竹田恒泰日記

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■人類史上最悪の映画「太陽」


 イッセー尾形(54)が昭和天皇を演じる、アレクサンドル・ソクーロフ監督のロシア映画「太陽」は、1945年8月の終戦間際の御文庫から始まり、御前会議、マッカーサーとの会見、翌1月の人間宣言までを描いている。
 日本人にとっては非常にデリケートな題材であり、当初「日本での公開は無理だ」と言われていたが、今年8月5日から東京で公開され、大変な盛況ぶりである。
 この映画は、日本を含め世界的に一定の芸術的評価を受けているようである。私はこの映画の芸術的な価値についてとやかくいうつもりはない。
 しかし、この映画を観て私は「冗談もいい加減にしてほしい」と思った。監督が意図的にやっているのか、それとも無知なのかは定かでないが、歴史考証があまりに杜撰で、明らかな誤りが多数見受けられるからだ。
 私は日米戦争の開戦から終戦、そして占領下における皇族方の御活躍ぶりを研究し、「語られなかった皇族たちの真実」(小学館)を著した。この時代を研究した者として、これだけは明確に発言しておきたい。

 映画の中のウソを挙げればきりがないが、その中でも重要な間違いを次に指摘する。
 私が一番びっくりしたのは、映画では米軍が皇居を占拠していることだ。もちろんそのような事実はない。御所までも米兵に取り囲まれていた。ロシア映画であるから、米軍の横暴ぶりを誇張して表現することは予想していたが、それにしても「やりすぎ」である。
 そして、映画ではマッカーサーの会見のときに、米兵が天皇を連行するようにして御所から連れ出すシーンがある。米兵はMPの車に天皇を乗せ、遠くまでいかないから怯えなくてよい、というような声をかける。これらは全くのフィクションであり、日本の国威を傷つける表現ではなかろうか。
 そもそも、日本は8月15日にポツダム宣言を条件付で受諾し、終戦を実現させたのであって、この日に国家が解体されたわけではない。終戦前の政府と終戦後の政府は同一の政府であり、イラクのように新政府が樹立されたわけではないのだ。米軍が天皇を連行するような表現には強い違和感を覚えるのは私だけではあるまい。
 また、米軍による天皇の撮影会が開かれるシーンがあるのだが、そこで、ある米兵が天皇がチャーリー・チャップリンに似ているといい、天皇が「私はその俳優に似ていますか?」と答える。そして米兵たちは、冷やかし半分で天皇に向かって「チャーリー」を連発し、最後には、「バイバイ、チャーリー」といってあざ笑いするのである。
 もし日本が、毛沢東、スターリン、ルーズベルトなどの映画を作り、史実に反して、これらの人物を冷やかすような場面を入れたら、中国、ロシア、あるいは米国の政府から猛烈な抗議を受けることになるだろう。いかなる屈辱的な映画が作られても、「敗戦国だから仕方がない」というわけにはいかない。
 次ぎに、天皇とマッカーサー元帥との会見のシーンもがっかりさせられた。史実によれば、昭和天皇とマッカーサーの最初の会見は9月27日の午前で、マッカーサーは天皇は命乞いをしにくると思っていたが、天皇は反対に、自分の命はどうなってもよいから民を餓えさせないで欲しいとおっしゃり、これに感銘を受けたマッカーサーは皇室に対する見方を180度転換させた。そして自らの伝記に

「この勇気に満ちた態度は、私を骨の髄までも揺り動かした。私はその瞬間、私の前にいる天皇が、個人としても、日本の最上の紳士であることを感じとった」

と記している。
 しかし、映画ではこのエピソードには全く触れずに、正反対の表現をしている。天皇は家族のことばかりを話し、最後にマッカーサーは天皇のことを「まるで子供だ」と、一言でくくるのである。しかも会見の途中でマッカーサーが長時間席を外すなど、史実ではありえない失礼な態度をとり、最後には見送ることもなく天皇を帰らせる。ちなみに、史実では天皇に感銘を受けたマッカーサーは、服を正して車寄せまで天皇を見送りに出ている。
 そして、天皇は終始英語を話している。米軍の通訳が、あなたは天皇なのだから日本語で話してくださいといったところ、天皇はそれを無視して英語で話し続けるのである。史実では日本側の通訳が同行していた。
 また、終戦直前に天皇がカニの研究をしているシーンも気になった。史実では終戦前後の国家未曾有の危機に、天皇が生物学の研究をなさっていらっしゃるはずはない。このウソのシーンを見た無知な日本人は「戦時中に天皇はなんと能天気なのか」と誤解してしまうのではないかと、はらはらしてしまった。
 そして、終戦の御前会議で、昭和天皇が陸軍大臣の報告を遮って、「よものうみ」の明治天皇御製を御詠みになるシーンがあるが、史実によれば、昭和天皇はこの席で御製を御詠みになったという事実はない。
 昭和天皇が「よものうみ」を御詠みになったのは、昭和16年9月6日の、開戦を議論してた御前会議で、昭和天皇はこの御製を二回御読みになることで、開戦を避けたいという御気持ちを表されたのである。
 終戦の御前会議については、出席者が書き残した数々の資料が残っている。それらの資料を当たれば、限りなく史実に近い表現が可能なはずである。

 歴史を題材にして映画をつくるのであれば、たとえ完璧な歴史考証はできなくとも、史実を表現しようとする姿勢を持つことは、監督としての最低限のマナーではなかろうか。だが、ソクーロフ監督にはその姿勢が全く欠如してしまっている。
 もし歴史考証ができないのであれば、「日本」の国号や「天皇」などの名称を使用せずに「この映画は完全なフィクションであり、登場する人物・団体は全て架空のものです」と断わるべきではなかったか。
 「太陽」は完全なファンタジー映画だ。たまたま日本らしき国と、昭和天皇らしき人物が登場するが、実際の日本と、実際の昭和天皇とは全く関係がない。
 「太陽」は史上最悪の映画だと私は思う。




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祝・親王殿下御誕辰!

■祝・親王殿下御誕辰!


 9月6日、秋篠宮妃紀子殿下が第三子を御出産遊ばされました。41年ぶりの親王殿下の御誕辰です。
 皇室の弥栄を願う国民の熱い思いが天に届いたのではないでしょうか。
 日本国民としてこれほど嬉しいことはありません。将に「神風」が吹いたといえましょう。
 万歳! 万歳! 万万歳!

■男系派、第2ランド勝利宣言


 小泉総理が「皇室典範に関する有識者会議」を立ち上げた平成16年から、男系派と女系容認派に別れて議論が紛糾してきました。
 平成18年2月に秋篠宮妃紀子殿下が御懐妊遊ばされたことで、典範改正への議論に終止符が打たれ、第1ラウンドは男系派の勝利に終わりました。
 そして、9月6日に待望の親王様が無事に御誕辰遊ばされたことで、第2ラウンドも男系派の勝利に終わったといえましょう。

 御誕辰遊ばされた皇孫殿下は、親王殿下であらせられますので、現行の皇室典範上、正当なる皇位の継承者でいらっしゃいます。新しい世代に正当なる皇位の継承者を得た以上、女性・女系天皇を認める議論は、一切の根拠と前提を欠くことになります。
 したがって、今後、女性・女系天皇容認論は、9月6日をもって、完全に正当性を失ったと結論付けることができます。
 ここに、第2ラウンドにおける、男系派の勝利を宣言します。

 ところが、女性・女系天皇容認派は、この期に及んでも
「親王様を一人得たが、将来、必ず男系継承は破綻するので、早い段階で女性・女系天皇を容認する方向で典範を改正すべきだ」
との主張を崩していません。
 確かに、親王殿下お一人に皇室の未来が全て託されることになるため、「野中の一本杉」であることは否定できません。
 しかし、平均的な寿命から考えても、今からおよそ70年間は皇統のは保たれることが明確になったわけですから、御懐妊の発表前の、「迫り来る危機」は既に回避されています。よって、70年の間に、一定の皇族を確保する方法を考えればよいわけです。
 まして、新しい世代に正当なる皇位継承者がいらっしゃるにもかかわらず、女性・女系天皇容認論を唱えるということは、畏れ多くも、新宮様のお立場を変更させることになるわけですから、厳重に慎まなくてはならないはずです。
 もし女性・女系天皇容認派に、皇室を敬う気持ちが少しでもあるならば、これを期に、女性・女系天皇容認の論を取り下げるべきではないでしょうか。
 学者や政治家にとって、自説を撤回することは容易なことではありません。しかし、自説を撤回するということは、状況を客観的に分析し、より高度な説を得ることを意味します。自説の撤回は一時の恥かもしれませんが、それがなくては永遠の恥になりかねません。

 しかし、男系派が第2ラウンドで勝利を収めたとはいえ、第2ラウンドで全てが終わったわけではありません。これまでは「いかに皇位継承者を確保するか」という議論でしたが、第3ラウンドから、命題は「いかに皇族を確保するか」に変わります。
 たとえ、新しい世代に親王殿下を得たとはいえ、新宮様が将来、御位(みくらい)を御継ぎになるとき、畏れ多いことですが、皇族がゼロ人になってしまうことがほぼ確実です。(ちなみに、皇族には天皇は含まれません。)
 皇位継承者は既に確保されたのですから、これからは、皇族を確保することを真剣に議論していかなくてはならないのです。

 典範改正議論の舵取りは新政権に移行します。新政権には、慎重に議論を進めていただき、賢明な結論を導いていただけるよう、心から願っております。

■皇孫殿下は世界平和の象徴


 秋篠宮家の第三子の皇孫殿下は、9月6日という、運命的な日に御誕辰あそばされました。
 日米開戦の可否を決するために開かれた御前会議で、昭和天皇が明治天皇の御製「よもの海みなはらからと思ふ世になど波風の立ちさわぐらむ」をお読みになって、「開戦を望まない」という思召を御示しになったのが、昭和16年の9月6日だったのです。これに関しては、拙著「語られなかった皇族たちの真実」に記しましたので、該当個所を引用します。

「翌日9月6日、御前会議が開かれた。原(はら)嘉道(よしみち)枢密院議長が政府と統帥部に対し、外交と戦争準備のどちらを軸にするかを問うたところ、及川古志郎(おいかわこしろう)海軍大臣が外交を先行させますと答弁した。しかし統帥部の両部長は外交による解決を絶望的と見ており、一方前日の昭和天皇の御希望もあって、明確な返答ができないでいた。すると昭和天皇はポケットからメモを御取りになって、明治天皇の御製(ぎょせい)「よもの海みなはらからと思ふ世になど波風の立ちさわぐらむ」を、はっきりと二度朗誦なさった。
大日本帝国憲法によれば、政府と統帥部が決定した国策について、天皇はこれを却下する権能を有しない。「天皇は政治に直接関与しない」という大前提は既に明治期に確立していたが、この日の御前会議で昭和天皇は、明治天皇の御製を御詠みになることで「開戦を望まない」という思召を暗黙のうちに御示しになった。これは日本の憲政史上、天皇が国策の決定に直接的な影響を与えた初めての例となり、後に「白紙還元の御諚」と呼ばれることになる。」

 皇孫殿下が将来、御位に御就きになったとき、天皇として世界を平和に導かれることになるのではないでしょうか。私にはそう思えて仕方がありません。





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