事情を説明していただきたいものです。
2007/8/19(日) 午前 8:12 [ なぞの人 ]
>江差さん >なぞの人さん 親族が社会で活躍することは、喜ばしいことです。伯父の活躍を願っています。ありがとうございます。就任の経緯につきましては、私は存じ上げません。
2007/8/19(日) 午前 9:11
竹田さんの過去のコメント欄を見ましたが、竹田さんは天皇陵の発掘に反対だったみたいですね。なのに、ここの記事のコメント欄では、竹田さんの「皇室の歴史が暴かれて困るのは、欧米諸国ではないでしょうか。ですからGHQは天皇陵の発掘を禁止する措置をとりました。 」という意見には納得できないです。おそらく、私の意見で、皇室の最初の謎の歴史に少し自信を持ち始めて、意見を変えられたのでしょうか?まあ、別にそれでも良いですけどね。
とにかく、皇室や旧皇族・政府は、日本の上古代の歴史について、もっと研究するべきでしょう。おそらく、そんなに不都合な歴史はないと思います。日本の水稲起源も3000年前、日本の陸稲起源は6000年前に遡らせる研究結果が出てきています。これまでの常識がどんどん覆っています。
2007/8/24(金) 午後 1:43 [ himiko ]
竹田さんが過去のコメントで天皇陵発掘に反対されていた理由は、他ならぬ「欧米諸国の常識(歴史観)を覆しかねない」というものでしたよね。従って、この日記のコメント欄でのご意見と、過去のご意見とのあいだに相違点はないと思います。 ▼この話題に関しては、竹田さんご自身が「デリケートな問題」としてコメントを控えておられますので、僕もこれ以上書くことはやめておきますm(_ _)m
2007/8/24(金) 午後 3:13 [ kamuya ]
竹田さんの反対理由は「バチカンが反対するから」みたいなことを言っておられたと思います。でも、それは言い訳に過ぎず、おそらく、皇室や旧皇族も、この辺の歴史研究を避けてきたから、「歴史解釈に自信がない、もし不都合な歴史が出てきたら、どうしよう?」というのが本当のところじゃないでしょうか?
2007/8/24(金) 午後 5:55 [ himiko ]
ただ、最近の歴史研究の進歩で、現在の皇室にとっては、むしろ皇室の歴史の権威を上げるような事実が判明しつつあります。おそらく、記紀を編纂した時点では不都合な歴史であったとしても、今となっては、それだけ万世一系で長く続いてきた証明にあるわけですから。よって、竹田さんや皇室の方々は、もっと自分の歴史に自信を持つべきでしょうw
2007/8/24(金) 午後 5:59 [ himiko ]
皇室典範問題では、竹田さんは大活躍され、小泉政権の暴走を止めるのにも、竹田さんの勇気ある行動が大いに役立ったと思います。竹田さんは、今度は憲法問題の上でも皇室の未来について役立とうと頑張っておられます。竹田さんの勇気ある行動は、非常に尊敬しています。
そんな中で、私が竹田さんに新たな問題提起?をしたのが、皇室の権威の拠り所である皇室の長い歴史についてです。私は、竹田さんは籠神社の海部宮司に会うべきだと思います。約2000年前、ホアカリとホノニニギの兄弟が居ました。ホアカリの子孫が海部宮司であり、ホノニニギの子孫が竹田さんです。この兄弟の家系が協力しあうことこそ、日本の皇室の新たな繁栄の窓口になると思います。
丹後一宮 元伊勢 籠神社 http://www.motoise.jp/
2007/8/24(金) 午後 6:14 [ himiko ]