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1912年4月14日の深夜に氷山に接触して沈没し1513人の犠牲者を出した客船タイタニック号は、防水隔壁で仕切られ、特に船首部分では4区画が浸水しても沈まない「不沈船」といわれていた。 不沈船が沈没したのは果たして偶然か、必然か。 沈没に影響を与えた要素は多い。 まず、建造が1ヶ月遅れ、流氷の多い4月に処女航海をすることになったこと。 次に出航時間が1時間遅れたことも事故を大きくした。 つまりタイタニック号が氷山に接触して救難信号を発したのが0時14分。 近くにいたカリフォルニア号が無線業務を終了した14分後だった。 もし出航時間が遅れていなければ、救難信号を受信した同船が沈没前に救難に駆けつけることができたはずだ。 また、先行船からの氷山の警告を無視して高速航行を続けたことも要因の一つである。 結局450メートル前で氷山の存在に気付き、回避行動をとるが回避できず、船首の5区画に浸水して沈没することになる。 皮肉にもその晩は新月に近く、無風で海面が鏡のようで、監視員が双眼鏡を持っていなかったという不運が重なり氷山の発見が遅れた。 さらに、減速して舵を切った船長の判断が船を沈めた。 減速すると舵が利きにくくなる。 もし減速せずに舵を切っていれば衝突を回避でき、また舵を切らずに減速していれば正面から衝突するので5区画に浸水することはなく、やはり沈没は避けられたといわれている。 衝突したのは23時40分、速やかに救難信号を出していればカリフォルニア号が受信できたはずだった。 また0時44分に信号灯を打ち上げたが、同船は意味を理解せずに無視した。 結局信号を受信したカルパチア号が到着したのは4時10分、沈没から約2時間が経過しており、ボートに乗れずに海に投げ出された全員が死亡した後だった。 救命ボートの数が少なかったことも犠牲者を多くさせた。 これら要素の一つでもなければ沈没を逃れていたかもしれないわけだ。 偶然が重なりすぎると必然のように思えてくる。 巨大事故はこのようにして起きる。(竹田恒泰) この原稿は、平成18年10月〜平成20年9月に「フジサンケイ・ビジネスアイ」に連載した「エコマインド・アイ」を転載したものです。 |
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2009年09月12日
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