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昨日、3月18日(土曜日)は東京ウィメンズプラザ、ホールにて、東京レディースフォーラムの講演会で講演をさせていただきました。タイトルは「宮家と天皇」。百名以上の方が参加され、質疑応答を入れると、約2時間、お話しをさせていただきました。 本日、3月19日から22日の朝にかけて、集中的に執筆する体制に入ります。具体的には、神奈川県のあるホテルに缶詰になります。どうやら私は怠ける性質があるため、集中して執筆するためには、少し離れたところに缶詰になるのが一番よいようです。都心にいると、色々な雑務に手をつけてしまうからです。かといって、九州や東北へ出かけるのも移動時間がもったいないので、程よい距離にある、神奈川県がいいわけです。 去年出版した「語られなかった皇族たちの真実」を執筆するにあたっても、何回か、そのホテルに閉じこもっていました。そんなことがあると、ほとんど電話やメールにもレスポンスしなくなってしまうわけです。 今年に入ってからはずっと忙しい日々が続いていたので、数日出かけるということもできませんでしたが、今年のプチ閉じこもりはこれが最初になります。 研究室から、ダンボール箱3つ分くらいの書籍を持参します。あと、スタンドも忘れられません。関係ないモノを持参すると、それで遊んでしまうので、執筆に必要なもの以外は持参厳禁です。たくさんの荷物を車に積み込んで、これから出かけます。 あと、ネットが繋がる部屋は便利なのですが、これは執筆には不向きです。私の場合は、ネットがつながってしまうと、やはりいろいろと遊んでしまいます。電話もネットも繋がらないのが理想的環境です。 現在の皇族方の服装は、明治天皇がお決めになったルールをお守りになっていらっしゃいます。つまり、明治時代に、宮中の行事は洋式による、ということが決められ、それは明治天皇の思召しでした。 以降、天皇を始め皇族方は、宮中での行事は洋式、そして服装は洋装というルールを貫いていらっしゃいます。ですから、宮中晩餐会などは、洋式で行われ、両陛下も洋装で御出ましになるわです。しかし、宮中祭祀は、洋装ではなく、朝廷の伝統的な服装で行われます。 なので、洋式で行われている宮中行事で、皇族方も洋装でいらっしゃるにもかかわらず、総理が紋付で出席するというのは、節操がないと非難されることは仕方がありません。まして、紋付羽織袴は武士の服装であり、朝廷とは馴染まない服装です。総理が官位をお持ちかどうか、私は存じ上げませんが、もし総理が「和」にこだわるなら、官位に準じた衣冠束帯で出席するべきだったでしょう。しかし、それも「洋式」というスタイルに反するので避けるべきではあります。少なくとも紋付羽織袴はまずいわけです。 私の家に伝わる古い写真などを眺めていると、明治時代、私の曽祖父が紋付羽織袴で写っている写真があります。でもそれは、公式なものではなく、極めてプライベートな、家族との写真です。これにより、明治期には、皇族男子であっても、普段着として着流し、羽織、袴など(つまり武士の服装)を身に着けることはあったことがわかります。しかしそれは明治期以降の話であり、維新前ではありえなかったことと思います。 次に、現在、「皇族女子は着物をお召しになることがあるが、皇族男子は着物をお召しにならないこと」について考えます。結論的には私もよく分かりません。園遊会などで、皇族男子は洋装、女子は着物という慣習があります。これは園遊会の公式度合が低いからではないでしょうか。公式な行事では皇族女子も例外なく、洋装で御出ましになります。女性皇族の着物は、園遊会などで、初めて可能なことなのだと思います。 では、園遊会では、なぜ男性は洋装なのに、女性は着物が許されるのか。女性の着物について知識不足なのですが、おそらく、女性の着物は、必ずしも武家の服装ではないからではないでしょうか? であれば、園遊会などの準公式な場で、女性皇族が着物をお召しになることは可能になるのでしょう。男性皇族が着物をお召しになるとしたら、朝廷の伝統的な衣冠束帯であるべきであり、武家の紋付羽織袴は避けるべきことと、異なるのでしょう。 中途半端な考察に終始してしまいましたが、これから私も注意して観察してみることにします。なにかご意見があればコメントしてください。深めていけたら嬉しいです。 ご意見・ご質問はメールでお受けいたします info@takenoma.com |
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2006年03月19日
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