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小欄ではこれまでに、「温暖化するとなぜ寒くなる?」「温暖化よりも恐ろしい寒冷化」など、一般的な温暖化論に疑問を呈してきた。今回は、温暖化論の功罪について検討しよう。 いま日本中が温暖化論に沸きかえっている。 環境問題が深刻化するなか、人類が二酸化炭素の排出を抑制すべきとの考えは、的を得ていることに間違いはない。 環境問題の元凶は石油の消費から生じていることは事実であるからだ。 人類が脱石油に向かうべきは明白であろう。 だが「過ぎたるは及ばざるが如し」というとおり、あまり温暖化論一色に染まるのは、一定の危険性があると指摘しなくてはいけない。 あまりCO2排出抑制ばかりに注目すると、省エネに気を取られてしまい、「省エネをしていれば環境問題が全て解決する」との錯覚に陥る危険性がある。 事実、省エネだけで問題は解決しない。 また個人でも「省エネしているのだから少し無駄をしてもよかろう」という心の隙間を作る可能性もあり、リサイクルばかりに邁進すると、浪費型の社会を作る危険もある。 もちろん省エネは大切なことであるが、それ以上に重要なのは「持続する社会」をいかに実現するかということであり、それは具体的には、小規模分散型の循環型社会を構築するということに尽きる。 省エネはそのための一つの要素に過ぎないのだ。 現在の日本は大規模集約型の非循環型社会であるから、その構造を改革しなくては「持続する社会」は作れない。 たとえば、もしCO2だけを考慮して世界中が原子力発電所を次々に作り始めたら、それは「持続する社会」からかけ離れる一方である。 ウランが石油より早く枯渇することは確実であり、しかも燃料加工から原発建設まで、ほとんどの工程で石油を使用しているのだから、たとえ原子炉内でCO2を出さないとはいえ、それは持続するシステムではないからだ。 少なくとも温暖化論を原子力推進の根拠にするべきではない。(竹田恒泰) この原稿は、平成18年10月〜平成20年9月に「フジサンケイ・ビジネスアイ」に連載した「エコマインド・アイ」を転載したものです。 |
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2009年10月01日
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